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2012年 10月 11日
独立行政法人海洋研究開発機構
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦)地球内部ダイナミクス領域の谷健一郎技術研究副主任らは、東京都伊豆大島南方の大室ダシにおいて無人探査機ハイパードルフィンを使った集中的な火山地質調査を今年8月に実施しました。本調査により、大室ダシが活動的な流紋岩質海底火山であることを初めて確認するとともに、その中央部に位置する凹地(大室海穴)において、継続的に活動的な浅海海底熱水域を発見し、海底熱水活動に伴うチムニー等の熱水沈殿物の採取に成功しました。
今回の調査により、大室ダシにおける海底熱水域の存在を捉え、活動的な火山であることを確認したことは、浅海にある流紋岩質の大室ダシ火山の有する噴火リスクについての評価、及び浅海海底熱水域に伴う熱水沈殿物の有用性の評価等に繋がる、多面的要素を有する成果として注目されるものです。
浅海にある流紋岩質海底火山は、マグマ水蒸気爆発によって爆発的な噴火を起こし、周辺海域や沿岸域に大きな災害を引き起こす可能性があります。このため、今後更なる調査を通じて大室ダシ火山の過去の噴火履歴や火山の発達過程を解明することは災害リスクを評価する上で不可欠かつ重要な要素です。
この成果は10月14日から長野県御代田町で開催される日本火山学会2012年度秋季大会で発表されます。
日本火山学会での発表タイトル:大室ダシ火山:NT12-19航海における調査結果速報
2.背景
大室ダシは、伊豆大島南方約20kmにある海面下の高まりで(図1)、伊豆大島や三宅島などの活火山が連なる火山列(北部伊豆・小笠原弧)上に位置していますが、水深約100〜150mに広大な平頂部をもつことから、活動的な火山とはこれまで考えられていませんでした。しかし2007年、大室ダシ中央部に存在する凹地(大室海穴)で無人探査機ハイパードルフィンを用いて潜航調査を行い、水深約200mの海穴底部で地殻熱流量測定を行ったところ(図2)、3000 mW/m2(例えば東北日本弧火山フロントの平均的な地殻熱流量は最大で〜200 mW/m2)という非常に高い地殻熱流量が観測され、また海穴の西壁は幾層もの新鮮な流紋岩質溶岩からなることを見出しました。これらの観測結果は大室ダシが活動的な流紋岩質火山である可能性を示唆していましたが、その詳しい火山活動や地質構造は全く分かっていませんでした。
3.成果
大室ダシの火山地質構造と火山活動史の解明を目的に、2012年7月20日〜8月4日の期間で海洋調査船「なつしま」による調査を実施しました。大室ダシの周辺海域は未だ詳細な海底地形図が存在しないため、マルチナロービーム海底地形調査とシングルチャンネル地震波構造探査を行って火山地形と表層地質構造を明らかにしました。また同時に無人探査機ハイパードルフィンを用いた潜航調査を計10潜航実施し、大室ダシ一帯の集中的な地質観察・岩石試料採取・熱水探査・地殻熱流量測定を行いました。
その結果、大室海穴を取り囲む壁は新鮮な流紋岩質溶岩・軽石のブロックが堆積しており、また海穴周辺の平頂部も同様の溶岩片・軽石で一面覆われていることが判明しました。これは大室海穴を噴火中心として流紋岩質海底噴火が起こり、これらの火山砕屑物が周辺海域に飛散・堆積したと考えられます。
さらに、潜航調査の結果から、大室ダシ平頂部より深部の斜面は玄武岩質〜流紋岩質の溶岩・貫入岩・火山砕屑物などの多様な火山噴出物から構成されていることが判明し、平頂部形成前の火山体は単一の火山ではなくマグマ組成や活動時期の異なる複数の火山の集合体であった可能性が高いことが明らかになりました。また地震波構造探査から大室ダシ平頂部の下には大室海穴を中心として直径約8 kmの陥没地形が確認され、埋没したカルデラが存在する可能性も判明しました(図3)。
特に、今回の潜航調査においては大室海穴の底部一帯において活発な海底熱水活動があることを確認しました(図4)。熱水噴出孔付近で計測した熱水温度は最高で194℃に達しており、水深200 mにおける沸点に近い高温熱水活動であることを示しています。また、噴出孔周辺ではチムニーやマウンドなどの熱水性沈殿物が確認され、採取に成功しました(図5)。
また、大室海穴の底部において計12地点の地殻熱流量測定を行い、2007年の測定時と同様に大室海穴底部一帯は広域的に非常に高い地殻熱流量を有していることがわかりました。これは、大室ダシの深部に高温のマグマが存在する可能性が高いことを示しています。
これら一連の調査結果は、今後、火山岩が噴出した年代の測定等の詳細な噴火履歴の解析が必要ではあるものの、大室ダシが深部マグマ活動を伴う流紋岩質の活火山であり、比較的最近、大室海穴で爆発的な噴火があったことを示しています。これは従来知られていなかった大室ダシ火山の過去の火山活動についてその一端を明らかにしただけではなく、ひいては伊豆諸島の火山におけるマグマ成因や浅海における海底火山の噴火メカニズムについて新しい火山学的知見をもたらす可能性がある発見です。
4.今後の展望
大室ダシは200 m等深線で囲まれる山体の大きさが直径約20 kmあり、同じ伊豆諸島の八丈島に匹敵する規模の大きな火山です。今回の潜航調査だけでは火山の詳細な地質構造解明や、災害リスク等を評価する上で重要な過去の噴火履歴の把握には十分ではなく、継続的な調査・観測等を通した科学的解明が不可欠です。
それらの成果を踏まえ、国民生活・経済社会活動に資するための、大室ダシ、ひいては海底火山に関するリスクを含めた、科学的根拠を有する情報発信のため、多角的・多面的観点からの研究・調査を進め、基盤・基礎となるデータの整備に努めてまいります。
図1.海洋調査船「なつしま」のマルチナロービーム音響測深機で今回取得した大室ダシ周辺海域の海底地形図。赤点線は図3のシングルチャンネル地震波構造探査の測線。
図2.無人探査機ハイパードルフィンを用いた地殻熱流量測定風景。Stand Alone Heat Flow Meterと呼ばれる地殻熱流量観測用プローブを地中に刺して測定する。地殻熱流量とは地球内部から地表に放出される熱量を示し、地中深部に高温源(マグマなど)が存在する地域は高い地殻熱流量が観測される。
【参考】Stand Alone Heat Flow Meter: 長さ60 cmのプローブ中に高精度温度計が等間隔に5つ付いており、無人探査機や有人潜水船のマニュピレーターを使って地中にプローブを挿すことで温度勾配を測定する。
図3.大室ダシにおける北西−南東方向のシングルチャンネル地震波構造探査(SCS)で得られた火山体の内部構造。SCS調査では海面から音波を発射し、海底下の音波の伝わり方を解析することで海面下の地質構造を探査することができる。その結果、大室ダシ平頂部の地下には大室海穴を中心に直径約8kmの明瞭な陥没地形(カルデラ)が存在することがわかった。縦軸は、海面から発した音波が海面に戻ってくるまでの時間(秒)。
図4.大室海穴底部(水深約200m)で発見された最高194℃に達する海底熱水活動。
図5.大室海穴底部から採取された海底熱水沈殿物(チムニー)。長さは約40cm。