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小惑星リュウグウの水に満ちた化学進化の源流と水質変成の証拠 ―アミノ酸や核酸塩基にいたる原材料を発見―

2024.07.10
国立研究開発法人海洋研究開発機構
慶應義塾大学先端生命科学研究所
国立大学法人九州大学
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
国立大学法人北海道大学
国立大学法人東北大学
国立大学法人広島大学
国立大学法人京都大学
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科

1. 発表のポイント

  • 小惑星リュウグウには、水と親和性に富む有機酸群(シュウ酸、マロン酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸など65種を新たに同定)および窒素分子群(有機―無機複合体のアルキル尿素などを含む19種を新たに同定)が、多数存在することを明らかにした。分子進化の源流となるアミノ酸や核酸塩基などの前駆物質の存在を明らかにし、多様な原材料の一次情報を示した。

  • 水に対して敏感な応答性を示すマロン酸(ジカルボン酸)の互変異性を評価し、小惑星リュウグウは、かつて水に満ちた天体であった証拠を示した。小惑星リュウグウの二つのサンプリングサイトの軽元素存在度(炭素、窒素、水素、酸素、硫黄)と安定同位体組成、ならびに、可溶性有機物を総括し、水―有機物―鉱物相互作用による化学進化の記録を捉えた。

  • 本成果は、元素レベルと分子レベルの先鋭的な分析技術と先進的な物質科学の相乗効果によるもので、小惑星ベンヌとの比較考察に重要な評価基準になる。太陽系における始原物質の存在形態と分子多様性の性状を提供し、非生命的な化学進化の源流を探求する上で重要な知見となる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門 生物地球化学センターの高野 淑識(よしのり)上席研究員(慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授)、国立大学法人九州大学大学院理学研究院の奈良岡 浩 教授、アメリカ航空宇宙局(NASA)のジェイソン・ドワーキン主幹研究員らの国際共同研究グループは、慶應義塾大学先端生命科学研究所、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社、国立大学法人北海道大学、国立大学法人 東北大学、国立大学法人 広島大学、国立大学法人 名古屋大学、国立大学法人 京都大学、国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科の研究者らとともに、小惑星リュウグウのサンプルに含まれる可溶性成分を抽出し、精密な化学分析を行いました。水と親和性に富む有機酸群(新たに発見されたモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸、ヒドロキシ酸など)や含窒素化合物など総計84種の多種多様な化学進化の現況と水質変成※1 の決定的な証拠を明らかにしました(図1)。その中には、シュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸などのほか、有機―無機複合体であるアルキル尿素分子群を含んでおり、物理因子と化学因子のみが支配する化学進化の源流が明らかになりました。次に、二つのタッチダウンサンプリングサイトの有機物を構成する軽元素組成(炭素、窒素、水素、酸素、硫黄)および安定同位体組成、分子組成、含有量などの有機的な物質科学性状を総括しました(図2)。

本成果は、初期太陽系の化学進化の一次情報を提供するとともに、非生命的な有機分子群が最終的に生命誕生に繋がる進化の過程をどのように導いたかという大きな科学探究を理解する上で、重要な知見となります。

本研究は、科研費 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化, 課題番号:21KK0062)、北海道大学 低温科学研究所共同プロジェクトほか、研究助成の支援を受けて実施されました。

本成果は、2024年7月10日付(日本時間18時)で科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

用語解説
※1

リュウグウの水質変成:リュウグウは、太陽系全体の化学組成を保持した最も始原的な天体の一つです。そこでは、「水質変成」と呼ばれる水―鉱物―有機物の相互作用によって、初期物質である元素や分子の進化の過程が考えられていました。本報告では、水質変成の分子履歴を復元するために、可溶性成分の親水性分子群の定性的かつ定量的な評価を行いました。

