知ろう!記者に発表した最新研究

2010年6月25日発表
南極海での気候の変化は、 遠くはなれた北太平洋底層ていそうの水温変化と連動れんどうする!

2004年、北太平洋の底層ていそうでは水温が15年間で約0.005℃上がったと報告ほうこくされました。0.005℃の差は、気温では小さいとも取れる数字。けれど、水温ではちがいます。たとえば、地球の大気全体の気温を1℃上げる熱を海にあたえたとします。水温は、約0.001℃しか上がりません。そう考えると、水温で約0.005℃上がるという事は、とても大きな変動です。
 では、なぜ北太平洋の底層の水温は上がったのでしょう。研究者は、海の様子をくわしく調べられる「データ同化どうか システム」というツールを開発して、水温を上げた原因がたどってきた道のりをさかのぼりました。その結果、道のりは赤道をこえて南下し、 南極なんきょくのアデリー海岸かいがんおきにたどりつき、そこで海水がいつもにくらべて冷やされなかったことが主な原因であることがわかりました。つまり、南極海表層ひょうそうでの環境かんきょうの変化は、ずっと遠くはなれた北太平洋の底層にも伝わって連動れんどうするのです(図1)。さらに、連動にかかる時間は、海水が海底を流れてたどり着くまでにかかる時間(800〜1,000年)よりもはるかに短い40年だったのです。

北太平洋と南極海は、40年の差で連動する!

図1:北太平洋と南極海は、40年の差で連動する!

海の熱の変わり方を理解りかいする上で、これは大きな成果です。研究者は今後も研究を続けて、「海の熱の変化のメカニズムをよりよく理解したい。そして、海の熱の変化と関係深い気候変動の予測などに役立てたい」と話しています。

北太平洋の底層で水温が上がっていたのは、どうしてわかったの? 北太平洋で行った海洋観測のデータをくわしく調べた結果、わかりました

大陸を横断おうだんする大規模だいきぼな海洋観測かんそくが、1985年と1999年、北太平洋で北緯ほくい47度線にそって行われました。その結果、北太平洋の底層(水深4,000mより深い海)では水温が約0.005℃上がっていたことが、2004年に報告されました(図2

航海を行う海域

図2:水温の 上昇じょうしょうが見つかったところ

先ほどお話ししたように、水温で0.005℃の差は大きな変化。北太平洋の底層では大きな変動が起きつつあると言えるようです。さらに、北緯30度線、南緯なんい32度線、東経とうけい179度線などで観測をくり返した結果、同じような変化が太平洋全体で起きていると確認されたのです。では、海の中でなにが起きたのでしょう。研究者は、その原因を調べる研究を始めました。

どうやって研究をしたの?

「データ同化システム」を使って、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」でシミュレーションを行いました

海洋学の研究方法は大きく2種類あります。実際じっさいに海の状態じょうたいを測って調査ちょうさ をするか、室内でコンピュータを使ってシミュレーションを行うかです。この2つの方法には、「実際に海で観測したら、海の状態が 正確せいかくにわかる。けれど、広い海をすみずみまで観測することはむずかしい」、「プログラムを使ってシミュレーションしたら、海の広い範囲はんいがわかる。でも、実際の海とのズレがどうしてもある」といった特徴とくちょうがありました(図3)。そこで、その2つの方法の強みだけを合体したツール(解説1)を研究者は開発しました。それが、データ同化システムです。このツールでは、実際に海で観測したデータをモデルシミュレーションに組みこむので、世界中の海の状態を今までよりもずっと現実に近く再現さいげんし調べることができます。さらに今回のシステムは、時間をさかのぼって現象げんしょうのメカニズムを明らかできるすぐれものです。

データ同化システム

図3:データ同化システム

研究者はそのデータ同化システムを使ってスーパーコンピュータ地球シミュレータ(解説2)でシミュレーションを行い、北太平洋の底層の水温を上げた原因がどこから、どうやって伝わってきたのかを調べました。

どんな結果がでたの? 北太平洋の底層の水温変動は、南極表層の気候変動と連動することがわかりました

水温を上げた原因の道のりをさかのぼってたどると…。なんと、赤道をこえて南下を続け、最終的には南極のアデリー海岸にたどり着いたのです(図4)。

約40年さかのぼると、アデリー海岸にたどりついた!

図4:約40年さかのぼると、アデリー海岸にたどりついた!

