20190617
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最前線海洋研究の「実践」を通じた若手人材育成プロジェクト「深海研究のガチンコファイト」を体感せよ!有人潜水調査船「しんかい6500」による潜航調査航海

JAMSTECでは、未来の海洋科学を支えるリーダー的人材の育成を目指して、専門高等教育課程前の学生を対象に、最先端の海洋研究現場での経験および教育を提供するプロジェクトを始めました。2019年度は有人潜水調査船「しんかい6500」による潜航調査航海を実施しますので、この潜航調査航海への参加を志すアツい意志を持った方を募集いたします。

ぜひ、海洋研究の最前線で活躍するプロの研究者、「しんかい6500」オペレーションチーム、研究調査船の船員とともに、研究航海の準備・航海乗船・船上実験・分析などのリアルな研究の現場を全身全霊で経験しましょう。

採用された暁には、「研究をともに進める仲間」になりますので、「お客様」扱いはしませんが、船上研究・船上生活の基本はしっかりお教えます。また研究仲間である以上、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗船する権利(チャンス)もあります。

開催にあたって担当研究者から

今回の募集対象となる調査航海の首席研究者を務める超先鋭研究開発部門の部門長の高井研です。

私がまだ若かりし頃、テレビドラマ「スクールウォーズ」が大好きでした。ココロや身体,生まれに少しずつ傷を抱えた高校生達が集まる荒廃した高校の弱小ラグビー部が、一人の熱血教師の「愛」と「鉄拳」と「涙」と「情熱」によって数年で全国優勝を果たすまでの軌跡を描いた名作です。

世が世なら「ハイ体罰教師、教育委員会行き案件!」と言われかねないシーンがてんこ盛りではあるものの、京都にある伏見工業高校の山口良治先生とラグビー部をモデルにした実話に基づくドラマでした。

こんな若かりし頃見ていたテレビドラマの想い出話をうっかり披露したりすると、もしかして「オマエ達、悔しくないのかー?!」と大きな声で罵られ思わず涙を流しながら「悔じぃですー!」と泣き叫んだ挙げ句「よし、オレはこれからオマエ達を殴る!殴られた痛みと殴る痛みとともに悔しさを忘れるな!」とか言われて殴られるようなシチュエーションが待ち受けているのか?と皆さんは不安に思うかもしれません。ご安心下さい。JAMSTECは荒廃した高校でもないし、弱小ラグビー部でもありません。ただの世界最先端海洋研究機関です。そのJAMSTECの熱血研究者の「愛」と「涙」と「情熱」によって皆さんが海洋科学技術の分野の虜になり、「いつかこの分野で全国制覇を成し遂げる(ナニモノかになる)!」と思ってくれるようなきっかけを作れたらいいな、と思うとついつい「スクールウォーズ」を思い出して鉄拳の三島平八ばりに強く固く拳を握りしめていたに過ぎません。

前置きが随分長くなりました。令和元年の夏、ぜひ皆さん、「しんかい6500」を使った水曜海山深海熱水域に生息する化学合成生物の分散機構の理解を目指した先端研究を一緒にやりましょう。きっとこの経験は皆さんの未来を変える大きなきっかけになると信じています。

趣旨

JAMSTECの最先端海洋研究プラットフォームを用いた調査航海への参加資格を、専門高等教育課程以前の学生にまで広げることによって、船上研究現場の体験を通じた海洋科学リテラシーの飛躍的な向上、海洋科学技術に関わる次世代の人材育成、および未来の海洋科学技術の研究開発を支えるポテンシャルを持った才能の覚醒を目的とします。

調査概要

(1)調査海域:小笠原海域 水曜海山熱水域
(2)調査内容:水曜海山熱水域に生息するアルビンガイ(およびシンカイヒバリガイ)の分散機構の理解に向けた潜航調査に基づく基盤研究や技術開発。

実施スケジュール

2019年8月(予定)

日付 実施内容 使用船舶
8/16(金) 集合・乗船前研修
8/17(土) 乗船前研修
8/18(日) 乗船前研修
8/19(月) 東京・有明港 乗船 深海潜水調査船支援母船「よこすか」/有人潜水調査船「しんかい6500」
8/20(火)
8/21(水)
8/22(木)
8/23(金)
8/24(土)
8/25(日)
8/26(月)
8/27(火) 小笠原・二見港 下船
8/28(水)
8/29(木)
8/30(金) 父島発 おがさわら丸
8/31(土) 東京着・解散

令和元年度 最前線海洋研究の「実践」を通じた若⼿⼈材育成プロジェクト
〜「深海研究のガチンコファイト」を体感せよ!〜
最終報告書
文責:高井研(超先鋭研究開発部門 部門長)

なぜ「深海研究のガチンコファイト」企画が生まれたのか?

昨今、様々なメディアや公的な資料において海洋科学・技術分野に進学、あるいは就職しようとする学生の減少が指摘されています。我が国の若年層人口の減少に伴い、どの科学・技術分野においても将来を担う若手人材確保が難しい状況になってきているのは仕方のないことかもしれませんが、それに比べても教育や企業の現場から伝え聞く「若年層の海洋科学・技術分野への進学・キャリア選択に対する興味減少」は大変な状況と感じざるを得ません。これまでJAMSTECでは、若手人材育成に対しては「若手人材の育成は高校や大学といった教育機関の役割・責任だし...」、「あんまりあれこれ口や手を出すとアッチに悪いから...」というやや「家事に関して嫁に遠慮する姑」的構図な微妙な立ち位置であったことは否めません。しかし昨今の状況はそんなことを言っていたら「家が傾く」ぐらい危機的な状況であり、「海洋科学・技術分野における⼈材の確保・育成は日本全体の課題である」と内閣総理大臣が海の日の談話として強いメッセージを発すような状況といえます(https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0720uminohi.html)。このような状況を受けJAMSTECでは、令和8年3月をゴールとする第4期中⻑期計画において、「若⼿⼈材の育成」を大きな目標の一つとして掲げました。そのためJAMSTECの全組織が「⾼等教育機関ではないJAMSTEC がどのように若⼿⼈材の育成に貢献するか?」ということをトップダウン的あるいはボトムアップ的にアイデアを出し合って取り組み始めています。

超先鋭研究開発部門の研究者から「まだ進路を決めていない高等教育課程に進む前の大学生あるいは高校生をガチガチの研究航海に乗せて、研究者と共にプロフェッショナルな研究現場を体験させることによって海洋研究の虜にしてしまうのはどうでしょう」というアイデアが提案されました。アイデア自体はかなり以前からあったのですが、具体的にどう実現するか?あるいはそれが可能か?ということがよく分からないまま、私としても長年やりたいけどちょっと面倒な案件としてなかなか立案する勇気がなかったといえばなかったのです。しかし今そこにある危機を少しでも改善するためには何らかのアクションを起こす必要があると考え、とりあえず2018年の7月に、「よこすか」「しんかい6500」を使った「海洋研究のプロフェッショナルではない人材(例えば上記の大学生等だけでなく民間企業の研究者や情報発信者を含めた、これまでほとんどJAMSTECの研究航海に乗船したことがないような人材)を乗船させる」ことを主目的とした研究航海の提案書を提出し、9月には「予算が確保された場合は航海を実施してよし」という内定が認められました。この時点では「深海研究のガチンコファイト」航海が可能かどうかはわかりませんでした。ですが、まずは研究者以外の人々を「海に連れて行く」チャンスが現実のものとなりました。

写真:有人潜水調査船「しんかい6500」

写真:有人潜水調査船「しんかい6500」

写真:深海潜水調査船支援母船「よこすか」

写真:深海潜水調査船支援母船「よこすか」

さらにこの企画にはもう一つ大きな背景がありました。

昨今のJAMSTECの研究開発の予算の減少は顕著であり(https://www.jamstec.go.jp/j/about/suii/)、2012年以降、その総予算の減少は留まる気配が見えません。JAMSTECの研究開発の基盤(人件費や船や探査・研究ツールの運航や運用、研究環境の整備といった基盤経費)を支える運営交付金に至っては2012年のずいぶん前から減少しています。JAMSTECでは現在「ちきゅう」を含む7船の船舶、さらにそれぞれの船舶を利用した「しんかい6500」を含む探査機・研究ツールの運用を行っていますが、予算(特に運営交付金)の減少は、これらの海洋研究プラットフォームの運用だけでなく維持・管理にも大きな影響を及ぼし始めています。将来的に、現在保有するすべての海洋研究プラットフォームの運用・維持を継続することは難しく、長期的視野に立ったスクラップ&ビルドが必要となっています。そのような流れの中で、1991年からある意味JAMSTECの象徴として運用されてきた有人潜水船「しんかい6500」についても議論がなされるようになってきました。未だバリバリの現役機として活躍する「しんかい6500」ですが、建造から30年を迎えることもあり、確かにそう遠くない未来に現役引退の時を迎えることは間違いありません。「しんかい6500」に代わる万能型探査機の目処がないままに予算的な理由のみから運用停止に至るということは、JAMSTECの多くの職員だけでなく、「JAMSTECは知らなくとも「しんかい6500」は知っている」というような普段JAMSTECとはなじみのない人々にとってさえ、にわかに納得できないことだと想像します。しかし、JAMSTECの一部でそのような議論が始まっていたのも事実であり、私もその議論の中の一人であったのです。

図:JAMSTECの予算の推移(棒グラフ)

図:JAMSTECの予算の推移(棒グラフ)

もし近い未来に「しんかい6500」が停止され日本の海洋研究の現場から有人潜水船が消え去った時、必ずや私は「誰が「しんかい6500」を殺したのか?」みたいなタイトルの本を書くでしょう(笑)。確かに世界的な情勢を見ると、維持・運用にお金や人手の掛かる「しんかい6500」のような有人潜水船に代わって、コストパフォーマンスに優れたROVやAUVといった無人機、さらには自動運転型の船舶との組み合わせ、による新しい海洋調査が進められている状況です。なのである意味、有人潜水船の運用停止は世界的な流れである以上、「誰かが悪い」とは言えないかもしれません。しかし私は、「世界的な動向だから仕方なし」は納得に至る理由にならないと思います。本当に有人潜水船はコストパフォーマンスが劣っているのでしょうか?一体そのコストパフォーマンスという指標は、効果が社会に対してどのような時間軸でどのような人々や領域に及ぶということをきちんと評価した結果なのでしょうか?私は以前、文部科学省の委員会において「有人潜水船と他の無人機による調査の違いは、科学的成果(論文)の質と量について影響を及ぼさない」と発言しています(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu5/013/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/16/1372298_3.pdf)。しかしこの見解はあくまで研究論文の質と量に限ってのものであり、むしろ有人潜水船の価値は別の評価軸や観点が必要ではないかと主張しています。この別の評価軸や観点が考慮されないまま、極めて狭義のコストパフォーマンスを理由に有人潜水船がこの世界から消え去るのであれば、それはやはり「誰かが「しんかい6500」=有人潜水船を殺した」と言えるのではないか、私はそう思わざるを得ません。そして突き詰めて考えてみれば、その誰かとは「有人潜水船を使って何らかのメリットや悦びを独占的に甘受してきた研究者、技術者および運用に関わる人々といった関係者」であり、「その関係者が有人潜水船の持つ本当の価値を多くの人々に共有・知覚せしめることができなかったこと」が一番の理由ではないかと思い至るのです。言い換えれば、現役の研究者として「しんかい6500」に最も多く乗船して最も多くの論文を書いてきた私自身こそが「しんかい6500」を殺した最重要容疑者である、という自責にも似た苦い想いが心の奥底に横たわっています。