図1

図1 小惑星リュウグウの水に満ちた化学進化の源流と水質変成の証拠を伝える巻物:アミノ酸や核酸塩基の原材料を含む多種多様な進化の様子を示した
 小惑星リュウグウは、かつて、水(H2O)を豊かにたたえる母天体であり、太陽系内での進化の過程で凍結/融解を繰り返してきた。可溶性成分を高精度に分析することで、親水性の有機分子に記録された「水質変成」の決定的な証拠を見いだした。水と親和性に富む有機酸群(シュウ酸、マロン酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸など65種を新たに同定)および含窒素分子群(アルキル尿素など有機―無機複合体を新たに19種)の総計84種(構造異性体を含む)を新たに発見した。水―有機物―鉱物相互作用を伴う初生的な分子進化が、現在も進行中であると考えられる。

図2

図2 小惑星リュウグウの素顔(1kmスケールから100μmスケールの視野)と実験室での溶媒抽出液の色相
(A)光航法カメラ(ONC-T)で撮影されたリュウグウ(2018年8月31日撮影:©JAXA、東京大学など)。(B)熱赤外撮像装置(TIR)によるリュウグウの熱画像(2018年8月31日撮影:©JAXAなど)。(C)小惑星リュウグウの表面と探査機「はやぶさ2」の影(2018年9月21日撮影、高度70m)。(D)CAM-H撮像によるリュウグウへの一回目のタッチダウンオペレーション(高度約4.1m 、2019年2月22日撮影:©JAXA)。(E)第一回タッチダウンサンプリング時の小惑星リュウグウの初期サンプルA0106(38.4mg)。(F)リュウグウ試料の変色・変質した断面写真(C0041)。(G, H, I)実験室における可溶性有機物の精密分析の途中で出現した溶媒抽出液の色相(淡燈色、黄色、褐色を示した抽出溶液を例示)とバイアル底面の固体物質の様子。これらの抽出液には、未知の物質が他にも含まれている可能性がある。

3. 背景

小惑星リュウグウは、小惑星帯で最も代表的なC型(炭素を多く含む)であり、地球が誕生する以前の太陽系全体の化学組成を保持する始原的な天体の一つです。これまで、はやぶさ2初期分析により、初生的な物質科学性状や元素存在度などが明らかとなってきましたが、可溶性成分のうち、とくに水と親和性の高い有機成分の物質情報は、未だ不明のままでした。そこで本研究では、小惑星リュウグウのサンプルから可溶性成分を抽出し、高精度な分子レベルの解析を行いました。

小惑星リュウグウの化学進化を明らかにする上で、重要なキーワードは、「水、有機物、鉱物、そしてヒストリー」です(2023年 2月 24日既報2023年5月30日既報)。私たち研究グループは、初期状態の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)などの有機物を構成する軽元素組成に物理・化学的な作用が加わった場合、初生的な有機物や分子進化の姿(2023年 3月 22日既報2022年 4月 27日既報)、水質変成※1 による「分子指標」(本報告)を観測できると予測していました(2020年11月27日既報)。

4. 成果

著者らは、小惑星リュウグウが、親水性に富む有機酸群(モノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸、ヒドロキシ酸など:具体的には、シュウ酸、マロン酸、クエン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、乳酸、メバロン酸など)に富んでおり、非生命的プロセス(abiotic process:物理因子と化学因子のみが支配する)としての分子進化を考える上で重要な分子群を新たに同定しました(65種)。同じ抽出物からは、有機―無機複合体であるアルキル尿素分子群などの新種の含窒素分子を発見しました(19種)。その中には、非生命的な物質進化の源流ともいえる分子種であるアミノ酸や核酸塩基、エネルギー代謝の原材料となる始原的物質も含まれていました(図3)。

