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プレスリリース

2013年 1月 22日
独立行政法人海洋研究開発機構
株式会社鶴見精機

深海用プロファイリングフロートを用いた南極底層水の長期観測を世界に先駆けて開始
~太平洋深層の水温上昇の解明へ向けて大きな一歩~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)は、株式会社鶴見精機(社長 立川 道彦)と共同で開発した深海用プロファイリングフロートを用いて、世界で初めて南極底層水の長期観測を南極海にて開始しました。

地球の気候システムの重要な要素である南極底層水は、南極海の水深約3,000~3,500mよりも深層に分布しています。開発した深海用プロファイリングフロートは最大で水深4,000mまでの海洋深層を観測できるため、この南極底層水の詳細な構造を世界で初めて長期間連続して観測することができます。

最近明らかとなった太平洋深層での急速な水温上昇は、南極アデリー海岸沖の南極底層水が変化することにより引き起こされたと考えられています。深海用プロファイリングフロートの観測を継続して、この南極底層水の長期変化を明らかにすることによって、この水温上昇メカニズムへの理解が大きく進むと期待されます。

2.深海用プロファイリングフロートの意義

1990年代より海洋地球研究船「みらい」等の観測船により行われてきた大洋横断高精度観測による水温データを解析したところ、1990年代から2000年代にかけての約10~15年間に太平洋の全域で深層の水温が上昇していることが明らかになりました。この水温上昇は、南極アデリー海岸沖における大気海洋間の熱交換の変化(海洋から大気への熱輸送の減少)によって、この海域で形成されている南極底層水が変化したことに起因していること、しかもそれは、深層循環から見積もられる時間スケール(800年から1,000年)よりもはるかに短い時間(約40年)で生じることが、最新の解析手法により示唆されています。その後、このような深層の水温上昇はインド洋や大西洋でも確認されています。海洋は大気に比べおよそ1,000倍の熱容量があるため、たとえ非常に小さい水温の変化といえども地球全体の熱の配分、さらには気候の変化に大きく影響します。また、この水温上昇に伴って海水は膨張し、海面の上昇を引き起こします。したがって、地球環境の変化を正しく理解する上で、水温上昇などの海洋深層の変化は無視できない新たな要素として世界中の研究者から注目されています。

しかしながら、海洋深層の観測データは非常に少ないため、海洋深層で生じている変化の様子はほとんど分かっていません。プロファイリングフロートは、季節や気象環境に左右されずに、長期間継続して海中を観測でき、費用対効果も高いので、近年では海洋観測に盛んに用いられていますが、機能的な制約のために海面から水深2,000mまでを観測できるに過ぎません。そのため、現在でも海洋深層の観測は観測船に大きく依存しており、このままでは海洋深層の観測データ量を飛躍的に増大させることは不可能であるため、海洋深層を長期間観測することが可能な深海用プロファイリングフロートの開発が求められるようになりました。

そこで当機構で実施中の「実用化展開促進プログラム」の下、当機構と鶴見精機は共同で深海用プロファイリングフロートの開発を進めてきました。平成24年夏季に太平洋にて実施した海域試験では、水深4,000mまでの連続観測にも成功し、その実用化に目途が付きました。

3.観測計画及び現時点での観測結果

近年の太平洋全域での深層の水温上昇の原因とされている、南極アデリー海岸沖で形成される南極底層水の変化と、その影響が太平洋へ伝播していく様子を捉えるため、平成24年12月6日より4台の深海用プロファイリングフロートを海洋地球研究船「みらい」により順次投入しました(図1)。このうち3台は、南極アデリー海岸沖の水深3,000mより深層に広がる南極底層水の変化を直接捉えることを目的としており、この変化の影響が太平洋に伝播していく経路にあたるニュージーランド南東沖で1台が観測を行います(図1)。これら4台の深海用プロファイリングフロートは、今後1年以上にわたって観測を行う計画です。

平成25年1月17日現在までに、これら4台の深海用プロファイリングフロートは4~5回の水温・塩分観測を行い、その観測データを送信してきています。このうち3回は、最も深いところで水深3,700mより深層における観測データが得られています。アデリー海岸沖の観測データでは、水深約3,000mよりも深層で、水温が-0.4~0℃、塩分が34.65~34.7を示しています。南極底層水は水温約0℃以下、塩分34.6~34.7なので、深海用プロファイリングフロートは南極底層水を捉えていることが分かります(図2)。

南極海はアクセスが難しい上、気象や海洋環境が非常に厳しいので、船舶によって長期間継続した観測を行うことは事実上不可能です。また、既存のプロファイリングフロートはこの南極底層水が分布する深度で観測を行うことができません。そのため、南極海での南極底層水の長期観測は、今回共同開発した深海用プロファイリングフロートによって初めて可能となりました。