もちろんまだ「しんかい6500」の運用は停止していませんし、その予定も全くの白紙です。いってみれば「まだあわてるような時間じゃない(by 仙道)」です。なので今私が為すべきことは、過去を反省するではなく、これまで有人潜水船を使った研究機会や直接的な関係性がなかったような人々に有人潜水船の価値を知ってもらう機会を積極的に創り出すことだと思います。その一歩としてまず、その経験がより劇的な成長の糧となり、その経験や影響が社会のいろんな方面に長い時間の中で紡がれていく可能性を持った若い世代の人達に、有人潜水船を使って研究の現場を体験してもらうチャンスを増やすことが重要だと考えました。それは、有人潜水船の価値を多くの人に知ってもらう機会を増やすだけでなく、さらに言えば上で述べた「若年層の海洋科学・技術分野への進学・キャリア選択の興味減少」を改善する一つの契機となる期待も込められています。

これが「深海研究のガチンコファイト」企画が生まれた背景です。

提案した航海の日程は2019年の8月下旬に予定され、2019年の3月に正式な実施計画が認められました。しかしJAMSTECではこれまで大学院生を含む学生を「しんかい6500」に乗船させた前例がありませんでした。それにはいくつか理由があるのですが、大きな理由は事故が起きたときの責任に関することであり、もう一つは限られた機会での研究効率の観点からの理由です。ただし後者については2019年から「しんかい6500」は一人のパイロットと二人の研究者を乗船させる「ワンマンパイロット」の運用を開始しており、例え初心者の潜航者であってもベテランの研究者と一緒に潜航することによって、効率を損ねることなく研究を推進できる体制が整ってきていました。しかし、本当に大学生を「しんかい6500」に乗船させることができるのか?事前にいろいろと協議はしていましたが、新しい中期計画が始まった2019年の4月になって初めて、本格的にその準備に取りかかることになりました。航海を実施する超先鋭研究開発部門と人事部、研究プラットフォーム運用開発部門、海洋科学技術戦略部の関係職員が実施に向けた準備・調整を急ピッチで進めました。実はギリギリまでいろいろ問題は噴出したのですが、とりあえず多くの職員や役員の努力・尽力の結果、航海の実施に至ることができました。まずはこの場を借りて、協力に深く感謝したいと思います。

「深海研究のガチンコファイト」の参加者(ガチンコファイター)の募集・選考

「よこすか」「しんかい6500」による「深海研究のガチンコファイト」(以下ガチンコファイト航海と略す)の実施に至る内部事情はさておき、このガチンコファイト航海の研究目的や調査対象域は2018年の研究航海申請の段階で決まっていました。研究目的は「将来の深海化学合成生物群集の人為的生息地移転に向けた基盤研究ならびに技術開発」であり、調査対象は伊豆・小笠原弧の水曜海山熱水域でした。

調査は、乗船してくる学生に「人材育成のための子供だましのような体験乗船だな」と思わせないよう、研究者もドキドキするような挑戦的かつ新しい研究テーマを設定しました。深海熱水域に生息する化学合成生物の将来的な人為的生息地移転に向けて、成体の水中運搬の際に予想される水深・水温変化に対する挙動を調べるという過去に例のない新しい挑戦です。またそのための現場飼育カゴや現場RNA固定といった新しい技術開発要素も含まれるかなり野心的な研究計画です。航海のもう一つの目標である「先端的研究現場体験を通じた海洋科学リテラシー向上および若手人材育成」にとって、潜航観察したときに見える海底風景のインパクトはとても重要です。ダイナミックな熱水活動や多様な大型生物で彩られた深海熱水域の潜航調査がベストであり、かつ学生にとって参加しやすい比較的短い調査期間であること、複数年にわたる調査・観察が可能となるような内容であること、等、研究と人材育成の両方の観点から条件を満たす水曜海山のアルビンガイに焦点を当てた調査内容を計画しました。

研究調査の準備と同時に、ガチンコファイト航海の主役になる学生の募集準備も急ピッチで進めました。本当のことを言うと、最初は高校生までを募集対象に入れたかったのですが、さすがに高校生を「よこすか」に乗船させ、「しんかい6500」に潜航させるというウルトラC級難易技を数ヶ月で準備することは不可能でした。とりあえず高校生まで視野に入れた調査航海の準備が整うまで、高等専門教育課程に進む前段階である大学1-3年生および高等専門学校4年生以上を募集対象とすることにしました。航海の予定期間は8月下旬です。乗船者は7月中旬までに決定しないといけません。となると乗船者の選考は6月、募集はその1ヶ月前には始めなければなりません。ぎりぎり5月下旬にガチンコファイト航海参加者(ガチファイター)募集の案内を出すことができました(https://www.jamstec.go.jp/j/about/hr_cruise2019/)。今回は準備時間に余裕が無かったために、募集案内はJAMSTECのホームページでの告知のみで、後は私のツイッターでの告知および知り合いの大学の先生へのメールでのお願いくらいしか宣伝できませんでした。しかし、フォロワーの多いアカウントによるリツイート効果や、超先鋭研究開発部門やJAMSTECの他の研究部門の研究員の草の根的な協力もあって、かなり広い範囲に情報が届いたようです。5月28日から6月14日の3週間弱の募集期間内に、10名程度の募集に対して224名の応募がありました。

図:ガチンコファイト航海HPより抜粋。広報担当者のセンスが光る。

図:ガチンコファイト航海HPより抜粋。広報担当者のセンスが光る。

応募者のデータに関する情報は以下の通りです。

応募総数:224名
オーバー&アンダーエイジ枠:3名
大学3年生(高専専攻科1年):92名
大学2年生(高専5年生):62名
大学1年生(高専4年生):63名
学年不明:4名
男性:148名、女性:76名
応募者の所属
東京海洋大学:31名
北海道大学:14名
東京大学:13名
鹿児島大学:10名
九州大学:10名
京都大学:8名
北里大学:8名
高知大学:6名
日本大学:6名
三重大学:5名
静岡大学:5名
東海大学:5名
神戸大学:4名
琉球大学:4名
宮崎大学:4名
千葉大学:4名
筑波大学:4名
大阪府立大学:4名
その他51校:79名

日本全国津々浦々に及ぶ比較的男女の偏りのない応募者が集まりました。加えて台湾国立大学の学生からも応募がありました。私の予想では50名もくれば上出来と考えていたので、予想を遙かに上回る224名、さらに68校に及ぶ多様な大学・高専・専門学校から、の応募は衝撃でした。まずこの段階で、「しんかい6500」が一般の人々(学生)へ与えている知名度や影響力に対する私を含むJAMSTECの職員の過小評価が窺い知れます。私たちが思う以上に「しんかい6500」の名は偉大です。

224名の応募者には履歴書と自由フォーマットによるアピールを郵送あるいはメールしてもらいました。この224名の中から書類選考を行い、約20名の面接選考候補者を絞り込みました。この書類選考はガチンコファイト航海の実施責任者に立候補して就任したJAMSTEC人事部若手人材育成プロジェクト担当の大久保隆氏が3日間朝から夜まで全力投球で行いました。人事部と私の間で決めた選考基準は次の2点です。「「よこすか」乗船や「しんかい6500」潜航に対する熱意や意思がどれだけ伝わるか」および「その人の個性を出せているか」。大久保氏は一人一人丁寧に履歴書とアピールを読み、約30名の候補者を選出しました。

この30名から、大久保氏、人事部の岡山課長そして私が面接選考候補者を絞り込みました。この段階から企画立案者であり首席研究者でもある私の意向が強く反映されるようになってきます。先の2点に加えて、「将来のスターになれそうな気配があるか」、「JAMSTEC職員と縁故があるか」、「親や親族がJAMSTECに寄付しているか」(今回はそういう候補者はいませんでしたがもしそういう事実があるならぜひ応募者はその旨アピールしてください。入学試験ではないので縁故・裏口アリアリです)、「ジェンダーバランス」、等の条件を参考に20名を選出しました。

面接選考候補者:20名
オーバーエイジ枠:1名
大学3年生:10名
大学2年生:2名
大学1年生:5名
高専専攻科1年生:2名
男性:11名、女性:9名
候補者の所属
東京大学:5名
北海道大学:2名
京都大学:2名
九州大学:2名
東京海洋大学:2名
その他7校:7名

選考外となった学生のアピールはどの部分が物足りなかったのでしょうか?応募者はみんな「深海に行ってみたい」・「「しんかい6500」に乗りたい」ことは明らかなので、「行きたい」・「乗りたい」という想いをそのまま率直に表現してもなかなか書類審査員(=大久保氏)には響きません。「乗らねばならない特別な理由」とか「乗るとどのようなスーパーサイヤ人に変身できるのか」、あるいは「乗るとSDGsが達成できる」とか「一次審査を通してくれたら大久保氏にこんなメリットがある!」みたいな他の人とは少し違うテイストで個性的なアピールすることが書類審査をパスするには必要かもしれません。もちろん奇をてらいすぎると次の面接で私にボコボコにされる可能性がありますが。大久保氏によれば、選考基準として文章の論理性や応募者の経歴も加味したとのことです。ぜひ次回の応募の参考にして頂けると幸いです。

そして6月26日から28日にかけてインターネットによる面接選考を行いました。審査員は大久保氏と私が行いました。面接選考では、「「よこすか」乗船や「しんかい6500」潜航に対する熱意や意思がどれだけ伝わるか」および「その人の個性を出せているか」、そして「他の乗船学生との相性」や「ジェンダーバランス」、等の条件を考慮し、最終的に7名の合格者、3名の補欠合格者を決定しました。この段階で、214名の応募者に「今回は縁がなく残念ながら不採用となりましたが次回の応募を是非お待ちしております」という返事を送りましたが、学生なので多分辞退者が出るのではないかという私たちの想定で決めた補欠合格者の3名だけは、採用でもなく不採用でもなく待機をお願いすることになりました。3名の方には迷惑をお掛けしたと思います。この場を借りてお詫び申し上げます。

