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【北極海の今を探る】2020年度海洋地球研究船「みらい」北極航海

2021年 4月 15日

【北極海の今を探る】2020年度海洋地球研究船「みらい」北極航海

航海の目的と概要

2020年、国際連携による北極海広域観測 Synoptic Arctic Survey(SAS; https://synopticarcticsurvey.w.uib.no/)が、北極海広域での海洋物理学的な構造や循環場、炭素や窒素など化学物質の収支や海洋酸性化の進行状況、海洋生物の生産力や生態系の構造などを明らかにすることができる統合的な観測データセットを作成することを目的に実施されました。

このデータが近年急速に進行している北極域の環境・気候変化をとらえるため、さらに将来の環境・気候を予測するための基礎データとなります。SASでは、これまで北極海では行われてこなかった、複数船舶による同時かつ広域の高精度観測を実施しました。

その中で、海洋地球研究船「みらい」は太平洋側北極海の観測を担当しました。

本航海では、北太平洋及び北部ベーリング海・チャクチ海・カナダ海盆を中心とした太平洋側北極海において、船舶観測(海洋観測、気象観測、衛星観測など)や係留系・セジメントトラップ観測を行いました。また氷縁域ではドローン及び各種ブイによる観測を実施しました。

また、本航海は、文部科学省の「北極域研究加速プロジェクト Arctic Challenge for Sustainability II(ArCSII; https://www.nipr.ac.jp/arcs2/)」の下に実施されました。

海洋地球研究船「みらい」

◆航海期間:
2020年9月19日(土) ~ 2020年11月2日(月)までの45日間
[清水港]~[清水港]

航海報告

2020年9月19日に清水港を出港した「みらい」は、10月6日にベーリング海峡を通過し北極海に入りました。北極海では16日間の観測を実施、その後10月21日に再びベーリング海峡を通過し北極観測を終え、11月2日に清水港に帰ってきました。

MR20-05C航海の航路図と表面水温(SST)・海氷分布

観測海域は北極海の太平洋側に位置するチャクチ海とカナダ海盆です。観測項目は、海水中の温度・塩分・化学成分の測定(CTD/XCTD観測)、流れの計測、プランクトンネット、海底の泥採取、入射光の観測などを実施しました。また、海洋環境や海水中の沈降粒子の季節変化をとらえるために、観測装置を海水中に係留しました(係留系・セジメントトラップ観測)。さらに、海氷が迫りくる海域でも観測を行いました(氷縁観測)。アラスカ沿岸では国際連携の下に複数の船舶で同じ調査航路(国際連携観測網)を設定し観測を行いました。

MR20-05C航海調査海域図

北極海に入ってまず最初に行ったのはチャクチ海南部の調査です。この場所は豊かな生態系が育まれており、生物のホットスポットと呼ばれています(参照: http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20160429/)。春に海氷が融け太陽光が海水中に降り注ぐと植物プランクトンの大増殖が起きます。その植物プランクトンの多くは浅い海底(水深約50m)に沈積し、底生生物の餌になります。その底生生物を食べようとクジラなどの海生哺乳類が集まってくるのです。例年、植物プランクトンの大増殖は秋にもみられるのですが、今年の観測では植物プランクトンの量が多くありませんでした。現在、その原因を調査中です。

チャクチ海南部の生物のホットスポットの模式図

次に行ったのが、海水中の沈降粒子を捕集するセジメントトラップの設置です。水深1680mのノースウインド深海平原という場所に設置しました。他にも海洋環境の季節変化を調査するための様々なセンサーを係留系に取り付けました。

セジメントトラップ

これまでのセジメントトラップの観測では、捕集された動物プランクトン(ミジンウキマイマイ)の炭酸カルシウムでできた殻がボロボロになっていることがありました。その原因はまだ特定されていませんが、おそらく炭酸カルシウム飽和度(Ω)の低い海水(炭酸カルシウム未飽和の海水; Ω<1)に曝されたのだと考えられます。Ωは海洋酸性化の指標として用いられます。そのΩが非常に低い海水(Ω=約0.5)がセジメントトラップ近傍で発見されました。このようなΩの低い海水は、チャクチ海南部の生物ホットスポットの海底に沈積した有機物の分解(CO2の生成)で生じることがあります。しかし、生物活動があまりみられないチャクチ海北部の海域で、ここまで低いΩの海水を観測したことはこれまでにありません。海洋酸性化の影響がこの海域にも忍び寄っているのでしょうか?

セジメントトラップ近傍で炭酸カルシウム未飽和の水を発見

動画提供:北大 徳弘氏

セジメントトラップの場所には、海氷が迫りつつありました。10月も半ばとなると海が冷やされ蓮葉氷ができ始めます。我々は蓮葉氷が浮かぶ海域で観測を実施しました。船舶観測に加え、漂流ブイによる観測やドローンによる氷縁域の撮影も行いました。

氷縁観測

氷縁観測

今回初めての試みとして、今世界の海で問題となっているプラスチックごみの採取を行いました。亜熱帯域・亜寒帯域・北極域の広い範囲でプラスチックごみを採取しました。舷側より海面にネットを下ろし曳航することで海水中のプラスチックを集めます。北太平洋での観測中にジンベエザメが近づいてきました。ジンベエザメは海水を濾してプランクトンを集め餌にします。同時にプラスチックごみも飲み込んでいるはずです。プラスチックごみの生態系への影響が懸念されます 。

プラスチックのサンプリング

本航海は、コロナ禍で各国の研究航海が中止になる中、関係者の皆様のご尽力により何とか実施することができました。また、「みらい」船上からの情報発信に際して、多くの方々から応援の声を頂きました。この場をお借りして、皆様に厚く御礼申し上げます。

北極航海(MR20-05C)

本航海を支えてくださった皆様、どうもありがとうございました。

今後について

北極域は地球温暖化の影響が最も顕著に現れる場所のひとつです。温暖化は北極海の海氷減少を引き起こし、その結果、海の温暖化や淡水化、貧栄養化、酸性化などを進行させます。さらには、海岸浸食や海底永久凍土の融解などさまざまな変化が北極海で起きています。このような北極海の変化は、そこに生きる生物たちにも影響を及ぼしています。今後も引き続き北極海の観測を行うことにより、このような変化を捉え、将来予測に資するデータを蓄積し、気候変動研究に貢献していきたいと思います。

北極域の変化は海ばかりではありません。シベリアやカナダ北極圏でも環境変化が起きており、その変化は社会にも影響を及ぼしています。北極の今を知り、これからを探ると題して 2021年4月25日に北極域研究加速プロジェクト公開講演会が開催されます。
また、2021年5月8日~9日には、日本とアイスランドの共催により、第3回北極科学大臣会合(ASM3:3rd Arctic Science Ministerial)がアジア初となる日本(東京)で開催されます。ASM3は、北極における研究観測や主要な社会的課題への対応の推進、関係国間や北極圏国居住の先住民団体との科学協力の更なる促進を目的とした会議です。
ぜひ、これらのイベントも覗いてみてはいかがでしょうか?

北極域研究加速プロジェクト公開講演会

第3回北極科学大臣会合(ASM3:3rd Arctic Science Ministerial)

航海の様子について

ArCS II 2020年度海洋地球研究船「みらい」北極航海

#みらい北極航海2020