海で科学する ―観測がすすめる地球環境の理解―

Q&A

「地球環境シリーズ」講演会の最中にZoomでお寄せいただいたご質問を回答とともに掲載いたします。多くのご質問をいただき誠にありがとうございました。
※ご質問はほぼ原文どおりですが、個人情報となる部分は掲載しておりません。

Q1
高気圧性の渦では等温線が凹んでいるのはなぜですか?
A1
勝又:海洋の流れでは、コリオリ力と圧力の差が釣り合います。高い圧力の部分は上層が厚く、低い圧力の部分は薄くなります。高気圧性の渦では流れと同じ向きを向いて右側が高い気圧になりますから右側の上層が厚く、左側が薄くなります。これを渦全体でみると等温度線が渦の中心で下に下がることになります。

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Q2
渦の発生は、密度による違いということが分かりましたが、親潮や黒潮の逆行する波同士の干渉でも発生するのでしょうか?
A2
勝又:親潮や黒潮は波というより流れ(「移流」という言葉を使いました)としてとらえる方が自然です。流れの中を走るロスビー波もあります。流れの中に早い部分と遅い部分がある状態を「シアー」といいます。このシアーが上記のロスビー波を共鳴させる不安定現象も存在します。これは講演中説明した傾圧不安定と対比して順圧不安定といいます。つまり、親潮や黒潮のようにシアーの存在する流れの中でも波が干渉して不安定が発生することがあります。
Q3
低気圧渦・高気圧渦の気圧とは海洋上空の大気圧のことですか?
A3
勝又:いいえ、海洋の内部の圧力(「水圧」というべきでした)のことです。水圧は上に乗っかっている水の重さで決まりますから、海面が高くなる高気圧渦の下では海水が多い(高い)ぶん水圧が高くなり、海面が低くなる低気圧渦では水圧が低くなります。
Q4
細菌は難分解性有機物の一部というとらえ方でしょうか?それとも難分解性有機物の他に細菌という溶存有機物が存在するということでしょうか?その場合、細菌と難分解性有機物の相対的な割合はどの程度と考えたらよろしいでしょうか?
A4
重光:過去の研究から、細菌の細胞膜の外膜が難分解性DOCに寄与していることが明らかになっています。しかし、細菌の深層(200m以下)のバイオマスは、今日の発表で引用した論文では0.01PgCなのに対し、DOCは624PgCなので、生きている細菌は難分解性DOCにほとんど効いていないような気がします。細菌が死んだ後、変質を受ける中で、難分解性DOCに少しずつ寄与し、長い時間スケールで蓄積して、それなりに効いてくるということだと思います。
Q5
深層の分解者の観察はとても難しいと思うのですが、実験室内に圧力や光等の深層の環境を再現し、そこで観察するということは難しいのでしょうか?
A5
横川:実験室内で深層の環境(圧力、水温、光量等)を再現することが可能です。ただ、深層の生物を生きの良いまま持って帰ってくることが難しいです。
Q6
細菌の生物量の観測はどういう方法で行われていますか?
A6
横川:目的の海水を採水器で採水、サンプルを船上で回収。0.2マイクロメートルの目合いのフィルター上に細菌を集積したのち、その細胞をDNAと結合する蛍光色素で染色します。染色後、蛍光顕微鏡下で観察、計数を行います。この方法を直接係数法と呼びます。詳細はリンク先をご覧ください。
「日本海洋学会 海洋観測ガイドライン」
Q7
炭酸濃度が4500m以下では一定と見えますが、ここでは分解者が少ない/居ないということでしょうか?
A7
横川:表層と比べると4000m以深では、細菌数は非常に少ないです(表層の約100分の1程度)。発表中では言及しませんでしたが、その密度は1mL中に数千細胞程度です。
Q8
渦は上昇と下降の両方が発生していますか? そうであれば、渦半径の中で水平方向の分布が発生しそうですが、在りますか?
A8
勝又:低気圧渦の中では上昇流、高気圧渦の中では下降流が優勢です。ただ、一つの渦の中で上昇している部分と下降している部分が存在することも可能です。鉛直速度の観測は非常に難しいのでシミュレーションの結果でそのような渦を見出すことができるかもしれません。渦の中で温度や塩分の高い部分低い部分が存在することはよく観測されます。
Q9
