がっつり深める

「はやぶさ2」サンプルに海の研究者が挑む!

記事

取材・文/外崎、監物(JAMSTEC)

2020年12月6日に小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に帰還予定です。小惑星「Ryugu(リュウグウ)」でのタッチダウンに成功し、サンプルを持ち帰ってくることが期待されています。

このサンプルの初期分析チーム、そして「リュウグウ」形成史の解析チームに、JAMSTECの海の研究者たちも名を連ねていることをご存じでしょうか。

太陽系というもの差しで考えると、地球や海は、ひとつの目盛りです。地球近傍の小惑星「リュウグウ」を分析することで、どんな謎が解けるのでしょうか。第一線の科学者たちが、力を合わせて研究に取り組んでいます。

海の研究者が宇宙に挑む理由

なぜ、地球の研究者、海の研究者たちが小惑星「リュウグウ」に挑戦するのでしょうか。

「それは、地球や海が誕生する前の姿を観ることができる唯一の機会、そして、惑星科学の探求だからです。」高野淑識主任研究員(海洋機能利用部門)は、力強く、こう答えてくれました。高野主任研究員らは、海そして地球の分析技術を生かした物質化学的アプローチによって、太陽系の進化の過程、地球の海や生命が誕生する前の進化の履歴を探ろうとしています。

リュウグウには、水や有機物が含まれると考えられています。つまり、炭素を含む有機分子と水そして鉱物が化学反応して、有機的な物質の進化をしている姿を観察できる唯一の場所なのです。

そして、地球の研究者、海の研究者たちが地球近傍の始原天体からの貴重なサンプルの分析に挑むことができる理由は、高度な分析技術があるからです。

地球でも海でもアクセスが難しい試料ほど、価値は貴重であり、同時に採取量も限られてしまいます。ごく微量しかない貴重なサンプルから精度と確度の良い情報を得られるように、JAMSTECの研究者たちは高度な分析技術を磨いてきたのです。

極微量サンプルを分析する高度な技術

これまでにJAMSTECが培ってきた分析技術のうち、今回の「はやぶさ2」のミッションで特に活躍するのが、安定同位体比を測定する技術です。

すべての物質は、「炭素」、「窒素」、「酸素」、「硫黄」などの様々な種類の「元素」の組み合わせでできており、それぞれの元素には決まった重さ(質量数)があります。ところが、同じ元素でも少しだけ重かったり軽かったりするものがあり、同位体と呼ばれています。

例えば、自然界のほとんどの窒素(N)は14という重さ(質量数)を持っていますが(14N)、15の重さ(質量数)を持った窒素(15N)が、ごくわずかに0.36%ほど存在しています。この14Nと15Nの比率(安定同位体比)を調べることで、この窒素がどこから来て、どのように変化してきたのかがわかるのです。

例えば、石油のもとになると考えられている黒色頁岩こくしょくけつがんに含まれる窒素と炭素の安定同位体比を調べたところ、その起源がわかり、世界で初めて石油の成因プロセスを明らかにしました。これは、一億年前というはるか昔のごく微量の分子情報から、精度高く分析することによって初めて知ることができた地球の歴史の一幕です。

安定同位体を研究している小川主任研究員が、微量試料の高精度分析用に改造した nanoEA/IRMSシステム。

「リュウグウ」の「玉手箱」を解く鍵

「はやぶさ2」が持ち帰るサンプルカプセルを研究者たちは「玉手箱」と呼んでいます。小惑星「リュウグウ」からもたらされる貴重なカプセルです。リュウグウ試料からどのように物質情報を引き出すのか、その秘密を解く鍵となるアプローチをご紹介しましょう。

実は「玉手箱」を手に入れる前に、すでにミッションは始まっています。研究者たちは、貴重なサンプルから最大限の成果を得るために綿密な想定と準備を行ってきました。その一つをご紹介します。

渋谷岳造主任研究員と菊池早希子ポストドクトラル研究員(超先鋭研究開発部門)は、リュウグウの母天体に存在すると推定される岩石を人工的に合成し、様々な条件下で水と反応させることにより、どのような条件だと、どのような含水鉱物がんすいこうぶつが生成されるのか、20通りもの実験を行いました。

模擬リュウグウ試料の分光学的特性の解析に加え、様々な組成の水と岩石との反応についてコンピュータ上でシミュレーションを行いました。これらの結果と、実際に採取されたサンプルを比較することで、リュウグウで起きた反応プロセスがわかってきます。

