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2023年 1月 31日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

HFレーダーが沿岸の津波予測に有効であることを実証

1. 発表のポイント

2022年1月に発生したフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火による津波を津軽海峡東部に設置された海洋短波レーダー(HFレーダー、※1)で検出・観測した。
HFレーダーによる津波海面の流向・流速観測値を用いてデータ同化(※2)を実施。
沖合観測網を活用した場合とHFレーダーを活用した場合で比べると、沿岸津波の最大振幅予測精度が20%以上向上する結果が得られた。

【用語解説】

※1:
海洋短波レーダー
短波帯の電波を用いて、陸上に設置したアンテナ基地局から沖合数十kmに至る海表面の流れや波を面的に観測するリモートセンシング機器。津軽海峡における観測については以下を参照のこと。
MORSETS(https://www.godac.jamstec.go.jp/morsets/j/top/index.html
※2:
データ同化
実際の観測データと数値シミュレーションを組み合わせ、観測値を利用してシミュレーション結果の確からしさを高める手法。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門地震津波予測研究開発センターの王宇晨Young Research Fellowらは、HFレーダー観測を利用した津波のデータ同化手法を開発するとともに、2022年1月15日に発生したフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火(以下「トンガの大規模火山噴火」という。)による津波を事例として、本手法が沿岸の津波予測に有効であることを実証しました。

JAMSTECは津軽海峡東部の3箇所にHFレーダーを設置し、2014年4月より津軽海峡海表面の流況を常時観測しています(2015年9月17日既報図1)。本レーダーは津軽海峡における環境変動の把握を目的としていますが、海峡の流向や流速といった観測データは津波予測にも適用可能であると考えられることから、本研究ではトンガの大規模火山噴火により発生した津波を対象として、その応用を試みました。

津波数値シミュレーションにHFレーダーの観測データを組み合わせたところ、沖合の観測網によるデータを組み合わせるのと比較して、沿岸津波の最大振幅予測精度が20%以上向上する結果が得られました。これはHFレーダーが津軽海峡沿岸部の複雑な地形による津波の振幅変化を詳細に捉えているためと考えられます。

本研究事例では沿岸部における津波予測精度が向上する結果を得られました。ただ、リアルタイムで観測し続けることが可能な沖合の観測網に比べ、HFレーダーは観測時間に間隔があり、観測範囲にも限界があることから、今後、両システムを組み合わせて互いの長所を活かした運用を行うことで、より効果的な津波早期検知や沿岸津波高の高精度な予測が可能になるものと期待されます。

本成果は「Journal of Geophysical Research: Solid Earth」に1月31付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Data assimilation using high-frequency radar for tsunami early warning: A case study of the 2022 Tonga volcanic tsunami
著者:
王宇晨1、今井健太郎1、Iyan E. Mulia2、有吉慶介1、高橋成実1, 3、佐々木建一4、金子仁4、阿部泰人4,5、佐藤喜暁4
所属:
1. 海域地震火山部門地震津波予測研究開発センター地震津波モニタリング研究グループ、2.理化学研究所、3. 防災科学技術研究所、4. 地球環境部門むつ研究所、5. 北海道大学水産学部
DOI:
10.1029/2022JB025153
図1

図1 (左)HFレーダーの基地局、(右)レーダー機能概略図

3. 背景

データ同化を利用した津波予測は津波早期警報に資する技術のひとつです。この方法は沖合の津波観測から得られる津波の振る舞いに関する観測値(流向、流速、波高等)を直接利用し、津波数値シミュレーションと組み合わせることにより、観測網近傍の津波そのものの精緻な状況を推定し、それを新しい初期条件としてモデルにフィードバックしながらシミュレーションを行う津波予測手法です。この予測手法は気象庁で採用されている量的津波予報(※3)のような地震観測に基づいた津波予測方法と異なり、波源情報を必要としません。

データ同化を利用した津波予測に関する研究は、これまでDONETやS-netなどのリアルタイム沖合海底圧力観測網(以下「沖合観測網」という。図2※4)の利用を前提とした津波振幅に関する検討にとどまっていましたが、面的に得られるシグナル情報ならば、例えば表面流速などの他の観測値でも応用が可能です。HFレーダーは沿岸から沖合までの表面流速を面的に観測することができることから、観測値をデータ同化し、それを津波予測へ活用することが期待されていました。そこで本研究では、トンガの大規模火山噴火により発生した津波を対象として、その応用を試みました。

図2

図2 沖合観測網S-netとHFレーダーの配置図。黄色の円:S-net海底圧力計、ピンクの菱形:HFレーダー陸上、灰色円:データ同化に利用したHFレーダー観測点、赤い三角:沿岸検潮所

【用語解説】

※3:
量的津波予報
以下を参照のこと。
https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/tsunami/ryoteki.html
※4:
DONET
熊野灘と紀伊水道沖に展開された地震・津波観測監視システムのこと。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/DONET/
S-netとは日本海溝海底地震津波観測網のこと。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/S-net/
海底に設置された地震計・水圧計で得られたデータが海底ケーブルを通じて陸上局へ伝送され、リアルタイムで観測することができる。

