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プレスリリース

2013年 1月 10日
独立行政法人海洋研究開発機構

断層が複雑な挙動を示す可能性を数値計算により実証

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)の野田博之研究員らは、地震が繰り返し発生する断層の挙動について、自らが開発した数値計算手法を用いて解明に取り組みました。その結果、安定的な滑りしか起こさないと考えられていた低速滑り時の速度強化(※1)の性質を持つ断層に、高速滑り時の顕著な摩擦抵抗の低下の性質が加わることで、断層が多様な挙動を示す可能性があることを見出しました。そのような場所は、地震と地震の間にゆっくり滑る事もあれば大地震直前まで固着(※2)している場合もあり、また、近くで発生した地震破壊を止めるバリアとして働く場合もあれば、そのような地震破壊にきっかけを得て自らも破壊し、大きな地震性滑りを起こす事もあることが明らかになりました。

本研究成果は、巨大地震のメカニズムについて、「断層は、固着・地震性滑りを繰り返す部分と、安定的にゆっくりとしか滑らない部分とに、空間的な棲み分けがなされている」という従来の考えに、再考を促すものです。

本成果は、Nature(電子版) に1月9日付け(現地時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Creeping fault segments can turn from stable to destructive due to dynamic weakening
著者名:
Hiroyuki Noda1, Nadia Lapusta2
所属:
1.海洋研究開発機構、2.カリフォルニア工科大学

2.背景

従来、断層は、固着・地震性滑りを繰り返す部分と、安定的にゆっくりとしか滑らない部分に、空間的な棲み分けがなされていると考えられていました。しかしながら、昨年の東北地方太平洋沖地震では、安定的にしか滑らないと考えられていた浅部で大きな地震性滑りが発生し、そのような挙動は従来の考えでは合理的な説明が困難でした。上述の仮説に捕らわれずに地震時・地震間を含めた断層の挙動の多様性を正しく理解する事は、大地震発生の可能性とそのリスクを正しく見積もる上で重要です。

近年、プレートの沈み込み速度程度から地震時の高速滑りまでの広い滑り速度領域における岩石摩擦の力学的性質に関する研究が進んでいます。その結果、低速では安定滑りを実現する速度強化の性質を示す物質であっても、地震時に匹敵する高速滑り時には摩擦発熱等の原因で顕著な摩擦抵抗の低下を示す事が明らかになってきました。野田らは、地震の繰り返し(地震時の短期的な挙動と、地震間の長期的な挙動の両方)の数値計算に、断層の高速滑り時の弱化(図1a参照)の性質を組み込む事に成功し(※3)、断層挙動の多様性に関する研究を続けてきました。

3.成果

野田らは、1999年の台湾集集地震の震源断層を貫く掘削孔から採取された断層近傍の物質に関して実測された力学的・水理学的性質に注目しました。本地震では、断層北部において大きな滑りが発生しました。断層物質を用いた室内実験の結果、断層が高速滑りを起こした場合、北部では南部に比べて、より顕著に摩擦抵抗が低下する性質を持つことが明らかになっています。しかし同時に北部では、低速滑り時に速度強化の性質を持つことが明らかになっており、そのような性質の組み合わせが地震の繰り返しにどのような影響を与えるかは分かっていませんでした(図1a参照)。

野田らは、これら測定された物性値を代表的な値として上述の数値計算に用い、断層運動と地震活動に関する研究を行い、その結果、以下の事が明らかとなりました。

(1)今回用いた物性値では、低速滑り時の速度強化と高速滑り時の顕著な弱化が共存する場所は地震破壊の開始点になる事はありません。これは、破壊の開始にはゆっくりした滑りが自発的に加速する事が必要で、そのためには低速滑り時の速度弱化が主要な役割を果たすからです。しかし、近くで発生した地震破壊が伝播してきた場合、その場に溜まっている応力や破壊の規模等によっては高速滑り時の弱化が有効となってしまい、大きな地震性滑りを起こします。逆に条件を満たさない場合はこの場所は破壊には至らず、地震は比較的小規模で終了します(図1b参照)。

(2)そのような場所は、地震間においても多様な挙動を示します。上述の大きな地震性滑りを起こした直後は、応力が少ないため固着しています。その後、近くで別の地震破壊が発生すると、応力の状況等によってはこの固着している部分が破壊し、大きな地震性滑りを生じる場合があります。しかしそのようなきっかけが無ければ、数100年の後に固着が剥がれ、プレート速度程度でズルズルと滑り出し、その後に同様のきっかけを得て再び大きな地震性滑りを生じる場合があります。即ち、ある時点で断層が安定的に滑っている事が観察されたとしても、そのような挙動が恒久的である保証は無い事が示されました(図1c参照)。