図3

図3 リュウグウサンプル(A0106とC0107)から新たに同定された代表的な分子構造
α-ヒドロキシ酸(グリコール酸、乳酸、2-ヒドロキシ酪酸など)、β-ヒドロキシ酸(グリセリン酸、3-ヒドロキシ酪酸、メバロン酸、ヒドロキシ安息香酸など)、ジカルボン酸ヒドロキシ酸(リンゴ酸、シトラマル酸など)、モノカルボン酸(バレリン酸、4-オキソ吉草酸、5-オキソヘキサン酸、チグリン酸、トルイル酸、クミン酸など)、ジカルボン酸(シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、マレイン酸など)、トリカルボン酸(クエン酸など)、ピルビン酸、他の含窒素化合物(例えば、尿素、メチル尿素、グリコシアミン=グアニジノ酢酸、6-ヒドロキシニコチン酸、イソバレリルアラニン、およびジヒドロキシインドール)、および、新たに同定された環状硫黄化合物(S6、S7、S8)の分子構造を示す。

本研究成果の根源的な問いと重要な分子種を4つ(ピルビン酸、クエン酸、リンゴ酸、メバロン酸)列挙します。分子進化の観点から、ピルビン酸は、アミノ酸の前駆体(ぜんくたい)の発見として重要な意味があります。多くの代謝経路の出発点となる物質でもあり、クエン酸回路への源流を担う役割を持ちます。リンゴ酸は、核酸塩基の前駆体として知られています。例えば、今回、同時に発見した尿素(ウレア)と反応すると、核酸塩基のウラシルが誕生します。尿素* + リンゴ酸* → ウラシル** のような分子進化の原材料の存在を証明したといえます(*今回の発見、**2023年 3月 22日既報)。クエン酸は、生命にとって「エネルギー代謝」の中心的な機能性分子として知られます。その反応経路は、クエン酸回路と呼ばれ、発見者のKrebs(クレブス:1953年にノーベル賞)にちなみ、クレブス回路とも呼ばれます。メバロン酸は、生命の膜のもとを作る原材料として、重要な意味を持ちます。メバロン酸の発見を皮切りに、Bloch(ブロック)とLynen(ライネン)は、メバロン酸から脂質への経路を解明しています(1964年ノーベル賞)。

研究グループは、ジカルボン酸のひとつであるマロン酸の互変異性(ごへんいせい)による水質変成の分子履歴から、小惑星リュウグウは、かつて水に満ちた天体であった証拠を示しました(図4)。これは、水分子が周辺に存在することで不安定なエノール体を誘起する異性化反応の進行度を評価したものです。

図4

図4 マロン酸の互変異性:安定なケト体と不安定なエノール体の分子構造
ジカルボン酸のうち炭素数3のマロン酸は、水に対する応答性が鋭敏な分子である。上段に組成式とマロン酸の互変異性の構造を示し、下段にそれぞれの電子密度の分布を示す。

次に、小惑星リュウグウの2つのサンプリングサイトの軽元素存在度(炭素、窒素、水素、酸素、硫黄)とそれらの安定同位体組成、ならびに、可溶性有機物の物質科学的性状を規格化し、水―有機物―鉱物相互作用による化学進化の現場検証を総括しました。これらの定性的かつ定量的な評価のベースライン規格は、地球帰還した炭素質小惑星ベンヌ(Bennu)の比較考察に重要な役割を果たすと考えられます。

今回の成果は、太陽系における初生的な軽元素(C, H, N, O, S)、そして、有機分子は、どのように存在していたのか、また、それが初期太陽系でどのように進化してきたのか、科学探究のヒントを与えてくれます。地球や海、非生命的なプロセスの源流でもある分子進化を明らかにする上でも、重要な一次情報となります。これらは、地球外物質を大気暴露することなく回収した、はやぶさ2プロジェクト(2022年2月11日既報)による「新鮮な小惑星サンプル」と先鋭的な分析技術の両者が、相乗的に導いた特筆すべき研究成果といえるでしょう。

5. 今後の展望

小惑星リュウグウの水質変成の歴史(図5)は、本報告の親水性分子群の性状のほか、二次鉱物群や変質した岩脈の観察によっても支持されます(図2)。これらの知見を比較検討するため、これから注目すべき調査研究として、NASA主導のOSIRIS-REx探査機による炭素質小惑星ベンヌ(Bennu)の地球帰還サンプルは重要な対象です※2。筆者らは、国際的なサンプルリターンミッションが、非生命的な分子進化を探求する極めて重要な科学機会であると考えています。一方、日本でも、JAXA主導の火星衛星サンプルリターン計画「MMX」※3 を含め、新たな太陽系物質科学の国際プロジェクトが進行しています。

