Helicobacter pylori(ピロリ菌)は、胃炎などの慢性症状から胃ガンや胃潰瘍など重篤な疾患を引き起こす原因菌として知られている。ピロリ菌が産生するタンパク毒素vacuolating cytotoxin(VacA)は、宿主細胞の受容体を介して多様な機能を発揮する。これまでの研究より、VacA が胃潰瘍の形成に関与することやピロリ菌の発ガン因子であるcytotoxin-associated gene A (CagA)の宿主細胞内での安定性に関与することなどが報告され、VacA がピロリ菌の病原性への関与が示唆されている。
最近になって、我々はVacA が宿主細胞の多様な機能を制御するc-Src のリン酸化をVacA 受容体であるreceptor-protein tyrosine phosphatase (RPTP) αを介して促進することを新たに発見した。ピロリ菌感染においてc-Src のリン酸化は重要な意味を持つ。つまり、CagA の発ガン作用等の機能を発揮するには、宿主細胞内でリン酸化c-Src によるCagA のリン酸化が必須である。そこで、VacAがCagA のリン酸化への関与ついて、培養細胞を用いた感染実験で検証した。
その結果、1)vacA 遺伝子欠損ピロリ菌は野生型ピロリ菌と比較して顕著なリン酸化CagA 量の減少が認められたこと、2)siRNA によりRPTPαの発現抑制することでコントロールsiRNA を導入した細胞と比較して有意なリン酸化CagA 量の減少が認められたこと、3)vacA 遺伝子欠損ピロリ菌感染細胞に精製VacA を添加することで、リン酸化CagA 量の回復が認められた。この結果より、VacA がRPTPαを介してCagA のリン酸化を促進することが明らかとなった。
今回の研究に得られた成果は、単にVacA がRPTPαを介した新規機能を発見したことに留まらず、VacA がCagA と宿主細胞内における機能的な相互作用をすることでピロリ菌の病原性に重要な役割を担っていることを示唆するものである。
現在、わが国の結核患者数は年間約2 万人を数え、世界的には中蔓延国として位置付けられる。慢性経過を辿ることや入院治療を要することが多く、患者に著しい社会的負担を及ぼすため、その対策は今なお重要である。中でも結核患者の感染源究明は公衆衛生上不可欠であり、患者由来株の遺伝多型解析はその情報源として有用である。日本国内では結核菌のゲノム配列上に点在する反復配列多型 (VNTR) をターゲットとした型別解析が導入され、各地方自治体において普及が進んでいる。
日本の結核罹患率が高い理由には、我が国が20 世紀初頭から中盤にかけて、世界的にも例のない結核の大流行を経験したことが挙げられる。結核菌は感染後、数十年の期間を経て発症することも多く、一過性の流行であってもその後の地域浸淫度に大きな影響を与える。我が国における結核流行の履歴(=日本結核史)とそこから生じた結核菌の遺伝学的特性、地域特性の理解は、公衆衛生上の需要と学術的興味の接点であり、遺伝多型解析はその理解の糸口となりうる。
本セミナーでは、公衆衛生医学からの需要に牽引されて見出されてきた国内結核菌の遺伝的特異性について紹介するとともに、日本結核史を紐解くツールとしての可能性について議論したい。
軟体動物の多くは石灰化した外骨格である貝殻をもち、 様々な環境への進出を可能とした重要な形質のひとつである。貝殻の枚数や形は非常に多様であり、化石としても残りやすいため、貝殻形態の進化に関する理論形態学的な研究はこれまでに数多く行われてきた。しかし。実際に貝殻形成および貝殻成長がどのような遺伝子によって制御されているかについては不明であった。今回、貝殻形成・成長の分子メカニズムに着目し、巻貝に特徴的な貝殻形態である「らせん状の貝殻」が分泌成長因子をコードする遺伝子dppの左右非対称な発現によって制御されていることを明らかにした。さらに、オウムガイを用いた実験から巻貝と同様のメカニズムによってアンモナイトを含む頭足類の貝殻のらせん成長が制御されている可能性が示唆された。本研究成果により、化石種を含めたより長いタームスケールでの貝殻形態の進化プロセスと発生プロセスの両方を理解する研究が今後期待される。
本セミナーの後半では、新たな研究プロジェクトである「翼足類の貝殻形成メカニズムと海洋酸性化に対する応答」の研究計画についても簡単に紹介する。
現在までに実施してきた広域観測(太平洋中央部の南北断面、北大西洋深層水流に沿った北半球断面、北太平洋外洋域)の結果から、大洋スケールにおいて、 細菌生物量・生産量は非常に大きく変動することを明らかにした。この結果から、北太平洋では、中深層における細菌生物量・生産量が粒子態有機炭素 (POC)フラックスとの強い共役関係があること、とくに、沈降するPOCのほとんどが中深層に生息する細菌群集に利用されていることが明らかになった。一方で、大西洋では水塊構造が細菌群集の動態に強く影響を与えているという傾向がとらえられた。
これらの観測結果は、表層の基礎生産分布および水塊構造の特徴によって、中深層に異なった有機物場が形成されること、そして、それぞれの有機物場に応答して、細菌生物量・生産量の動態が制限されていることを示している。また、この細菌群集の動態は、中深層生態系における炭素循環過程の制御に強く寄与していることが予想される。したがって、細菌生物量・生産量の時空間分布パターンの把握とその変動要因の解析は、全海洋規模での炭素循環過程の理解に重要である。
自己紹介セミナーでは、上記の細菌生物量・生産量の広域高解像度空間分布データを基にした細菌群集を介した炭素循環過程の解析結果に加え、自身の行ってきた研究の概略と生命理工学研究開発センターで進める予定の研究について紹介する。