リュウグウではどのような反応が起きて、どのような有機物がつくられたのか、それが地球の誕生に関連するのかどうか、太陽系と地球の歴史に関する壮大な謎に迫ることが期待されます。

水と岩石の反応実験を行う菊池ポストドクトラル研究員。分析環境を忠実に再現するためにチャンバーの中を無酸素にしている。

さて、いよいよ「玉手箱」を開ける時がきました。サンプルの帰還から初期分析と呼ばれる最初の段階の分析について見ていきましょう。

「玉手箱」を開ける時に一番重要なことは、地球の物質と箱の中身が混ざらないようにすることです。水や炭素は地球にもたくさん存在する物質です。もしも混ざってしまったら、これまでの膨大な努力が無駄になってしまいます。

高野主任研究員らは、「玉手箱」が帰還するオーストラリアに行き、この地球帰還のために設置するクリーンルームの中で、特殊な装置を使ってサンプルを採取します。オーストラリアで採取されたサンプルは、厳重に管理され、日本に運ばれます。

ところで、浦島太郎が玉手箱を開けた時に出てくるものは何でしょうか。

そうです、煙(けむり)です。リュウグウからの「玉手箱」には「煙(ガス)」と「ナカミ(砂)」が入っていると考えられます。最初に分析するのはガス(気体)の成分です。

自らが開発して作り上げたレーザー分光計で、この「煙」に挑むのは、坂井三郎主任研究員(海洋機能利用部門)。生物が作る炭酸塩などを用いて過去の地球の環境を調べる研究を行っています。

地球試料に含まれる炭素と酸素の安定同位体を極微量で分析するには市販の分析機器ではコト足りず、ついには機器の開発を行ってしまったとのこと。そのレーザーシステムの原理が、「煙」の組成や同位体比の測定に活躍することになります。

坂井主任研究員が開発したレーザー分光計

ガスの分析に続いて、固体サンプル(砂)に含まれる有機物の分析が行われます。それを行うのが、高野主任研究員、小川奈々子主任研究員、菅原春菜外来研究員(海洋機能利用部門)のチームです。

極微量のサンプルから分析する技術で、「はやぶさ2」のサンプルに含まれる窒素や炭素など、軽元素安定同位体分析に挑みます。これで、小惑星リュウグウの全体組成が分かります。また、菅原研究員は、これまで、超クリーン環境で有機分析を行うための評価や放射光によるサンプルの影響評価を行ってきた経験があります。

リュウグウ試料に含まれる有機物だけではなく、無機物(金属イオン)の分析も行います。吉村寿紘研究員(海洋機能利用部門)は、過去の海洋の塩分を精密に調べるなど、無機物の微量分析を行っています。リュウグウに水があるのであれば、同じように無機物が溶けて有機物と相互作用をしているのではないかと考え、リハーサル分析に鋭意取り組んでいます。

リュウグウには有機物が存在すると考えられており、地球の有機物の起源となり得るか、注目されています。安定同位体比の分析により、リュウグウの物質の起源や変化してきたプロセスがわかってくると期待されます。そして有機物だけでなく、無機物の分析を行うことで、水、有機物、鉱物の三要素から成る有機―無機―相互作用について、新たな知見が得られるかもしれません。

有機フラクションを分けるための実験作業を行う菅原外来研究員
各種処理をした極微量サンプル@小川主任研究員のラボ

最後に、JAMSTEC高知コア研究所の伊藤元雄主任研究員が率いるはやぶさ2 Phase2高知チームの取り組みをご紹介します。伊藤主任研究員は、NASAジョンソンスペースセンターの研究員として彗星塵の初期分析や地球外試料の分析による太陽系最初期の系内物質循環や小惑星史の解明を行っていました。

このチームでは、超高空間分解能操作型二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)をはじめ、SPring8や国立極地研究所など他研究機関と連携し、最先端の分析機器群を武器に「砂粒のすべて」を解読すると意気込んでいます。

NanoSIMSを駆使し、数マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)の砂粒に、どのような同位体がどういう分布をしているのかを超高解像度で調べます。想像もつかないほどミクロの世界ですが、小惑星の水や有機物は地球とどう異なるのか、ひいては、地球上に存在する水はどこから来たのか、これらの謎を明らかにする手がかりを得ることが期待されます。

