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  3. 黒潮・メキシコ湾流の渦・流れの長期予測に成功―海流の年々変動による影響予測の基盤的成果―
2023年 8月 9日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

黒潮・メキシコ湾流の渦・流れの長期予測に成功
―海流の年々変動による影響予測の基盤的成果―

1. 発表のポイント

地球規模での海流の強さや向きは、海水温や塩分を変化させ、気候や海の生態系の変動に大きな役割を果たすが、その予測には膨大な計算資源を必要とするため、これまで数ヶ月先までの予測に留まっていた。
高解像度準全球海洋予測システムJCOPE-FGO(※1)を新たに開発し、予測を開始する時点での海洋の状態を観測データに基づいて適切に捉え、誤差を加味した形でモデルに取り込むことにより、黒潮およびメキシコ湾流域における流れや渦の強さの年々変動を、2年前の時点から高い精度で予測できることを明らかにした。
黒潮およびメキシコ湾流は熱帯域から膨大な熱や物質を中緯度域へと運んでおり、本成果はこれらの海流が与える気象・気候、水産業や海運業などへの影響の長期予測に繋がる。

【用語解説】

※1
JCOPE-FGO:北極域・南極域を除く全世界の海洋を対象として、強い流れやそれに伴う渦の構造を精緻に表現することのできる海況監視・予測システム

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの木戸晶一郎研究員、野中正見グループリーダー、宮澤泰正グループリーダーらは、新たに開発した海況監視・予測システムJCOPE-FGO で黒潮 およびメキシコ湾流域における流れや渦の強さの年々変動をおよそ2 年先まで高い精度で予測できることを示しました。

黒潮およびメキシコ湾流(図1)は熱帯域から膨大な熱や物質を中緯度域へと運ぶ担い手として地球全体の気候や海洋生態系に重要な役割を果たしています。これらの海流は常に一定の強さで同じ場所を流れているのではなく、その向きや強さは年によって異なり、その変化は我が国をはじめとした気象・気候、さらに水産業や海運業などにも影響を及ぼします。このため、その振る舞いを正確に監視し予測することは重要です。

本研究では、黒潮およびメキシコ湾流(1〜2 年先の海流や渦の強さを現業的に予測する(※2)ことを目標に、新たにJCOPE-FGO システムを開発しました。その精度検証のために、船舶やARGO フロート(※3)・人工衛星などで観測された海洋の状態を正確に推定した上で、予測の不確定性を考慮したJCOPE-FGO による過去予測実験を1994 年から2019 年の期間を対象に行いました。海流や渦の強さについての予測結果を人工衛星観測から見積もられた値と 比較したところ、JCOPE-FGO による予測結果は変動をおよそ2 年先まで高い精度で予測できることが明らかになりました。

予測の成功の鍵となる要因について調査を進めたところ、黒潮では北太平洋中部、メキシコ湾流では大西洋中部・北部における水温・塩分変化が、流れの強化に先行していることが明らかになりました。したがって、より広い海域を対象とした海洋モデル内において予測を開始する時点の海洋の状態、すなわち水温・塩分・流速の情報を適切に表すことが、数年先の黒潮・メキシコ湾流の流れの強さを正確に予測する上で重要であることが示されました。

本成果は、「Geophysical Research Letters」に8月9日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Skillful multiyear prediction of the Kuroshio and Gulf Stream jets and eddy activity
著者:
木戸 晶一郎1、野中 正見1、宮澤 泰正1
所属:
1. JAMSTECアプリケーションラボ
DOI:
10.1029/2023GL103705
図1

図1.今回の研究の対象である、黒潮およびメキシコ湾流の位置関係。人工衛星による海面高度の観測から見積もられた流れの平年値を示しており、色は流れの強さ、矢印は向きを表している。

【用語解説】

※2
現業的海洋予測:予測時点で入手できる情報を用いて定期的に海洋の状態を予測すること。「黒潮親潮ウォッチ」では、現業的な海洋予測情報を発信している。
※3
ARGOフロート:漂流しながら海中の水温や塩分を観測し、定期的に浮上して測定データを人工衛星に送信するロボット。