本成果の鍵の一つは、元素および分子レベルの先鋭的な分析技術と先進的な物質科学の相乗効果です。このような技術基盤は、領域を超えた学術界への波及に限らず、性状未知サンプルの品質検定等の社会的な要請、革新的な研究開発を生み出す新しい知識の社会還元に貢献すると考えられます。

図5

図5 炭素質小惑星リュウグウの水質変成:水をたたえた過去と現在をつなぐ物質進化史
左は、水に満ちた過去の様子と母岩内の水―有機物―鉱物相互作用と初期段階の一次鉱物集合体と流体脈。右は、リュウグウにおける脱水過程と水質変成を受けた二次鉱物群(多孔質で物理的に壊れやすい)、乾燥した岩脈、「塩」を含む沈殿物を示す。この図は、水質変成を概念化しており、母岩や鉱物サイズは、任意のスケールである。小惑星ベンヌの精密分析と比較検証は、これらの科学的帰結を考える上で、貴重な機会である。

用語解説
※2

小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」:米国NASA主導の国際共同ミッション。
OSIRIS-REx:Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorerの略称。概要は、こちら

※3

火星衛星サンプルリターン計画「MMX」:日本JAXAが主導する国際共同ミッション。
MMX:Martian Moons eXploration missionの略称。 概要は、こちら

※4

水―有機物―鉱物相互作用および太陽系物質科学の有機宇宙化学的展望(*1,*2,*3)は、はやぶさ2可溶性有機チームによる文献(2023年 2月 24日既報2023年5月30日既報)に詳しく述べています。

論文情報
タイトル

Primordial aqueous alteration recorded in water-soluble organic molecules from the carbonaceous asteroid (162173) Ryugu

著者
高野 淑識1,2*、 奈良岡 浩3、 Jason P. Dworkin4、 古賀 俊貴1、 佐々木 一謹2,5、 佐藤 基5、 大場 康弘6、 小川 奈々子1、 吉村 寿紘1、 濵瀬 健司3、 大河内 直彦1、 Eric T. Parker4、 José C. Aponte4、 Daniel P. Glavin4、 古川 善博7、 青木 淳賢8、 可野 邦行8、 野村 慎一郎7、 Francois-Regis Orthous-Daunay9、 Philippe Schmitt-Kopplin10,11,4、 Hayabusa2-initial-analysis SOM team*、 圦本 尚義6、 中村 智樹7、 野口 高明12、 岡崎 隆司3、 薮田 ひかる13、 坂本 佳奈子14、 矢田 達14、 西村 征洋14、 中藤 亜衣子14、 宮崎 明子14、 与賀田 佳澄14、 安部 正真14、 岡田 達明14、 臼井 寛裕14、 吉川 真14、 佐伯 孝尚14、 田中 智14、 照井 冬人15、 中澤 暁14、 渡邊 誠一郎16、 津田 雄一14、 橘 省吾14,8
* 責任著者
所属
1. 海洋研究開発機構
2. 慶應義塾大学
3. 九州大学
4. NASA Goddard Space Flight Center
5. ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
6. 北海道大学
7. 東北大学
8. 東京大学
9. Université Grenoble Alpes
10. Technische Universität München
11. Max Planck Institute for Extraterrestrial Physics
12. 京都大学
13. 広島大学
14. 宇宙航空研究開発機構
15. 神奈川工科大学
16. 名古屋大学
論文公開日
2024年7月10日(日本時間)

本研究のお問い合わせ先

海洋研究開発機構
海洋機能利用部門 生物地球化学センター
センター長代理・上席研究員 高野 淑識(たかの よしのり)

報道担当

海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 報道室
慶應義塾大学 先端生命科学研究所 広報・渉外担当
九州大学 広報課
北海道大学 社会共創部広報課
東北大学 大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
広島大学 広報担当
京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室