これまで海洋マイクロプラスチック(MPs)※1 研究の多くは深度約50 cm未満の海洋表面に浮遊するMPsに焦点を当ててきており、地球最大の生物圏である海洋の内部、つまり海面下の「水柱※2」に存在するMPsについては、その実態はほとんど明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、2014年から2024年にかけて世界各地の研究チームによって収集された1,885地点の水柱MPs深度プロファイルデータを統合して解析を行い、海洋水柱のおけるMPsの全球的な汚染レベル、分布パターン、そして潜在的な輸送メカニズムを初めて明らかにしました。
その結果、MPsは海洋水柱全域において高濃度かつ広範に存在していることが判明しました。特に沿岸域では沖合域に比べて水柱MPs濃度が高いことがわかりました。微小なサイズのMPsは水柱全体にわたり長期間滞留・蓄積することがわかっており、水柱全体にわたる生態リスクの広がりが懸念されます。沿岸域では生物生産の活発さによりMPsが急速に沈降し、多くが沿岸域に閉じ込められている可能性が示唆されました。
また、海洋中の天然の懸濁態有機炭素(POC)のうち、人為起源であるMPs由来の炭素(plastic-C)は、水深2,000m以深では最大5%に達しており無視できない割合を占めていました。今後、プラスチックの流出がさらに進めば、plastic-CがPOC中に占める割合は増加し、数百年から数千年のスケールで、炭素隔離や生物地球化学的サイクルに深刻な影響を与える可能性があります。
マイクロプラスチック(MPs)
大きさが1 µm~5 mmの範囲のプラスチック粒子を指す。ここでは、微小MPsを1~100μmのサイズ、大型MPsは100μm~5mmのサイズと定義している。
水柱
水面から水底までの鉛直方向の水の層。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループのShiye Zhao(シィエ ジャオ)副主任研究員は、同グループの中嶋亮太グループリーダーや世界10の大学や研究機関から集った12人の研究者とともに、海面下の水柱におけるMPsの分布パターンを地球規模の視点から明らかにしました。
本成果は、「Nature」に5月1日付け(日本時間)で掲載されました。
The Distribution of Subsurface Microplastics in the Ocean
地球上の海水の総量は約13億立方kmにも及び、平均水深3,688 mは、ほぼ富士山の高さ(3,776 m)に匹敵します。海は生物にとって地球最大の生息地であり、気候の調整にも重要な役割を果たしています。しかし、海洋は様々な人間活動による影響に曝されています。その1つが海洋プラスチックです。毎年、陸域から海洋へと大量のプラスチックが流入しており、一説によれば、毎年、900万~1,400万トンものプラスチックが海に流れ込んでいると推定されています。大部分のプラスチックは生分解されないため、海洋にはプラスチックごみが蓄積していきます。その中には、ペットボトルや包装材のような大きなごみだけでなく、MPsのような微細な粒子も含まれています文献1。
MPsは非常に小さいため、海の至るところに広がり、海洋生態系に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。例えば、多くの海洋生物がMPsを食べものと間違えて摂取しています。MPsに含まれる有害化学物質が生物蓄積や生物濃縮を引き起こし、食物連鎖全体に悪影響を及ぼす可能性も指摘されています。海は生物炭素ポンプと呼ばれる仕組みを通じてCO2を深海へと運び、深海に炭素を長期間閉じ込める役割を担っていますが、MPsがこのプロセスを妨げる可能性もでています。
プラスチック製品が世界で広く利用されるようになって以来約50年間、科学者たちは主に海の表面に浮遊するMPsを対象に研究をしてきました。MPsの採取には、海面からわずか0~50 cmの範囲をすくい取るプランクトンネットが一般的に使用されています。一方で、MPsは必ずしも海面にとどまっているわけではありません。形状やサイズ、比重の違いにより、一部は沈降し、最終的に海底に到達していることが、JAMSTECの過去の研究(2021年3月30日付既報及び2023年10月10日付既報)などから明らかになっています。それにもかかわらず、海面から海底に至るまでの「水柱」を漂うMPsの実態については、ほとんど分かっていません。