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2010年 11月 10日
独立行政法人海洋研究開発機構

九州の離島でも大気環境基準は満たせず
−微小粒子状物質の基準告示から1年、越境大気汚染の影響−

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域・物質循環研究プログラムの金谷有剛チームリーダーらは、長崎県・福江島において、大気中の微小粒子状物質の濃度を通年測定し、大気環境基準(※1)が設定された2009年9月9日からの1年間のデータを解析したところ、大気環境基準を満たしていないことを明らかにしました。観測を行った福江島における局所的な汚染の影響は少ないこと、微小粒子物質が高濃度で観測された日は黄砂測定日とは合致しない場合が多いこと、同時に高いブラックカーボン(黒色炭素、一般にはすすとも呼ばれる)粒子濃度が記録されたことから、大陸からの越境大気汚染の関与が示唆されました。

本研究は、環境省地球環境研究総合推進費「東アジアにおける広域大気汚染の解明と温暖化対策との共便益を考慮した大気環境管理の推進に関する総合的研究」の一環として進められました。この成果は、11月10日に社団法人大気環境学会の学会誌「大気環境学会誌」に速報として掲載されます。

タイトル:九州福江島における通年PM2.5質量濃度測定値の大気環境短期基準超過 著者名:金谷有剛、竹谷文一、入江仁士、駒崎雄一、高島久洋、鵜野伊津志

2.背景

大気中の微小粒子状物質(PM2.5)は大気中に浮遊する粒子状物質のうちサイズが2.5ミクロンより小さいものを指し、大きな粒子よりも気管を通過しやすく、ぜんそくや気管支炎などの健康被害の原因となりうることが指摘されています。このため、環境省は2009年9月9日にPM2.5濃度に関して大気環境基準を告示しました。局地的な汚染が進行している都市域では予備的な観測が行われ、基準の超過が確実であることが指摘されていました。しかしながら局地的な汚染のない離島地域でのPM2.5濃度がどの程度であるか分かっていませんでした。

3.研究方法の概要

PM2.5の測定は、福江島の大気環境観測施設(北緯32.75度、東経128.68度)で行われました(参考地図)。本地点は都市から離れており付近の産業等による発生源の影響は小さいと考えられます(※2)。PM2.5は湿度の高低により観測値が違うため、湿度を一定に管理するとともに、観測後にシミュレーションを用いて湿度に対する補正を行うことによって、極力湿度の影響を取り除いた信頼度の高いPM2.5濃度データを通年にわたり取得しました。2009年9月9日〜2010年9月8日の1年間の観測値について1時間値から日平均値を算出し、2種ある大気環境基準のうち短期基準(日平均値の年間98パーセンタイル値(※3)について35μg m-3)と比較しました。

4.結果と考察

基準達成のためにはPM2.5濃度が35μg m-3以上の超過日数が1年で8日未満でなければなりませんが、1年間に得られた日平均値の頻度分布を調べた結果、超過日が26日間にも及び、基準が満たされなかったことが分かりました(図1の棒グラフ、左軸)。

PM2.5高濃度の原因を探るため、気象状況の解析を行ったところ、ユーラシア大陸方面からの気流の影響が強いことがわかり、黄砂または大陸からの越境汚染の影響と考えられました。まず黄砂の影響について、気象台での観測結果などから検討したところ、PM2.5濃度が35μg m-3以上であった26日のうち、黄砂の影響が示唆されたのは8日のみでした。一方、福江島で同時に測定され、大気汚染の影響度合の目安となるブラックカーボン(黒色炭素)粒子濃度について頻度分布を調べたところ、PM2.5高濃度日の黒色炭素粒子濃度は高いことが分かりました(図2)。黒色炭素粒子自体の濃度は最大でも3.2μg m-3であり、35μg m-3以上のPM2.5濃度全体に占める割合は小さいのですが(図2)、黒色炭素粒子と同時に検出されることが多い硫酸塩などの汚染物質が高濃度で存在し、PM2.5濃度が高まっている可能性があります。これらのことから、PM2.5高濃度には、ユーラシア大陸方面からの越境大気汚染が影響していると考えられました。

なお、もう1つの環境基準である長期基準(年平均値について15μg m-3)の達成度を調べるため、年平均値を算出したところ、17.3 μg m-3となり長期基準よりも高い数値となりましたが、基準との差の2.3μg m-3が測定の信頼性の限界と近く、今回の研究では有意な超過とは見なせませんでした。

