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プレスリリース

2013年 10月 17日
独立行政法人海洋研究開発機構
群馬県立自然史博物館
雲南大学
英国自然史博物館
アリゾナ大学

カンブリア紀の化石の神経系イメージングに成功
~生物進化における中枢神経系の発達過程解明の可能性~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋・極限環境生物圏領域の田中源吾研究技術専任スタッフ(元群馬県立自然史博物館学芸員)は、地球環境と生物の共進化(互いに影響を及ぼし合いながら進化すること)の研究の一環として、雲南大学、英国自然史博物館、アリゾナ大学等と共同で、中華人民共和国雲南省昆明市の澄江(チェンジャン)から産出したカンブリア紀前期(図1)の大付属肢型(頭部に大型の触手を有するタイプ)の節足動物の化石神経系のイメージング(画像化・視覚化)を世界で初めて行うことに成功しました。

カンブリア紀前期は大型の海洋動物が地球上に初めて現れ、食う食われるの生存競争が激化した時代であり,海洋環境の物質循環が安定する過程での生物と環境の相互作用を解明するうえで重要とされています。今回の調査ではカンブリア紀前期の大付属肢型節足動物の一種である「アラルコメネウス」(図2)の化石標本について、詳細な形態や元素組成の分析を行うことによって、通常では化石に残らない脳をはじめとした中枢神経系がほぼ完壁に保存されていることを発見しました。そして、その中枢神経系の配列様式が現生する節足動物の中では鋏角類(きょうかくるい:クモ、サソリ、カブトガニの仲間)に最もよく対応していることから、カンブリア紀の大付属肢型節足動物が鋏角類に位置づけられることが明らかになりました。

これまで、化石を用いた生物進化における外部形態の変化の研究と比較して、神経系の進化については解明が進んでいませんでしたが、今回の発見により現在の鋏角類の中枢神経系がカンブリア紀初期の大付属肢型の節足動物から進化したものであることが世界で初めて明らかになりました。今後は、本成果を足掛かりとし様々な標本の系統的な解析を進めることによって、生物進化における中枢神経系の発達過程が明らかになると期待されます。

本成果は、Nature(電子版)に10月16日付け(グリニッジ標準時)で掲載される予定です。

タイトル:
Chelicerate neural ground pattern in a Cambrian 'great appendage' arthropod
著者:
田中源吾1Xianguang Hou2、Xiaoya Ma2,3、Gregory D. Edgecombe3、Nicholas J. Strausfeld4
1. 海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域、2. 雲南大学 古生物研究重点実験室、3. 英国自然史博物館 古生物部門、4. アリゾナ大学 神経科学科

2.背景

今回の研究に用いた化石は、中華人民共和国雲南省昆明市の澄江(チェンジャン)から1980年代に共著者の1人であるHou Xianguang教授によって発見されたもので、今から約5億2500万年~5億2000万年前のカンブリア紀に生息していた化石群(チェンジャン動物群)に属するものです。

この化石群は、通常では化石として残りにくい軟体部(神経系等)が保存されるなど化石の保存状態が良いことに加え、多数の新種の生物が発見されていることから、カンブリア紀に起こったとされる生物の飛躍的な進化(俗に「カンブリア大爆発」と呼ばれる)を理解する上で非常に重要な情報を提供する場所として注目されています。これまでに200種あまりの節足動物が発見されており、その付属肢(ヒレや足の類)の配列や形態、触角や尾部の形態をもとに、節足動物の初期の系統進化の解明が試みられてきました。しかしながら、神経系の進化についての解明が進んでこなかったために、系統進化についての様々な系統樹が提唱され、議論が分かれてきました。

3.成果

本研究チームは、雲南大学に保管されている4万点におよぶチェンジャン動物群の化石のうち、通常では化石として残りにくい複眼が保存されているものに注目し、高解像度の光学顕微鏡観察、マイクロCTスキャン、およびエネルギー分散型蛍光X線分析を用いて、標本の複眼内部の詳細な形態や複眼部分を構成する元素の分析を行いました。

その結果、複眼を構成する1つ1つの小さな個眼を発見しただけではなく、複眼から伸びる神経や、通常では化石に残らない脳をはじめとした中枢神経系がほぼ完壁に保存されていることも発見しました(図3)。そしてこの神経系を詳細に調査したところ、眼と前大脳の間に1つの大きな神経網(1次視神経網)と、前大脳に続く4つの神経網が頭部に存在することが確認されました(図3e、図4)。また、中大脳の神経節から大付属肢に神経が伸びていることから、カンブリア紀の節足動物の大付属肢と現存する鋏角類(サソリ、カブトガニの仲間)の鋏角(節足動物の付属肢の一種で餌等を掴むための口器)が共通する祖先に由来すること(相同性)が明らかになりました(図5)。

さらに、今回発見されたアラルコメネウスの中枢神経系の配列様式が、現生する節足動物の中で鋏角類に最も類似していることからも(図6)、系統樹においてカンブリア紀の大付属肢型の節足動物が鋏角類に位置づけられることが示されました。

4.今後の展望

本成果はカンブリア紀前期という生物の進化の解明に非常に重要な時代の生物の中枢神経系を、非破壊でデータを取得しイメージングできることを世界で初めて示したものです。

今後は、本成果を足掛かりとして様々な標本の系統的な解析を進めることによって、生物進化における中枢神経系の発達過程が明らかになると期待されます。

図1
図1 アラルコメネウスの生息していた時代。
図2
図2 アラルコメネウスの復元画。(体長約2.5㎝)
図3

図3 チェンジャンから発見されたカンブリア紀前期の節足動物アラルコメネウス。a、標本を背側から見たモンタージュ光学写真。b、エネルギー分散型蛍光X線分析による鉄元素の濃集部分(紫色)。c、マイクロCTスキャン画像。d、 bとcの画像を重ね合わせたもの。e、bの白黒画像。f、 aとdを重ね合わせた頭部の画像。G、エネルギー分散型蛍光X線分析による銅元素の濃集部分と、マイクロCTスキャン画像をaに重ね合わせたもの。

図4

図4 アラルコメネウスの眼と視神経束の詳細な図。a、頭部。白枠はそれぞれbからdに対応。b、左眼の左側の角膜部分。レンズ(矢印)が色素部分を覆っている。c、レンズの列(左眼の右側)。d、 左眼部分の拡大。1次視神経綱とそれをつなぐ視神経、そして2次視神経綱へと続き、前大脳に繋がる。e、エネルギー分散型蛍光X線分析による鉄元素の濃集部分(赤色)は視神経束や前大脳の位置とよく対応する。

図5

図5 アラルコメネウスおよび近縁なレアンチョイアを左側から観察した図。矢印は頭部の後端を示す。a、 b、アラルコメネウス。c、d、レアンチョイア。

図6

図6 鋏角類の神経系。a-c、「大付属肢型」節足動物と鋏角類の神経系の復元図。a、アラルコメネウス。b、カブトガニの幼生。c、サソリ。d-f、節の神経網と視神経網の対応表。それぞれの眼は1次視神経網につながり、2次視神経網で前大脳に繋がる。食管裂孔は前大脳の後端に達する。アラルコメネウスの大付属肢神経網と頭部付属肢神経網とカブトガニの鋏角および触肢神経網は相同(共通の祖先に由来)である。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 研究技術専任スタッフ
田中 源吾 電話:046-867-9811
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成 電話:046-867-9198