3. 背景

黒潮は日本の南岸に沿って流れた後、房総半島沖で日本から離れ、黒潮続流と呼ばれる強い東向きの海流を形成します(図1左)。同様にアメリカ東海岸の南岸を流れるメキシコ湾流はノースカロライナ州付近で岸を離れ、強い北東向きの流れとして北大西洋へと流れていきます(図1右)。こうした黒潮およびメキシコ湾流の流れの強さや向きは、沿岸域はもちろん地球全体の気象・気候や海洋生態系の変動に大きく影響を及ぼすことが知られています。したがって、こうした強い海流の年々変動が予測できれば、気候や漁獲量の予測精度の向上に大きく貢献することが期待されることから、我々の研究グループではその実現へ向けた研究を進めています。

近年の人工衛星による観測データの蓄積や高解像度海洋モデリング技術の向上によって、黒潮・メキシコ湾流の年々変動の特徴およびメカニズムに関する理解は飛躍的に進展してきました。これらの先行研究によると、黒潮・メキシコ湾流の年々変動は大きく分けて2つのメカニズムにより引き起こされていることがわかっています。1つは風の変動に起因したものであり、北太平洋・北大西洋の中央部での風の変動が海洋内部の水温・塩分を変化させ、それが波として数年かけて西側に伝わり黒潮・メキシコ湾流域に到達することで、それぞれの流れの強さを変化させるというものです。

もう一方は、風の変動と無関係に生じるメカニズムであり、全く同じ風の条件のもとでも、海洋の初期状態のわずかな差から、流れや渦の強さの変動が生み出される海洋が持つカオス的な性質によりもたらされる変化です。これらのメカニズムを踏まえると、黒潮およびメキシコ湾流の流れの強弱の年々変動を正確に予測するためには、その「前兆」とも言える風により作り出された海洋変動を適切に捉えた上で、風によらないランダムな変動に伴うばらつきを加味するため、初期条件をわずかに変えた計算を繰り返し行う必要があります。

この2つのメカニズムを考慮した形で予測計算を行うには、広い海域で流れや渦の精緻な構造を適切に解像できる海洋モデルを用いたシミュレーションを多数行う必要がありますが、その実現には膨大な計算機資源を要することから、多くの現業的な海流予測は数ヶ月先までに留まっており、数年先の変動をターゲットにした予測はこれまで行われてきませんでした。

4. 成果

そこで、我々のグループはJAMSTECの所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて、さまざまな観測プラットフォーム(船舶、ARGOフロート、人工衛星)から得られた情報をデータ同化(※4)と呼ばれる技術を用いて高解像度海洋モデルに導入することができる、準全球渦解像海況監視・予測システムJCOPE-FGOを開発しました。このシステムは北極域と南極域を除く全世界の海洋の水温や流速の状態を水平格子間隔10 kmで推定するものであり、黒潮やメキシコ湾流域で見られる100 km規模の渦や流れのシャープな構造も精緻に表現することが可能です。我々は長期予測の精度を検証するために、JCOPE-FGOで解析された海洋状態を用いて、1994年から2019年の各年の1月からそれぞれ30ヶ月間分の海流予測実験を行いました。

実際に行った予測実験の例として、「黒潮」について行った2015年1月1日スタートの例を示します(図2)。

図2

図2.2015年1月1日スタートの予測実験の手順を示した模式図

検証のための予測実験は2つの実験で構成されます。海洋の初期状態は観測データと海洋モデルを組み合わせて2015年1月1日の海洋の状態を推定して与え、30か月間分、つまり2017年7月までの2年半の予測シミュレーションを行いました。