そして決定した乗船ガチファイターは以下の方でした(本名50音順)。

たっけー君(東京⼤学理学部3年生)
セーナさん(立命館大学生命科学部3年生)
だつかん君(東京⼤学理学部3年生)
たかまこさん(北海道大学水産学部3年生)
めんだこさん(京都大学農学部3年生)
やまもとさん(東京大学理学部4年生)
たろちゃん君(慶應義塾大学経済学部3年生)

結果として今回のガチファイター最終選考者全員が大学3年生以上の学生となってしまいました。今回の選考では大学1-3年生相当の学生をまったくフラットな状態で(年齢差を考慮すること無く)審査しました。審査時になってはじめてわかったことですが、普段大学生とコミュニケーションすることはない国立研究法人の職員である私たちには大学生にとっての1年1年の差がプレゼンテーション能力やコミュニケーション能力において大きな差となって現れることを全く認識していませんでした。ガチンコファイトと銘打ってしまったこともあり、面接における自己表現力やプレゼンテーション力を重視しましたが、この年代の1年1年の成長過程を考慮したある程度の年齢別の選考基準を設ける必要があると感じました。次回以降の課題としたいと思います。

乗船前研修

8月19日から始まる「よこすか」・「しんかい6500」の航海(YK19-10)に際して、7名のガチファイターには3日前の8月16日にJAMSTEC横須賀本部に集合してもらい、航海に参加するための準備や事前学習、および乗船研究者とガチファイターの相互理解ウォーミングアップとして3日間の乗船前研修を実施しました。

写真:乗船前研修の冒頭の顔合わせ

写真:乗船前研修の冒頭の顔合わせ

初日には、ワンマンパイロットによる潜航調査において必須となる普通救命講習の受講と乗船研究者およびガチファイターの自己紹介、JAMSTEC横須賀本部の施設見学を中心に行いました。今回のガチファイターは全員成人であったため初日の晩には最初の飲み会を行い懇親に努めました。

8月17日には航海のための研究荷物の積み込みが予定されていました。ガチファイターにも「よこすか」船内環境に慣れてもらう意図もあって、東京有明埠頭に集合し積み込みを手伝ってもらう計画でした。しかし案内役を買って出た大久保氏の不手際によりガチファイター達が積み込みに間に合わず、炎天下の重作業でヘロヘロになって不機嫌な私から大目玉を食らうというハプニングもありました。有明埠頭からの帰り道、私はセーナさん、たかまこさん、めんだこさんと一緒になり話す機会がありました。その時のキャピキャピしている女子大生3人とのジェネレーションギャップ満載の会話を通じて私は、「大学3年生といってもまだまだ子供やな。航海大丈夫だろうか」とかなり不安になったことをひっそりここに吐露します。

8月19日はJAMSTEC横浜研究所での航海前事前学習を行いました。この日はまず朝から3時間ほど、深海熱水における極限生物学研究の根本的な背景にある「生命とは何か」に関する研究の歴史や概論、深海熱水に関する研究の歴史や概論、および有人潜水船を使った研究の意義、等について、私が講義を行うとともに、私とガチファイター達による討論型学習の機会を設けました。そしてこの日の最初に7名のガチファイターから3名の「しんかい6500」潜航者を選ぶ判断基準を伝えました。初日の研修時、私の「航海中の言動と様々な人の意見を参考にして総合的に判断する」という発言に対して、「潜航者に選ばれるためには首席研究者の思惑通りに、あるいは意向に添うように、(終始演じながら)行動しないといけないのか?」と、かなり核心を突くような言葉を返したガチファイターがいました。その言葉には、「しんかい6500」の潜航に対する真剣さとその真剣さを逆手にとって学生を思い通りに操ろうとする大人の打算に対する反発がにじみ出ているように感じました。これはなかなか一筋縄ではいかないなと思った私は、改めて「しんかい6500」の潜航者は、(1)その経験を自分の成長に結びつけられそう、(2)その経験を自分以外の人に伝えることができそう、(3)その人を潜航させることによってJAMSTECにメリットがありそう、の3点から判断する意向を伝えました。客観的に見ればあまり明確ではない基準ですが、ガチファイター達にあとで理由を聞かれたときにちゃんと答えられるように私自身の判断基準を明確にしたということです。徐々に私も「これは審査する側もガチンコだな」と身の引き締まる感覚を感じ始めました。

書類選考と面接選考を通じて、私にもある程度ガチファイター各人の専門性や能力に関する事前の情報と認識はありました。しかし前日の会話でガチファイターの幼い面を肌で感じた後だったため、私は幾分ガチファイター達を舐めていたと思います。この日の講義と討論を通じた交流で見せつけられたガチファイター達の理解力と洞察力、表現力や客観視能力の高さや鋭さには、正直度肝を抜かれました。例えば、予告無しにいきなり「生命とか何か」という命題に対する考えを問うた時に返ってきたガチファイター達の意見は、多くの大学院生に同じ問いを投げかけた時に返ってきた意見とはレベルの違う高度な観点や洞察を含んでおり、自らが選考したとはいえ今回のガチファイターの思考センスの良さや深さに思わず鳥肌が立ちました。

さらに驚かされたのは、ガチファイター達に私が「有人潜水船を使った研究は今後必要とされるだろうか?」と問うた時でした。ガチファイターのほとんどは「しんかい6500」に乗りたくて応募してきた学生です。実際航海では7名のガチファイターの内最大で3名にしかチャンスがないことも分かっています。自分が選ばれるためには、有人潜水船でしか経験できないような魅力や直接人間が深海に潜ることによる効果、その直接的あるいは間接的なメリット、について力説した方が有利かもしれない。そのようにガチファイター達が計算していたとしても不思議ではありません。それに「しんかい6500」や深海の世界に憧れて応募してきた学生が多いです。その率直な熱意や有人潜水船礼賛のような意見を語ると思いきや、7名のガチファイターは実に様々な角度から有人潜水船を使った研究活動のメリットやデメリットを指摘するではありませんか。さらに各人の意見を述べるだけでなく、他人の意見に対してもさらに議論を深めてゆくのです。

海洋研究の入り口にも立っていないたった7名のガチファイター達の討論で語られた内容は、これまでJAMSTECや海洋科学技術に関わる界隈の中で10年以上に経って議論されてきた内容をほぼ網羅するぐらいに深いところまで届いたものでした。私は討論を聞いておもわずブルブルする安西先生になりましたとも。「おい……見てるか浦環……お前を超える逸材がここにいるのだ……!!それも……7人も同時にだ………浦環……」。おっとつい個人名が。簡単にまとめると「有人潜水船による研究は直接的な体験を通しての研究者の動機付けや直観による研究メリットがある」、「有人潜水船の存在自体が次世代への強力な動機付けとなる」、「まだカメラ・映像技術は完全に人間の視覚と同等あるいはそれ以上の情報伝達や処理を実現していないのではないか」、「研究効率に限っていえば必要ないかもしれないが研究効率だけが根拠になるべきかどうかはわからない」「有人潜水船の研究は役割を終えた。次のステップを考えるべきである」、等の意見がガチファイターの口から次々とでてきたのです。

写真:討論の1シーン。ガチファイター達のセンスと指摘にビビる。

写真:討論の1シーン。ガチファイター達のセンスと指摘にビビる。

一方、ほぼ初対面の相手とこのような高度な思考の応酬と討論ができるわりには、ガチファイター達の昼食時の会話はかなり子供っぽい内容なんです。私はガチファイター達が見せる大人と子供の二つの顔とそのギャップにかなり戸惑うことになりました。そしてこの日の午後は、乗船研究者の渡部裕美氏から水曜海山熱水域や日本近海の熱水域における化学合成生物の多様性や生物地理、進化に関する講義が続き、大久保氏が船内生活の安全に関するレクチャーを行いました。最後に地球シミュレーターを見学し、3日間の乗船前研究が終了しました。

ガチンコファイト航海と「しんかい6500」潜航を賭けたドラマ

8月19日朝10時、大久保氏や岡山課長達に見送られながら「しんかい6500」と4名の乗船研究者(高井研、宮崎淳一、渡部裕美、Chong Chen)、7名のガチファイターをのせた「よこすか」は有明埠頭を出港し、水曜海山熱水域へ向けて回航を開始しました。水曜海山到着まで丸二日、8月21日の朝には今航海の最初の「しんかい6500」の潜航調査が行われます。

写真:出港時の1シーン。(なぜか)Team KUROSHIOの大漁旗によるお見送り。

写真:出港時の1シーン。(なぜか)Team KUROSHIOの大漁旗によるお見送り。

ここからは首席研究者の私が毎晩、研究プラットフォーム運用開発部門運用部に送った日報(公式記録)を引用しながら船内生活の様子を振り返ってみます。航海中の研究者は清原的なナニカをキメているかのようにハイになっていることが多々あるので、後から振り返ると少し恥ずかしい感じがするのですが、リアリティを感じてもらうためできるだけ原文に近い状態で引用します。

8月19日
朝一で「しんかい6500」チームとの打合せ、午後は船内安全ミーティングを行った。21日の潜航に向けて「しんかい6500」に載せる研究機器(ペイロード)の準備等も進めた。ガチファイター達は、最初は少し船酔いする者も出たが、夜にはなんとか回復したようで、とりあえず全員航海で力を発揮できそうな感じです。初めての経験であるがみんな聞き分けがよく今のところ全く問題ない。

写真:船内安全ミーティング時の1シーン。

写真:船内安全ミーティング時の1シーン。

8月20日
今日は明日の潜航に向けて、ペイロードの準備、ワンマンパイロット潜航に向けた全員の事前講習(ブリーフィング)を行った。ガチファイター達も一生懸命に船内の仕事を手伝い、7名の学生の間にもかなり交流が生まれているようだ。18時からの研究者ミーティングでは、「最初の潜航者を決めるに当たって最終所信表明演説会」を行った。ガチファイター達の感受性・感性・理解力・想像力は、こちらの想定を遙かに上回るものがあり、こちらの思惑では航海後半に実現すると期待していた「学生間の化学反応」のクライマックスがたった2日で実現してしまった。お互いの思いや情熱や優秀さに、それぞれが反応し、いろんな想いや感情が溢れて、涙するもの、隠していた心の奥底をみせるもの、阿鼻叫喚的展開となった。「我々はもしかして踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったのでは?」と少しびびってしまったが、これもガチンコ研究航海がなせる業なのであろう。研究航海は、陸上での普通の生活における何ヶ月分の成長を促す可能性を秘めたドラゴンボールの「精神と時の部屋」みたいな特別な空間と時間となりうる。まだまだ濃いドラマが起きそうでこっちの精神が持たないかもしれない。怖いわ〜怖いわ〜。

写真:「しんかい6500」ペイロード準備時の1シーン。

写真:「しんかい6500」ペイロード準備時の1シーン。

8月21日
今日は6K#1549が水曜海山熱水域で行われた。潜航者Chong Chen氏。
今日の潜航で目的のアルビンガイの群集が見つからなければ、意欲撃沈、目的霧散、支離滅裂になるため、かなり緊張感が漂う潜航であったが、昼食中に「めちゃくちゃキレイになった最新音響画像伝送装置」に丸々と太ったメタボアルビンガイが鮮明に映った瞬間はおもわず拍手したものよ。そらそうよ。