5.求められる対応と今後の展望

都市汚染の場合には近傍の発生源の影響が大きくその対策が有効と考えられますが、この研究では大陸方面からの越境大気汚染の影響も明らかとなったことから、国内の発生源に対する対策にとどまらず、 東アジア全体の環境を改善するようなグローバルな対応が求められます。今後は、年間を通じた観測によりPM2.5に含まれる化学成分の内訳を明らかにすることや、観測とモデルシミュレーションとの連携によりPM2.5の変動予測を向上させることを通じて、発生の過程や、国内発生分と越境大気汚染の寄与分の量的関係を明らかにするなど、微小粒子状物質の削減に向けた取り組みに貢献していきたいと考えています。

※1 大気環境基準
環境基本法(1993)に基づく基準で、前身の公害対策基本法(1967)に基づいて、生活環境を保全し人の健康の保護に資する上で維持されることが望ましい大気汚染に関わる基準として定められたものです。これまで粒子については、浮遊粒子状物質(SPM, 10μm以下の粒子)に対する基準(1時間値の1日平均値が0.10mg/m3以下であり、かつ、1時間値が0.20mg/m3以下であること。)が存在しましたが、近年、より微小な粒子が健康に影響すると考えられるようになったことから、2009年9月に新たに微小粒子状物質(PM2.5)に関する基準が告示されました。微小粒子状物質とは、大気中に浮遊する粒子状物質であって、粒径が2.5μmの粒子を50%の割合で分離できる分粒装置を用いて、より粒径の大きい粒子を除去した後に採取される粒子と定義されています。これについて2種の基準値が設けられ、1年平均値が15μg m-3以下であり(長期基準)、かつ、1日平均値が35μg m-3以下であること(短期基準)とされています(微小粒子状物質による大気の汚染に係る環境基準について、http://www.env.go.jp/hourei/add/d009.pdf)。その際、短期基準の達成状況は、頻度分布における年間98パーセンタイル値を日平均値の代表値として選択し、評価を行うこととなっています。

※2 付近の発生源の影響について
本観測施設は、福岡市の南西約190kmに位置し、福江島の中でみても五島市市街から北北西へ約20km離れており、都市からの直接の影響は小さいと考えられます。関連する大気汚染気体である一酸化炭素について、各種統計データを用い、地表面からの排出量をおよそ10キロメートル四方の格子ごとに推計したマップ(参考2)では、福江島大気環境観測所を含む格子の値は、大都市(東京、北京など)中心部の値のおよそ1000分の1となっています。一酸化炭素は燃料燃焼が主な発生源であり、ここで検討しているPM2.5についても、一部自然起源や大気中での反応によってできる部分があるものの、ほぼ似たような排出量分布となっているのではないかと考えられています。

※3 パーセンタイル値
小さいほうから数えて何%目にあたるかをパーセンタイルと呼び、そのときの値をパーセンタイル値といいます。たとえば身長の98パーセンタイル値とは、その身長以下の人が全体の98%になるような身長のことをいいます。

図1:日平均PM2.5濃度の頻度分布とその累積相対頻度分布

図1:大気環境基準設定日(2009年9月9日)からの1年間における福江島での日平均PM2.5濃度の頻度分布(棒グラフ)とその累積相対頻度分布(赤折れ線)。20μg m-3以下の日が多いものの、35μg m-3以上の日が26日も見られたことが分かる。黒の水平の破線は98パーセンタイルを示しており、赤線との交点におけるPM2.5濃度が98パーセンタイル値となる。

図2:福江島でのすす濃度の日平均値の頻度分布

図2:福江島でのすす濃度の日平均値の頻度分布。PM2.5高濃度日では、すす濃度も高いことが分かる。

参考地図

福江島の位置と大気環境観測施設

福江島の位置と大気環境観測施設 (千葉大学:高村教授が運営管理し、国立環境研究所など多研究機関・大学が利用する共同的な研究施設です)

参考2

排出量推計マップ

関連する大気汚染気体である一酸化炭素についての排出量推計マップ。(データはEC-JRC/PBL. EDGAR version 4.0. http://edgar.jrc.ec.europa.eu/, 2009 より)。福江島大気環境観測施設の含まれるグリッド(約10km四方)での値(88)は、大都市の値(約10万)の約1000分の1である。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構

(本内容について)
地球環境変動領域物質循環研究プログラム
主任研究員 金谷 有剛 TEL:045-778-5720
研究員 竹谷 文一 TEL:045-778-5722
(外部資金(地球環境研究総合推進費)の制度について)
経営企画室 研究企画統括 星野 利彦 TEL:045-867-9207
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:090-8877-8576