熱帯低気圧の温帯低気圧化(温低化)

熱帯海域で発生した熱帯低気圧が, 日本などが位置する中緯度まで北上すると, 元の軸対称な構造(図a)を失い, 温暖前線や寒冷前線を持つ温帯低気圧のような構造(図d)に変化することがあります。このような構造変化は, 熱帯低気圧の温帯低気圧化(温低化)と呼ばれます。典型的な熱帯低気圧では, 強風や強雨の領域は熱帯低気圧の中心付近に分布していますが(図bと図c), 温低化した熱帯低気圧では, 熱帯低気圧の中心から離れた場所でも強風や強雨が観測されます(図eと図f)。そのため, 熱帯低気圧が温低化した後でも防災上の注意は依然として必要です。

温低化を促す要因として, 中緯度のジェット気流や対流圏上層の気圧の谷(トラフ), 南北の大きな気温差が挙げられています。北西太平洋や北大西洋では, 強い暖流(黒潮やメキシコ湾流)が形成する海洋前線や対流圏下層の強い水蒸気勾配も温低化に影響することが指摘されています。しかし, 上述のように温低化の原因は多種多様であり, かつ温低化の様相も熱帯低気圧の事例ごとに異なるため, その全体像は未だに把握されていません。特に, 個々の温低化に対する中緯度海洋の影響を調査した研究は非常に少なく, 中緯度における温低化プロセスを理解する上で大きな障壁となっています。さらに, 日本周辺は過去100年間の海面水温の昇温スピードが世界で最も速い地域の一つです。そのため, 温暖化が進んだ将来において, 熱帯低気圧の温低化やそれに伴う気象災害がどのように変化するのかについて大きな関心が寄せられています。中緯度大気と中緯度海洋の相互作用を総合的に取り扱う新学術領域研究にて, 熱帯低気圧の温低化に関する研究の発展が期待されます。

温低化した熱帯低気圧の例として, 2004年台風23号を例示しています。図の上段は, 台風最盛期(2004年10月18日00UTC)における輝度温度(図a), 1時間降水量(図b), 地上風速(図c)の分布図を表しています。輝度温度の分布は, 雲の分布におおよそ対応します。図の下段は, 温低化完了時(2004年10月20日18UTC)の輝度温度(図d), 1時間降水量(図e), 地上風速(図f)の分布図を示しています。各図には, 海面更正気圧(等値線)も併せて描いています。輝度温度はGridSaT-B1, 1時間降水量はGSMaP, 気圧と風はJRA-55のデータを使用しました。

藤原 圭太(九州大学 大学院理学府)