写真:「しんかい6500」に乗り込む直前のChen氏。

写真:「しんかい6500」に乗り込む直前のChen氏。

ということで今後の潜航での生息地移転実験を行う段取りがついてホッとした。
潜航終了後、得られた試料を「微生物・化学班」と「生物班」に分けたガチファイターと共に処理・分析を行いみんながヘトヘトになった頃合いに、「しんかい6500」史上最初の大学生潜航者の発表を行った。
選ばれた第1号はやまもとさん。
発表の場では「なぜ選ばれたか」の理由は説明しなかった。
ガチファイター達はとても感受性が強く理解力が高い。私の不用意な言葉からすぐさまいろいろ読み取ってしまう。私は航海中最後の潜航者が決まるまでは、その理由は言わない方がよいと判断した。
が、読者(日報の読者の意味)には語っておこう。
やまもとさんは小学生5年生の時、JAMSTECの一般公開に親に連れられてやってきて、「深海」への興味を持ち始めたという。中学生の時、JAMSTECのとある天才イケメン研究者の講演を聴き、同じ深海の生命の研究者になりたいと思ったそうだ(知らんけど)。高校在学中には、JAMSTECハイスクール研究航海(過去に一度だけ奇跡的に行われた企画)に乗船した数名の高校生の一人となり、実はその時の試料を使った高校での研究活動が高く評価され、その活動などが認められ東京大学への推薦入学に至っている。大学3年生くらいから就職か大学院進学か迷ったそうである。現在の結果としては就職活動をしてシンクタンク型企業研究所への内定を得て大学卒業後就職する予定である。そんな時に「ガチンコファイト」の募集を知り、JAMSTECにより開眼され、JAMSTECにより成長させられ、JAMSTECとともに歩んできた自分の心に湧き起こるナニカに突き動かされたと言う。来年は就職する。しかし社会に出てからアカデミアに戻ることは決して回り道ではない。むしろ、純粋無垢なストレートな想いのまま大学院に進学するより、様々な経験を踏まえた後にも決して消えない真の情熱があるのなら、それとともにアカデミズムに進む方がホンモノになれるのではないだろうか?
「私の最終目標は研究者になることである。しかも単なる研究者ではない、世界を代表するJAMSTECの研究者になることである」
そうはっきりと宣言する彼女に期待をするなと言う方が無理であろう。JAMSTECが触発し、JAMSTECが成長を促し、JAMSTECがチャンスを与え、成長した彼女が将来本当にJAMSTECに採用され、世界のスターになったとしたら、それはJAMSTECが真の意味で育てたスターでありJAMSTECの未来を照らす星となろう。
例えそううまくいかなかったとしても、彼女が何者かになったとき、JAMSTECが人生に大きな影響を及ぼした希有な例となることを期待してやまない。

8月22日
今日は6K#1550が行われた。
ワンマンパイロット潜航で研究者は高井研とやまもとさんである。
高井はワンマンパイロット潜航は初めての経験であるが、一言でいうと「めちゃくちゃ大変!」。ほぼコパイロットと同じ作業をしなければならず、いつもは自分の好きなように観察をしているところを機器のチェックや時間配分など多くのことに気を配る必要があり、たぶんこれまでの潜航経験の中で一番忙しかったと思う。
潜航自体は、完璧な潜航マネージメントと大西パイロットの腕が良かったために、当初の目的をパーフェクトに達成することが出来た。
ワイをもっと褒めてくれ(フルフル)。

写真:耐圧穀内のやまもとさんと大西パイロットと高井。両脇で足を伸ばし気味の2人と辛そうな態勢の大西パイロット。

写真:耐圧殻内のやまもとさんと大西パイロットと高井。
両脇で足を伸ばし気味の2人と辛そうな態勢の大西パイロット。

潜航終了後、明日の6K#1551の潜航計画について打合せを行い、渡部裕美とたっけー君に決定。
たっけー君が選ばれた理由は、「深海大好き」・「JAMSTEC好き」が多いガチファイターの中で、最も客観的かつ多面的な考え方や視点を持っているという高井の評価である。「必ずしも「しんかい6500」に乗らなくてもよい」「有人潜水船による調査は効率や経済面からはムダとも言えるが科学や社会を支えてきたのはそういうムダではないか?」「生命現象というものに対する独自の柔軟な捉え方」。乗船前研修から航海中を通じて、彼の意見や視点はストレートな感情や思いをぶつけようとするガチファイターの中では異彩を放っている。
実際に将来、たっけー君が海洋研究の道に進む可能性は決して高くないと思う。しかし、いやだからこそ、彼のような多面的な視点や考え方ができるような将来有望な若者に「しんかい6500に乗船して欲しい」と思った。それが彼を選んだ理由である。

8月23日
今日は6K#1551が行われた。
潜航者は渡部裕美とたっけー君。
昨日の潜航で人為的生息地移転(カルデラ底から外輪山頂上約400mの高低差を移動)させたアルビンガイ個体を、(1)990m地点で現場化学固定すること、(2)もう一つは元々の生息地に戻し生死を2日後、1年後に確認すること、の作業を行うことが本日の潜航の目的である。
今日も、ほぼすべての作業が上手くいった。
何をやっても上手くいく航海っちゅうのはあるものである。僥倖としか言いようのない航海である。
潜航後、本日の潜航ガチファイターのたっけー君の言葉(10分ぐらいの長語り)はかなり名演説であった。
「この席に経営陣全員来いよ!あっ?」と言いたくなるほど本質を突いた「有人潜水船を使った研究とは?」「人が直接深海に行く理由とは?」への21歳の感性溢れる感動巨編であった。
続きはNHKプロフェッショナルで!

写真:「しんかい6500」に乗り込むたっけー君。素晴らしい笑顔である。

写真:「しんかい6500」に乗り込むたっけー君。素晴らしい笑顔である。

8月24日
今日は整備日のため、「よこすか」は小笠原海溝前弧域の海底地形調査を行った。18時より研究者ミーティングを行い、「乗船研究員4名の19−21歳の地図」というプレゼンテーションを行い、学生への「キャリア形成への実例紹介」を行った後、最後のガチファイター1名の発表を行った。
最終潜航者は宮崎淳一とセーナさん。
セーナさんが選ばれた理由は、
・スプラトゥーン2のJAMSTECコラボをきっかけに深海に興味を持ったという「JAMSTEC広報戦略の成功例」としてのメリット
・研究者志望ではなく官僚志望という将来志向
・なぜ自分が7名に選ばれたのかを客観的に自己分析し、自分に与えられたロールを最初から理解しそれを実践できる対応力
・同調圧力や空気に流されない力強さ
・一方で最終弁論大会後、他の純粋な参加者に対して自分が「打算的であること」に嫌悪し涙を流す純粋さ
研究者志望のガチファイターはまだまだこれからチャンスがあるのに対して、研究者志望でない彼女にはぜひこの機会に経験・成長するきっかけを与えたいし、本当に成長して欲しいと思う。
最終潜航者の発表後、選ばれなかったガチファイター達が感情を隠しきれずにホントーに悔しそうに落ち込んでいるのを見たとき、私は猛烈に心を動かされた。大人であれば、悔しさがあったとしても、周りには悟らせないようにするのではないだろうか。あるいは人に気づかれないようにそっと一人になろうとするのではないだろうか。選ばれなかったガチファイター達は、ミーティング終了後もその場に座ったままピクリとも動かず、自分の心の中に湧き起こるいろんな想いと真正面から対峙していた。選ばれた3名のガチファイター達も嬉しい反面、選ばれなかった4名の想いを慮り、じっとヒリヒリする雰囲気を受け止めていた。そんなガチファイター達の真摯な姿をみて、私は一人一人を思いっきり抱きしめたくなりました。

8月25日
潜航者は宮崎淳一とセーナさん。
アルビンガイの採取とチムニー採取がメインの潜航であったが、ほぼ予定通り作業を貫徹することができた。生息地移転にむけた海中移動させたアルビンガイと移転させていないアルビンガイをそれぞれ篭にいれて元々の生息地に戻し、これから1年間海中移動の影響を評価する。
さて「非効率的な有人潜水船を使った研究調査は官僚希望の私から見れば必要なし」と言っていたセーナさんは潜航を終えてなんと言ったであろうか?
「科学的な見地だけに絞れば効率の面からやはり有人潜水船は無くなる運命だろう」と。
「海底に着くまではまあふーんて感じ」
「海底を見てもまあそんな感じ」
「熱水域のアルビンガイやヒバリガイを見た瞬間、前日までラボで散々弄っていた生物が深海底で活き活きと生きている姿に心を打たれた。そして不意に深海で暮らしたいと思った」
「やまもとさんが深海に恋してる、って言っていましたが、私は水曜海山の熱水域や生物を現場でみた瞬間、一生分の憧れを深海に奪われてしまった」
「科学だけを考えれば必要で無いかもしれない。でもやまもとさんや私のように人生観を変える事ができるぐらいインパクトが有人潜水船にはあると思う。次に深海に人生を変えられてしまう人のためにもぜひ続けて欲しいそして続いて行って欲しい」 研究プラットフォーム運用開発部門の全員が彼女の深海へのラブレターを読むべきである。

写真:潜行に向かう「しんかい6500」とセーナさん(中央窓部)。

写真:潜航に向かう「しんかい6500」とセーナさん(中央窓部)。

8月26日
8/26は回航。
夕方最後のmeetingを行い、今航海の纏めを語り合った。
ガチファイター達、みんな感極まってました。
私にとって新たな発見だったのは研究員の方にもとてもイイ影響を与えたこと。この航海、一体何がよかったのかまたぜひジックリお聞かせしたい。
これから下船する。
航海の企画から計画・実行に至るまで、多くの部署・人の手助けがあった。すべての人に感謝しつつ、ぜひこの企画来年もやりましょう!

ガチンコファイト航海はガチファイターにどのような影響を与えたのか?