4.今後の展望と期待される成果

本研究では1年以上の長期にわたって南極アデリー海岸沖の南極底層水の変化を深海用プロファイリングフロートによって観測することを予定しています。この観測で得られたデータを解析することによって、太平洋深層の水温上昇メカニズムへの理解が大きく進むものと期待されます。

今後、深海用プロファイリングフロートが普及し、世界中の海洋に多数展開されるようになると、海面から深海までの海洋をモニタリングすることが可能となります。現在、このような観測ネットワークを今後約10年以内に構築すべく、各国で準備が進められており、これによる海洋モニタリングが可能になると、海洋中に貯えられている熱の総量(貯熱量)の増加や海水の膨張に起因する海面上昇をより正確に推定できるようになると期待されます。

図1

図1:(左)南極海に投入した深海用プロファイリングフロート。全長は210cm、重量は50kg。上部に水温・塩分センサと通信アンテナ、下部の白カバー内に浮沈を制御する機構の一部がある。(右)深海用プロファイリングフロートの投入位置の概略図。

図2

図2: 深海用プロファイリングフロートで観測された(左)水温と(右)塩分の鉛直プロファイル(平成25年1月17日現在)。南極アデリー海岸沖に投入された3台(青・緑・水色)では、水深約3,000mよりも深い部分で水温が0℃以下、塩分が34.65~34.7の水が観測されており、南極底層水を捉えていると考えられる。

参考

A 従来のプロファイリングフロートと海洋モニタリング

プロファイリングフロートとは、海洋中の水温や塩分などを自動的に長期間観測することのできる小型の海洋観測用ロボットです。通常は海中を漂っていますが、10日に1回程度、海面に向けて浮上しながら観測を行います。海面に到達すると、衛星通信で観測データを送信し、通信が終わると再び海中に沈みます。海洋観測にプロファイリングフロートを用いると、天候や海況の影響を受けないので冬季の荒天下や台風直下でも観測できる、南極海などの観測船の行きにくい海域でも一度投入すれば数年間は自動的に観測を行える、費用対効果に優れる、などの優れた特徴があります。この特徴を利用して、現在では約3,600台のプロファイリングフロートが世界中の海洋に展開され、この観測ネットワークによる海洋モニタリングが行われています。しかしながら、従来のプロファイリングフロートでは、機能的な問題のため水深2,000mまでの海洋表・中層を観測できるに限られていました。

B 深海用プロファイリングフロートについて

今回の観測で用いている深海用プロファイリングフロートは、当機構で実施中の「実用化展開促進プログラム」の下、当機構と株式会社鶴見精機が共同で開発・実用化したもので、熱帯から季節的に海氷に覆われる高緯度域までの海域において、海面から水深4,000mの深海までを観測することができます。これにより、世界海洋の体積の約9割を観測することが可能です。当機構は深海用プロファイリングフロートに求められる機能やその制御のノウハウを提供するほか、外洋での性能試験のための航海機会を提供し、鶴見精機はこれまでの海洋観測機器開発で培った技術を基盤として、水深4,000mの高圧下で稼働する浮力エンジンや小型耐圧筐体等を開発・作製するほか、高圧水槽試験を行ってきました。水深2,000mを越える深海域を観測できる深海用プロファイリングフロートの開発は、我々のほかにアメリカ・フランスなどでも進められていますが、その実用化に成功し、実際に観測に使用されているのは、この深海用プロファイリングフロートのみとなります。

なお、開発した深海用プロファイリングフロートは、株式会社鶴見精機より「Deep NINJA (ディープニンジャ)」という商品名で2013年度内に販売される予定です。

C 深海用プロファイリングフロート開発の経緯

2008年3月
深海用プロファイリングフロート用小型浮力エンジンの開発に成功
2009年4月
深海用プロファイリングフロートの技術的検討を開始
2010年9月
海洋研究開発機構の「実用化展開促進プログラム」に採択される。株式会社鶴見精機との共同研究契約を締結
2011年3月
深海用プロファイリングフロート試作1号機の完成
2012年5月
海洋研究開発機構の海洋調査船「なつしま」による日本海での浅海稼働試験に成功
2012年9月
太平洋において水深4,000mまでの連続観測に成功
2012年12月
南極海での南極底層水の長期観測を開始(本発表)

お問い合わせ先:

(本研究について)
地球環境変動領域 海洋環境変動研究プログラム
主任研究員 小林 大洋 Tel: 046-867-9842
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成 Tel: 046-867-9198