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プレスリリース

2013年 6月 28日
独立行政法人海洋研究開発機構

指先ですり潰すだけでナノ粒子が生成
― 固体フラーレンC60の特異な性質を発見 ―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)海洋・極限環境生物圏領域の出口 茂チームリーダーらは、深海熱水噴出孔に見られる高温・高圧水環境での物理・化学プロセスに関する研究の過程で、指先ですり潰すという驚く程簡単な操作により、フラーレンC60の粉末から直径が20ナノメートルを下回るナノ粒子が生成されることを発見しました。C60固体をナノ粒子にまで粉砕するために必要なエネルギーが、通常の物質とは比較にならないほど小さいことを示す新しい発見です。

本成果は、Scientific Reports誌に6月28日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Non-engineered nanoparticles of C60
著者名:
Shigeru Deguchi,1 Sada-atsu Mukai,1,2,3 Hide Sakaguchi,4 Yoshimune Nonomura5(出口 茂・向井貞篤・阪口 秀・野々村美宗)
所属:
1独立行政法人海洋研究開発機構、海洋・極限環境生物圏領域、2独立行政法人科学技術振興機構・ERATO秋吉バイオナノトランスポータープロジェクト、3京都大学・大学院工学研究科、4独立行政法人海洋研究開発機構・アプリケーションラボ、5山形大学・大学院理工学研究科
URL:
http://dx.doi.org/10.1038/srep02094

2. 背景

物質を粉砕して細かな粉末にする技術は、食品、化粧品、医薬品、塗料・顔料、製紙、印刷、化学工業、鉱工業、建設業など、幅広い産業分野で重要であり、そのルーツはパンを焼くために小麦を砕いて小麦粉を作った古代エジプトにまで遡ります。物質に外部からエネルギーを加えて微粉化していく過程では、サイズが小さくなるにつれて、粒子の更なる微細化により大きなエネルギーを加える必要があるため、通常は一~数十マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)の大きさにまで粒子サイズを細かくするのが限界だと言われています。

今日では、世界的な市場規模が1兆ドルを超えるとも言われるナノテクノロジー開発の重要な要素として、サイズがナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)オーダーの粒子が高い注目を集めています。しかしながら、物質をそのような超微細なサイズにまで微粉化するためには、通常は特殊な装置を使って、固体中の分子の並び方が変わってしまう程の大きな力を加える必要があります。

本研究チームでは、フラーレンと呼ばれる機能性炭素物質からできたナノ粒子を用いて、深海熱水噴出孔や地殻内部に存在する高温・高圧の水の中での物理・化学プロセスを解明する研究を行ってきました(参考文献1)。代表的なフラーレンであるC60は、炭素原子60個からできたサッカーボール状の分子です(図1)。その研究の過程で、フラーレン固体の微粉化プロセスが通常の物質とは大きく異なっており、乳鉢ですり潰すなどの簡単な操作でも直径が数十ナノメートル程度の粒子が容易に生成することを発見し、報告してきました(参考文献23)。今回の研究は、「そもそもどれくらい簡単な操作でフラーレンをナノ粒子にまで微粉化できるのか?」という素朴な疑問から始まりました。

3.研究結果の概要

フラーレンC60の粉末(平均サイズ0.1ミリメートル前後)1.5ミリグラムをガラス板にはさんで指先で数分間すり潰した後に(図2)、電子顕微鏡を使って観察したところ、このような簡単な操作でも直径が100ナノメートル以下のナノ粒子が多数生成することを発見しました(図34)。中には直径が14ナノメートルの、わずか2,500個程度のC60分子からなるナノ粒子までもが生成していました(図5)。

すり潰したC60を界面活性剤を含む水に分散し、孔径5マイクロメートルのフィルターでろ過して粗大粒子を取り除いた後にサイズ分布を詳細に調べた実験では、1)すり潰したC60の内の約24重量%が直径5マイクロメートル以下に微細化される、2)それらの粒子の平均サイズは256.8ナノメートルであることが分かりました。またガラス板を使わずに指先にはさんですり潰したC60中にも、数は少ないものの同様にナノ粒子が生成していることを確認しました(図6)。