ここまで書いてきたようにガチンコファイト航海には「若⼿⼈材の育成」という明確な目標があります。事業として行っている以上、当事者の「有意義であった」「感動した」「楽しかった」といった航海後の印象や感想はさておき、どのような効果が期待されて、それがどのように達成された(されそうな見込みがある)か、が事後分析されなければならないでしょう。

まず私たち企画側がガチンコファイト航海に期待する成果とは、「まだ進路を決めていない高等教育課程に進む前の有望な学生を、「しんかい6500」を使ったガチンコの研究航海に拉致監禁し、彼らにとって未体験の異次元ゾーンである海洋研究の現場での覚醒を引き起こし、海洋研究の虜にしてしまう」ことが第一です。なかでも最高の妄想シナリオは、「ガチンコファイト航海で覚醒した若者がその後海洋科学・技術分野に進み、JAMSTECの研究者・技術者として戻ってきて活躍し、20年後30年後に世界のスター研究者・技術者となって脚光を浴び、多くの人が憧れる存在となること」です。そして何かの受賞の際のインタビューの時に、「私が今ここにあるのはJAMSTECのガチンコファイト航海がきっかけです。あれがすべての始まりでした!」と言ってくれることです。キャー、たまらん!ちなみに今回の7名のガチファイターとは「もしそのような状況が訪れたらそのような発言をすることを約束します」という契約書を交わしております。ガチファイターが訳も分からずサインした誓約書には抜け目なくそう書いてあるんです。たぶん。世界的なスターとまではいかなくても、日本屈指の、いやもうちょっとレベルを落として、海洋科学・技術分野の研究者・技術者として将来この世界に戻ってくるだけで、JAMSTECやその監督官庁である文部科学省的には大満足の大本営的成果となるはずです。

だがしかし、それには時間が必要です。人材育成というのは一朝一夕に為せるものではありません。すぐに収穫を期待するのではなく、将来的な結実を信じて地道な努力を続けていく覚悟と忍耐が必要です。しかし一方でその努力には、何かしらの信念を支える少しずつの手応えも必要でしょう。今回のガチンコファイト航海だけに限らず、私たちJAMSTECのこれからの「若手人材育成」プロジェクトでは、アクションに対する効果を長期的に定量評価することを目指して、関与した若者に対する将来の追跡調査を行うことを計画しており、ガチファイターにも協力をお願いしています。

また「しんかい6500」によるガチンコファイト航海にはもう一つの目的がありました。それは「これまで有人潜水船を使った研究機会や直接的な関係性がなかったような人々に有人潜水船の価値を知ってもらう」ことです。これについてもやはり何らかの評価が必要でしょう。

今回のガチンコファイト航海では、乗船前研修や航海を通じて「将来のキャリアに対する考え方」や「人が海に出て研究することの意味や価値」、そして「有人潜水船による研究の意味や価値」、についてどのような思考や観点の変化があったかをガチファイターに自己分析してもらい、最終レポートを提出することを課しました。本報告の最終章では、立案・企画側の私たちの自画自賛の分析ではなく、ガチファイター達の自己分析の記述を基に、「ガチンコ航海がガチファイターにどのような影響を与えたのか?」について考えてみたいと思います。

その前にそれぞれのガチファイターのバックグラウンドを少しだけ紹介しておきたいと思います。彼ら彼女たちの背景を知ることによって、航海を通じて思考や感情がどのように変化したのかを伺い知る手助けになることを期待して。

たっけー君:生物情報学を学ぶ「研究者も視野に入れているものの今はまだ将来を決めかねる」3年生。年齢の割には落ち着いたところのある、人とはちょっと違う視点と考え方を持つひねくれ者を演じているわりにはまっすぐな心と他人の心のヒダヒダを感じ取ることができる優しい男。面接時に語った彼の生命論は私のお気に入り。だつかん君とは同じ学科の知り合い。

セーナさん:生物工学を学ぶ官僚志望の3年生。スプラトゥーン2のJAMSTECコラボを機に「深海に興味を持ち始めた」深海初心者。彼女の存在は、ガチンコファイト航海の参加者にとって、子供と大人、陰と陽、白と黒、愛と憎、全ての相反する感情と評価の象徴といえるほどのインパクトがあったのではなかろうか。基本的にはずっと船酔いしていたらしい。

だつかん君:生物情報学を学ぶ研究者志望の3年生。もの凄く勉強家で、生物学における様々な最新トピックについて自分で解説や考察記事のブログを更新している。ダイビングが趣味で海洋生物にも詳しい。自信家であり、ナルシストでもある。航海中のあだ名はカリスマホスト。深海生物の解剖やDNA抽出では一番のやる気と手際の良さを見せる。

たかまこさん:海洋微生物を愛し、将来深海の微生物学者になりJAMSTECで働きたいと明言する体育会系3年生。ガチファイターの中で一番大学生らしい雰囲気を持っている。裏表のない性格ですぐ感動しすぐ怒りすぐ落ち込みすぐ泣くそしてすぐ回復する。彼女の実験室での立ち振る舞いは「スチュワーデス物語」のドジでのろまな亀=堀ちえみのようでした。

めんだこさん:深海生物を愛し、将来深海の微生物学者になりJAMSTECで働きたいと明言する体育会系3年生。いつもいの一番に手を挙げ発言し、威勢の良い言葉を発する宴会部長的なオッサン的女子だが、実際は結構ナイーブでつい周りの空気を読んで自分をさらけ出せないところがある。高井にとっては大学・学部・学科の後輩にあたるため、ちょっと気遣いが足りなかったところもあったかもしれない。

やまもとさん:高校生の時、麹菌の研究で文部科学大臣賞を受賞するぐらいの経歴をもちながら、「麹菌の研究は将来の深海の微生物の研究への通過点」と言うほどのイチロー的な存在。参加時にはすでに卒業論文の研究に着手していたオーバーエイジ枠(大学4年生)もなんのその。自らの夢を叶えるためには全力で一切容赦なし。

たろちゃん君:やまもとさんと並んで既に「プロフェッショナル」と言われていた3年生。経済学部所属という異色さに加え、貝マニアでもあり、すでに学術論文を発表している早熟の天才。将来の志望は選択肢が多すぎて決められないぐらいの多才さ、航海前からアルビンガイでの独創的な研究を始め、かなりインパクトのある予察的データを出している。恐ろしい。

まずガチンコ航海がガチファイターのキャリア展望にどのような影響を与えたかを見てみます。一言で言えば、この航海の経験が彼ら彼女らのキャリア展望や志向を劇的に変えた!というわけでありません。しかし、以下の引用を見れば、漠然とあるいは一途に思い描いていた彼ら彼女らの将来への希望やそこに至る道程の内容がより鮮明な目標と強固な意志とともに構築されていった経過がハッキリと読み取れます。ええ、読み取れますとも。読み取れない人は財務省の官僚かもしれません。

たっけー君
いきなりプライベートなことになるが私には夢がない。夢やそれに向かっていく意志がない。私はもともと「意志」だとか「(~をしたいという)気持ち」だとかというものがあまり好きではない。要約すると、人生において「意志」と「結果」は時として無関係なことがあり、「どんなに強い気持ちがあってもダメなときはダメ」という世の中に腹が立っているからである。だから、自分自身、あまり強い意志は持ちたくないのだ。実のところ、現実に裏切られるのが怖いだけなのかもしれない。自分は現状「悩んで生きていくべき」か「意志を貫いて生きていくべき」かを悩みながら、悩んで生きていくことにしている。(略)
本航海はとても刺激的で濃密だった。これほどの短期間で人と親しくなったのも初めてかもしれない。この7人のガチファイター全員がいて初めて成立した航海だと私は思う。一人でも違う人が採用されていたら全く異なった航海になっていただろう。それほどまでに一人一人が深くこのプロジェクトに関わっていた。この航海は、私にとっていろんな人たちと接する場を与えてくれた。それと同時にそんな彼らの「夢」にも触れることがあった。夢を追いかける人はとても輝いて見えた。そして心を大きく揺さぶられた。私にも胸を張って「夢」と呼べるようなものが欲しいと思った。信じて貫けるものへの誘惑が強まり憧れを抱いた。持つべきか、持たざるべきか、それが問題であるにも関わらずである。理性と感性のせめぎ合いである。私はいつまで悩むことになるのだろうか。見当がつかない。一方で、この航海が私の今後の人生でどう影響してくるのかについてもまだ分からない。すべては未来との相談である。自分で言うのもなんだが私は自分の将来がどうなるか楽しみである。

セーナさん
今回のプロジェクトで関わらせていただいた方々は研究を行っていらっしゃる方だけではありません。「しんかい6500」運航チームの方々を含め、研究職だけでなく技術職はたまた広報の方々とも関わる機会を頂くことができました。様々な職種の方と話したり関わったりする中で私が感じたことは、当たり前かもしれませんが、自分の好きなことに没頭する人は美しいということです。なかでも、研究者の方々から研究のお話を聞くことは、どの分野の話でも私は面白いと思いましたし、何より、一生懸命その対象の魅力を伝えようとしてくださる姿が、とても美しく感じました。私にももちろん好きなこと、趣味、やりたいことはあります。ですが、私はあんなに熱量を持って人に何かを伝えることはできないと思います。そう感じたとき、思ったとき、こんな方々を支えることが出来る職業に就くことができたらいいなという気持ちが生まれました。どの省庁を志望するかはまだ決めていませんが、好きなことに没頭する方々、またその職種を取り巻く方々の力になる職業は、やはり、国家公務員のお仕事ではないかと思います。今回の航海で目指す職業は変わりませんでしたが、その志望理由は確固たるものに変化しました。(略)
本プロジェクトは「若手人材育成」の一環ですが、たった2週間という短い期間であれど自分自身も含めガチファイター達が目に見えて成長していく様子を肌で感じたとき、人や経験が人を育てるということ、それは何なのかと考えるようになりました。私はまだ成人したばかりで、かつ思っていた以上に自分は子供でまだまだ成長が必要です。今の自分は教育を受ける、育成される側ですが、いつか私も今回お世話になった方々のように、人を育てる、また、人にひとつの在り方を提示することができるような人になりたいと強く思いました。技術や研究を支える分野だけでなく、人を育てるという分野にも関心が強まったことも今回の航海、関わってくださった大人の方々だけでなくガチファイター達との関わりを通じて得たものです。贅沢かもしれませんが、来年のこのプロジェクトに関わることが少しでもできたらいいなと思います。

だつかん君
本航海を通じて得られた知識や経験は僕の中で大きいものである。深海の熱水生態系や生命起源に関する議論は、自身が興味を持つ他の生物学の諸分野に匹敵する魅力を持っていた。たっけー君が言っていた言葉を借りるのであれば、やはり深海には(未踏の地という言葉以上にそこに広がる生命のnarative =物語にも) 夢がある。この魅力からはどうしても眼をそらすことはできない。この魅力への気づきは本研修における成長の一つである。ここまでに記した気づきや成長が、筆者の人生を少しばかり変えてしまったことはもはや明確である。問題はこれが10年後20年後、どのように僕の中に生きているかである。これがきっかけになり大きな決断をしているかもしれないし、古い思い出草になっているだけかもしれない。少なくとも僕が蒸発しない限り、この答え合わせは同乗した研究者方、友人たち、そして大久保さんの誰かが行ってくれるであろう。その答えは僕自身、気になるところである。