一つ目の実験は、予測する期間は観測データとの検証のために過去に遡って行うため、実際に観測された風の変動データをモデルに与えながらシミュレーションを行いました。これは、まず一つ目のメカニズムである、風の影響を含んだ上での予測精度を検証するためです。さらに、もう一つのメカニズムである「風によらない変動」の影響を考慮するため、初期条件をわずかに変えた5つのケースを用意し、全く同じ風の元で同様の計算を行いました。この予測計算を「ReaFor実験」と定義しています。この実験では、風の変動データは実際の観測データを用いており、「未来の風の変動は完全に予測できる」仮定に基づく条件ですが、実際の予測ではありえません。

そこで二つ目の実験は、より実用的な予測として、モデルに与える風や気温などの大気場を平年の値に差し替えた予測計算を行いました。これを「ClimFor実験」と定義しています。ClimFor実験では、 風、すなわち大気場の年々変動による影響はいっさい含まれないので、初期の海洋状態がもつ情報のみが「予測の種」となります。

予測結果の例として、日本の東を流れる黒潮の流れの強さを、2015年1月1日から予測した結果を図3に示します。この図では黒潮の流軸上において、流れの強さの平年の値からのずれが示されています。衛星観測から見積もられた結果によると、予測を開始する段階(=2015年)では黒潮は平年よりも強い流れ(赤色)となっていましたが、その1年後(=2016年)には徐々に減速し、2年後には逆に平年よりも弱い状態(青色)に転じています(図3)左段。こうした2015-2017年にかけて観測された黒潮の強弱の変化は、ReaForおよびClimForの両予測実験でも適切に予測されていました。(図3中段および右段)

図3

図3.2015年1月1日から開始した、日本の東を流れる黒潮の流れの強さを予測した結果。色は流軸における流れの速さの、通常の年とのずれを表しており、赤色系は普段よりも流れが強く、青色系は普段よりも流れが弱いことを意味している。左段が人工衛星により観測された海面高度から見積もられた結果で、中段・右段がそれぞれ本研究で開発したJCOPE-FGOによるReaFor、ClimFor実験の結果を表している。観測された2015年から2017年にかけての流れの弱化は、両予測実験でも正しく予測されている様子がわかる。

上で示したのはあくまで黒潮での一例であり、他の年でも、あるいはメキシコ湾流でも同様に予測がうまくいっているかを検証する必要があります。黒潮およびメキシコ湾流それぞれの流れの強さについて、観測値および予測結果をすべての年について時系列として示したのが図4の上段です。所々外れている年もあるものの、ReaFor(青線)およびClimFor(緑線)のいずれとも、観測された年々変動(黒線)を概ねよく捉えている様子がわかります。より予測精度を客観的な形で評価するため、観測値と予測値との相関係数を計算したところ、2年先の予測結果でも観測値と高い相関を持っていることが確かめられました(図4下段; 太い青線・緑線)。

これは図4下段の黒い太線で示された、持続予測(=最初の状態がそのまま続いたと仮定する予測)と観測値との相関係数よりもはるかに高い値であり、我々のシステムが高い精度で黒潮・メキシコ湾流の年々変動を予測することが可能であることを意味します。さらに、渦活動の強さについても両海域における予測精度を検証したところ、その年々変動は高い精度で予測できていることが明らかになりました。

図4

図4.[上段] 1993年から2019年までの黒潮(左)およびメキシコ湾流(右)の流れの強さ(流速)の平年の値からのずれを時系列で示したもの。黒線が人工衛星により観測された海面高度から見積もられた結果で、青線、緑線はそれぞれ本研究で開発したJCOPE-FGOによるReaFor、ClimFor実験の結果を表している。
[下段]: 各リードタイム毎に計算した、黒潮(左)およびメキシコ湾流(右)の流れの強さ(流速)の平年の値からのずれの観測値と予測値の相関係数(アノマリー相関係数と呼ばれる。なお、相関係数を計算する際には13ヶ月の移動平均を用いており、例えば、横軸が「12」のところには、 予測開始から6–18ヶ月後の13ヶ月分で平均した予測値と、その時実際に観測された値との相関係数が対応する)。青、緑色の太線はそれぞれReaFor、ClimFor実験の5メンバーの平均値(予測間のばらつきを加味した場合)から得られた結果を表している一方、黒線は持続予報(=初期の状態がそのまま続いたと仮定したケース)の結果を示している。また、青・緑色の細線はそれぞれ、ReaFor/ClimFor実験の1メンバーごとの結果(予測間のばらつきを加味しない場合)を表す。

