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2011年 4月 26日
独立行政法人海洋研究開発機構

地球の40万倍を超える高重力環境でも生命が存在しうることを発見

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)海洋・極限環境生物圏領域の出口 茂チームリーダーらは、九州大学、Institute for Surface Chemistry(界面化学研究所、ストックホルム、スウェーデン)および琉球大学と共同で、地球の40万倍を超える高い重力の下でも微生物が生育することを発見しました。今回の研究は、地球よりもはるかに大きな重力の下での(微)生物の振る舞いを初めて明確にしたと同時に、生命存在の可能性が重力によっては制限されないことを示すもので、地球外生命の探索に大変重要な寄与をすると考えられます。

この成果は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 誌(電子版)に掲載される予定です。

タイトル Microbial growth at hyperaccelerations up to 403,627 ・ g
著者名 Shigeru Deguchi,1 Hirokazu Shimoshige,1 Mikiko Tsudome,1 Sada-atsu Mukai,1,2 Robert W. Corkery,3 Susumu Ito,4 Horikoshi Koki1(出口 茂・下重裕一・津留美紀子・向井貞篤・ロバート W コーケリー・伊藤 進・掘越弘毅)
所属 1.独立行政法人海洋研究開発機構、海洋・極限環境生物圏領域
2.九州大学、高等研究院
3.界面化学研究所
4.琉球大学、農学部

2. 背景

温泉や深海底の熱水噴出孔のような100℃を超える高温、強酸性、強アルカリ性など、人間がとても住めない過酷な環境にも多くの微生物が生息しています。これら極限環境微生物の力を借りることで、遺伝子増幅技術(1993年にノーベル化学賞を受賞)や酵素洗剤などの新たなバイオテクノロジーが生み出されてきました。極限環境微生物の発見はまた、従来無生物環境だと信じられてきた環境にも生命が存在しうることを明らかにしました。昨年末にアメリカ航空宇宙局(NASA)が発表したヒ素を利用して成長する極限環境微生物に見られるように、これらの成果は地球外の惑星での生命の存在を議論する上で重要な指針となります。

地球外生命の存在を考える場合には、通常は無視できる環境因子をも考慮する必要があり、その一つが重力です。地球では重力は一定であるのに対し、火星では重力は地球の0.4倍、また木星では重力は地球の2.5倍になります。重力が0に近い微小重力環境での生物の振る舞いは、長期の有人宇宙飛行の際に人体が受ける影響を知るためにも重要であり、これまでに多くの研究がなされています。大腸菌などの微生物をモデルとした細胞レベルでの微小重力応答も調べられており、生育はもちろんのこと、生理機能、ストレス耐性、病原性、遺伝子発現などの様々な微生物の機能が微小重力下で変化することが知られています。一方、地球よりも大きな重力の下での微生物の生育に関しては限られた研究例しかなく、そもそも生命はどの程度高い重力まで生息しうるのかについては、ほとんど分かっていませんでした。

3.研究結果の概要

微小重力が微生物に与える影響は、軌道上を周回する国際宇宙ステーション(ISS)やスペースシャトル、あるいはクライノスタットという地上で無重力環境を模擬できる装置を使って調べられます。一方、高重力下での実験は遠心機(図1)を利用するのが唯一の方法です。今回の研究に用いた遠心機では、ローターを最高で毎分66,000回転で回転させることができ、その際に発生する遠心力によって、地球の40万倍を超える重力がかかるのと同等の状況を再現できます。

遠心機の中で再現した高重力環境で、5種類の微生物(大腸菌、乳酸菌、酵母菌、Paracoccus denitrificans(パラコッカス デニトリフィカンス、主に土壌に生息している微生物)、Shewanella amazonensis(シュワネラ アマゾネンシス、アマゾン川の河口から採取された微生物))の生育を比較したところ(図2)、地球の1万倍程度の重力までは、いずれの微生物の生育もほとんど影響を受けませんでした。地球の1万倍を超える重力下では、生育速度は重力の増加と共に徐々に遅くはなりましたが、大腸菌とパラコッカス デニトリフィカンスは、地球の40万倍を超える、我々の遠心機で再現できる最も高い重力環境の下でも生育することを発見しました。また高重力環境が微生物に与える物理的影響(細胞内での分子の沈降、細胞の変形、圧力)を詳細に検討した結果、サイズが小さい、内部構造が単純という微生物の2つの特徴が、高重力下での生育に有利に働くことが分かりました。

4.今後の展望

これまでに500を超える太陽系外惑星が見つかっています。質量の大きな惑星表面での重力は、地球の数倍程度になりますが、今回の研究によって、重力がこれら惑星での生命の存在を制限する要素にはなりえないことが明確になりました。さらには褐色矮星(太陽になりそこなった星。木星の数十倍程度の質量をもつ)のような、より質量の大きい天体での生命存在の可能性、あるいは隕石を介して惑星間を生命体が移動する可能性をも示唆しています。今回の研究成果はまた、細胞レベルでの重力応答機構の解明、さらには微生物バイオリアクターでの物質生産を重力によって制御するといった実用面での波及効果も期待されます。

参考


図1.実験に用いた遠心機


図2.高重力環境でのパラコッカス デニトリフィカンスの生育の比較

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
チームリーダー 出口 茂 電話:046-867-9679
電子メール:shigeru.deguchi@jamstec.go.jp
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 電話:046-867-9198