ここまで解った!JAMSTECの最新研究 海底下に棲む生命とは?

Guide4

すみかは、どこまで拡がっているの?

“海底下生命圏の果て”を探す研究者
教えてくれる人 稲垣史生 いながき ふみお

JAMSTEC 研究プラットフォーム運用開発部門
マントル掘削プロモーション室 室長 上席研究員

“海底下生命圏の果て”を探す研究者

“海底下生命圏の果て”をめざして、海底から1キロ以上掘り進める。

Guide 1,2,3で見ていただいたように、「海底下生命圏」のヒミツは少しずつ明らかになってきました。しかし、海底下生命圏はどの深さまで拡がっているのか、その限界を決める要因は何か、という謎は未解明のままでした。
そこで私たちは新たな航海に出ました。2016年の国際プロジェクト「室戸沖限界生命圏掘削調査:T-リミット」では、水深4,776 mの海底から、1,180 mの深さを掘削し、連続的に地層のサンプルを採取したのです。海底下では、深くなるにつれて温度が高くなります。室戸沖の海底面の温度は1.7℃ですが、深さ1,180mまで掘ると120℃。はたしてそんな場所に微生物はいるのでしょうか。

図版:稲垣1

四国・室戸沖の南海トラフの海底下を掘り、微生物を探します。

120℃の海底下。彼らはそこで生きていた!

採取したサンプルは、さまざまな分野の専門家が集まった国際チームによって、約4年をかけて分析研究されました。微生物の数は、深くなり温度が上がるにつれて少なくなり、90〜100℃もの高温になる深さでは微生物が検出されませんでした。しかし、さらに深い、110〜120℃のアッツアツの環境には微生物が確認されました。彼らはそこで生きていたのです!

図版:稲垣2

室戸沖の海底下で見つかった微生物。

アッツアツ、キッツキツで、なぜ彼らは生きていけるのか!?

私たちが掘削した最も深い1,180 mの地点は、温度は約120℃に達し、圧力も強くて微生物が身動きするスペースもありません。そんなアッツアツ、キッツキツの過酷な環境で、なぜ彼らは生きていけるのか。そのカギは“お酢”でした。そこには、堆積物に含まれる有機物が熱で分解されたお酢(酢酸)が存在しました。高温を好む超好熱性微生物が、酢酸を栄養にして生き延びていたようなのです。

図版:稲垣3

微生物は、海底下1,180 m、温度120℃の、
アッツアツ、キッツキツの中で生き延びていました。

彼らはどこから来たのか。カギはプレートが握る。

室戸岬沖の海底下、110〜120℃の地層で発見された微生物たちは、そもそもどこから来たのでしょう。室戸沖の南海トラフは、フィリピン海プレートの北の端にあたり、ユーラシアプレートの下へ年間数cmの速度で沈み込んでいく地域です。彼らはフィリピン海プレートに乗って南から長い旅をしてきた可能性があります。それを知るには、さらなる掘削調査と詳細な研究が必要ですが、海底下生命圏がプレートテクトニクスに左右されているのは間違いなさそうです。だとすれば、地球上の生命はどこで生まれ、どう広がっていったのか。もしプレートテクトニクスがなければ生命は誕生していたのか。研究対象は、地球生命システム全体へと広がっていきます。

もっと深くて熱い場所に生命圏はあるのか!?

今回、1,180m、120℃で生命を発見したことにより、新たな問いが生まれました。もっと深くて熱い場所に生命圏は存在するのか、という問いです。 それを明らかにするには、さらに深い海洋地殻やマントルからサンプルを採取し研究する必要があります。そこには、まだ知られていない岩石依存の生命圏が存在している可能性すらあるのです。そして、生命圏の限界の先には、きっと生命起源の謎を解くカギがあるはず。将来、「ちきゅう」によって人類初のマントル到達が実現する日を楽しみにしてください。そのとき、地球や生命の研究が飛躍的に進歩することでしょう。

この研究のブレークスルーポイント

「ちきゅう」と
「高知コア研究所」が、
この研究を可能にしてくれた。

図版:ヘリコプターがちきゅうから高知コア研究所に向かって飛び立つ様子 (左)地球深部探査船「ちきゅう」(中)「ちきゅう」から飛び立つヘリコプター。サンプルを載せて「高知コア研究所」をめざします。(右)「高知コア研究所」

今回、室戸沖の海底下1,180m、120℃の地点まで掘削してサンプルを採取し、研究できたのは、地球深部探査船「ちきゅう」の存在があるからこそです。

また、JAMSTECの「高知コア研究所」との連携も、今回の研究ではカギとなりました。2カ月半におよんだ室戸沖での調査では、掘削したサンプルを、「ちきゅう」船内の研究設備で即座に一次処理し、ほぼ毎日、ヘリコプターで高知コア研究所へ輸送。それにより、良好な状態を保持した、外部汚染の非常に少ない高品位サンプルを分析することができたのです。

「ちきゅう」は、日本のためのみならず、IODP(国際深海科学掘削計画) の主力船として活躍する科学調査船です。「ちきゅう」のライザー掘削によって、海底下を深く安定して掘り進めることができます。人類初のマントル到達を究極の目標として建造されており、海底下7,000mまで掘削する能力があります。「ちきゅう」の冒険は、まだまだこれからが本番です。

研究のまとめと、これから “海底下生命圏の果て”を、地球生命システムを、知りたい。

私は、先ほどお話しした2016年のプロジェクトよりも前に、2012年の「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」という国際プロジェクトでも、共同首席研究者を務めました。青森県八戸市の沖合約80kmの地点で、科学海洋掘削として当時の世界記録となる海底下2,466mまで掘り進め、サンプル採取に成功。詳しく分析した結果、そこに陸に由来する微生物がいることを証明しました。“世界で最も深い海底下生命圏”の発見でした。でも、海底下約1,500m、40℃程度よりも深く高温の場所では微生物の数が急激に少なくなることから、そのあたりが生命圏の限界ではないかという意見もありました。

私たちは、海底下に生命が生息するには温度が最も重要で、アッツアツまで掘り進めていけば限界を捉えることができると考えました。もしかすると深くて熱い場所では、違うタイプの微生物がいたり、彼らが生きるための栄養が供給されていたりして、予期せぬ生命が見つかるかもしれません。そのような経緯で、2016年の「室戸沖限界生命圏掘削調査:T-リミット」を行い、前述のように、120℃のアッツアツの環境で、お酢を栄養にして生きる微生物が発見されたのです。

今回の発見によって、私はますます、その先を知りたいという思いを強くしました。ハビタビリティ(生命居住可能性)はどこまで広がっているのか、さらには地球と生命のシステムはどうなっているのか。それを知るためにも、人類として初めてマントルへ到達し、サンプルを採ってくることを実現したいと考えています。

図版:稲垣6

IODP(国際深海科学掘削計画)は、その名の通り国際的プロジェクト。たとえば室戸沖の調査には、9カ国、23の大学や研究機関から研究者が参加しました。専門分野の異なるメンバーが、航海の中でディスカッションを重ね、知を融合させていきます。そのおもしろさ、楽しさといったら!

図版:稲垣7

私はもともと九州の大学で、微生物が生み出す抗生物質を研究していましたが、阿蘇の温泉の熱湯の中で生きる微生物に惹かれ、地球のさまざまな極限環境で生きる微生物を研究する「地球微生物学」へと踏み込んでいきました。九州の温泉が私の出発点なのです。

もっと知りたいという方へ

わかりやすく解説した話はこちら

研究者の方は、ぜひこちらも(外部サイトへリンクします)

Science 2020

Share!

コピーしました!