知ろう!記者に発表した最新研究

2012年11月27日発表
新しい表面処理剤ひょうめんしょりざいの開発に成功! アルミニウム合金を海水から守る!(海中ロボットもおはだのお手入れが必要!?)

様々な電子機器を使って深海を調査する深海探査機。電気で動くのだけど、陸上とちがって、テレビカメラやライト、コンピュータなどの電子機器をそのまま深海で使うことはできません。海水にふれるとこわれるし、水圧すいあつでつぶされるからです。そこで電子機器は、海水や水圧から守るため金属製きんぞくせいの頑丈な「耐圧容器たいあつようき」に入れます。

けれど、耐圧容器もそのままでは深海で使えません。金属によっては海水にふれると腐食ふしょくして耐圧性能たいあつせいのう劣化れっかするからです。ならば、海水にふれないようにすれば大丈夫。そこで登場するのが、耐圧容器をコーティングして海水から守る「表面処理剤」です。

このたび 百留 忠洋 ひゃくどめ ただひろ博士がGSIクレオスと竹中製作所たけなかせいさくしょと共同で、深海用の新たな表面処理剤の開発に成功しました(写真1)! いったいどんなもの? その正体にせまります!


ライトの側面をコーティングしている黒いところが、新しい表面処理剤。緑色は船の甲板

写真1 :新しい表面処理剤で側面をコーティングしたライト。背景の緑色は船の甲板こうはん

耐圧容器に使われる金属ってどんなもの? 使う目的により変わるけれど、軽くて丈夫なものがベストです

海は深くもぐるほど水圧が高くなります。中の電子機器を守るため、耐圧容器はつぶされないように頑丈でなければなりません。頑丈といえば鉄(図1)。でも鉄は重いので、これを使うと探査機が動くのも浮上ふじょうするのも大変です。最も軽くて丈夫な金属は、チタン合金。けれど、高価。そこで、もぐる深さが約4,000mまで、また深くても大きくないモノなら、チタン合金には及ばずとも軽くて丈夫なアルミニウム合金がよく使われます。ところがこれ、海水にふれると、「ける」のです。

金属

図1:海で使う金属


海水に溶けちゃうなんて、使えないでしょう? 「表面処理剤」でコーティングをして、海水から守ります!

耐圧容器をコーティングして海水から守る表面処理剤には様々な種類がありますが、アルミニウム合金の耐圧容器にはフライパンでおなじみのフッ素樹脂そじゅしというプラスチックが使われてきました(図2)。

アルミニウム合金を海水から守る表面処理剤「フッ素樹脂」

図2:アルミニウム合金を海水から守る表面処理剤「フッ素樹脂」



でも、深海で使うには問題があったのです。探査機は海面と深海を行き来します。耐圧容器は、本当に少しですが、水圧が高くなればちぢみ(収縮しゅうしゅく)海面にもどればもとにもどり(膨張ぼうちょう)ます。その程度ていどがアルミニウム合金とフッ素樹脂ではどうしてもちがうのです(図3)。それぞれがバラバラに収縮・膨張をくり返すとだんだん密着みっちゃくが弱くなり、亀裂きれつが走ったりはがれやすくなってしまいます。

収縮と膨張をくり返すと、アルミニウム合金とフッ素樹脂の密着が弱くなる

図3:収縮と膨張をくり返すと、アルミニウム合金とフッ素樹脂の密着が弱くなる

そこで百留博士は、GSIクレオスと竹中製作所と共同で、深海用の新表面処理剤の開発にいどみました。

どんな開発をしたの? 収縮と膨張をくり返しても、耐圧容器がどんな材質でも密着する表面処理剤です

さて、フッ素樹脂とアルミニウム合金で収縮と膨張がちがうといっても、その程度は不明です。そこでまず、色々な表面処理材でアルミニウム合金をコーティングして、高圧実験水槽こうあつじっけんすいそうで圧力をかけました(写真2)。

高圧実験水槽

写真2:高圧実験水槽


結果、ある圧力を超えると密着が失われることが判明しました。

「表面処理剤とアルミニウム合金が同じだけ収縮・膨張するようにすべき」か、「表面処理剤に 柔軟性じゅうなんせいを持たせて、アルミニウム合金の収縮・膨張を追えるようにすべき」なのか(図4)。実験データの解析かいせきから、百留博士は、後者の「表面処理剤に柔軟性を持たせて、アルミニウム合金の収縮と膨張を追えるようにすべき」を選びました。

どんな表面処理剤にすべき?

図4:どんな表面処理剤にすべき?


そして注目したのが、高分子樹脂こうぶんしじゅしと呼ばれるプラスチックにカーボンナノチューブをまぜた材料です。カーボンナノチューブは炭素でできていて軽いのに強く、高分子樹脂とまぜれば柔軟な材料になるのです(図5)。

カーボンナノチューブと高分子樹脂をまぜた表面処理剤

図5:カーボンナノチューブと高分子樹脂をまぜた表面処理剤



百留博士は、高分子樹脂とカーボンナノチューブをまぜる割合や、カーボンナノチューブをまぜるときの形状などについて試行錯誤しこうさくごしながら、9種の表面処理剤を開発しました(図6)。

新しい表面処理剤を開発

図6:新しい表面処理剤を開発



そこからベストの1種を開発し、さらに、耐圧容器にしっかり密着するための焼き付け方法も突き止め、全工程ぜんこうていの流れを見出しました(図7)。

コーティングの方法

図7:コーティングの方法


そして新表面処理剤でアルミニウム合金をコーティングして実際の海水にひたしました。90日間後に確認すると…? ほら(写真3)! 

カルデラ噴火

写真3:効果はどうかな?


新表面処理剤(左)の方はきれいだけど、これまでの表面処理剤(右)の方は白く腐食しているでしょ! 塩水噴霧器えんすいふんむきと呼ばれる機械の中で塩水(5%濃度)を1,200時間以上あてましたが、こちらも腐食なし! 2012年10月には無人探査機「おとひめ」のライト用耐圧容器をコーティングして相模湾で試験をしましたが、バッチリ(写真4)!

無人探査機「おとひめ」

写真4:無人探査機「おとひめ」


新表面処理剤を使えば、探査機が海面と深海を何度も往復おうふくしてもしっかり耐圧容器を守ります。塩、空気、水などの影響えいきょうで特に腐食が起きやすい海域かいいきでも50年は大丈夫だし、メンテナンスの時に工具がガツンとあたってもはがれません。

これからはどうするの? 改良を続けて、広い範囲で使えるようにしていきます

この新表面処理剤の開発は、現在も続いています。次のステップは、水深10,000m以上の圧力をうけても使えるようにすること。これで世界のどの深さでも使えるようになります。

百留博士は、「この新表面処理剤はまだ開発の余地よちがある。安定したら、すべての海中機器の耐圧容器に使えたらうれしい」と語ります。そして、「この分野で世界制覇せかいせいはしたい」と力強く前を見つめます。

百留博士

百留博士。手に持っているのは、アルミニウム合金の耐圧容器(コーティング前) 百留博士の実験室には、たくさんの実験器具があります。


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