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  3. 軽石のナノスケール岩石学から福徳岡ノ場の新しい噴火モデルを提案~マグマの酸化が噴火の引き金に~
2023年 5月 9日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学
国立大学法人東北大学
国立大学法人静岡大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構

軽石のナノスケール岩石学から福徳岡ノ場の新しい噴火モデルを提案
~マグマの酸化が噴火の引き金に~

1. 発表のポイント

2021年の福徳岡ノ場の噴火に由来する軽石を透過電子顕微鏡によりナノスケールで分析し、黒色の軽石を構成する火山ガラスの中に20nm(ナノメートル:10-9m、以下nm)程度の磁鉄鉱、100nm程度の黒雲母、300nm程度の単斜輝石のナノ粒子(ナノライト(※1))が晶出していることを明らかにした。
放射光分析(※2)により、ナノ粒子を含む黒色軽石部分は隣接する灰色軽石部分と比べて酸化されていることがわかった。この特徴は、酸化作用がナノ粒子形成を引き起こしたことを示唆する。
これらの結果から、マグマ溜まりの内部で、水が付加されることによりマグマの酸化とナノ粒子の形成が起きることで、マグマの発泡を促して爆発的な噴火に繋がったという新しい噴火モデルが構築された。

【用語解説】

※1
ナノライト
火山岩の中に晶出した1μm未満の結晶の総称
※2
放射光分析
シンクロトロン放射光を利用し、回折・吸光・蛍光などの原理にもとづいて物質の微細構造などの分析を行う方法。加速器からは、赤外からX線にわたる連続波長の高輝度で指向性の強いシンクロトロン放射光が取り出される。今回はその中でも放射光X線が物質に吸収される現象を用いた分析を実施した。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」)海域地震火山部門 火山地球内部研究センター 固体地球データ科学研究グループの吉田健太副主任研究員らは、京都大学、東北大学、静岡大学、高エネルギー加速器研究機構と共同で、南西諸島(沖縄・鹿児島)に漂着した福徳岡ノ場由来の噴火噴出物(軽石)のナノスケール分析を行った結果、黒色軽石部分が10-20nm程度の磁鉄鉱、100nm程度の黒雲母、300nm程度の単斜輝石のナノ粒子(ナノライト)を含んでいることを新たに見出しました。また、放射光分析によりガラス中の鉄の酸化還元状態を調べたところ、ナノ粒子を含む黒色軽石部分は、灰色軽石部分よりも鉄が酸化されていることが分かりました。これらの分析結果と熱力学的な解析により、2021年の噴火の際、火山のマグマ溜まり内では地下深くから上昇してきた玄武岩マグマから水が供給されることで福徳岡ノ場のマグマ溜まりの一部が酸化されてナノ粒子が生じ、形成されたナノ粒子がマグマの発泡を促したことで爆発的な噴火に至ったことを明らかにしました。ナノ粒子形成と火山噴火現象の関わりは近年盛んに研究されている話題ではありますが、今回ナノ粒子の鉱物種と形成条件を詳しく調べることで、これまで通説であった過冷却によるナノ粒子形成モデルとは異なる、マグマ溜まり内部でのナノ粒子形成が爆発的噴火の要因となる新しい噴火モデルを提案しました。

本成果は、JSPS科研費JP19K14825、JP19H01999、JP20H00198、JP20H00205、JP 22K03755、JP18KK0376、JP19H00834、JP22H05109、JP21H01195の支援を受けて行われました。また高エネルギー加速器研究機構での共同利用課題番号2020G008、2021G634、2022S2-001の成果を一部利用しています。

本成果は、「Scientific Reports」に5月9日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Oxidation-induced nanolite crystallization triggered the 2021 eruption of Fukutoku-Oka-no-Ba, Japan
著者:
吉田健太1・三宅亮2・奥村翔太2・石橋秀巳3・奥村聡4・岡本敦4・丹羽尉博5・木村正雄5・佐藤智紀1・田村芳彦1・小野重明1
所属:
1. 海洋研究開発機構 海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター
2. 京都大学
3. 静岡大学
4. 東北大学
5. 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所
DOI:
10.1038/s41598-023-34301-w

3. 背景

小笠原諸島の福徳岡ノ場は東京の南方約1,300kmに位置する海底火山であり、2021年8月13日に巨大噴火が起こり、その後放出された軽石が日本列島の各地に漂着したことは、記憶に新しい出来事です。福徳岡ノ場から放出された軽石は、殆どが明るい灰色をしていますが、少量の黒色の軽石を含むことが特徴の一つです。この全く異なる二色の軽石は、化学組成は殆ど同じ粗面岩質であり、灰色と黒色の明瞭な色の違いを示す部分がしばしば一つの岩塊に共存して見られます。

