プレスリリース
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国立研究開発法人海洋研究開発機構
スケーリーフットの全ゲノム解読に成功
―生物の硬組織形成の起源と進化に新たな知見―
1. 発表のポイント
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- 深海熱水活動固有種スケーリーフットの全ゲノムを非常に高い精度で解読した。
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- スケーリーフットの硬組織(貝殻と鱗)形成に関与する可能性のある25の転写因子を同定した。
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- 様々な硬組織を持つ他の生物との比較から、これらの転写因子はスケーリーフットの鱗特有ではなく、カンブリア爆発まで(冠輪動物の祖先まで)遡れる硬組織形成に広く関わる一連の遺伝子「ツールキット遺伝子」であり、そのツールキットの使い方や使う場所が変わることで様々な硬組織が進化してきたことが示唆された。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラムのCHEN Chong研究員及び宮本教生研究員は、香港科学技術大学のSUN Jin助教らと共同で、インド洋の熱水活動域のみで生息が知られており、昨年絶滅危惧種に登録されたスケーリーフット(2019年7月23日既報)の全ゲノムを高精度で解読することに成功しました。
スケーリーフットはインド洋中央海嶺の熱水活動域にのみ生息する軟体動物腹足類で、軟体部表面に鱗を持つことが特徴です(図1)。スケーリーフットのように軟体部に鱗を持つ腹足類は他に知られていないこと、一部の生息地では鱗や貝殻に硫化鉄結晶を持つことなどから、2001年の発見以来注目を集めてきました。本研究グループは、スケーリーフットが硫化鉄の鱗を形成する仕組やその進化について研究を続けており、これまでに硫化鉄結晶を鱗に保持する機構(2019年9月10日既報)などを明らかにしてきました。
本研究ではスケーリーフットの全ゲノム解読と様々な組織で発現している遺伝子を網羅的に解析することにより、スケーリーフットの鱗形成に関与している可能性のある一連の遺伝子を同定しました。また他の生物のゲノムと比較したところ、それらの遺伝子の一部は、様々な冠輪動物(※1)において硬組織形成で働くものと共通した「ツールキット遺伝子」であることが明らかとなりました。この結果は、冠輪動物の共通祖先がカンブリア紀までに獲得された硬い組織を作る仕組が様々な生物で使い回されることにより、多様な形態が進化してきたことを示唆しています。
本研究の一部は、日本学術研究助成基金助成金18K06401、Research Grants Council of Hong Kong (No. 16101219) の支援を受けて実施されました。
本成果は、「Nature Communications」に4月8日付け(日本時間)で掲載される予定です。
- Department of Ocean Science, The Hong Kong University of Science and Technology, Hong Kong
- 海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
- Department of Biology, Hong Kong Baptist University, Hong Kong
- Marine Laboratory, Queen’s University Belfast, N. Ireland
- Senckenberg Museum, Frankfurt, Germany
- Maritime Zones Administration & Exploration, Ministry of Defence and Rodrigues, Mauritius
- 東筑紫短期大学 食品栄養学科
- 国立遺伝学研究所
- 東京大学大学院 農学生命科学研究科 *これらの著者はこの研究に同等に貢献しています。
3. 背景
スケーリーフットは10万種を超えるといわれる現生巻貝のうち、唯一鱗を持っている種です。鱗を持っているほかの貝類としてヒザラガイなどが知られていますが、解剖学的な観点からスケーリーフットの鱗はほかの貝類が持つ鱗とは大きく異なり、独立に進化した硬組織であることがわかっています。形態や構造だけを見ると、スケーリーフットの鱗はむしろカンブリア紀に生存していた貝類やその祖先が持っていたものに似ていますが、スケーリーフットの誕生はカンブリア紀より遙かに新しく(ジュラ紀以降)、進化的には似て非なるものであると考えられます。また発見当初は、スケーリーフットが貝蓋を持たないことから鱗の起源が蓋の増殖ではないかと推測されていましたが、実際には鱗に埋もれる形で小さな蓋を持っており、鱗は全く新しい硬組織だということがわかりました。動物の進化過程では、新しい硬組織(殻・毛・鱗・爪・歯・骨など)の進化が新しい機能や生存戦略の獲得に多大なる貢献をしてきたことは枚挙に暇がありません。そのためスケーリーフットの鱗形成機構の解明は、動物が多種多様な硬組織を進化できたメカニズムや背景の解明にも繋がると考えられます。
4. 成果
