2013年 11月 7日
独立行政法人海洋研究開発機構
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球内部ダイナミクス領域の田村芳彦上席研究員らは、無人探査機ハイパードルフィンを用いてマリアナ弧の海底火山の調査を行いました。
この調査において、採取された海底の枕状溶岩を分析したところ、この溶岩は、沈み込み帯において生成された初生マグマ(※1)が組成を保った状態で溶岩流として噴出したものであることが分かりました。
この発見は世界で初めてのことであり、これにより、これまで室内実験等でしか確認できなかった初生マグマを詳細に分析することが可能となりました。
今後は、火山の形成メカニズムや大陸地殻の成因解明等、地球内部のダイナミクス(挙動)を明らかにし、火山噴火の減災、防災へ貢献することが期待されます。
なお、本成果は、研究調査費の一部に日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究B (研究課題番号:23340166)を使用しており、Journal of Petrology(誌名)電子版に11月7日付け(日本時間)で掲載される予定です。
2.背景
陸地を形成する大陸地殻は、太陽系においても地球に特有のものですが、これらは日本のようなプレートの沈み込み帯で形成されると考えられています。このメカニズムとしてはまず、海洋プレート(海洋地殻とその下の上部マントル)が沈み込み帯において沈み込む際に、水(海水)と堆積物が地下深部に運ばれます。ここで、運び込まれた物質にはマントルを溶けやすくする(融雪剤のように、マントルの融点を下げる)性質があるため、地下深く(地下100キロ)の高温高圧下の環境においてマントルが融解し、マグマが生成されます。そして、このマグマが上昇することで、最終的に地殻が生み出されると考えられています。(図1)さらに、マグマが地表面まで噴き出した結果、火山が形成されることからも、大陸地殻の形成や火山の成因を明らかにする上で、マグマの成因やその物性を解明することは重要なことと考えられてきました。しかしながら、マグマの組成は地表に到達するまでに変化してしまうために(結晶分化※2)、初生マグマについては、地下深部の高温高圧条件を模擬した室内実験の結果からしか確認できず、沈み込み帯におけるマグマの生成プロセスや組成についても明らかになっていませんでした。
3.成果
パガン島はマリアナ諸島最大の火山島で標高570mの活火山ですが、火山の本体の大部分は海面下にあり、麓は水深3,000mまで続いています。(図2および図3)我々は2010年に、このパガン島の海底(約1,800m~2,200m)を、海洋研究開発機構が所有する無人探査機ハイパードルフィンで潜航調査し、海底斜面(水深2,000m付近)から新鮮な枕状溶岩(※3)を採取しました。これらを分析解析した結果、初生マグマに非常に近い組成を持つ未分化なマグマから成る溶岩であることが判明しました。(図4および図5)そして、室内実験の結果を踏まえることで、初生マグマの組成を推定することが可能となり、沈み込み帯の火山における未分化なマグマから成る溶岩について、世界で初めて系統的な採取及び分析解析を行いました。
系統的な初生マグマ解析の結果、沈み込み帯のマグマの成因に関して、「ミッション・イミッシブル」という新たな仮説が立てられました。これまでは既述の通り、沈み込み帯のマグマの生成プロセスにおいて、海洋プレートの沈み込みに伴い、ここから供給される大量の水と高温高圧で溶けた堆積物(メルト)がマントルを溶かす働きをし、マグマが生成すると考えられていました。このため、個々のマグマには量や成分比は異なるものの、水とメルトの両方が含まれるとされてきました。しかし今回、採取されたパガン火山の未分化マグマを検証したところ、メルト成分に富んだ初生マグマと、水分に富んだ初生マグマの2種類のマグマが、ほぼ同時期に、隣接した場所で噴出していることが明らかになり(図3)、これまでのモデルでは説明出来ないことがわかりました。この結果を説明するために、スラブ(沈み込んだプレート)由来の2つの成分が同時に供給されるものの、お互いにimmiscible(液体として混じり合っていない)な状態で別々にマントルを融解し、異なる初生マグマを生じた、とするのがミッション・イミッシブル仮説です。
このように初生マグマの組成を解明したことで、これまで推論であった沈み込むプレート、マントルウエッジ(※4)、及び沈み込み帯マグマの成因や挙動、物性について新しい知見が見出されています。今後も研究を進めることで、地球内部のメカニズムに関し、これまでの学問的常識が覆るような新しい成果が得られると考えております。
4.今後の展望
今回のパガン島での発見に続き、マリアナの他の火山島や海底火山において未分化なマグマから成る溶岩が次々と発見されており、海底は、地球を知る上で宝の山であることが改めて認識されました。今後、南半球のニュージーランドの北にある火山諸島のケルマディック諸島においても、日本が主導する国際的な潜航調査を検討しております。ここでも初生マグマに関する更なる情報が得られることが期待されており、今回のマリアナで採取されたサンプルと比較研究することで、マグマの成因に関する研究を進めていきたいと考えております。
