国際深海科学掘削計画(IODP)
2013年10月から開始された多国間科学研究協力プロジェクト。日本(地球深部探査船「ちきゅう」)、アメリカ(ジョイデス・レゾリューション号)、ヨーロッパ(特定任務掘削船)がそれぞれ提供する掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行っている。2024年9月で終了し、2025年からは新たに国際海洋科学掘削計画(International Ocean Drilling Programme:IODP3)として日欧を中心としたプロジェクトが始まっている。(2025年10月既報)
JFAST(Japan Trench Fast Drilling Project)
IODP第343次研究航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削」の略称。
JTRACK(Tracking Tsunamigenic Slip Across the Japan Trench)
IODP第405次研究航海「日本海溝巨大地震・津波発生過程の時空間変化の追跡」の略称。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)、国立大学法人筑波大学、米国ネバダ大学の研究者などからなる国際研究チームは、東北地方太平洋沖地震を引き起こした日本海溝沈み込み帯プレート境界断層浅部の掘削調査から、なぜ巨大なすべりが起こったのかを明らかにしました。
2011年の東北地方太平洋沖地震で発生した巨大津波は、日本海溝におけるプレート境界断層の巨大なすべりによるもので、そのすべりには断層に含まれる非常にすべりやすい粘土鉱物が寄与したことが、2012年の研究航海JFASTで判明していました。しかし、当時の調査では断層から一点のみのコア試料採取に留まり、その周辺の地質構造と物理特性は未解明でした。このため、2024年の研究航海JTRACKでは、地球深部探査船「ちきゅう」を用いてプレート境界断層の掘削とコア試料の採取を複数の掘削地点で実施し、プレート境界断層の地質構造と構成岩石を詳細に調査しました。さらに、沈み込む前の太平洋プレート上の試料も採取し、断層の形成過程も検討しました。
その結果、プレート境界断層の位置は100 mの範囲で15 mも上下に変化していることがわかりました。しかし、この凹凸構造は2011年の地震時に発生した巨大すべりを止められませんでした。プレート境界断層の上下の岩石を調べると、密度やP波速度※4 といった物理特性が断層を挟んで異なっていました。このような物理特性コントラストがある場所に、非常にすべりやすい粘土鉱物に富む断層ガウジ※5 が形成され、そこに地震時の変形が集中することで、巨大なすべりがおきたことが明らかになりました。
本成果は、「Science」に12月19日付け(日本時間)で掲載されました。
Extreme plate boundary localization promotes shallow earthquake slip at the Japan Trench
P波速度
P波(縦波)が岩石中を伝わる速度のこと。岩石の硬さの一つの指標となる。
断層ガウジ
断層のすべりに伴って非常に細かく粉砕された岩石のこと。
2011年東北地方太平洋沖地震では、日本海溝においてプレート境界断層が非常に大きくすべることで巨大な津波が発生しました。この大きな断層すべりは、非常にすべりやすい粘土鉱物が断層に存在することで発生したことが、2012年に実施されたJFASTから明らかになっています。一方で、2012年の掘削ではプレート境界断層上の一点のみからのコア試料の採取にとどまっており、断層の構造や断層すべりがどのような空間的広がりを持っていたのか、そしてなぜ巨大なすべりが起きたのかの全貌は未解明なままでした。そこで、巨大な津波を引き起こした断層すべりの全体像をとらえるため、2024年に実施されたJTRACKではJFASTの調査海域を再訪し、地球深部探査船「ちきゅう」を用いて、プレート境界断層の掘削同時検層およびコア試料の採取に挑戦しました(2024年8月および2024年12月既報)。
JTRACKでは、プレート境界断層からコア試料の採取に2回成功し、また掘削同時検層によって1回、プレート境界断層の物理的状態を調べることができました。これにより、掘削同時検層とコア試料の採取がそれぞれ1回ずつ行われたJFASTと合わせると、計5回にわたって、プレート境界断層にアクセスしたことになります。コア試料の採取および掘削同時検層が行われた掘削孔は水平距離でおよそ100 mの範囲にあり、JFASTとJTRACKを通して、プレート境界断層の構造を様々な空間スケールで調べることが可能になりました。さらにJTRACKでは、沈み込む太平洋プレート上での掘削を行い、プレートが沈み込む前の未変形のコア試料も採取しました。これによって、プレート境界断層がどのように形成されてきたかを検討しました(図1)。
