領域テーマD:課題対応型の精密な影響評価

テーマD
中北代表
領域代表者 中北 英一 京都大学防災研究所 副所長・教授

 地球温暖化によって、台風、洪水、土砂災害、川の流れ、森林や海洋などは、どう変化するのでしょうか? 本研究テーマの「課題対応型の精密な影響評価」は、温暖化と自然災害との関連を科学的に示し、今後どこまで深刻化するのかについて、100年先まで見通すことを目的としています。そのために、2つの解析手法を取り上げています。
 ひとつは、気候変動が台風や洪水などの自然災害をはじめ、川の流れや生態系などにどの程度の影響を及ぼすかを、確率に基づいて定量的に把握する手法です。様々な気候変動シナリオを土台に、さらに様々な気候予測モデルでシミュレーションした複数の予測結果を利用して、各分野でどの程度影響があるかをより明確に答えるために努力しています。もうひとつはスーパー台風など、最大クラスの外力を考慮した最悪シナリオに対する気候変動の影響を評価する手法です。近年、日本のみならず世界の各国で"今まで経験したことのない災害"が頻繁に発生しています。気候変動により、記録にもない最大級の災害がどの程度の被害をもたらすのかを科学的・工学的な面から分析するとともに、経済的な被害まで具体的な数字で把握して、これから必要とされる適切な対応策への基礎情報として提供します。
 本研究テーマでは、上記の"将来影響の確率的評価"と"将来の最悪シナリオによる影響評価"の2つの解析手法を用いて、「自然災害に関する気候変動リスク」「水資源に関する気候変動リスク」「生態系・生物多様性に関する気候変動リスク」の3つの研究テーマで活発な意見交換を行いながら研究を進めています。

自然災害に関する気候変動リスク

  「自然災害に関する気候変動リスク」は、土木研究所、京都大学防災研究所が担当しています。日本の気象災害の中で最も深刻な被害をもたらす台風を柱に、梅雨なども含め、その頻度、規模、それに伴う雨量、暴風、高潮、高波、土砂崩れなどの事象について、最悪の場合も含めて予測値を出すことがねらいです。

図1
図1:最大クラス台風の経路アンサンブルシミュレーションによる気象外力の最悪シナリオの設定:
2011年台風12号を対象とした解析:経路の違いによる紀伊半島での時間雨量(左)・日雨量(右) の違いをコントロール実験との比率で示す


図2
図2:最大クラス台風による河川洪水と高潮氾濫を考慮した複合災害に関する影響評価


 台風は年間約25個発生し、10個前後が日本列島に接近または上陸しています。数としてはそう多くありませんが、ちょっとした進路のずれが、雨や風にきわめて大きな影響を与えること、さらにその結果、甚大な災害がもたらされることがわかってきています。具体的な研究としては、1959年に発生した伊勢湾台風の経路が異なった場合その被害はどの程度変化するのか、もしくは、将来の気候変動の影響により海面水温が上昇した条件で伊勢湾台風がまた発生した場合、どの程度の威力や被害をもたらすのかを、降水量・暴風・河川流量・高潮氾濫などの複合災害の観点から影響評価しています(図1から5を参考)。


図3
図3:確率台風モデルで計算された台風コース                                                           図4:伊勢湾を対象とした擬似温暖化+最悪コース条件下での高潮氾濫

図5
図5:資産被害額の推定結果(伊勢湾台風ケース)
 

また「100年に一度」程度や最悪のシナリオの被害度合いが、この先の100年でどう変化していくのかを予測・評価し、社会への影響や国土計画に生かせるようにします。図6へ示したように、自然災害に関する影響評価は対象地域を日本国内のみならず、特に洪水氾濫に着目して東南アジアの主要河川に対しても行っています。



図6
図6:
MRI-AGCM3.2S (RCP8.5)の出力を 用いて降雨流出氾濫シミュレーションを実行し、各25年間の浸水回数を推定

水資源に関する気候変動リスク

 「水資源に関する気候変動リスク」は、京都大学防災研究所と東京大学生産技術研究所が担当しています。温暖化によって気候が変わると、雨の量や降り方も大きく変化します。また、これまで雪だったものが雨に変わる可能性も出てきます。山地の多い日本において、こうした変化は「水が川に流れ出る様子」を大きく変えると予想されます。


図7
図7:日本の河川流況変化予測

 そこで、本グループの京都大学のチームでは、日本列島の主な河川における水の流れや供給の変化、稲作などへの影響、ダムなどの治水の必要性などを予測・評価しています(図7参考)。アジアをはじめ世界の主な河川についても、同様の予測・評価を進めています。また東京大学のチームは、人為的な改変が加わった現実の水循環が世界規模でどのよ うに変化するかを予測・評価し、さらに適応策の効果についても検討しています(図8参考)。

図8
赤色:人間活動あり  青色:人間活動なし
図8:人間活動(ダム操作・取水等)を考慮すると干ばつ日数の年々変動は小さく、長期変化も緩やか

生態系・生物多様性に関する気候変動リスク

 「生態系・生物多様性に関する気候変動リスク」には、東北大学生命科学研究科を中心に、名古屋大学、北海道大学、国立環境研究所なども参画しています。東北地方の森林と、日本近海の海洋生物を対象に、地球温暖化によって生態系が急激に変わりうるかを予測・評価することがねらいです(図9参考)。

図9
図9:種分布モデル(random forest)で推定された外来タケの生息適地 (赤色部分)の拡大


 東北大学チームでは、温暖化が高山植物を絶滅させうるかどうか、強風が森林に与える影響、森林の浄化作用、観光資源の変化などについて予測・評価しています。名古屋大学チームは、アジアの熱帯雨林と東シベリア北方林を主要な研究対象地として、気候変化が森林植生をどう変えるか、変化した森林植生は次に気候にどう影響を与えるかを予測・評価し、ツンドラの森林など、世界的に主要な森林の変化を扱います。北海道大学・国立環境研究所チームでは、二酸化炭素が海水に溶け込んで起きる海洋の酸性化にも着目し、温暖化と海洋酸性化によってサンゴ礁や藻場のような沿岸生態系がどのように変化するかを予測・評価しています(図10参考)。


図10
図10:温帯性藻場種(カジメ)に対して、水温上昇に伴う直接的な影響(昇温ストレス)に加え、食害生物による間接的な影響を考慮した初めての将来予測研究

「社会への橋渡し」テーマDの目指すもの

 これらの研究の結果は「具体的な数値」を出すと共に「適応に向けた土台となる基本的な考え方も創出する」ことを目標としています。具体的な予測値を出すことで、私たちの身近に迫る問題への適応に貢献することができます。また、都市や農村、沿岸域、河川域において人命を守るためにはどうすべきなのかを考えるための情報として、政府や自治体によって活用されることも期待できます。不確実性が高い将来気候予測の中で、正しい適応策を見出すために必要な情報の創出を目指し、参加研究者は研究に邁進しています。