JAMSTECで実施したこれまでの研究では、黒色軽石部分にはマグネシウム(Mg)に富むかんらん石など、高温の玄武岩質マグマの痕跡が見られるため、マグマが黒くなることが噴火の原因と強く関わっているということを明らかにしました。また、黒くなっている部分は分光分析によって磁鉄鉱ナノ粒子(ナノライト)が存在していることが間接的に確認されていて、ナノ粒子の存在によるマグマの粘性増加が噴火の爆発性に寄与した可能性を指摘していました。(2022年2月10日既報:「福徳岡ノ場の爆発的な噴火の原因が明らかに」

一方で、本来冷却や減圧で出来るはずのナノ粒子が高温マグマの影響で出来るという一見矛盾した形成プロセスの詳細や、ナノ粒子がガラス中でどのように存在しているかは不明でした。

4. 成果

南西諸島に漂着した軽石の多くは明るい灰色をしていましたが、少量ながら黒色の軽石も見られました。中には一つの岩塊の中で灰色の領域と黒色の領域が共存しているものもあり、灰色と黒色の部分が明瞭な境界で接しているものと、不明瞭で連続的な変化を示すものが見られました。本研究では、そのような灰色と黒色の軽石の境界に着目し、二種類の軽石の違いをナノスケールの観察および放射光分析(※2)によって明らかにしました。

灰色と黒色の軽石の明瞭な境界は、光学顕微鏡でのマイクロスケール観察および透過電子顕微鏡によるナノスケール観察で明瞭に確認することができ、境界形成の後に速やかに冷却されたことが示唆されます(図1)。また、灰色の軽石の部分は鉱物粒子を含まないガラス質であったのに対し、黒色の軽石の部分には、10-20nm程度の磁鉄鉱、100nm程度の黒雲母、300nm程度の単斜輝石のナノ粒子が多量に存在していることが分かりました。磁鉄鉱の存在はこれまでの研究でも分光分析から示唆されていましたが、結晶中に水(OH基)を含む鉱物である黒雲母の存在は黒色軽石の形成に水が関与していることを強く示す新事実です。

図1

図1.(a) 詳細分析を実施した軽石の断面写真。肉眼スケールでも灰色と黒の境界が明瞭に観察される。(b) 灰色と黒色の境界部分を拡大して顕微鏡で観察したもの。光が透ける程度に薄くすると、光学観察では黒色軽石は茶色のガラス、灰色軽石は無色のガラスで出来ていることが分かる。(c) bの黒線で示した部分の断面を透過電子顕微鏡を用いてナノスケールで観察した写真。黒色軽石の部分には10~300nmのナノ粒子がいるのが見られるが、灰色軽石の部分には粒子は見られない。また、その境界はナノスケールで見ても明瞭である。(d) cを更に拡大したもの。ナノ粒子は主に磁鉄鉱と黒雲母からなる。

灰色軽石のガラスと、ナノ粒子を含む黒色軽石のガラスは、平均的な化学組成には殆ど差がありません。では、何の違いがナノ粒子の有無を生み出したのでしょうか。

それは、高エネルギー加速器研究機構が所有する大型加速器を用いた放射光分析によって明らかになりました。放射光X線吸収分光法を用いてガラス中の鉄の2価・3価の比を測定したところ、ナノ粒子を含む黒色軽石の領域の方が、ナノ粒子を含まない灰色軽石よりも3価の鉄(Fe3+)が多くなっており、より酸化的な環境で出来たことが示されました(図2)。岩石の平均化学組成の測定からでは見えてこない、黒色軽石と灰色軽石の違いが、ナノスケール観察と放射光分析を組み合わせて細かな組織に着目することで初めて明らかになったのです。

図2

図2 放射光分析によって軽石を構成する火山ガラス中の鉄の2価・3価の比を決定。(a) 代表的な点のスポット分析によりFe3+/全Feの割合を具体的に決定すると、黒色軽石部の方がFe3+が高い。(b)また、定性的に広い範囲でのFe3+/全Feの値を調べると、やはり黒色軽石部分で全体的にFe3+が高かった。

