QUELLEレポート

国民的関心事

2013/06/18

川口 慎介（海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域）

（予定通りにカリブ海のケイマンライズを目指して出港した母船『よこすか』。世界最深部の深海熱水域調査と深海からのライブ中継というチャレンジは、実は54年前の後楽園球場に伏線があったとかなかったとか。それでは、いち研究者であり二児の父親でもある地球化学者の川口さんが潜航海域へ向けた回航中の船内からお届けします。）

全国2億4千万の見つめ合う視線のレイザービームでアチチなゴールドフィンガーの男の子女の子のみなさん。海洋研究開発機構のヒラ研究員，川口慎介でございます。『しんかい6500』世界一周航海QUELLE2013の第1弾， YK13-02航海（インド洋で白スケを捕獲するぜ！編）から2月末に下船して以来，約4ヶ月ぶりに『よこすか』に恥ずかしながら帰ってまいりました。ヨッコイショウイチ，っと。

われわれ乗船研究者は6月13日に成田空港を出発し，6月17日にプエルトリコはサンファン港から出港しました。もちろん乗船研究者であるワタクシは，6月18日現在，カリブ海の『よこすか』船上にいるわけですね。6月16日はチチの日，6月17日はムスコの1歳の誕生日，6月18日はヨメのxx歳の誕生日と，家庭的に重要な週だったわけですがね。ワタクシは，地球の裏側の海の上にいるわけですね。そうなんですね。父ちゃん悲しいンゴ。。。

まぁそんな私事はさておき， 6月と言えば天覧試合ですね（ﾆｯｺﾘ）。昭和34年6月，「昭和の巨怪」正力松太郎が仕掛けた日本プロ野球史上初の天皇陛下ご臨席の巨人阪神戦です。阪神の先発投手で「針の穴を通す」と言われたコントロールを誇るエース小山正明が自らのホームランで先制するも，その後はONアベック第1弾を含むホームランが両軍から乱れ飛ぶ展開。同点で迎えた終盤，阪神は小山に代えスーパールーキー「ザトペック」村山実を投入し，この試合を託します。しかし，「燃える男」長嶋茂雄によるレフトスタンドへのサヨナラホームランでゲームセット。無念の村山が晩年まで「あれはファウルだった」と言い張ったこのホームランで，プロ野球は今に至るまで国民的関心事となり，長嶋茂雄は永久不滅の「ミスター」となりました。

あれから54年がたった平成25年6月，

「超深海生物学の巨怪」北里洋が仕掛けた『しんかい6500』世界一周航海QUELLE2013は，第3弾カリブ海ミッドケイマンライズでの調査を開始します。本航海で調査をする深海は，ミッドケイマンライズという海底の高まりに位置する2つの熱水域です。それぞれ，有人深海調査のパイオニアである生態学者William Beebeの名を冠した『ビービ熱水域』，深海熱水化学研究のパイオニアであるKaren von Dammの名を冠した『フォンダム熱水域』です。『ビービ熱水域』は，これまでに知られている地球上の500地点の熱水域の中でも「最深」「最高温」の熱水域で，長いチムニーの先から激しいブラックスモーカーの噴出が知られている，本航海のメインターゲットです。『フォンダム熱水域』は，「熱水には通常含まれないマグネシウムが溶けている」「熱水には通常豊富に含まれる二酸化炭素が枯渇している」という大変珍妙な化学組成が風の噂で伝わってきており，私のような地球化学者的にとっては「なんでや!?」と興味が持たれるターゲットです。


研究チームと『しんかい6500』パイロットが一緒にケイマンライズの深海熱水攻略法を練っています。

先発一番バッターの潜航研究者は「英国海底紳士」ジョン・コプリ。彼を「針のように繊細なメンタリティ」柳川勝紀とスーパールーキー「ガッツ」矢萩拓也という新進気鋭の(微)生物学者二人が、『よこすか』船上で試料の帰還とともに待ちかまえます。

そして全世界70億人ご臨席の下で執り行われる世界最深熱水域調査ライブストリーミング中継では「燃える男」高井研が潜航予定です。この深海中継により，高井研が永久不滅の「ミスター」になるかどうかはマジでどうでもいいことですが，深海調査が国民的関心事となり，たとえば「子供のなりたい職業」調査の上位に「スポーツ選手」と並んで「深海探検家」や「しんかいのパイロット」や「深海高温熱水に含まれるメタンおよび水素ガスの安定同位体比分析化学者（ﾄﾞﾔｯ）」があがるようになることを，1人の深海研究者として，また1人の父親として，期待する次第でありやす。

（最も深く、最も熱い深海熱水を前に、船内の雰囲気も「やったるでー」と気合が入ってきました。潜航開始が待ち遠しいですね。さて次回は、言葉の壁を気にせずに英国海底紳士コプリ博士に果敢に食らいつくスーパールーキー「ガッツ矢萩」くんが一人前の生物学者を目指す成長日記（前編）を、もしくは潜航1番バッターのコプリ博士のレポートを誰かが訳してお届けするとかしないとか。）