カイジ「ざわ…ざわ…」的1日!

2013/06/23

YK13-05首席研究者
高井 研(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

(全世界30万人以上のみなさんにご覧いただいた深海ライブ中継。その潜航調査の翌日に、首席研究者の高井研さんに振りかえっていただきました。耐圧殻内で、あんなことが行われていたのですね。それでは深海生中継メイキング編をどうぞ。)

全国二億四千万の瞳の「しんかい6500」ファンの皆様。再び「真夏のカリブ海決戦」航海首席研究者の高井です。

昨日の「しんかい6500」第1350回目の潜航を終えて、ワタクシ、いわゆる「しんかい6500」潜航後特有の病、「真っ白な灰になっちまった」症候群に襲われています。

昨日の「しんかい6500」第1350回潜航は、世界初の「有人潜水船を用いた科学調査ライブ中継」を敢行し、なんとかかんとか、深海の映像を世界にお届けすることができました。このライブ中継の成功は、多くの関係者の多大な尽力によって支えられ成し遂げられたモノです。関係するひとりひとりの奮闘ぶりを窺い知る者として、今モーレツに感じることは、「とにかく成功してみんなの努力が報われてヨカッたー!」。それに尽きます。

「ふはは、見たか!これがJAMSTECのマジよ!ジツリキよ!」と手のひらを返したように虚勢を張って大本営的発表のまま逃げ去ってもいいところなのでしょうが、このレポートでは成功の陰に隠れた様々な人間模様やサイドストーリーを「メイキング編」として、かるーく紹介したいと思います。

もちろん「しんかい6500ライブ中継の真実」という長編大河小説を書けと言われれば「うむ。さもありなん」と言えるほど、ドラマチックでアド街ックでスリリングで胸キュンでジュンジュンしちゃう展開もなきにしもあらずです。

「私自身まとめる喜びはあった」という奇特な方がいらっしゃいましたら、ぜひ綿密な取材に基づく「その時、歴史は動いた!」的ルポタージュなぞ、書いてほしいところです。

とはいえ、我々「真夏のカリブ海決戦」航海乗船研究者にとって、「しんかい6500」潜航リアル生中継はあくまで序盤戦の通過点。今日も引き続き「しんかい6500」潜航調査は行われています。そして明日も明後日も、6月30日まで、我々の戦いは続くのです。

しかし、まずはなにはともあれ、「しんかい6500」潜航リアル生中継に関わったすべての関係者の皆様、本当にありがとうございました。皆様の多大なサポートのおかげで、我々は大きな勝負(ふふふ、まさに「賭け」と呼ぶにふさわしい背景があったのも事実だったのだ)に挑むことができました。この場を借りて、深く御礼を申し上げます。


潜航開始後、太陽の光が徐々に届かなくなり、自然の色合いの美しさを感じました

なぜ高井研は激おこプンプン丸だったのか?

「しんかい6500」潜航リアル生中継の序盤、ワタクシ、高井研は大層追い込まれていました。

「しんかい6500」に乗り込んで、飴ちゃんでも嘗めながら、飯嶋一樹パイロットと池田瞳コパイロット(ぴーちゃん)の最終チェックを眺めつつ、深くメディエーションの世界に浸り、菩提樹の下で悟りを開こうとした(寝落ちしようとした)その刹那、今まさに「しんかい6500」のコックピットのハッチ(蓋)が閉められようとする寸前で、宮崎淳一博士(通称:ミヤジュン)が「朝、温度計の補正するの忘れたんでナカで補正してください」と土壇場で言い出したのだった。

一応ワタクシも深海調査のベテラン。そしてマルチ雑用係。彼の言わんとするところはすぐに理解し、何をなすべきかは当然わかりました。つまりこのままでは、「世界最高温度の更新可能性がアリアリの中部ケイマンライズビービー熱水フィールドの熱水の温度が正確に測れない」ということ。

それは極めてマズいことなのです。しかし、船内に入っていたパソコンはワタクシが初めて触るモノで、ソフトの使い方はコチョコチョいじっていればそれなりにわかるとしても、重要なことは今日持って行く新品の温度計専用の補正ファイル(温度計は白金抵抗を用いて電気抵抗を測ることで温度を算出します。温度計一本一本に微妙に異なる抵抗-温度の関係性があり、その抵抗値を正確に温度に直す補正ファイル)がコンピューターのどこに入っているかがわかりません。

補正ファイルを読み込むのは結構複雑で、これから着水するぜという瀬戸際に急に言われたって困ります罠。しかも船内のパソコンのUSBポートには、しこたま色んなケーブルが装着されており、パソコンをガチャガチャする度に接続が切れたりして、「接続に問題があります」といちいちご報告してくれる「ウィンドウズ8」君がワタクシの心の安寧を激しく刺激するのです。

思わず「海底紳士にあるまじき口汚い言葉」を何度も口走ってしまいました。
そして、後で確認すると、ナントそのあたりの言動がばっちり中継されていたではないか!オーマイゴッド。

これで多くの視聴者に「タカイケンというおっさんは、生中継されていることを知りながらアタフタプンスカしやがって、なんてちっぽけな人間なんだ!」というヘイトイメージが見事に浸透してしまったに違いない。ホントに知らなかったんです、音声までばっちり流れているなんて!アレはワタクシじゃないんです。ほんのデキゴコロだったんです。魔が差したんです。


いよいよ着水して潜航開始。コックピット内のリアルな様子が中継されました。

海底の映像を写すことができたのは本番だけだった!!