シミュレーションを実施し、より精密な結果を得るためにコンピュータの性能向上も不可欠であると思われますが、シミュレーションのソフトウェアはコンピュータ性能向上するとともにスケールするものなのでしょうか。それともメッシュを細かくする以外に、コンピュータ性能向上とともに今まで考慮していなかった(できなかった)影響をシミュレーション(モデル)に取り込んでソフトウェアの大きな改良が必要となるものなのでしょうか?
A9
渡辺:モデルの根拠となる方程式(ナヴィエ-ストークス方程式など)はモデルの解像度によらないのですが、解像度を変え、どのスケールで現象を見るかによってパラメタリゼーションの数値、手法などを変える必要があることがあります。そして、コンピュータの性能向上を考慮しつつ、様々な研究結果も元に、既存のモデルを改良して複雑化(今まで考慮されていなかった過程を組み込んだり、数理科学上、より誤差が小さいけれども複雑な計算方法を採用するなど)することになります。この複雑化の一環として、プログラムを大幅に書き換えることもあります。
Q10
モデルの改善は試行錯誤なのでしょうか。ある程度見当をつけたりもするのでしょうか。改善のゴールはどこなのでしょうか?
A10
渡辺:まずは、モデルの結果を細かく見て、切り分けていくことで、どのあたりに改善点があるのかわかります。そこでその点を改善するにはどのようなことをすれば良いか考えます。必要な過程をモデル内で表現できるようにしたり、パラメータを変えたり。思った通りに改善しないこともあり、そこは試行錯誤になります。そのようにしていく中で、観測結果をモデルで再現していくことを目指します。
Q11
平均大気温度は1960~1980年頃に停滞・下降が見られます。必ずしも、火山噴火との関係性はなさそうですが、なぜでしょうか? 産業排気ガスのSOx濃度の影響かと疑っていますが、如何でしょうか?
A11
渡辺:1960年代はあまり温暖化が強くなく、そこでアグン火山などの噴火があり気温が大きく下がり、その後徐々に温度が上がっていくように見えます。その中で、おっしゃるように、人間活動によって排出され、寒冷化の効果のある硫酸エアロゾルが気候に影響していると思います。
Q12
貧酸素化の状況をモデラーの人が再現しようとすると観測値と一致しない(観測値の方が速い、大きい)と良く聞きますが、海洋温暖化(水温上昇)に伴うDOC(+POC)分解速度の増加を考慮していないのではないでしょうか?重光さんのモデルではAOUの変化とDOC(+POC)の変化は一致しているのでしょうか?
A12
重光:はい、DOCはほとんどのモデルで現在のところ考慮されていないので、おっしゃることはありえるかもしれません。しかし、それ以外にも、モデルの物理場の違いもかなり大きいと思います。私の今日のモデル結果は、仮想的な温暖化実験なので観測の変化とモデル結果を比べるというよりは、RDOMの潜在的な溶存酸素への影響を探る趣旨で行っていました。
Q13
メッシュを細かくする=「計算速度/量が増大」となりスパコンの容量との兼ね合いがありそうですが、地球シミュレータや富岳で対応可能でしょうか?
A13
勝又:逆に使える計算機の計算能力に合わせてモデルのほうを設計するようにしています。計算機の進歩がモデルの分解能に直結しています。
Q14
14C分析から微生物の分解が完結するのは循環の一周より掛かる? そうであれば、基本的に過渡状態であるとなりますか?
A14
重光:はい、循環の一周よりかかり、おっしゃるとおりだと思います。
Q15
もっと大きいスパコンが欲しいですか?
A15
渡辺:はい、より高速なコンピュータを利用することで、モデルの高解像度化、複雑化、さらに計算時間の長時間化などが可能になり、今までわからなかったことがわかるようになると期待できます。
Q16
社会的目標の文章は、日本語になっていますか?
A16
纐纈:国連海洋科学の10年についてはホームページ(https://oceandecade.org/)で日本語表示が選べるとともに、日本の国内委員会によるページ(https://oceandecade.jp/ja/)にも情報があります。そこには「7つの海」「10の課題」についても日本語で解説があります。どうぞご参照ください。
Q17
海洋循環流は渦をベースに表現できるのでしょうか?
A17