ここで興味深いのは、「未来の風の状態が全てわかっている」と仮定したReaFor実験と、「未来の風の状態は全くわからない」というClimFor実験が、ほぼ同程度であることです。これは、予測を開始する時点での海洋の初期状態を適切に海洋モデル内で表せば、その後の風の状態に関わらず、数年先の予測が可能になることを示しています。実際、予測された結果に基づき、黒潮およびメキシコ湾流の流速が強化する前に何が起きているのかについて詳しく調査を進めたところ、双方の海流ともに離れた海域(黒潮の場合は北太平洋中部、メキシコ湾流の場合は北大西洋中部および北部)における水温・塩分・流速の変化が、数年後の流れの強さに影響を与えていることが示されました。したがって、これらの海域の海洋の状態(水温・塩分・流れ)を適切に観測し、その情報をモデルに与えることが、黒潮およびメキシコ湾流の予測を適切に行う上で重要であると結論づけられます。

また、ReaForおよびClimForそれぞれ1つのメンバーのみで行った場合の予測精度は(図4下段: 細い青線・緑線)、5つのメンバーで平均した場合(図4下段: 太い青線・緑線)に比べて大きく下がることが確認できます。このことは、「海洋のカオス的な性質」に対しては、初期条件をわずかに変えた複数のシミュレーションにより予測情報を抽出する、アンサンブル予測(※5)が引き続き有効であることを意味しています。

【用語解説】

※4
データ同化:数値シミュレーションに観測値を取り入れることで現実に近い状況を再現する手法。ここでは、船舶や人工衛星等の観測データと、海流予測モデルの計算結果を組み合わせて海中の水温・塩分、海流分布の現状を推定すること。
※5
アンサンブル予測:観測に基づいた初期値にわずかなばらつきを与えた上で、同じ条件のもとで複数の予測を行うこと。複数の予測を行うことで、初期誤差の影響を軽減できるほか、予測の不確実性についても考慮することが可能となるため、日々の天気予報や、台風の進路予測等でも幅広く用いられている。

5. 今後の展望

本研究によって、北半球を代表する強い海流である黒潮およびメキシコ湾流の流れや渦の強さの年々変動は、二年先まで予測可能であるということが初めて示されました。海が将来の環境変動の予測可能性に与える影響として、これまで熱帯の海や極域の海氷の役割が示されてきましたが、本研究はこれらに加え、予測開始時点の海洋の状態を正確に推定し、用いるモデルを高解像度化すれば、中緯度の海流も数年先まで高い予測可能性を持ちうることを新たに示すことができました。

今後は高解像度海洋モデルを大気モデルや海洋生態系モデルと結合させた、より複雑なモデルによる予測が世界的に展開されていくと考えられており、黒潮およびメキシコ湾流の予測が持つ波及効果がさらに解明されていくことが期待されます。また我々の結果は、黒潮およびメキシコ湾流の流れや渦の強弱を高精度で予測するためにはさまざまな海洋観測プラットフォーム(船舶観測・ARGOフロート・人工衛星)を通じた海洋状態の正確なモニタリング、およびスーパーコンピュータを用いた高解像度での複数初期値シミュレーションの双方が重要であることを示唆しています。従って、今回得られた科学的知見に基づき、現業的な予測を展開していくためには、現存する海洋観測網および大規模計算機の維持およびさらなる拡充が必要不可欠であると言えます。

我々のグループは引き続き、今回の研究対象となった海流や渦に加え、世界中の様々な海域における海洋熱波に代表される極端現象などについても予測可能性の検証および精度の向上に取り組み、社会に有益な情報を発信していきたいと考えています。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
付加価値情報創生部門アプリケーションラボ
研究員 木戸 晶一郎
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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