更新日:2021/04/30

対馬海流の流量が増加している

日本は四方を海で囲まれており、南からは黒潮と対馬海流、そして北からは親潮が流れてきます。黒潮は北太平洋を時計回りに循環する亜熱帯循環の一部ですが、この黒潮が琉球列島を北上する際に東シナ海の大陸棚上へと分岐した流れが対馬海流です。九州の南西あたりから対馬海峡を経て日本海へと流入していきます。対馬海流の流量は黒潮と比べるとたった25分の1ほどしかありませんが、日本海に流れ込む唯一の海流であり、日本海を暖める役割を担っています。日本海沿岸の水産資源にとって欠かすことのできない存在です(図1a)。

対馬海流の変化は日本海側の積雪量を変えるなど気象や気候にとっても大きな影響をもたらすことが知られています。しかし、そもそも対馬海流は何が原因で変化しているのでしょうか?対馬海流と分岐する黒潮が鍵を握る存在であることは以前から指摘されていたものの、黒潮の流量の増減と対馬海流の流量の増減には明確な関係性がなく、つながりがあるのか不明なままでした。

図1:対馬海流の流量変化 (Figure 1; Kida et al., 2021)

本研究は日本各地にある験潮所で長く観測が続けられてきた海面高度の記録と韓国釜山の記録から、現在、対馬海流の流量が増加傾向にあること(図2b)、そしてこの増加傾向は黒潮の流軸が北上していることに原因があること、を明らかにしました。日本南岸を通る黒潮はこの数年間続いている大蛇行が始まるまで、流軸が穏やかに北上し日本沿岸へと近づいてきていました。それが対馬海流の流量増加を引き起こしていたのです。数値モデルを使った実験でも同様のメカニズムが再現されており、対馬海流の流量変化は黒潮の「流量」ではなく「流軸」と強い関係性があることがわかってきたのです。

対馬海流は九州北岸にある博多と韓国南岸にある釜山の海面高度の差によって、流れが作られている地衡流です。大気で高気圧を右に見て吹く風を地衡風というように、海流も高気圧(ここでは海面高度が高いところ)を右に見て流れる流れを地衡流といいます。博多の海面高度が上昇するか、釜山の海面高度が降下することで流量が増加することになります。観測記録は近年の対馬海流の流量増加が、博多側の海面高度がじわりと上昇することに原因があることを示しています(図2a)。そして博多の海面高度を上昇させていた要因こそが黒潮の流軸の北上でした。日本南岸を通過する黒潮は南ほど海面高度が高い特徴をもつため、黒潮の流軸が北上すると日本の南岸の海面高度は高くなる傾向があります(図3)。そして紀伊半島や房総半島のように南側に突き出すように存在する半島の先端は黒潮の流軸の位置が変化することによって海面高度が敏感に変化する箇所になっています。 温暖化によって全球規模で海面上昇が起きつつありますが、日本南岸ではそれに加えて黒潮の流軸が北上することで海面がさらに上昇していたのです。

図2:(a) 博多と釜山で観測されている海面高度の変化とその差。(b)海面高度から見積もった対馬・津軽・宗谷暖流の流量変化。黒線は流速観測から見積もった対馬海流の流量。(Figure 2; Kida et al., 2021)

図3:衛星観測から明らかになった日本周辺の海面上昇(領域平均を除く)、そして日本各地にある検潮所で観測されている海面高度と房総半島の先端域との増加トレンドの相関関係(赤は正、青は負、黒は相関なし)。(Figure 4a; Kida et al., 2021)

では黒潮によって上昇した日本南岸の海面高度が、どうして対馬海流の流量を変えることになるのでしょうか?北半球では沿岸捕捉波と呼ばれる海岸線を右に見ながら伝搬する波が存在します。 沿岸捕捉波は、さざ波やうねりのように海岸から見える数メートルの長さがある波ではなく、目で認識することが難しい数百キロ以上の長さがある波です。黒潮はこの波を日本南岸で発生させることで、九州南岸から対馬海峡、 そして日本海沿岸域と日本を時計回りに海面高度を上昇させるシグナルを作り出しているのです。しかし、韓国の沿岸にはこのような波は伝搬しないため、日本側(=博多側)だけ海面が上昇することになり、 結果として対馬海流の流量が増加することになるのです。現在発生している黒潮大蛇行が、この流量増加傾向にどういう影響をもたらすのか、また日本海を中心に急激に温暖化しつつある海面水温はどう変化するのか、本研究の結果をもとにこれから更に調べていきたいと考えています。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください: Kida, S., K. Takayama, Y.N. Sasaki, H. Matsuura, and N. Hirose: Increasing trend in Japan Sea Throughflow transport. Journal of Oceanography. https://doi.org/10.1007/s10872-020-00563-5