超高空間分解能操作型二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)。「はやぶさ」試料分析にも貢献。

地球の一員としてワンチームで挑む

横須賀本部と高知コア研究所、それぞれ独立した最先端の研究分析技術基盤は、お互いを補うような物質科学的情報を得ることができるため、多様な成分から構成されていると考えられているリュウグウ試料の分析にあたっては力強いコンビネーションです。

これまでご紹介してきたように、地球そして海の研究を行うために研鑽した分析技術が、「はやぶさ2」のミッションに役立っています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、世界でもトップクラスの探査機の航行技術とサンプリング技術を持ちます。これに分析技術に強みをもつJAMSTECが加わり、国内外の大学や研究機関がそれぞれの得意技術を活かして参画し、科学成果を最大化します。

「それぞれが最高の成果を目指し、得意な部分を掛け算して、ベストサイエンスを生み出したいと挑んでいます。太陽系を知ることは、地球を知り、そして海を知ることにつながると考えています。」と高野主任研究員は語ります。小惑星「リュウグウ」を調べることで得られる、新しい発見に期待が高まります。

もっと詳しく専門情報を得たい方への参考文献

  1. Tachibana et al. (2014) Hayabusa2: Scientific importance of samples returned from near-Earth C-type asteroid 1999 JU3. Geochemical Journal, 48, 571-587.
  2. Sawada et al. (2017) Hayabusa2 Sampler: Collection of asteroidal surface material. Space Science Reviews, 208, 81-106.
  3. Okazaki et al. (2017) Hayabusa2 sample container: Metal-seal system for vacuum encapsulation of returned samples. Space Science Reviews, 208, 107-124.
  4. Ogawa et al. (2010) Ultra-sensitive elemental analyzer/isotope ratio mass spectrometer for stable nitrogen and carbon isotope analyses. In: Earth, Life, and Isotopes (Eds. N. Ohkouchi, I. Tayasu, and K. Koba), Kyoto University Press, pp.339-353.
  5. Kebukawa et al. (2020) Primordial organic matter in the xenolithic clast in the Zag H chondrite: Possible relation to D/P asteroids. Geochimica et Cosmochimica Acta, 271, 61-77.
  6. Kiryu et al. (2020) Kinetics in thermal evolution of Raman spectra of chondritic organic matter to evaluate thermal history of their parent bodies. Meteoritics & Planetary Science, doi:10.1111/maps.13548.
  7. Sakai, S. “Preprocessing apparatus for gas analysis”, United States Patent: 10,697,865.
  8. Sugahara et al. (2018) Amino acids on witness coupons collected from the ISAS/JAXA curation facility for the assessment and quality control of the Hayabusa2 sampling procedures. Earth, Planets and Space, 70, 194.
  9. Yoshimura et al. (2020) Major and trace element composition in acid-soluble extracts of Murchison and Yamato meteorites. Lunar and Planetary Science Conference 51, #1971.
  10. Ito et al. (2020) The universal sample holders of microanalytical instruments of FIB, TEM, NanoSIMS, and STXM-NEXAFS for the coordinated analysis of extraterrestrial materials. Earth Planets Space 72, 133.
  11. Ito et al. (2014) H, C, and N isotopic compositions of Hayabusa category 3 organic samples. Earth, Planets and Space, 66, 91.

「はやぶさ2」プロジェクトおよび初期分析に関して、さらに詳しい解説は、こちらをご参照ください。

橘 省吾, 澤田 弘崇, 岡崎 隆司, 高野 淑識, はやぶさ2サンプラーチーム (2014) 「はやぶさ2」サンプルリターン探査 -太陽系始源天体探査における位置づけ-. 地球化学, 48, 265-278.

吉川 真 (2018). 火の鳥 「はやぶさ」 未来編 その 16~「はやぶさ 2」 ミッション前半を終えて~. 日本惑星科学会誌, 27, 320-327.

安部 正真, 橘 省吾, 小林 桂, 伊藤 元雄, 渡邊 誠一郎 (2020). 火の鳥 「はやぶさ」 未来編 その 20~ 小惑星リュウグウからの リターンサンプル分析の全体像~. 日本惑星科学会誌, 29, 28-37.

  • トップ
  • 「はやぶさ2」サンプルに海の研究者が挑む!