断層が長期間の平均としてプレート速度程度で運動する事を仮定すると、地震間の断層の固着は「滑り遅れ」と解釈できます。従来は「滑り遅れ」の解放が地震であるとされ、その蓄積の速さは地震間の断層の滑り速度を観測する事によって推定できるとされてきました。基本的には、地球物理学的観測では現在の断層の滑り速度しか求める事はできません。しかし本成果により、地震間には断層の滑り速度が動的に変化する事が示唆され、現在の観測結果のみに基づいた上述のような単純化は必ずしも正しく無い可能性が示されました。例えば、図1cに示された計算中の4500年~4700年程度の時期にGPS等が発明され観測網が整備されたとします。図中に示されたパッチAに関しては固着が観測され、将来地震の震源域となる可能性が高いと予測されるでしょう。しかしパッチBに関しては、プレート速度程度で安定的に滑っている事が観測されます。この部分は「滑り遅れ」の蓄積が進行しておらず、大地震の震源域となる可能性は低いと見積もられるかもしれません。その結果、予測できる最大の地震は、パッチAのみを破壊する地震程度である事になります。そのような地震は、計算中では実際に4433年や4589年に発生していますので、この予測には限定的ではありますが十分に価値があります。しかし、計算開始から4735年にパッチA・Bを両方破壊する大地震が発生し(図1b中、黄色で示した地震)本予測は覆される事となります。

より正確な地震のリスクの見積もりには、数10年程度の地球物理学的観測データのみならず、より長い歴史を記録している地質学的データ(津波堆積物や、断層掘削で得られる試料に残された地震による摩擦発熱の痕跡等)を精査する事が重要であると考えられます。

4.今後の展望

広い滑り速度領域と物理化学条件下における断層の力学的性質、及びその断層運動・地震活動に与える影響に関する研究は、本研究を含め近年徐々に形となりつつありますが、発展途上です。そのような基礎研究は、本成果で示唆されたように、地震のリスクを正確に見積もる上で重要だと考えられます。今後さらに、断層調査、室内実験、観測、数値計算、理論的手法を組み合わせ、地震発生過程の解明を進めて参ります。

※1
速度強化:断層をより速く滑らせる為により大きな力が必要な性質。逆に速度弱化とは、断層がより早く滑ると抵抗が少なくなる性質。(図1a参照)
※2
固着:滑り速度がプレート速度に比べて遥かに小さい事。ここでは「強くて引っかかっている」という意味ではありません。
※3
Noda and Lapusta, 2010, Journal of Geophysical Research に発表。
図1

図1 本論文で発表したモデルの模式図と、地震の繰り返し、及び地震間の断層滑りの挙動の計算結果の一部。

a モデルの幾何形状と、断層の力学的性質の分布の模式図。パッチA、及びBにはそれぞれ、台湾集集地震の震源断層の南部、北部での掘削により得られた断層物質について実測された物性値を用いました。パッチAでは断層は速度弱化の性質を持ち、パッチBでは低速滑り時の速度強化と、高速滑り時の顕著な弱化が共存しています。 b パッチA、パッチBの中心を通る線(パネルa中央部の点線)上の累積滑り量分布。破線は50年間隔、実線は地震時の1秒間隔での滑り量分布を表し、地震毎に色分けされています。 c 断層の固着率(1 - (断層の滑り速度)/(プレート速度))の時空間分布。断層がプレート速度より早く滑っている場合はゼロとしました。水平な白実線と両端の丸印はそれぞれ、地震破壊とその両端を示しています。パッチBは地震間に多様な挙動を示します。

今回の数値計算で用いた集集地震の震源断層の情報は局所的な物であり、断層面上の物性値の分布が完全に明らかになっているものではありません。報告したモデルでは実測された物性値を代表的な値として採用しましたが、本モデルは集集地震震源断層の長期的挙動の定量的再現を第一の目的とした物ではありません。

お問い合わせ先:

(本研究について)
独立行政法人海洋研究開発機構
地球内部ダイナミクス領域 固体地球動的過程研究プログラム
付加体力学研究チーム 兼 非線形動力学及び応用研究チーム
研究員 野田 博之 電話:045-778-5972
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊池 一成 電話:046-867-9198