今回の成果や、来年度に米国の深海掘削船ジョイデスレゾリューション号によって行われる予定の伊豆小笠原弧の深海海底掘削(IODP EXP350, EXP 351, EXP 352)など、日本が主導する国際的な調査研究を通して、火山の形成メカニズムや大陸地殻の成因解明等、地球内部のダイナミクス(挙動)を明らかにし、新しい知見の蓄積や、これまでの科学的常識に対するブレークスルー、火山噴火の減災、防災への貢献が期待されます。
【用語解説】
※1初生マグマ
上部マントルが部分融解して最初に生じるマグマ。できたばかりの分化していないマグマであるため本源マグマともいう。初生マグマは地表に溶岩として噴出するまでに温度の低下により結晶を晶出し、晶出した鉱物と残りのマグマが分離することによって組成を変化させていく(結晶分化)。また、その潜熱で、地殻を溶かし吸収して組成を変化させる。初生マグマを、果物(オレンジ)だとすると、分化したマグマはオレンジジュースまたはミックスジュースのようなもので、オレンジを研究するには、ジュースではなくてオレンジが必要なように、マグマの成因を探るには「分化したマグマ」ではなくて「初生マグマ」が必要となる。
※2結晶分化
マグマからは冷却が進むにつれて次々に結晶が出てくるが、結晶はマグマよりも比重が大きいためにマグマだまりの下の方に沈む。ここで、結晶の組成はもとのマグマの組成とは違うため、残りのマグマの組成はしだいに変わっていく。結晶ができてくることによってマグマの組成が変わっていくことを結晶分化という。
(図6も参照)
※3マグマと溶岩について
マグマとは岩石物質の高温溶融体。噴火によってマグマが地表に出たものを溶岩という。溶岩は、1)マグマとほぼ同じ溶融状態にあるものを指す場合と、2)溶融状態にあったものが固結して生じた岩石を指す場合、の二通りがある。
※4マントルウェッジ
沈み込み帯において、沈み込むプレートと沈み込まれるプレートに挟まれたくさび形の部分を指し、マントル対流が折り返すところになる。
図1 沈み込み帯における地球内部のダイナミクス(挙動)についての概念図。まず、沈み込むプレートから水や堆積物(液体状態のメルト)が上位のマントルカンラン岩に放出される(深さ100㎞-200 km)。マントルかんらん岩の大部分は固体であるが、水やメルトによって融点が下がり、局所的な融解が起こり、初生マグマが生成する。融解し、初生マグマを含んだマントルかんらん岩は上昇し、深さ30-60㎞付近で初生マグマを分離する。初生マグマは,地殻内のマグマ溜まりにおいて分化し、溶岩や火山灰となって地表に噴出すること等により固結する。この詳細について、今回の初生マグマの解析によって明らかになろうとしている。
(参考)マントルでできた初生マグマ(玄武岩組成)がどのように分化して大陸地殻(安山岩組成)をつくるかは、地球惑星科学における大きな謎の一つである。伊豆小笠原マリアナ弧の中部地殻(大陸地殻)を地球深部探査船「ちきゅう」の大深度掘削によって採取し、大陸地殻の成因を明らかにしようというプロジェクト(Project IBM)が来年度から開始される。来年度は6ヶ月かけて米国の掘削船ジョイデスレゾリューション号によって伊豆の背弧(IBM-3)、島弧基盤の海洋地殻(IBM-1)、初期島弧地殻(IBM-2)を掘削し、沈み込みの開始から現在までの歴史を明らかにする。その後、「ちきゅう」によって上部地殻を貫通し、中部地殻を採取して分析解析し、大陸誕生の謎に挑む。
図2 パガン島を含むマリアナ諸島(マリアナ島弧)の広域地図と噴火を続けるパガン島火山。赤い点線より西側(左)は現在の火山フロントを示す。火山フロントは、マリアナ弧の北部では火山島として海面上に現れるが、南部ではすべて海底火山である。赤い点線より東側(右)に位置するサイパンやグアムは石灰岩に覆われた始新世から中新世の古い火山体である。白い点線はマリアナトラフ(背弧拡大軸)を示す。
図3 パガン島周辺の海底地形図とサンプル採取地点。(a)パガン島周辺のハイパードルフィンの潜航番号。未分化溶岩はハイパードルフィンHPD#1147潜航において採取された。(b) HPD#11147潜航によって計23個の溶岩が採取された。R01からR14の溶岩 (COB1)とR15からR21の溶岩(COB2)は系統的に組成が異なり、異なる初生マグマから形成された溶岩であることが判明した。
図4 初生マグマと確認されたパガン島海底の枕状溶岩。新鮮な溶岩であり、表面に堆積物のないことから、最近の溶岩流と考えられる。
(a) 水深1,979 m
(b) 水深1,830 m
図5 パガン島火山の概念図
今回、未分化のマグマが得られたのは、マグマ溜まりを経ないで、地下深部から短時間に直接海底に溶岩流として噴出したことが原因と考えられる。
図6 結晶分化の概念
矢印は温度の低下によっていろいろな結晶が晶出することを示す。結晶はもとのマグマとは組成も密度も異なる。よって、結晶が沈積分離すると、残りのマグマ(分化したマグマ)の組成はそれに従って変化していく。
【参考映像】
JST「サイエンスニュース」にて紹介されました。
(YouTube)
(ニコニコ動画)