そのアデリー海岸で海水がいつもに比べて冷やされなかったことが主な原因であることがわかりました。そして、その影響えいきょうが北太平洋におよぶまでの時間は、海水が流れてたどり着く800〜1,000年よりもずっと短いおよそ40年でした。まとめると、遠くはなれた南極海での水温の変化は、これまで考えられていたよりもずっと短時間で北太平洋の底層に伝わり、連動することがわかったのです。今回の成果から、海の熱の変化について理解が深まりました。

これからはどうするの? シミュレーションと海での観測の両方を使って、幅(はば)広く研究を進めていきます

今回の研究によって、海の熱の変わり方の理解が進みました。同時に、今回開発したデータ同化システムが海洋研究にとってかけがえのない役わりを果たすことも証明されました。今後は、この同化システムを使った研究と並行へいこうして、南極海にブイ(解説3)を設置したり、実際に海洋地球研究船「みらい」で南極海に行って新しい観測を行う事も予定しています。研究者は、「温暖化おんだんかなどの気候変動を明らかにするためには、実際の観測とシミュレーションの両方を使って幅広く研究を行っていくことが大切です」と話しています。 

まめ知識
むむ?南極海ってどんなところ?? 地球全体の気候に影響をあたえるので極めて重要(じゅうよう)な海域(かいいき)です

南極海は、どんなところでしょう。「寒いところ!」と思ったみんな、大正解。そのてつく寒さの南極海は、気候を左右する重要な海域です。 では、なぜ南極は寒いのでしょう。その理由の大部分は、地面を温める太陽の光が少ないからです。地球は丸いために、太陽の光は赤道域にはたくさんとどきますが、南極にはあまりとどきません(図5)。

太陽の熱の受けかた

図5:太陽の熱の受けかた

さらに南極の白い氷は太陽の光をはね返します。ですから南極周辺は、南極大陸と比べてあたたかい海の近くでも年平均気温は-10℃を下回る寒さです。  次に、南極海についてお話ししましょう。海の水温は基本的きほんてきに-2℃以上なので(解説4)、南極海では海の方が大気よりもあたたかくなっています。したがって、表層の海水は大気に熱をうばわれて冷やされます。その冷やされた海水は重くなるので、海底に向かってしずみこむという現象が起きています(図6)。

南極海のしずみこみ現象

図6:南極海のしずみこみ現象

さて、本題の南極海と気候の関係に進みます。たとえば気温の変化を考えてみます。気温が低いとき、冷たい大気は海を冷やします。ですから、海は熱が減って水温が下がります。逆に、大気は熱をもらって気温が上がります。こうして大気と海はおたがいに影響をあたえあいながらあたたかくなったり冷たくなったりして気候をかたちづくります。そして、ここで南極海のしずみこみ現象が重要なのです。しずみこみ現象によって、冷やされた海水は海底に追いやられると、すぐにそれをおぎなうように表層のあたたかい海水がやってくるので、海水が入れかわります(図7)。これが続くことによって、海と大気の間ではいつも大量の熱がやりとりされているのです。また、しずみこんだ水は世界中の海底に向かって、まわりの水とざりながら流れこんでいっていることが知られています。

南極海での大気と海との熱のやり取り

図7:南極海での大気と海との熱のやり取り

こういった南極海での様々なしくみは、たくさんの熱や海にとけこんだ物を海がどのように運んでいくかというむずかしい問題をふくんでいます。熱や物を運ぶ海水の循環じゅんかんは地球の気候を作る重要なしくみだと考えられています。そのため、海水の循環のはじまりの1つとなっている南極海は地球規模の気候変動にとってきわめて重要なカギだと考えられているのです。

南極

以上の理由から、南極海における熱のやり取りのメカニズムやその変化を知ることは、地球全体の気候を理解し変動を予測する上で極めて重要です。地球の気候は将来どうなっていくのでしょうか。研究者は、そんなダイナミックなテーマにいどみ、今日も研究にはげんでいます。

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解説が入る

解説1:ツール

道具という意味です。ここでは、その研究をするために使うモデル、プログラムを指します。

解説2:地球シミュレータ

計算がとても速いスーパーコンピュータです。地球のしくみや地球の未来がどうなるのかを、計算によって明らかにします。


解説3:ブイ

海面や海水中で、自動的に海の水温、塩分、流速などを観測する装置です。

解説4:

海水は、−2℃以下にはなりません。−2℃以下になると、こおって海氷になり ます。ですから、海水の状態であるということは、−2℃よりも高いということにな ります。