「しんかい6500」潜航リアル生中継を計画した当初、光ケーブルでの中継作戦は、あくまで実験段階の話で、実は一度も深海の海底映像を映すのに成功していませんでした。

当初どころか。リアル生中継本番の「しんかい6500」第1350潜航の一つ前の潜航(1349潜航)でテストを行いましたが、やはり海底まで数10mのところで断線してしまいました。というわけで、実は本番に至るまで、ちゃんと海底映像をとらえることに成功していないという状況だったのです。

もともと「チャレンジですから!」というエクスキューズ付きで始まった計画だったのですが、「やるからにはイケイケドンドンでいったらんかい!」みたいなノリでどんどん話が大きくなり、日に日に盛り上がって行く様を見るにつけ、「ワタシ達、もしかしてもう後戻りができないところまで来てしまったのね...」的な火曜サスペンス劇場感が絶頂でした。

つまり、自分たちが仕掛けたこととはいえ、実は船上も陸上も関係者はみんな、本番の展開にドキがムネムネしていたのです。

「しんかい6500」に乗っているワタクシ自身は、普段の潜航調査みたいなモノですから、いったん乗ってしまえばあんまり外の状況はわからないので、一番気楽だったかもしれません。

ただ前日のテストで、「なぜ「しんかい6500」が海底に着く前に断線するのか?」ということについて、大きなヒントが得られました。どうやら「しんかい6500」のお尻の垂直尾翼あたりから伸びている光ケーブルが弛むと推進スラスタ(スクリュー)に巻き込まれて切れる、という方程式が見えてきたのです。

そこでリアル生中継本番の「しんかい6500」第1350潜航では、光ファイバーの張り具合を、カメラで終始チェックしながら、光ファイバーを弛ませないような「ノンストップ、ノンストッパ ミュージック」(ふられ気分でRock'n' Roll by TOM☆CAT)ナビゲーションを断行したのでした。

そして失敗の許されない本番。ワタクシと同い年の「午前中なら集中力抜群」の飯嶋一樹パイロットの見事なドライブテクが炸裂し、一度も光ケーブルが弛むことなく見事、深海底の映像を船上に、衛星に、そして日本に、送り届けることに成功しました。

この段階で、最初の賭けに成功しました。あとは迷わず一直線にブラックスモーカーを吹き出す「ビービーウッズ」サイトまで到達し、その映像を送り届けることができるかどうかでした。


リアルタイムで世界最深の熱水噴出チムニーを見ることができました。興奮しました。

今回の潜航でワタクシ、結構な速度でビュンビュン走る「しんかい6500」にびっくりしました。実は「しんかい6500」の大改造後、初めて乗船したので、その機動力に思わず「ターボ」という最近あまり聞かれなくなった言葉を思い出しました。また音も立てずに水平移動やエレベーター的昇降をこなす変態的な動きも、ワタクシにいろいろな(いかがわしい)妄想を掻き立てる「しんかい6500」の新しい能力です。

そんな「しんかい6500改」のスペックをフルに使うことによって、光ケーブルを弛ませることなく、ついに「ビービーウッズ」サイトの光景を捉えることができました。

もう、コックピットの中の池田瞳コパイロット(ぴーちゃん)は、押し寄せる興奮の渦に身を任せ、ポッと頬を赤らめながら、「こんな映像が見れてホント日本の皆さんは幸せですよねえ〜」という、思わず「事件はニコニコ生中継で起きているんじゃない。今目の前で起きているんだ」と織田裕二ばりの突っ込みを入れたくなるようなセリフを吐いてしまいました。

しかし、ホントうまくいってよかった。今だから言えるけど、かなりリスキーな挑戦でした。大げさではなく、関係者の多くは「まさしくミラクルだった」と思っています。


暗黒の世界から帰還した「しんかい6500」。太陽のまぶしい日差しを浴びながら帰ってきました。

それでも調査は進む!

もちろん「しんかい6500」潜航リアル生中継も「真夏のカリブ海決戦」航海の大きなイベントですが、「科学的な成果はちゃんと挙がっておるのかね?」と言う人もいるでしょう。もちろん着々と進んでいます。

調査航海において、科学成果を挙げるための最も重要なファクターは、もう圧倒的に絶対的に、調査時の天候・海況です。コンディションさえ良ければ、着々と調査は進み、オートマティックに成果は挙がるモノです。コンディションがいいのに、成果が挙がらないなら、それはもう「そもそもの研究提案が悪い」としか言いようがないでしょう。ずばりそうでしょう。

というわけで、現在は3潜航が終了し、着々と調査が進んでいます。このまま行けば、江夏の9連続三振、ではなく、真夏の9連続潜航、記録達成できそうな勢いです。

QUELLEインド洋航海では、我々の研究グループは悪コンディションにコテンパンに打ちのめされました。その恨みを晴らすかのような絶好調ぶりです。このまま順調に調査が進むことを願っています。

そんなこんなで、みなさんもぜひ、後半戦もこのQUELLEレポートカリブ海編を冷やかしに来てください。んちゃ!


深海からのリアルタイム中継のみならず、研究サンプルの採取にも成功した第1350回潜航は記憶に残るダイブとなりました。

(「しんかい6500」耐圧殻内の事情、そして世界初の有人潜水船による深海探査の生中継に挑んだ舞台裏を少しだけご紹介しました。わたしも30万人以上のみなさんと一緒に深海を潜航することができ、本当にうれしかったです。ありがとうございました。そして、見逃した方、寝落ちした方、もう一度ドキドキワクワクしたいという方は必見です!ニコニコ無料会員に登録すれば、番組ページ<生中継><準備編>をいつでもご覧頂くことができます。 いざ深海へ再び!

さて、次回こそは、必死にラボで格闘しているスーパールーキー「ガッツ矢萩」くんが一人前の生物学者を目指す成長日記(前編)をお届けできることを、焦らずにお待ちください。ではまた。)

※写真(C)JAMSTEC 提供元:niconico