発表者らが過去に太平洋と大西洋の亜熱帯循環域で行った研究では、海面下10 mから5,500 mの深さにかけて大量のMPsが検出されました文献2、文献3。水柱内に存在するMPsの研究例はあるものの(2024年8月26日付既報)、その数は限られており、海中でMPsがどのように分布し、どの経路をたどって、最終的にどこへ行くのかについては、依然として多くの謎が残されています。(図1)。このような不明点が多いことから、海面から深海まで広く分布するMPsが、生態系にどのような長期的影響を及ぼすのかを予測するのは容易ではありません。MPs問題に対して効果的な対策を講じるには、こうした疑問の解明が不可欠です。そこで私たちは、MPsが水柱内でどのように分布しているのかを明らかにするため、2014年から2024年にかけて収集された1,885カ所の深度プロファイデータを統合し、水柱MPsの分布パターンを再解析しました。
図1 世界の海洋におけるMPs研究
A:世界の海洋でMPsを調査した観測地点の分布図。グレーは海表面(水深20-50 cm)MPs採集地点、薄青は単一深度における水柱MPs採集地点、濃青はひとつの地点で複数深度から水柱MPsを採集した地点、赤は堆積物トラップを示します。
B:海面浮遊MPsと、海面下に存在する水柱MPsに対する研究の偏りを示した図。海表面浮遊MPsは世界中を広範囲に約7,300箇所で採取されているのに対し、水柱MPsは単一深度で1,400箇所、1つの観測点で複数深度にわたりMPsを調べた例は340箇所程度しかありません。さらに沈降するMPsを捉える堆積物トラップの研究はまだ12地点しかありません。
2014年から2024年の10年間にかけて、世界中の研究者によって収集された1,885カ所の水柱MPsデータを統合解析した結果、MPsは水柱のあらゆる水深で高濃度に広く分布しており、水柱がMPsの重要な蓄積場所であることが明らかとなりました。複数の深度でサンプルを採取した研究データによると、MPs濃度の中央値は1立方mあたり205個でした(図2)。深海においても高い濃度が一貫して観測されており、たとえば、北南大西洋の横断調査では水深100~270 mで1,100粒子/m3、北太平洋亜熱帯循環では水深2,000mで600粒子/m3、北極では水深2,500 mで200粒子/m3、マリアナ海溝の水深6,800 mでは13,500粒子/m3が確認されています。
粒子のサイズによって沈降パターンが異なることが分かりました。微小MPs(1~100 µm)は深度とともにゆるやかに濃度が減少し、水柱全体に比較的均一に広がる傾向が見られました(図2B)。これは、沈降速度が遅く、水柱内での滞留時間が長いためと考えられます。その結果、微小MPsによる生態リスクが水柱全体に広がっている可能性が示唆されました。一方、100-5000 µmの大型MPsは、深度が増すにつれ2桁以上の濃度減少を示し、表層にとどまるか、急速に海底へ沈降する傾向が確認されました。
さらに、MPs濃度は陸上のプラスチック供給源に近い沿岸域で特に高く、沿岸域の中央値(500粒子/m3)は沖合域(16粒子/m3)の30倍以上に達していました。水深とともにMPs濃度は減少するものの、その減少の度合いは地域によって大きく異なり、沿岸域では海面から海底にかけて最大で1,000分の1にまで低下することが確認されています(図2)。この急激な減少は、生物ポンプによる能動的な鉛直輸送を反映していると考えられます。沿岸域では生物生産が活発であり、MPsは植物プランクトン(たとえば珪藻が生成するシリカ)や生物付着(炭酸カルシウムなど)によって重くなり、急速に沈降します。その結果、多くのMPsが沿岸域に閉じ込められており、従来の想定以上に沿岸域がMPsの汚染リスクにさらされていることが明らかとなりました。
図2 沿岸域および沖合域におけるMPs濃度の深度分布
Aは沿岸域、Bは沖合域におけるMPs濃度(particles m-3)の深度プロファイルを示しています。様々な研究で得られたデータ(異なる色の丸)に対して、MPs濃度と水深の関係を示す対数回帰モデル(破線)を適用しています。指数(ξ)は「スロープ」とも呼ばれ、深度に伴うMPs濃度の変化率を示します。微小MPs(<100 µm)は、大型MPs(100-5000 µm、赤点線矢印)より深度による減少がより緩やかで、水柱全体に均一に分布しています。微小MPsは沈降速度が遅いため、水柱内滞留時間は長く、特有の生態学的リスクをもたらす可能性があります。沿岸域では沖合域よりも急激にMPs濃度が深度とともに低下する傾向があり、これは沿岸での高い生物・鉱物生産によるMPsの沈降促進が影響しています。
