被害の軽減につなげたい
首席研究者の一人である京都大学防災研究所のJames J.Mori(ジェームズ・ジロウ・モリ)教授は、「地震学、地質学など、地球科学の研究者たちにとって今なすべきことは、この地震を詳細に理解し、科学的に何が起こったのかという説明を社会へ行うこと」とし、「この研究航海に関わる研究者たちは、この重要な調査研究をリードすべき立場でもある」と乗船研究チームの決意を語った。同じく首席研究者で、構造地質学が専門のFrederick M. Chester(フレデリック・チェスター)教授(米国テキサスA&M大学地質・地球物理学部)は、「巨大地震と津波についてできる限り学び、また、次に同じ事が、世界のどこかで起こった時、被害を極力軽減できるようにするという形で社会へ貢献することを研究者として強く意識しています。また、同時にこれが研究者としての大きな義務であると感じています」と話す。
またMori教授は、「今回の地震で巨大な津波が起こったのは、海底近くまで断層が動いた事が大きな原因でした。たとえ、地震規模を示すマグニチュードがさほど大きくなくても、海底近くで断層が動くと巨大な津波が引き起こされる可能性があります。この航海では、まさしくそのような場所を掘削します。その成果により、将来、巨大地震が発生する可能性のある地域において、地震を引き起こすような断層運動がおこるメカニズムの理解がより進むのではないかと思います」と、期待を寄せる。Chester 教授は「今回の掘削の重要性と難しさを承知しています。しかし、地球深部探査センターのスタッフ、「ちきゅう」の乗組員や掘削技術者たちとお互いに協力することで、科学目標を達成し、貴重なサンプルやデータを得られるという見通しが、私たち乗船研究者にはあります。この研究航海で得られる知識が、将来、地震と津波の被害を軽減してくれるものと信じています」と出航に向けた抱負を語った。
海溝型地震の発生直後にプレート境界断層の温度計測を実施することは世界で初めての試みである。あの日、あの場所で、何が起きたのか。巨大地震と津波に迫る。
どのようなしくみで巨大地震が発生したのか?海底から探る。
日本周辺には、太平洋プレートやフィリピン海プレートという海洋プレートと北アメリカプレート、ユーラシアプレートという大陸プレートが集まっていて、これらのプレート間の動きが地震の発生に大きく関与している。東北地方では、日本海溝から東側の太平洋プレートが陸側の北アメリカプレートの下に沈みこんでいて、巨大地震を引き起こすと考えられている。東北地方太平洋沖地震では、日本海溝の海底が水平方向に約50mも移動するとともに、垂直方向にも10mにも及ぶ隆起が起こっていたことがわかった。
地震の海底観測が専門で、本研究航海のプロジェクトマネージメントチームの一員である東北大学地震・噴火予知研究観測センターの日野亮太准教授は、宮城県沖の海底に地震計や水圧計を設置し、長期観測を続けてきた。「2011年3月末に計測機器を海底から引き上げてデータを分析したところ、水圧計から推定される水深の変化から海底が大きく隆起したことがわかりました」と日野准教授は話す。この水圧計は日本海溝のすぐ近くに設置されていたものだが、他の水圧計のデータなどとあわせ、地震に伴って海溝周辺の海底は大きく隆起した一方、沿岸に近い場所では1m程度沈降したことが明らかになった。こうした地震による陸側プレートの動きにより、その上の海水が持ち上げられることで巨大津波の発生につながったという。
これまで、日本海溝の海溝軸付近のプレート境界は巨大地震の原因にはならないと考えられていたが、この地震でその考えが覆された。「海溝付近の性質が巨大地震発生のしくみを解き明かす鍵を握っています。「ちきゅう」による深部探査では、今までの海底調査とは異なり、掘削する事により断層の状態を直接知ることができます。この研究が地震発生のしくみを解明する突破口となるでしょう。成果をもとに次世代の地震モデルを構築し、社会に還元していきたいと思っています」と、日野准教授は語る。