いわゆるひとつの表裏一体!編

2013/02/22

川口 慎介(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

【色即是空 空即是色】
深海熱水活動は「冷たい海水が地殻内に浸入し海底下で温められて噴出する現象」と言われます。ですが,これは海洋や生物,ひいては地上にいる人間の視点であって,たとえば地球の内部からの視点で見れば,熱水活動は「冷たい海水が地球内部の熱を奪っていく現象」と捉えられます。そんな風に考えると,熱水活動は,豊かな生態系を育んでいる一方で,地球自体の寿命を縮めているのかもしれません。

熱水活動は,地球内部の熱が海底面近くまであがってきているプレート境界域などで起こります。プレート境界は海嶺,海溝,およびトランスフォームの3種に分類されますが,ここでは今まさに調査を行っている中央インド洋海嶺を含む,海嶺に注目します。海嶺では,地球内部から沸き上がってきた物質が冷え固まり,地球表面を覆うプレートとなって両翼に広がっていきます。これもまた表裏一体で,地球内部から物質が上がってきたから海嶺が押し広げられるのか,海嶺が広がるから地球内部から物質が引きずり出されるのか,悩ましい問題です。言い換えるならば「ある海嶺の特徴は海嶺自身が決めている」のか,あるいは「外的な要因で海嶺の特徴が決められている」のか,ということでしょうか。

ある海嶺と他の海嶺を比較する時に,今のところとりあえず便利に使われている指標が「プレート拡大速度」です。たとえば1年に10cm拡大するような海嶺は「高速」,1年に1cmしか拡大しない海嶺は「低速」といった具合に,便宜上分類されています。この拡大速度を指標にした海嶺の分類によって,海嶺に露出している岩石やそこで起こる熱水の化学組成,さらには熱水を食べる生態系の特徴を,大枠で説明・予測することが可能です。しかし,ここでも立ち止まって考える必要があって,大枠で説明可能ということは,拡大速度とは違う別の要因によっても,岩石・熱水・生態系の特徴が左右されうるということです。

中央インド洋海嶺の拡大速度は「中速」とされています。中央海嶺でも「高速」や「低速」は両極端なので,それに付随する岩石・熱水・生態系の特徴も,「高速っぽい」「低速っぽい」ものになりがちです。一方の「中速」には「中速っぽい」特徴があるというよりは,「高速っぽくも低速っぽくもある」というような「中速としての特徴がないような特徴」があります。実際,中央インド洋海嶺を見ると,ドードー熱水域周辺で見つかった溶岩平原は「高速っぽい」特徴で,かいれい熱水域の高い水素濃度と微生物生態系は「低速っぽい」特徴と言う人もいます。さて,これを逆に考えるとどうなるでしょうか。もう展開が読めてきましたね。

中央インド洋海嶺という1つの「中速」海嶺の中で起こる,こうした「拡大速度のみではうまく説明できない特徴の多様性」を複数の熱水域の観測によって解明することで,「海嶺の岩石・熱水・生態系の特徴を左右する拡大速度以外の駆動原理」の普遍的な理解をえよう,というのが,YK13-02航海の3つめの課題『中央インド洋海嶺における熱水活動とその(微)生物生態系の多様性の解明とその駆動原理の理解』の研究目的です(たぶん)。「かいれい熱水域」は3つの海嶺が交わるロドリゲス三重点との隣接,「エドモンド熱水域」は3300mという深い水深,「ソリティア熱水域」はロドリゲスホットスポット列と海嶺との交点,「ドードー熱水域」は世界最大級のトランスフォーム断層であるマリーセレステとの隣接。こうしたそれぞれに特異なテクトニック・地質セッティングは,はたしてそれぞれの岩石・熱水・生態系の特徴と何らかの関係を持つのか。あるいはその多様性を超えて存在する「中速」としての普遍的特徴はあるのか。興味は尽きません。

現代日本史に燦然と輝くスーパースター,ミスターこと長嶋茂雄は「I live in Tokyo」を過去形にせよという英語の問題に「I live in Edo」と回答したと言われています。この回答を笑うことは簡単ですが,この常識に囚われない柔軟な発想力こそが,真理の探究者たる研究者には不可欠なのではないかと,今日もまた,過去の偉人から教訓をえるわけです。


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