たかまこさん
私達は「よこすか」での船上生活と小笠原での滞在を共に過ごす中で、所謂「オフ」のような時間も、顔を合わせていました。そこで印象的だったのは、研究者の方の情熱とプロ意識です。「オフ」の時も、常にアンテナを張って息を吸うように研究対象について考える。そんな姿を目の当たりにして、私は自分の甘さを痛感しました。「好き」・「興味がある」といった感情とは一段階上の並々ならぬものを感じたからです。これほどの情熱を長期的に注げる対象に自分はまだ出会っていない気がしました。この航海を通じて熱水噴出域の微生物への思いは強まりましたが、それに限らず他の分野も知った上で、専門を探っていきたいと思います。

めんだこさん
特に印象的だったのが、研究者の方々が私たちに対し「ただの一学生」としてではなく、「ともに研究をする仲間」として接してくださったことです。もちろん、このプロジェクトの目的が「若手人材育成」であったことを鑑みると当然のことのように思われるかもしれませんが、この企画はそんじょそこらの「人材育成」企画とは一味もふた味も違うものだったです。
要するに何が言いたいのかというと、この企画には(こういうと嫌がられる方もいらっしゃるかもしれませんが)一種の師弟愛のようなものがあったように感じるのです。ただの「指導者―学生」という関係では言い表しがたいものがあった、とでもいったほうがいいでしょうか。正直、この感覚は参加していただかないとわからないと思います。しかし一つ言い切れるとすれば、この経験は私の中で一生消えることはありませんし、数十年後にもふと思い出して、私の背中を押してくれるだろうということです。「私はやっぱり、JAMSTECで研究がしたい。こんな素敵な方々と一緒に仕事がしてみたい」。そう再認識させられたことは間違いありません。(略)
今回の若手人材育成プロジェクトでは、深海研究に関わる知識や技術は言わずもがなですが、結果としてそれと同じかそれ以上に、一人の人間としても育成されてしまったように感じます(笑)そして私はこれまで通り、そしてこれまで以上に強い意志を持って、深海研究の一端を担うJAMSTECの研究者を目指していこうと誓いました。

やまもとさん
今回潜航を経験させていただいて正直に言うと自分の進路選択を少し後悔した瞬間がありました。ずっと憧れてきた深海は、実際に足を踏み入れるととてつもなく素敵で、魅力的で、優しく私を包み込んで、「なぜストレートにこちらへ来ないの?」と訊いてくるのです。「やっぱり私は深海が好きなんだ」と自分の気持ちを再認識し、しばらくはこちらの世界に戻ってこられなくなることが悲しくなり、夜船内の実験室でひとり作業をしながら、気づいたらぽろぽろと涙をこぼしていました。けれども、もし大学院に進むことにしていたらそもそもこのプロジェクトに参加することもできなかったし、決して軽い気持ちで就職を決めたわけではありません。一瞬の後悔は、「社会人として、日本の科学研究界に貢献できることを必ず成し遂げるぞ」という強い決意に変わりました。そしていつか、研究者になる夢を叶えて深海に戻ってこられる日が来るとしたらこれ以上幸せなことはありません。

たろちゃん君
これからは「貝」の研究ではない。これが航海を終えた率直な感想である。
研究の最前線に於いて情熱を注いでいらっしゃる研究者やそれを志すユニークな学生、また航海調査を共にサポートしてくださる乗組員の方たちと密な時間を過ごす航海調査を経て、「研究者」という職業人の理想像が少しずつはっきりしてきたように思う。(略)
「よこすか」に乗船後、研究者を含む60名近い乗組員と寝食を共にし、研究という職業が多くの人に支えられ期待されていることを肌で感じた。これまで、好きなことを突き詰め、得られた専門的な知見を発表する仕事というものが研究者の仕事だと考えていた。とりわけ、私のこれまで親しんできた貝や化石、あるいは昆虫などの大型動物を専門とする研究者は幼い頃から生物好きの方が多く、傍から見ると趣味と仕事とが一体化した職業のように思えてしまっていた。自ら選択する職業は公益に適った存在でありたいという思いもあった。好きなことを仕事にできるのは素晴らしいことだと素直に受け入れることができず、研究を仕事として続けることに疑問があった。(略)
大学院を志望する学生は研究が好きでやっていることが多い。そのため、なぜその研究を進める必要があるのかを考えることなく研究に集中し、新しい知見を発表して評価されさえすれば成果は十分と考えることが多い。しかしそこには、既存の体制への批判的な姿勢、延いては研究に対する覇気が感じられない。研究者自身が面白いと思うことを自由に追求することの素晴らしさを謳うのは研究環境を整備する立場からの発言であって、若い研究者は興味の先にどのようにそれぞれの分野に貢献できるかにオリジナリティを見いだすことに真剣にならなければならないと感じた。それがプロフェッショナルとアマチュアを分かつものであり、研究者の矜持ではないかと思う。(略)
研究は、単に新しい知見を見出すだけでなく、それを通じて他分野との新しい関係性を発見することに大きな意義があるように思う。そして研究を通じて、自身が学問や社会の発展のために何ができるかということを自問自答し続けなければいけないのだろうと思う。どのような仕事をするにせよ、自分のオリジナリティをを突き詰めながら、何かに貢献できるようなプロフェッショナルになりたいと願っている。

次に非日常とも言える船上研究生活がガチファイターの目にどう映ったのかを見てみます。幸運にも「しんかい6500」の潜航者に選ばれた3名は、やはり「しんかい6500」の潜航経験が最大のインパクトであったことは想像に難くありません。残念ながら潜航することができなかった4名は、「しんかい6500」で潜航できなかったことに対する恨み辛みを惜しみなく決定責任者=私へ投げつける一方、潜航が研究航海のすべてではないこと、そして船上研究が多くの人の支えによって成り立っている本質に気づいてくれました。「しんかい6500」の潜航はガチンコファイト航海の最大のイベントであることは間違いありません。しかし潜航できなかったガチファイター達は、潜航できなかったからこそ潜航体験にも決して劣らない航海の醍醐味に触れることができたのかもしれません。そして私には、潜航できなかった悔しさがあるからこそ、彼ら彼女らがより将来への強固な希望と意志に結びつけることができたように思えます。

だつかん君
船の上で過ごした時間は、ゆっくり流れつつも濃く良い時間であった。いつでも360 度の視野には海が広がっており、海の揺れは寝床に伝わる。人と人の距離は物理的に近く、船以外の社会とほぼ断絶される。そんな不自由さがかえって心地いいと感じた。(略)
本航海で第一に感じたのは、航海と研究を通じて動くヒトやモノ(それとカネ?) の量が普段自分が大学で学ぶような研究活動と大きく異なるということである。世界にはここまで大規模な研究活動があるものかと肌を通じて実感をした。これは将来研究者としてのキャリアを歩むうえで自分の研究の規模を感じるうえで示唆的な経験になるであろう。(略) 本航海で行われた研究に一定の成果が認められ、海洋国家である日本の資源開発に資することを願う。棲息地移転という行為により、資源開発や海洋開発に際して失われうる生物多様性を移転先の生態系にも健やかに守ることができるのであれば、海洋開発に際してそれに反対する意見を納得させる材料になるであろう。勿論生物を好きな僕自身は、生物多様性は守るべきものであり、そこから得られ得る生態系サービスを維持しようという意見を持つところであるが、プロ(を目指すもの) としては清濁混じえて議論はせねばなるまい。

たかまこさん
乗船前、私は深海研究の内容や研究者の方ばかりに注目していました。ですが今航海を経て、研究は様々な方の協力があって成り立っているということ、研究できるありがたさというものを実感しました。「しんかい6500」のオペレーションチームや、「よこすか」の船員、研究者が一丸となって調査に取り組む姿は圧巻です。船上での9日間、ラボやデッキ、総合指令室、整備場と船内の様々な場所に出入りさせて頂きましたが、研究者とオペレーションチーム、船員の方は密にコミュニケーションを取っていました。こういった信頼関係が築かれていることが数々の功績に繋がっているのだと思います。(略)
自分は潜航することは叶いませんでしたが、「しんかい6500」の潜航時はいつも安全を祈りつつ見送っていました。デッキの上から見るのも整備場から見るのも好きでしたが、お出迎えするのもまた楽しみでした。なぜならバスケットには貴重なサンプルがわんさと積まれていて、それらを海水から掬い上げて冷蔵室に移動させるなんとも嬉しい作業があったからです。採れたてチムニーの硫黄の匂い。海水の冷たさ。ラボに響くハイドロフォンの音。まだ生きているアルビンガイの色合い。トウロウオハラエビの味。全てが五感に訴えかけてきました。

めんだこさん
そして最後にもう一つだけ、この航海で得た気づきを書かせていただこうと思います。それは、「深海研究」は「研究者」だけでは成し遂げることができないのだということです。正直、私はこれまで「深海研究」といえば、研究者の方々や潜水船にばかり注目していました。しかし、初めて実際に現場に足を運び、研究者より圧倒的に多くの研究職以外の方々(運航チームや乗組員の方々、そして技術員の方々)が運営に関わっていることを知ったのです。関わっているというと少し語弊があるでしょうか。むしろ、この四者が一体となって作業をしている風景が、本当に印象的だったのです。 「世代や部門を超えて共通の目的に向かって走る楽しさ、それは一度乗船してみないことにはわからないと思います」という「しんかい6500」チーム飯島さんのこの言葉が、今ではより実感に近い感覚として理解できる気がします。

たろちゃん君
ブリーフィングの時、「しんかい6500」の中から「しんかい6500」を取り囲むようにして熱心に潜航準備の作業にあたっていらっしゃるチームの方たちを観て、身の引き締まる思いがした。責任感にも似た、研究の現場でこれまでに抱いたことのない感情であった。そして何より、今回のような有人潜航調査船「しんかい6500」に代表される深海研究の調査には航海のために多大なコストがかかっているが、自分がそれに耐え得る仕事ができるかを考えると大変な仕事だと感じた。

たった3名ですが、「しんかい6500」の潜航を経験したガチファイター達は、水曜海山熱水域の深海に何を見たのでしょうか?