勝又・渡辺:はい、物理では渦糸モデルというものがあります。海洋では「極端に薄い・地球回転の影響がある」という理由で渦糸モデルがそのまま使えませんが、似たような原理のコンター力学という手法があります。ただ渦の時間スケール(日くらい)より長い時間スケール(年くらい)を考えるときはどうしても渦が壊れていく(散逸する)ことも考えなくてはいけないので、そうなると渦ベースのモデルはうまく働きません。
Q18
気候危機を抑制する為に海洋科学の役割はあるでしょうか?
A18
纐纈:例えば、近年の地球表層圏の熱の蓄積のうち9割程度は海洋が引き受けており、この”熱の蓄積”の残りの一部を我々は肌で感じています。こうした例からは少なくとも我々が知る気候変動に対して海洋の役割は大きいということは言えます。その抑制策に対してそもそも変動の理解が大事になることは想定されていて、それはシミュレーションによる予測が一つの形だと思っています。抑制への具体的アクションとなると海洋科学そのものの役割とは異なると思っていますが、海洋科学の知見を活かすことができる可能性はあります。
Q19
なぜ分解者となる細菌は極地や赤道付近に多いのですか?
A19
横川:分解者の増減は、供給される有機物量に強く影響を受けます。高緯度域、赤道付近では有機物(植物プランクトン)の量が多いため、それに応答して、分解者が多くなります。
Q20
海水採取のボトルは最初は何か気体が封印されていて、指定の深度で上下の蓋?を開けて海水を採取するのでしょうか?あるいは最初からボトルの上下の蓋は開いていて、海水中を降下中も海水がボトル内をながれていて指定の深度で蓋をする方式でしょうか?
A20
纐纈:お見せしたニスキンボトルという名の採水ボトルでは上下の蓋を開けたまま海水が通るようにしておいて指定深度で蓋を閉じることで深度毎の採水を行います。
Q21
重光さんは、モデルと観測ができる“二刀流”研究者ですが、それぞれの分野で注意すべき点は何でしょうか?
A21
重光:それぞれの分野で注意していることは特にありません。「モデル研究」でも「観測研究」でも最先端のことをやられている人たちがいるのですが、両方を最先端はとても無理なので、それぞれの最先端で「やられていないこと」&「とりこぼされていること」&「重要そうなこと」を「組み合わせること」を常に意識しています。
Q22
今、出てきた膨大なデータの解析はAIなども使えそうなのでしょうか?
A22
纐纈:観測される多様な計測値の関係性やシミュレーションで生み出される膨大なデータの解釈やその利用のためにAIや機械学習のような技術は様々な形で利用されつつあります。
Q23
シミュレーションをつかえば黒潮の蛇行も何故起きたかわかりますか?
A23
アプリケーションラボ 美山(監修):黒潮の大蛇行の発生については比較的よく研究されており、発生に必要な要素の洗い出しが行われています。シミュレーションで蛇行を再現することも可能で、その発生を詳しく調べることもできます。ただし、「なぜ起きたか?」をどこまで深く考えるか?が問題となります。大蛇行は上流の流れの乱れ(渦)が生じて、それが成長して大きな蛇行になると考えられています。その意味では黒潮の蛇行が何故起きたかはわかっていると言えます。一方で、流れの乱れが大蛇行となるときとならない時があり、蛇行が発生する確率はどのようなものか?を理解する必要があります。また、流れの乱れは太平洋を吹く風の変化により大きな海洋循環の変動を通して起こると考えられていますが、風の変化がなぜ生じるかについても考える必要があります。これらの疑問について、シミュレーションと観測をつきあわせつつ、研究が進められています。

参考文献
「黒潮大蛇行の謎に迫る」碓氷 典久 (気象庁気象研究所)
Q24
素人感想で見当違いでしたらすみません。「宇宙と比べて」と言うお話があり面白かったのですが、普段プラスチック分解酵素などのニュースを見ていると、宇宙よりも人間にとって有用な物質の発見などの点では宇宙よりもずっと身近だし未発見のものの可能性が大きそうだし現実的という印象を持っていました。(今回海の観測は難しいということで近くながら遠い部分もあるということは改めて認識できました。)ペニシリンのように医療革命的な可能性を持つものの発見も期待できるしそう言った観点でも海洋研究は魅力的といえるのだろうか?と思いました。
A24
勝又:物質を持ってくるという点では海洋は宇宙より有利です。実際ご指摘の有用な微生物に加え海底の資源の掘削は実験的な段階にまできています。そのような人間が海底を利用することによる影響評価は新しい海洋科学の応用面として注目されています。