ここまで解った!JAMSTECの最新研究 海底下に棲む生命とは?

Guide3

私たち人間の祖先なの?

真核生物の誕生の謎にせまる研究者
教えてくれる人 井町寛之 いまち ひろゆき

JAMSTEC 超先鋭研究開発部門
超先鋭研究プログラム 主任研究員

真核生物の誕生の謎にせまる研究者

ヒトなど真核生物の誕生は、謎だった。

私たちヒトを含む動物や植物は、すべて細胞の中に核を持つ真核生物。しかし、それらがどのように誕生したのかは永年の謎でした。最も支持されてきた仮説は、“核を持たない原核生物であるアーキアが、同じ原核生物であるバクテリアを細胞内に取り込み、真核生物が誕生した”というもの。しかし、原核生物から真核生物になる途中の生物は見つかっておらず、真実は謎に包まれたままでした。

真核生物に近いアーキアを培養しよう。

真核生物の誕生を解き明かすには、原核生物であるアーキアの中で真核生物に近い特徴を持つものを培養し、詳細に調べることが必要です。私たちは、2006年からアーキアの培養に挑戦し始めました。私自身が有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って、南海トラフの水深 2533mのメタン湧出帯から深海堆積物を採取。それを持ち帰って培養に挑んだのです。

図版:井町2

2006年5月、「しんかい6500」のマニピュレータ(ロボットハンド)で深海堆積物を採取。目の前でみて、すごく感動しました。

培養が難しすぎる。どうする?

培養実験は、「DHSリアクター」という装置で、海底下に似せた環境をつくって進めました。このアーキアはあちこちの海底下にたくさんいることがわかっていて、特に珍しい種類ではありません。しかし、いざ培養しようとすると、増殖速度が非常に遅く、他の微生物に紛れやすく、なかなか培養することができません。そんな中、2015年にスウェーデンの研究チームが、深海堆積物からアーキアのDNAを採取してゲノム解析をし、そのアスガルド類というアーキアが真核生物に最も近いと主張。画期的な研究だと注目されました。“次はどこの国のチームが培養に成功するのか!? ”と一気に世界的な競争になったのです。

図版:井町3

今回の培養実験のために、私たちが試行錯誤して
創り出した「DHSリアクター」。実物です!

世界初の培養に成功。現れたアーキアとは!?

私たちはあきらめずに工夫を重ね、培養に成功しました。培養ができても、その後、狙いの微生物だけを分離するのに苦労しましたが、2018年に世界で初めてアスガルド類アーキアの分離に成功。「MK-D1株」と命名しました。培養実験を始めてから12年後のことでした。培養株を観察すると、他の微生物に依存して生育すること、真核生物に特有とされてきた遺伝子を多く持つこと、触手のような長い突起を伸ばすことなど、既知の原核生物にはない、ユニークな特徴が明らかになったのです。

図版:井町4

(上)培養したMK-D1株の走査型電子顕微鏡写真。球状で、直径は550nm(1mmの約2,000分の1)。
(下)MK-D1株が、増殖して触手のような突起を伸ばしているところ。この姿を見たときには大きな衝撃を受けました。

新たな進化説を提案。大反響を呼ぶ。

観察に加えてゲノムの解析も行い、それらから私たちは新たな進化説を提案しました。「アーキアが長い触手や小胞を使ってバクテリアを取り込み、それが真核生物になった」とする新たな仮説「E3モデル」です。2019年にプレプリントの状態でインターネット上に論文を発表したとたん、「今年最も重要な論文」「月面着陸に匹敵する」などと大反響が巻き起こりました。私たちの研究は、生物進化の研究に、大きな役割を果たすことができたのです。

図版:井町5

私たちの祖先となるアーキアがミトコンドリアの祖先となるバクテリアを取り込んで、最初の真核生物細胞が誕生する瞬間のイメージ。

この研究のブレークスルーポイント

培養が難しい海底下の
微生物を、常識破りの方法で培養するシステム。

図版:海底下の微生物を「下降流懸垂型スポンジリアクター」(通称「DHSリアクター」)を使って培養するシステムの説明

通常、微生物の培養は試験管やシャーレを用いて行われます。しかし、海底下の微生物の培養は、ただでさえ難しい微生物の培養の中でも、さらに難しいといわれており、通常の方法では培養できないと考えました。
そこで私たちは「下降流懸垂型スポンジリアクター」(通称「DHSリアクター」)を使った独自の方法で培養に挑みました。

スポンジに海底から採取してきた堆積物を含む泥水を吸わせ、筒状の容器に20コほどつないで吊るします。

上から人工海水を供給し、リアクターの中には酸素が入らないようにして、メタンガスと培地を供給します。「しんかい6500」で採取してきた、水深 2533mのメタン湧出帯の環境を再現したのです。

「DHSリアクター」はもともと発展途上国の下水処理のために開発された装置で、微生物の培養に用いるなど、当初は想像もつかないことでした。今回、アーキアは、常識破りの方法によって培養に成功したと言えます。

研究のまとめと、これから 異分野の研究者が12年間、あきらめず、焦らずに、取り組みました。

実は私、もともと生物学者ではなく土木工学の出身です。下水や産業排水を微生物の力を使って浄化する排水処理技術や、浄化に関わる微生物の研究をしていました。排水処理装置ですから、普通は出てくる水の方を気にします。しかし私はあるとき、微生物の方が気になって調べてみました。すると、それまで培養できていなかった珍しい微生物がいたのです。そこで逆転の発想が浮かびました。培養の難しい微生物も「DHSリアクター」なら培養できるのでは、と。そこでJAMSTECに移り、海底下の微生物を研究することになりました。

2006年にJAMSTECに移った1カ月後には「しんかい6500」に乗って深海へ。その時採ってきたのが、今回培養に成功した「MK-D1株」を含むサンプルです。それから12年、アーキアを含めた海底下微生物の培養をひたすら続けてきました。培養は失敗の繰り返しでしたが、あきらめず、焦らず、取り組んできました。そう、私はしつこいんです(笑)。
それから、多くの研究者にも助けてもらいました。JAMSTECには専門分野の異なる多様な研究者がいます。彼らの知恵やワザを集めることで、ブレークスルーができたのです。

これからは、「MK-D1株」についても調べたいことが、まだたくさんあります。一方で、「DHSリアクター」には、それ以外にも、真核生物誕生のカギを握る微生物が培養できていることがわかっています。今後は、それらを1種類ずつ分離して、調べていきたい。やりたいことがどんどん出てきて、楽しくて仕方がない状態です(笑)。

図版:井町6

アーキアの培養速度を上げられずに試行錯誤しているとき、ふと、自分の子ども用の粉ミルクを自宅から持ってきて培養液に加えたら、培養速度が上がったことがあります。粉ミルクの何かの成分が増殖に効いたんですね。

Share!

コピーしました!