たっけー君
およそ5時間に渡る海底での作業はあっという間でした。作業はそれほどせわしないという感じではありませんでしたが、見るものすべてが新しいので、パイロットの操縦テクニックや深海の様子、研究者の方がとっているメモなどに気を取られていると、すぐに時間は経ちました。タイムリミットが来て、海底での作業は終わりを迎えました。名残惜しくも、「しんかい6500」は上昇を開始しました。行きと異なり、帰りは内外の照明をすべて消していただきました。そのため、外を覗くと真っ暗です。潜水船内は、スイッチなどの作動ランプがわずかに点いているだけです。ところが浮上を開始して数分後、水深1000m付近のところで窓の外を覗くと光の粒子がたくさん降ってくるのが見えるようになりました。いわゆる「マリンスノー」です。多数の海中を漂う発光性のプランクトンやバクテリアが、上昇してくる潜水船にぶつかるなどの刺激を受けて発光する現象です。潜水船自体は上昇しているので、その場で漂う発光微生物は潜水船から見ると降ってくるように見えます。今までに見る初めての光景だったので、思わず歓声を上げてしまいました。よく見ると、潜水船の周りには上昇に伴う海水の対流が生じているので、その対流によって、手前付近ではまさに「雪が舞っている」ようでした。深海へ行った後のご褒美のような、そんな気がしました。(略)
「しんかい6500」は上昇を続け、早朝4時ぐらいの明るさでしょうか、水深200mのあたりで海中がほんのり明るくなっているのが分かりました。そこからはまるで「夜明け」でした。徐々に外は黒から紺へ、紺から青へと変化していきました。海の中なのに色は見事なスカイブルーをしていて、なんだか可笑しな気分になりました。「しんかい6500」はエレベータのごとく最上階で停止しました。海面がキラキラと光っているのが見えます。パイロットの方のご厚意で正面窓の位置を譲ってくださいました。海面での景色は、行きとあまり変わりません。目の前には、「よこすか」のスクリューが回っています。行きと同じ光景に、帰ってきた実感が沸き、少し安堵しました。「しんかい6500」の引き上げが開始されました。窓が海面から地上に出た瞬間、その光景に私は驚き感動しました。まず目に飛び込んできたのは「水滴」です。行きは窓に水滴などついていなかったので目にすることはありませんでした。水滴は、「よこすか」の後ろに見える夕日の温かな光を反射してキラキラと輝いていました。まさに「神々しい」という表現がぴったりな光景で胸が熱くなりました。そんな感動の最中、「しんかい6500」がさらに吊り上げられると、甲板で「しんかい6500」チームや「よこすか」乗組員、研究チームのみんなが「しんかい6500」を囲うように集まって手を振ってくれているのが見えました。ブリッジ(操縦室)の方を見上げると、そこからも航海士の方々が手を振ってくださっていました。私は、まるで物語の主人公にでもなった気分で手を振り返すのに夢中になりました。そうした中で、この潜航には関係者全員の思いがたくさん詰まっているということを強く実感しました。それも相まって、「深海に潜った」という実感は、皮肉なことに「深海から帰ってきた後」に最も感じました。

セーナさん
私が選ばれるとは思っていませんでした。
1番最初の感想を正直に記すとそうで、選ばれて嬉しいだとか、深海には何が待っているのだろうだとか、そういった感情はあまり起きませんでした。前日の夜、ミーティングで、「最終潜航者はセーナさん」と発表された時、頭が真っ白になりました。このプロジェクトのメンバーの中でかなり毛色が変わっている、そんな私が乗ることになるなんて思ってもみませんでした。「しんかい6500」は私の想像以上に多くの人を魅了していて、やまもとさんの言葉を借りると恋に落ちてしまう、たっけーくんの言葉を借りると夢をみることができる、そういうもののようです。たくさん葛藤がありました。私が本当に乗ってもいいのか、選ばれなかった仲間に対してどう話せばいいのか、私がずっと考えていたのは、私が乗る意味、そして、たった1週間と少しですが、ずっと一緒にいた仲間のことでした。(略)
窓から仲間たち、そして「よこすか」を見送ったあとは一面海の世界です。着水直後は晴れた夏空のようなブルーだったのですが、深度が上がるにつれ、どんどん深く暗い青になっていきました。潜航開始からおおよそ40分後、船内の空気は急にひんやりとしてきて、窓の外はもう真っ暗で、何も見えませんでした。今私は海の中に潜っているのだという実感はあまりわかず、なんだか遊園地に居るような、ふわふわとしたそんな気分。10時57分、ついに「しんかい6500」は着底しました。ずらりと並ぶ岩と、海の底が窓のすぐ外に。それは幼い頃にみた人魚姫の絵本の1ページのように幻想的で、思わずじっと見入ってしまいました。このときにようやく、「私は今、海の底にいるのだ」と実感がふつふつと湧いてきました。ライトで照らされてはいるものの奥の方は薄暗く、1枚の窓を挟んでエビがふよふよと漂っていて、私の複雑な心境も知らずお気楽だなと少し腹が立ちました。
着底した「しんかい6500」は海底での作業を開始しました。道中、沢山のへんてこな生命たちと出会いましたが、やはり私の目に留まった生物は小さなエビでした。上手く言葉で表現することが出来ないのですが、すごくお気楽そうに見えたのです。船の上はもちろん、人間たちが一生懸命に生きている地上のことなんて、沢山の方々の気持ちの塊である「しんかい6500」に包まれて潜っている私のことなんて、一切気にすることなく、彼(彼女かもしれない!)はひっそりと、でも確かにこの場所に産まれ、生き、そして死にゆく。そう考えるとなんとなく悔しい、歯がゆい、でも神秘的な、不思議な気持ちになりませんか?移動中に昼食のサンドイッチを頂いたのですが、その時に口から出た潜航の感想は、生まれ変わったら深海のエビにでもなりたいな、でした。加えて、深海で食べるサンドイッチは、冗談ではなく、人生で1番美味しいと思いました。(私は船酔いが酷く、それまでまともな食事を摂ることが殆どできなかったということもありますが...)素直にその感想を述べると、「いいと思うよ」と宮崎氏もパイロットの大西さんも朗らかに笑ってくださって、本当にこのおふたりと潜ることが出来て良かったと思います。(略)
次に向かった先は、「俺史上最高チムニー」(高井氏命名)です。辿り着くまでにもたくさんチムニーや熱水噴出孔があって、最初に熱水噴出孔を見つけた時は「わっ!」と声を出してしまいました。もやもやとしたもの、熱水が海底から噴き上がる様子、それはまるで地球の呼吸のようで。幼い子供のように無邪気に、その景色に夢中になってしまいました。ややこしいことや、難しいこと、その仕組みなんて考える余裕もなく、ただ、その光景に「凄い」「美しい」「綺麗」そんな感想しか抱くことが出来ませんでした。(略)
「俺史上最高チムニー」を採取している間、私はおふたりのご厚意で、外の様子を目に焼きつける時間をいただきました。窓のすぐ外にはチムニーがあって、噴き出す熱水は、無色透明であるのに、まるで無色の絵の具をカンバスへ塗り広げているかのように、確かに空間を歪にさせていて、そこに存在しているのだ、と感じることが出来ました。その光景は、本当に美しくて、幻想的で。「こんなに近くでチムニーを見ることはあまりないよ」。そう宮崎氏が放った言葉もどこか遠く、私はその光景をじっと見つめていました。
15時30分、「しんかい6500」は離底しました。ありがとう、さようならと宮崎氏に促され、私は海底に別れを告げました。ぐんぐんと深度計の数値は低くなっていきます。そのときに私は「戻りたい」と思いました。深海は、海の底は、不思議と居心地が良かったのです。船上より、ひいては実家の自分の部屋よりも、ずっとずっと落ち着いていられたのです。「帰りたくないな」と思わず出た言葉。(略)
「しんかい6500」は、ライトを消して浮上しました。窓から見える海の色、深い海のしんと静まり返った暗い真夜中の色が、浮上していくにつれてどんどん青々しく、明るく、晴れた日の空のブルーへと移り行く様子は、まるで夜明けのようで。海の底から海面へ戻る途中、夜が明けゆく前にだけ見ることが出来るそれは、流れ星のようだと思いました。きっとあれは、「しんかい6500」に乗船した人だけが見ることが出来る、最高で、最上の、最高の景色です。揺れる船体も、船酔いも、沢山悩んで、沢山考えた私の複雑な気持ちも、誰もが、何もかもが、「しんかい6500」の窓から見えるその夜明けに魅入ってしまう私を止めることは出来ませんでした。(略)
なんだかレポートを書いていて泣きそうになってしまいました。それほど感動的な情景だったということなので許してください。それはさておき、浮上後は仲間たち、研究者の方々、運航チームの方々と恒例行事が笑顔で出迎えてくれました。「深海で十分夢を見たのだからはやく現実に戻ってこいプロジェクト」です。初潜航を終えた人は、深海に潜り、夢を見てきた。ならば、夢から目を覚ましてもらわないと困る!とのことで、仲間たちや研究者の方々にバケツいっぱいの水をかけていただき、目を覚まさせていただくのです。めちゃくちゃ冷たかったし、息が出来ませんでした。一緒に潜航した宮崎氏が嬉嬉として私にバケツいっぱいの水をかけてきたことは忘れられません。一緒に潜航した仲なのに!

写真:嬉々としてバケツいっぱいの水をかける宮崎氏(中央)。この水かけは「しんかい6500」初潜航を祝う(?)恒例儀式である。

写真:嬉々としてバケツいっぱいの水をかける宮崎氏(中央)。
この水かけは「しんかい6500」初潜航を祝う(?)恒例儀式である。

やまもとさん
JAMSTECが公開している深海の映像は今まで何回も見てきましたし、航海へ行く前には、「しんかい6500」に乗船した経験がある大学の先生から潜航映像をお借りして予習をしてきました。ですが、パソコンの画面で見る深海と「しんかい6500」の窓から覗いて見る深海では、受ける印象が全く異なりました。暗い海の中で美しく光るマリンスノー、チムニーから勢いよく湧き上がる熱水、海底でしたたかに生きる生物たち……。深海でしか目にすることのできないひとつひとつの光景と、それらに対して覚えた感動は、私の心に深く刻まれています。深海は静かに、それでいて力づよく、生きていました。

さて「しんかい6500」潜航を経験したガチファイター達は有人潜水船による研究についてどのように思ったのでしょうか?今回潜航した3名のガチファイターのなかで、乗船前研修で議論した時に、やまもとさんは「深海に恋している」「しんかい6500潜航が夢だった」ので、当然、「有人潜水船は絶対必要派」、たっけー君は「効率的にはムダと言えるかもしれないがムダと言えるところに価値があるのかもしれない」と考える「中立派」、セーナさんは「官僚的観点で言えば有人潜水船はオワコン」と堂々と主張した「反対派」、でした。

たっけー君
本航海を通じて私が出した有人潜水船の有用性に対する答えは次の通りです。
「有人潜水船は必要である」
たしかに効率的な研究を突き詰めるならば不要かもしれません。しかし将来の海洋研究全体で見れば、有人潜水船の存在は必要だと思います。「しんかい6500」には「人を惹きつける力」があります。「しんかい6500」があったからこそ、深海研究の分野に足を踏み入れた人やJAMSTECに入社した人がいます。「深海へ行く」ということは「宇宙へ行く」ということと同じように人に夢を与えます。航海終了後のことですが、「しんかい6500」に乗りたくて将来は深海の研究を目指しているという少年の親御さんからTwitterでメッセージをもらったことがあります。「しんかい6500」を使って「深海へ行ける」ことは、少年少女に対して分かりやすい目標や夢を与えます。その夢は途中で破れるかもしれませんが、そこから海洋調査等の職になんとなく興味をもって就職することも大いに考えられると思います。これは、「小学生の時は宇宙飛行士になりたかったけど、今は宇宙開発の企業に勤めている人」と同じ構造です。そういう意味でも、有人潜水船はアイドル的存在として、または将来の海洋研究の原動力として残しておくべきです。「しんかい6500」にはそういう力が十分に備わっていることを今回の航海で実感しました。もう一つの理由として、有人潜水船と無人機では使われている技術が大きく異なります。技術伝承のため有人潜水船はいつでも使用できる形でどこかで存続させておくべきです。無人探査機「かいこう」のケーブル作成技術が途絶えてしまった二の舞を踏むべきではないです。失ってから、その技術力の重要性に気づいても手遅れです。