4. 成果

今回の研究では、HFレーダーの有効性を確認するために、2022年1月15日18:00~24:00(日本標準時)の期間で、沖合観測網(S-net)とHFレーダーのそれぞれの観測値をデータ同化に利用しました。24:00以降はそれぞれから得られた波動場を初期条件とした津波シミュレーションによる予測を行い、下北および函館における験潮所の観測値を精度検証に利用しました。

当日の状況としては、トンガの大規模火山噴火による津波は、沖合観測網により20時過ぎから観測され始めました(図3)。一方、津軽海峡に設置されたHFレーダーでも、表面流速の大きな変動が観測されました(図4)。

図3

図3 沖合観測網S-netで捉えられた津波振幅。観測値のうち、津波成分を抽出するために潮汐成分を除去している。

図4

図4 HFレーダーで観測された海面流速の時系列の例。津波による流速成分を抽出するために潮汐成分を除去している。

まず、沖合観測網を用いた同化結果を初期条件とした場合、太平洋沿岸の下北における波形を正確に予測することはできましたが、津軽海峡沿岸の函館での波形は過小評価されてしまいました(図5(a))。一方、HFレーダーを用いた同化結果を初期条件とした場合、若干のノイズが見られるものの、下北の津波振幅や津軽海峡で揺れ動く津波の様子を再現しており、観測結果とよく一致することがわかりました(図5(b))。

図5

図5 18:00~24:00(日本標準時)の実観測値のデータ同化を反映させた津波予測の結果。図(a)は沖合観測網、(b)はHFレーダーを用いた結果を示す。函館では、津軽海峡の副振動周期(※5)に対応する30分程度の海面変動が観測されていた。沖合観測網による津波データ同化では、外洋に面している下北での再現はよいが、津軽海峡内の函館での再現性が悪い。一方、津軽海峡全域で観測されているHFレーダーでは、観測値の時間間隔が30分と長いためにややノイズが目立つものの、下北における津波振幅や津軽海峡全域を揺さぶる津波の様子を再現できていることがわかる。

【用語解説】

※5:
副振動周期
湾や海峡などで発生する海面の振動現象。振動の周期は数分から数十分で、湾や海峡の形状(深さ・大きさ)によって異なる。

また、予測から2時間後と6時間後の最大振幅について精度検証を行ったところ、2時間後の2観測点平均の最大津波振幅再現率は沖合観測網では47%、HFレーダーでは63%になりました。6時間後の再現率はそれぞれ46%と70%になりました。再現率に差が生じたのは、HFレーダーが津軽海峡沿岸部の複雑な地形による津波の実流況を詳細に捉えているためと考えられます。

5. 今後の展望

本研究ではトンガの大規模火山噴火による津波を事例として、HFレーダーによるデータ同化を利用した津波予測の有効性を実証することができました。沖合観測網は津波早期検知には極めて有効な手段ですが、沖合観測網を用いた津波のデータ同化予測は、湾地形の沿岸においてやや不利になることがわかりました。このことから、沿岸から沖合までを面的に観測可能であり、沿岸の複雑な地形による津波の流況を捉えることができるHFレーダーと組み合わせることで、より効果的な早期津波予測が実現できるようになると考えられます。

一方、本研究で浮き彫りとなった課題もあります。沖合観測網は数秒かそれより短い観測時間間隔になりますが、海洋環境観測向けにチューニングされたHFレーダーの観測時間間隔は数分以上となります。津波周期は10~30分程度なので、本来であれば、数分程度の時間間隔が適切ですが、HFレーダーは観測の時間間隔を短く設定すると面的広がりや観測値精度の低下を招きます。なお、今回のトンガ噴火の津波を捉えた時のHFレーダー観測の時間間隔は30分であり、津波周期を踏まえると充分な時間間隔ではありませんでした。

今後は津波観測に備えたシステム検討を行い、津波のデータ同化に最適なHFレーダー観測設定(観測時間間隔、空間分解能や観測値精度)、観測条件や設置コストを考慮した最適な観測環境設定の検討が必要です。また、沖合観測網とHFレーダー観測網を相互利用した津波データ同化手法の開発が重要な課題となります。

HFレーダーシステムは津軽海峡東部に限らず、日本列島沿岸地域にいくつも実装されています。例えば、大阪湾・紀伊水道では海洋短波レーダー表層流況配信システム(※6)が配備されています。今後発生が懸念されている南海トラフ地震に対して、沖合観測網DONETと組み合わせて運用を行うことで、より効果的な津波早期検知と沿岸津波高の高精度な予測が期待できるでしょう。

更には、これらの研究開発は日本列島沿岸だけでなくインドネシアやチリなど他の津波発生地域でも活用できるものと期待されます。

【用語解説】

※6:
海洋短波レーダー表層流況配信システム
国土交通省近畿地方整備局及び四国地方整備局が所有する海洋短波レーダーによる表層流況観測結果を提供することを目的としたシステム。一般公開されている。
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波予測研究開発センター 地震津波モニタリング研究グループ
Young Research Fellow 王宇晨
地震津波予測研究開発センター 地震津波モニタリング研究グループ
グループリーダー代理 今井健太郎
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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