海中に存在する自然由来の懸濁態有機炭素(POC)のうち、水柱中のMPsに由来する炭素は、無視できない割合を占めていることが分かりました。今回の研究では、海洋水柱のMPsに由来する炭素が、水柱中のPOC全体の平均で1.1%、深度2,000 mでは最大5%を占めることが明らかになっています(図3)。
このプラスチック由来の炭素は(plastic-C)、海洋微生物に取り込まれることで、硝化・脱窒といった物質循環プロセスに影響を与える可能性があります。しかし、こうした影響について未解明な点が多く、今後の研究が強く求められています。さらに、プラスチックの海洋流出量が今後も増加することを考慮すると、plastic-CがPOCの中で占める割合は将来的にさらに高まり、数百年から数千年のスケールで炭素隔離や生物地球化学的なサイクルに深刻な影響を及ぼすおそれがあります。
図3 MPs由来炭素(plastic-C)と懸濁態有機炭素(POC)の割合と水深の関係
MPsに由来する炭素(plastic-C)が海水中の天然の懸濁態有機炭素(POC)に占める割合(%)と水深の関係を示しています。水深が増すにつれて、MPs由来炭素の割合がどのように変化するかを示しており、深海におけるプラスチックの影響やその蓄積過程を理解するための重要な手がかりとなります。データは北太平洋亜熱帯循環域(青い菱形)と北大西洋亜熱帯循環域(紫の菱形)で取得されたものです。水深が増すにつれてMPs由来炭素(plastic-C)がPOCに占める割合が増大し、2,000m以深の深海では最大5%に達することがわかりました。
過去10年間にわたって全球の海洋で実施された水柱MPsの観測データに基づく解析の結果、海洋水柱がプラスチックの重要な蓄積場であることが明らかになりました。MPsの長期的な残存と蓄積は、海洋生態系にとってリスクとなり得ることが示唆されています。本研究は、海中に沈降したMPsの分布に関する初の全球的な基準値を提示し、水柱MPsの拡散や動態に関する理解が大きく前進しました。
一方で、採集および分析手法の標準化がなされていない現状が、結果の解釈に大きな不確実性をもたらしていることも明らかとなりました。冒頭で、水柱MPs濃度の中央値は1立方mあたり205個であると述べましたが、実施の報告濃度に8桁に及ぶ大きなばらつきが見られます。この変動の一因として、使用された採取・分析手法の違いが挙げられます。こうした手法の非統一性は、MPsの実態把握や生態影響の評価を妨げる大きな障壁となっています。今後は、水柱MPsに対する標準化された調査手法の確立や高解像度の観測データの収集が求められます。
また、国際的な連携を強化し、包括的かつ長期的なモニタリング体制を構築することが、海洋におけるプラスチック汚染の予測精度を高めるうえで不可欠です。こうした取り組みが進展すれば、MPsの拡散過程や最終的な行方、さらには環境への影響に関する理解が一層深まり、より効果的な政策や管理戦略の策定につながることが期待されます。
Zhao S., Zhu L., 2025. Plastics carbon in the ocean. Current Opinion in Chemical Engineering 101101,
DOI:10.1016/j.coche.2025.101101
Zhao S., Zettler E. R., Bos R., Lin P., Amaral-Zettler L. A., Mincer T. J., 2022. Large quantities of small microplastics permeate the surface ocean to abyssal depths in the South Atlantic Gyre. Global Change Biology 28, 2991-3006.,
DOI:10.1111/gcb.16089
Zhao S., Mincer J. T., Lebreton L. and Egger M., 2023. Pelagic microplastics in the North Pacific subtropical gyre: a prevalent anthropogenic component of the particulate organic carbon pool. PNAS Nexus, 2, 1-15.
DOI:10.1093/pnasnexus/pgad070
本研究のお問い合わせ先
報道担当