セーナさん
そして乗船前研修のときから提示されていた、有人潜水船の必要性、そしてその存在意義について、答えたいと思います。私は潜航前、有人潜水船の必要性は全く無いと思っていました。過激な表現になってしまいますが、これから先消えゆく技術だと思っていました。コストパフォーマンスが非常に悪いからです。物事がスムーズに発展していくためには、組織において、無駄を最小限に抑え効率化を重視し、コストパフォーマンスを良くすることが必要で、最優先事項だと私は考えていました。肉眼よりもカメラのほうが観察の精度が高いと言うと、いや、それは違うと、人間の目には叶わないのだと言い張る方々ももちろんいらっしゃるとは思うのですが、今後の技術の発展を考慮すれば、そう言っていられる時代は直ぐに(私はもう既にだと思っていますが)過ぎ去るでしょう。調査効率、コストパフォーマンスという点において、有人潜水船の必要性は全くありません。それは、この潜航を通して改めて思ったことです。窓の外を目で見るよりカメラで見た方がわかりやすい。船体の繊細な操作も、通信技術が発展することを考えると船の上でも同等の操作を行うことが可能でしょう。まだまだ課題はあるとは思いますが、そうなればわざわざ人が操作し潜航する必要性はありません。コストパフォーマンスが悪いです。
では有人潜航に存在意義が無いのか?と問われたとき、潜航前の私は「無い」と断言していました。必要性が無いものに存在意義は無い。「実際に自分自身が潜っているという実感が湧くことで新たなインスピレーションが…」「若手人材の興味の誘発が…」。もちろんその意見の意味は理解できます。ですが、それも技術の発展で、例えば仮想現実空間VR、等で十分なのではないでしょうか。現代の子供たちを見ても実際のものを見て興味を持つ子供より、インターネット上の動画や写真を見て興味を持つ子供の方が多いのではないかと思います。その考えは潜航後の現在も変わりません。議論の際は、言葉を選んで、有人潜水船は「これから存在意義が問われていくもの」と答えましたが、正直「存在意義が失われていくもの」だと思っていました。時代の移り変わりと共に、存在意義が無くなってしまう技術はたくさんあります。有人潜水船もその技術のひとつで、私はそうなるべくしてそうなる技術だと考えていました。
しかし潜航後、有人潜水船に、「しんかい6500」に、問われている存在意義は、利用価値、それだけではないのかもしれない、と考えるようになりました。有人潜水船には沢山の人の想いが詰まっています。ビジネス的な観点から考えると、人情や人の想い、感情というものは必ずしも必要でなく、むしろ邪魔にカテゴリされるものかもしれません。ですが、不要だと、邪魔だと、たったそのひとことだけで積み重ねてきた年月であったり、技術であったり、人の想いを切り捨てるのは、惜しいと、嫌だと、思ってしまいました。これから先、有人潜水船に存在意義が確かにあるのだと論じることは、一種のエゴイズムだと非難されるかもしれません。ですが、そう非難する人たちに、まあ潜ってみろと、潜ってみてから言えと、そう説得する方法しか今の私には思い浮かびません。ですが確かに、有人潜水船には、「しんかい6500」には、絶対的な、普遍的な存在意義があります。
たっけー君の言葉を借りると、人に夢を見せてくれるのだと、思います。
論理をぶち壊してしまうような、焦がれずにはいられなくなってしまうような、そんな衝動を湧き起こしてしまう理由に言葉を当てはめるとしたら、それは彼の言葉が1番的を射ていると思います。有人潜水船に必要性はありません。ですが、存在意義は確かにあるのだと、私は今回の潜航で感じました。

やまもとさん
「有人潜水船は必要か?」
この問いについて私はガチンコファイト航海に参加するまで真剣に考えたことがありませんでした。「しんかい6500」を夢中で追いかけてきた私にとって、その存在は宗教を信じる人にとっての神のように当たり前のものだったからです。そんなこともあり、他のメンバーと議論を交わす中で「無人機があれば有人潜水船は必要ない」という意見が出たときは新鮮な気持ちでした。しかし冷静に考えれば、人の目の感度を超えるカメラが開発されつつあり、有人潜水船の潜航には莫大なコストがかかり、人を乗せることには命のリスクを伴うという事実がある以上、「必要ない」派の意見にも頷けます。
潜航中、問いを投げかけた張本人に「有人潜水船の価値ってなんですか?」と尋ねたとき、「有人潜水船による調査は、優秀な研究者とパイロットがタッグを組むことでここぞというときにホームランを打つ」とのお答えをいただきました。何人もの研究者の意見や希望が交錯する無人機の潜航に比べ、現場に潜っている研究者とパイロットの意思とセンスにしたがって進む有人潜水船の潜航には、大きな結果をもたらす力が秘められているのだそうです。これまで何度も潜航調査に携わり結果を残してきた研究者ならではの意見だと思いましたが、実際に高井さんとパイロットの大西さんが協力しながら(そして私も微力ながら加わらせていただいて)調査を進めていく様子からは、その可能性を確かに感じ取ることができました。(略)
プロジェクト全体を通じて有人潜水船がいかに多くの人に夢を与えていて、人の心を動かす力を持つものであるかを実感しました。深海にどうしても潜りたくてその道を志したパイロットも、過去の潜航の思い出を嬉しそうに語っていた研究者も、深海に憧れて研究者になることを目指している学生も、SNSで発信される航海レポートを心待ちにし、応援してくださった方々も、みんなが有人潜水船に影響を受けていました。人が深海に潜るということは、「本物を自分の体で感じ、本物からしか得られないものを得たい」という、多くの人が持つ欲求を刺激します。それは、人々が「博物館や美術館へ足を運んで展示品を見たい」「遠くの国/地域に渡って雄大な自然や歴史的な建造物を見たい」「好きなアーティストのライブへ行きたい」と思うのと本質的に同じです。だからこそ、有人潜水船の存在は多くの人を深海の世界に惹き込むのでしょう。もちろん無人機が有人潜水船を上回る点はたくさんあります。それでも、海洋研究が世間から応援を受けながら発展していく上で、また将来の海洋研究を担う人材を発掘・育成する上で、有人潜水船は必要であると考えます。

ここまで読み進めてきた方には、このガチンコファイト航海がガチファイターに与えた影響を十分に感じ取ってもらえたと思います。私たちは事前にそれなりの意図と目標を持ってガチンコファイト航海の題材と機会を準備しました。しかし、私たちが予想できなかったことが2つあります。1つは、「夢という現実を創造する想像力」を生み出す「しんかい6500」、いや現実として手に届くところにある有人潜水船の持つ価値の大きさを私たちJAMSTECの人間が遙かに見誤っていた(過小評価していた)ことです。

「しんかい6500」に潜航できたガチファイターの感動も、潜航できなかったガチファイターの悔しさも、その根底にあるのは「しんかい6500」が彼ら彼女らの手に届く時間と空間に存在していることなのです。その存在が彼ら彼女らの「叶いそうな夢」を育み、それを現実と変える想像力の源となって、彼ら彼女らの未来を創造する力となっています。「しんかい6500」あるいは有人潜水船には、私たちJAMSTECの人間が考えていたよりも遙かに大きな「力」があることをガチファイターの剥き出しの感動や悔しさの姿が教えてくれました。

もう1つは、ガチファイター間、あるいはガチファイターと研究者や「しんかい6500」運航チーム、乗組員との、「化学反応」でした。それぞれのガチファイターのレポートには、研究航海における「仲間との関わり」についての記述が多く記されています。私は、JAMSTECの第四期中長期計画がはじまる直前に行われた全所的な決起集会において、多くの職員を前に「JAMSTECという研究所の究極の本質とは、航海における仲間への信頼と愛と同じく、研究所の同僚に対するBrotherhood=兄弟愛、隣人愛である」と言いました。それが海洋研究の現場と生々しく結びつくJAMSTECという研究所を特徴付ける最大の特徴であり、長所であるという意味です。またガチファイター全員と顔を合わせた初日、私は「君達は全国のいろんな大学からこのガチンコファイト航海に選ばれて今日ここにいるわけですが、一旦この研究所の門をくぐったからにはもう我々JAMSTECの同僚です」と伝えました。彼ら彼女らが覚えているかどうかはわかりませんが、私がこの言葉に込めた意味、それはまさしくBrotherhoodだったのです。たった1週間ちょっとの航海において、ガチファイター達がそのBrotherhoodを感じ取ってくれたことは、すでに彼ら彼女らがJAMSTECの愛すべき同僚であることの証拠に他ならないと思います。Brotherhood溢れるセーナさんのこの言葉で最終報告書を結びたいと思います。

「私は、やまもとさんのように聡明でも、めんだこちゃんのように芯のある人でも、たかまこちゃんのように純粋でも、だつかん君のように努力家でも、たっけー君のようにしっかり考えることができるような人でも、たろちゃん君のように多才でもありません。その中で他の誰でもない私が最終潜航に選ばれたこと、その理由は勿論わかっていますが、その意味に見合う感想を残すことが出来たでしょうか。未だにそれは少し不安です。
また、もし、この潜航レポートを来年の若手人材育成プロジェクトに参加しようと意気込んでいる、後輩候補生になるかもしれない方々の目に触れる機会があるのなら、私は、しんかい6500に乗るとは、深海に潜るということは、きっと、貴方達が想像している以上のものを教えて、与えてくれるのだと伝えたいです。深海に潜るということは、あの神秘的で、静かで、美しい世界や生命との触れ合いを楽しんだり、ドキドキしたりという気持ちだけが湧き起こるのではないのです。潜航する人によっては、そこに恋をしたり、夢を見たり、一生分の憧れを奪われてしまったり。でも、確かにそこにはきっと今までに経験したことの無い、自分自身の変化があります。来年度の潜航回数はまだわかりませんが、選ばれた方々の人生がパッと変わってしまうような、はたまた、皆さんの心の奥底にきゅっと大切に詰め込んで、ずっと生き続けるような、そんな素敵な潜航、そしてそんな潜航ができる最高のメンバーと航海が出来るよう、心から祈っています」

写真:ガチンコファイト航海の無事終了を祝して。

写真:ガチンコファイト航海の無事終了を祝して。