この違いを踏まえて、熱力学的なモデルを用いて計算した結果、比較的深いところ(地下4km、圧力100MPa以深)の条件下、すなわち火山の下にあるマグマ溜まり内部で、粗面岩質マグマ(福徳岡ノ場のマグマ溜まりを構成する主要な成分)に水が添加されると酸化が起き、黒色軽石にナノ粒子として含まれる磁鉄鉱と黒雲母が形成されることがわかりました。この結果は、噴火の最中に火道で起きる冷却・減圧によって噴出物中にナノ粒子が形成するという従来の見方とは異なり、マグマ溜まりの内部での噴火準備過程でナノ粒子が形成されているという事を示すものです。

図3

図3.ナノ粒子の形成が福徳岡ノ場の噴火の引き金を引いた過程の模式図

これらの分析・熱力学計算の結果を統合すると、福徳岡ノ場の噴火を次のようなモデルで説明することが出来ます(図3)。

火山内部の粗面岩質マグマ溜まりに、地下深部から高温で水やガスに富む玄武岩質マグマが一部貫入し、水を供給することで、マグマ溜まりの一部が酸化されます。酸化された領域では、磁鉄鉱ナノ粒子が形成し、それを核として水蒸気などの泡が形成されることで、発泡が促されます。これにより酸化された領域のマグマの密度が下がり、浮力が生じたことで、マグマ溜まり内で上昇し始め、マグマ溜まり内での対流を生み出します。この結果、マグマ溜まりの活性化とそれによる更なる発泡・内圧の上昇が引き起こされることで、臨界圧に到達し、爆発的な噴火が発生したと考えられます。

軽石に見られる灰色と黒色の明瞭な境界は、マグマ溜まりの内部で既にナノ粒子の有無が出来ていた部分が、噴火の際に接合して速やかに冷却されたことで出来たものと考えられます。

これまでの研究では、噴火に際してマグマの一部にナノ粒子が形成された結果、粘性が高くなって噴火の爆発規模を大きくすることに寄与した、と考えておりました。しかし、今回の研究成果から、マグマ溜まり内部での酸化作用によりナノ粒子が形成されるという新しい知見を得ることで、マグマの粘性が直接の要因ではなく、ナノ粒子の形成がマグマ溜まり内部での発泡を引き起こすことで爆発的な噴火に至ったというモデルを提案しました。この考えは、ナノ粒子形成には冷却や減圧が必要であるという、これまでの見方を変える新しい噴火モデルになります。

5. 今後の展望

福徳岡ノ場の2021年噴火は、噴火規模と漂着軽石の被害によって話題を集めましたが、本州から遥か遠くにある海底火山本体の活動実態はまだまだ未知の事が多いです。今回の研究では、灰色と黒色という全く異なる見た目の軽石の違いをナノ粒子として存在する鉱物の種類や、酸化還元状態の違いに注目して丹念に調べることで、火山岩の中でのナノ粒子が、マグマ溜まり中での噴火準備過程でも形成しうること、そしてナノ粒子の形成が噴火の引き金となっていたことが分かりました。

しかし、このナノ粒子の働きが他の火山でも見られるかどうか、似たような形でマグマ溜まりに水が供給されることによって引き起こされる噴火があるかについては、まだ明らかではありません。

このような不明点について、国内の他の海底火山と比較・検証を進めていくことで、海底火山の噴火準備過程についての理解を深めると共に、火山の研究・監視体制を強化していくことが、人と火山の共存の為には大切であると考えられます。2021年8月の福徳岡ノ場の噴火以降、トンガのフンガ火山噴火や、伊豆・小笠原弧の硫黄島や海徳海山など、火山島・海底火山が活発な活動を見せ、注目を集めています。JAMSTECでは今後もそのような火山の研究と観測を継続していくことで、火山活動の素朴な実態を明らかにし、防災・減災に資する知識を蓄積していきたいと考えています。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海域地震火山部門 火山地球内部研究センター 固体地球データ科学研究グループ
副主任研究員 吉田健太
国立大学法人京都大学大学院理学研究科
准教授 三宅亮
国立大学法人東北大学大学院理学研究科
准教授 奥村聡
国立大学法人東北大学大学院環境科学研究科
教授 岡本敦
国立大学法人静岡大学 理学部地球科学科
准教授 石橋秀巳
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
教授 木村正雄
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
国立大学法人京都大学 渉外部広報課国際広報室
国立大学法人東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
国立大学法人東北大学大学院環境科学研究科情報広報室
国立大学法人静岡大学 総務部広報・基金課広報係
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 広報室
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