本研究では、有人潜水調査船「しんかい6500」等を用いて、インド洋かいれいフィールド及びソリティアフィールド(場所は2010年12月13日発表を参照)より採集されたスケーリーフットを用いました。DNA抽出後にゲノム配列を網羅的に解読し、得られた配列を連結することで15の染色体グループからなるゲノム配列を得ることに成功しました(図1)。スケーリーフットのゲノムは約444.4Mb(4億4440万塩基対)と軟体動物の中では比較的小さく、そのゲノム中に16,917遺伝子が存在していることが推定されました。このゲノム配列は繋がり具合や推定された遺伝子の網羅度という点で、これまで解読された冠輪動物の中で最高水準でした(図2)。
様々な組織や器官で発現している遺伝子を網羅的に解析するために、10種類の部位に解剖し、それぞれのサンプルからRNAを抽出し、その配列を網羅的に解析しました。「しんかい6500」で採集後船上にサンプルを持ち帰るまでの間に採集刺激により発現遺伝子が変化すること、または発現していたRNAが分解されることが予想されたため、遺伝子の発現量を比較するためのサンプルについては、熱水噴出域の現場で遺伝子が壊れないように処理をした(現場固定)サンプルを用いました。遺伝子の発現を組織ごとに比較したところ、鱗や貝殻を分泌する組織でそれぞれ12個と13個の転写因子(※2)が高レベルで発現していることがわかりました。またそれらの遺伝子はすべて同一の染色体グループ上に存在していました。これら高発現している転写因子は鱗と貝殻において重複していませんでした。また硬組織の構造を形成するために使われる遺伝子については、貝殻と鱗で共通するものがある一方で、硬組織の骨組みであるキチンを作るキチン合成酵素や鱗には含まれない炭酸カルシウム形成に関与している可能性のある遺伝子においては、鱗と貝殻で異なる発現を示しました。つまり、鱗の形成メカニズムが貝殻形成の単純な使い回しではないことということです。
さらに、この25個の転写因子には、他の冠輪動物において硬組織の形成に関与している10個の転写因子すべてが含まれていました(図3)。これらの転写因子の起源はカンブリア紀に生息していた冠輪動物の共通祖先にまで遡ることができ、冠輪動物に見られる殻・鱗・毛など多様な新規の硬組織形成(バイオミネラリゼーション)を生み出してきた要である「ツールキット遺伝子」であると考えられます。スケーリーフットの鱗という特殊な硬組織の進化も、これらのすでに存在していた「ツールキット遺伝子」の構成遺伝子を頻繁にオン・オフを繰り返すことで生み出されたことが明らかにされました。
5. 今後の展望
本研究では冠輪動物の多様な硬組織を形成するためのバイオミネラリゼーション「ツールキット遺伝子」を初めて同定し、その進化的起源がカンブリア爆発の時期まで遡れる可能性が示されました。今後は、今回得られた非常に高精度なゲノム配列を利用した細胞レベルの遺伝子発現解析と組織学的な観察を積み重ねることで、スケーリーフットの鱗形成メカニズムをより詳細に明らかにしていくことを計画しています。さらに、インド洋の熱水噴出域にはスケーリーフットと非常に近縁でありながら鱗を持たない巻き貝も生息しています。この近縁種や他の冠輪動物をゲノムレベル・組織レベルで詳細に比較することでスケーリーフットが鱗を獲得した、そして冠輪動物が硬組織を進化するメカニズムをさらに明らかにしたいと考えています。
- ※1
- 冠輪動物(かんりんどうぶつ):
動物の大きな系統群であり、軟体動物(貝・タコ・イカなどの仲間)、環形動物(ゴカイの仲間)、腕足動物(シャミセンガイなどの仲間)をはじめとする多くの無脊椎動物が属する。
- ※2
- 転写因子:
遺伝子の転写を制御するタンパク質群。DNAの遺伝情報をRNAに転写することを促進または抑制するはたらきをする。
図1.スケーリフットの写真(中央)と再構築された染色体グループ(外周の1—15番)。外側の円はそれぞれの染色体グループにおける遺伝子密度、中央の円はそれぞれ外套膜(黒)、鱗(白)で高発現している遺伝子の密度、内側の円は新規遺伝子(灰色)の密度を示している。11、13、14、15番の染色体グループにおいて硬組織形成で高発現する遺伝子が高密度で存在している。
図2.スケーリーフットとその他の冠輪動物ゲノムの比較。aの縦軸(Contig N50)は解析のため断片化したゲノムを再構築した際の繋がり具合を示しており、値が高いほど再構築が優れている。bの縦軸(Scaffold N50)は再構築後の断片数であり、10-102の間の低い値は染色体レベルでの優れた再構築が出来ていることを示している。横軸はいずれも遺伝子の網羅度(BUSCO)であり、ほぼ全ての生物に存在するであろう遺伝子をどれだけ検出することができたかを示す。a、bいずれにおいてもスケーリーフットのゲノムはこれまで解読された冠輪動物ゲノムの中で最高水準であり、今回用いた解析手法が優れていることを示す。
図3. バイオミネラリゼーションツールキット遺伝子の系統を超えた比較。貝殻や鱗、蓋などの硬組織を作るために使われる遺伝子は、冠輪動物・軟体動物などさまざまなレベルで保存されている。一方で、系統特異的に発現している遺伝子も存在している。
- (本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 - 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラム
研究員 CHEN Chong
研究員 宮本 教生 - (報道担当)
- 海洋科学技術戦略部 広報課