指先ですり潰すだけでナノ粒子が生成したという結果は前代未聞であり、このことは、C60の固体粉末を微粉化するために必要なエネルギーが、通常の物質とは比較にならないほど小さいことを意味しています。さらに驚くべきことに、本研究チームはC60が保管されていた試薬ビンの口に付着していた試料の中にもナノ粒子が存在していることを確認しました(図7)。この部分のC60は、試薬ビンの蓋を開閉するたびに剪断/圧縮を受けることから、その繰り返しによってナノ粒子が生成したと考えられます。

現在、工業ナノ材料が環境に与えうる影響の評価が世界中で進められています。このような評価を行う上でナノ材料への暴露過程(人や環境中の生物がナノ材料と接触し、体内に取り込んでいく過程)を解明することは大変重要です。従来はこれらのナノ材料は何らかの「意図的な操作」によって製造されるものであり、暴露過程は予見可能だと考えられてきました。ところが銀製のアクセサリーや食器、銅線などから化学反応によって自然とナノ粒子が生成する場合があるなど(参考文献4)、この前提が常に成り立つわけではないことが分かってきています。今回の結果は、意図的な粉砕操作を加えなくてもC60の固体粉末から気付かないうちにナノ粒子が生成しうる可能性を示唆するものであり、工業ナノ材料への暴露過程を考える上での新たな問題提起につながると考えられます。

4.今後の展望

本研究チームでは、「フラーレンC60から簡単にナノ粒子が生成するメカニズム」に関する研究を進めます。また環境に流出したナノ材料は最終的には海へ到達すると考えられることから、これらの材料が海洋環境や海洋の生態系に及ぼしうる影響についても今後検討を行うこととしています。

一方、ナノ粒子化によって水への安定分散性などフラーレンに新たな性質を付与することが可能です。今回の結果は、ナノ粒子化によるフラーレンの機能化が驚くほど容易に達成できることを示すものでもあることから、関連特許のライセンスや民間企業との共同研究を積極的に推進し、研究成果の社会還元にも努めていきます。

本件成果に関わる参考文献

1)
Shigeru Deguchi, Kaoru Tsujii, Supercritical water: A fascinating medium for soft matter. Soft Matter 3, 797-803 (2007).
http://dx.doi.org/10.1039/b611584e
2)
Shigeru Deguchi, Sada-atsu Mukai, Tomoko Yamazaki, Mikiko Tsudome, and Koki Horikoshi, Nanoparticles of fullerene C60 from engineering of antiquity. J. Phys. Chem. C 114, 849-856 (2010).
http://dx.doi.org/10.1021/jp909331n
3)
Shigeru Deguchi, Sada-atsu Mukai, Mikiko Tsudome, and Koki Horikoshi, Facile generation of fullerene nanoparticles by hand-grinding. Adv. Mater. 18, 729-732 (2006).
http://dx.doi.org/10.1002/adma.200502487
4)
Richard D. Glover, John M. Miller, and James E. Hutchison, Generation of metal nanoparticles from silver and copper objects: Nanoparticle dynamics on surfaces and potential sources of nanoparticles in the environment. ACS Nano 5, 8950-8957 (2011).
http://dx.doi.org/10.1021/nn2031319

図表

図1
図1.フラーレンC60
図2
図2.実験操作
図3

図3.C60固体粉末(左、スケールバーは0.1ミリメートル)と、すり潰したC60(右、スケールバーは0.01ミリメートル)の電子顕微鏡観察像

図4

図4.すり潰したC60の拡大電子顕微鏡像。スケールバーは2マイクロメートル(左)と200ナノメートル(右)を表す

図5

図5.すり潰したC60の中に生成していた、直径14ナノメートルのナノ粒子。スケールバーは5ナノメートルを表す

図6

図6.ガラス板を使わずにすり潰したC60(左、手袋に付着した茶色い物質)とその電子顕微鏡観察像(右、スケールバーは500ナノメートルを表す)

図7

図7.試薬ビンの口に付着したC60(左)とその電子顕微鏡観察像(右、スケールバーは500ナノメートルを表す)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
ソフトマター応用生命研究チーム チームリーダー 出口 茂
046-867-9679
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成
046-867-9198