図1 JTRACKにおける調査海域と掘削地点。JFASTと合わせると、C0019地点では水平方向100 mの範囲において、5回にわたってプレート境界断層を掘削した。
JTRACKで採取したコア試料の観察から、プレート境界断層の上端は前縁プリズム※6 を構成する泥岩と明瞭な境界を成し、その直下には1 cm程度の幅を持ち、非常に強く変形した粘土鉱物に富む断層ガウジが存在していました(図2)。JFASTおよびJTRACKで採取されたプレート境界断層のコア試料の観察、そして掘削同時検層※7 の結果を総合すると、プレート境界断層の上端位置は水平距離100 mの範囲で15 mも上下していることがわかりました(図3)。またプレート境界断層の下端では、断層の下に位置する物質が掘削孔ごとに異なっていました。これは、沈み込む前には約30 mの厚みを持つ遠洋性粘土※8 が、沈み込みに伴って不均質に分布するようになったことを表しています。すなわち、プレート境界断層は100 m以下の空間スケールで凹凸構造を有し、断層周囲の物質は不均質であることを示しています。
図2 プレート境界断層の様子と断層の上下を挟んだ岩石の物理特性(C0019K地点で掘削されたもの)。プレート境界断層より上では高い密度と高いP波速度が、断層より下では低い密度と低いP波速度が得られた。物理特性にコントラストのある場所に変形が集中し、プレート境界断層を構成していることがわかる。深度はドリルパイプの長さを表している(mbrt: meter below rotary table)。
図3 C0019地点におけるJFASTおよびJTRACKの結果を総合して得られた、プレート境界断層の構造。100 mの水平距離の範囲において、プレート境界断層の位置は15 mも上下し、また断層の下側の物質も場所によって異なっており、日本海溝のプレート境界断層は不均質な構造をもつことが明らかになった。
プレート境界断層における最も大きな変形は、先述したように1 cm以下の薄く、粘土鉱物に富む断層ガウジに局所化していることがコア試料の観察から明らかになりました。すなわち、津波を引き起こすような巨大な断層すべりは、地質構造や断層周囲の物質の不均質性を乗り越えて、この断層ガウジに集中しています。特に、前縁プリズムの泥岩と遠洋性粘土の境界に変形が集中していることが、JFASTおよびJTRACKで採取されたプレート境界断層のコア試料から示されました。前縁プリズムを成す泥岩と遠洋性粘土の間には、沈み込む以前からP波速度や密度といった物理特性に差があり、この物理特性のコントラストは、沈み込みに伴う圧縮によってさらに増幅することがわかりました。すなわち、沈み込む泥岩と遠洋性粘土の間の物理特性の差が成す境界にすべりやすい粘土鉱物からなる薄い断層ガウジが形成され、そこに変形が集中することで、プレート境界断層における巨大なすべりを可能にした、と考えられます。
前縁プリズム
太平洋プレート上の堆積物が日本海溝で沈み込む際に陸側の北米プレートの先端部に押し付けられ、楔(プリズム)形になったもの。
掘削同時検層
ドリルパイプの先端近くに各種物理計測センサーを搭載し、掘削作業と同時に現場での地層物性の計測を行う調査のこと。
遠洋性粘土
太平洋プレート上の堆積物のうち、陸から遠い遠洋域で堆積した、粘土鉱物に富む堆積物のこと
日本海溝は遠洋性粘土が多く沈み込む場であり、南海トラフのような遠洋性粘土が少なく、断層を挟んだ物理特性の差も小さいような他の沈み込み帯と比較して、海溝に近いところでの巨大すべりが起こりやすいと考えられます。このことは日本海溝における津波の規模などを想定する上で重要な地質学的示唆を与えています。
一方で、JFASTおよびJTRACKで調査を行ったのは2011年東北地方太平洋沖地震で大きくすべった領域だけであり、当時すべらなかった場所や過去に大きくすべったほかの領域でも同様の結論が得られるのかはわかっていません。2021年に行われたIODP第386次研究航海「日本海溝地震履歴研究(Japan Trench Paleoseismology)」(2021年4月既報)や、2025年冬に行われたIODP3第502次研究航海「東北沖プチスポット探査(T-Petit: Impact of Petit-Spot Magmatism on Subduction Zone Seismicity and the Global Geochemical Cycle)」(2025年11月既報)および第503次研究航海「日本海溝プレート境界浅部すべりの履歴(Burial In Trench: Hadal Trench Tsunamigenic Slip History)」(2025年12月既報)の結果と総合し、日本海溝における掘削科学で得られる情報を駆使して、日本海溝における巨大地震の発生メカニズムの解明に取り組んでいきます。
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