2013/10/17
(トンガ海溝ホライゾン海淵での「しんかい6500」の調査は無事終了いたしました。現在はトンガ海溝の他の海域での調査を実施中です。今航海の首席研究者である北里さんにホライゾン海淵ではどのような調査が行なわれたのか、今後どのようなことが期待されるのかを書いていただきました。)
YK13-10 航海も後半に入りました。前半は、トンガ海溝ホライゾン海淵の調査でしたので、どんな観測を行ったのか、期待される成果、意義について概要を紹介したいと思います。
本航海が始まったときのQUELLE Report に紹介しましたように、Quest 4 の狙いは、1万メートルを超える超深海の生物、生態系とその機能について知ることです。トンガ海溝、ホライゾン海淵は、チャレンジャー海淵に次ぐ、世界第二位の深さをもつ海淵部です。実は、ホライゾン海淵については、マリアナ海溝チャレンジャー海淵と100mぐらいしか水深が違わないのに関わらず、調査が進んでいません。世界で二番目であるためです。科学の世界では一番でなければダメなのです。おっと、ついつい脱線してしまいました。
ホライゾン海淵調査の第一の目的は、まず、どのような地形をしていて、本当はどれくらい深いのかを知ることです。本航海では、ホライゾン海淵がある海域で海底設置型観測を行いますので、設置してある間、船を走らせて詳細な海底地形図を作ることにしました。それに、海淵最深部に投げ込んだ「ランダー」に取り付けたCTDに記録された鉛直方向の水温分布、塩分分布のデータを用いて音速補正を行い、深さ方向にできるだけ正確な地形図を作ります。今回得られた地図は、そういう意味で3次元方向に正確な海底地形が描かれています。詳細な地形図が書かれたことによって、私たちは海淵部に見られるさまざまな地形の成因を考えることができるようになります。これからの地形判読が楽しみです。
次に、私たちは、海淵部にどのような生物がいて、何をやっているのか? に関する調査を行いました。自由投下式の採泥カメラシステムランダーと酸素ガラス電極を剣山のごとく林立させたプロファイリングランダーを10,800m と6,250m の深海に投げ込んで、測定、採集、画像撮影を行いました。6,250m では、カメラランダーの代わりに、「しんかい6500」で潜航して海底映像を撮影し、採水、採泥、生物採集を行いました。まず言えることは、トンガ海溝、ホライゾン海淵は、貧栄養の深海であることです。10月は、北半球だと4月ですので、南半球の春にあたりますが、この海域では、植物プランクトンの春のブルームは起こっておらず、海洋表層は透明です。マリンスノーも少なく、そのためか、潜水船で潜航していくと、水深500m近くまで表面からの光が届いていることがわかります。海底の有機物懸濁物の量も少なく、海底懸濁層も発達していません。底生生物も全体に小型の個体が多い、つまり、そんなに生物量は多くないなという印象です。今回の調査で、ホライゾン海淵の海底でさまざまな測定を行いましたので、結果を解析し、生態系機能を明らかにするデータを出してゆきたいと思います。
写真1:Aフレームによって空中に運ばれる「しんかい6500」。これから潜航へと向かう
こういった、貧栄養の環境であるにもかかわらず、トンガーケルマディック海溝の5,500〜7,000mの範囲には、巨大なヨコエビ(Super Giant Amphipod という)が分布しています。今回の観測調査では24cmの大きさの個体が得られましたが、ケルマディック海溝からは、昨年、最大35cmにもなる個体が見つかっています。何を食べているのか?何歳なのか?海底で機敏に動けるのか?など疑問が湧いてきます。1万メートルを超える海淵部には、カイコウオオソコエビ(Hirondellea gigas)の仲間であるHirondellea dubia という種類が生息していますが、数は多いのですが、とても小さいです。深海のヨコエビは貧栄養に適応した種類が多いと考えていますので、巨大ヨコエビの存在は不思議です。海溝には変な生き物がいるのですね。興味は尽きません。
ホライゾン海淵における調査は予定通り終わりました。観測結果をまとめて論文にするのですが、この海淵部単独だけではなく、世界第一の深さのマリアナ海溝・チャレンジャー海淵と比較することになります。チャレンジャー海淵と同じなのか?違うのか?違うとしたら、どこが?こういった質問に答えることができるデータとサンプルを手にしました。複数の海溝、海淵部を比較することによって、1万メートルを超える海淵部の生態系とその機能について明らかにすることができると思うと、ワクワクしています。
トンガ海溝には、来年になるとアメリカ、ヨーロッパのいくつかの海洋先進国が船や潜水機器を持ち込んで、調査を行う計画があります。今や、超深海、海溝域は、海洋科学のホットなフロンティアです。私たちは、欧米に先駆けて調査を行ったアドバンテージを生かして、引き続き研究を進めたいと思います。
写真2:「しんかい6500」の潜航が終わり、他の研究者たちと海底の様子について話す北里さん(中央青色の服)