2013年 12月 2日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人北海道大学
国立大学法人秋田大学
国立大学法人金沢大学
国立大学法人岡山大学
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球内部ダイナミクス領域の阿部なつ江技術研究副主幹、北海道大学の前田仁一郎准教授およびピトン マリ助教、秋田大学の星出隆志助教、金沢大学の博士研究員町澄秋および博士課程後期大学院生秋澤紀克、岡山大学の野坂俊夫准教授らは、ビクトリア大学のギリス キャサリン博士とヒューストン大学のスノー ジョナサン教授の共同首席によって実施された統合国際深海掘削計画(IODP)における米国科学掘削船ジョイデスレゾリューション号による第345次掘削航海(既報:平成24年12月11日)において、ガラパゴス諸島沖の東太平洋中央海膨近傍のヘスディープ海盆(図1:地図)にて、海洋下部地殻の掘削を行いました。
本掘削航海において、地球の海洋地殻下部を構成すると考えられている層状はんれい岩を、海洋底下の深部から世界で初めて採取することに成功しました。また、そのはんれい岩の構成鉱物と全岩化学組成の検討から、同試料が、海洋マントル最上部で形成された初生マグマと、また地殻最下部で分化したマグマの複数のマグマが混合して出来ていることが明らかになりました。このことは、層状はんれい岩から構成されている海洋地殻下部において活発なマグマの混合作用が起きていることを示しています。
本研究の成果は、地球表層のおよそ6割以上を占める海洋地殻の構造と変成過程を明らかにする上で非常に貴重な知見を与えるものであり、海洋地殻全体の化学組成を知る手がかりとなる試料(missing rock:ミッシング・ロック)を採取したことで、地球規模の物質的循環・地球化学的循環の検討にとって不可欠の情報が得られました。更には地球内部のダイナミクス(挙動)を明らかにし、プレート境界における地震や火山活動などの諸現象のメカニズム解明に繋がることが期待されます。
なお、本成果は、英科学誌「Nature」電子版に12月2日付け(日本時間)で掲載される予定です。
2.背景
地球は、「海洋地殻(玄武岩質)」と「大陸地殻(安山岩質)」という2種類の地殻で覆われていますが、これは太陽系の惑星の中で地球のみの特徴であり、地球という惑星の進化を理解する上で大きな謎とされてきました。
今回の調査は、この問題に関連し、地球表層の面積の6割以上を占める海洋地殻がどのように形成されたのかを解明するために行われたものです。
海洋地殻は、中央海嶺(図2:海嶺模式図)において地球内部のマントルの上昇流により海洋地殻を含むプレート(海洋プレート)が形成され、水平に移動し、最終的に日本列島のような島弧海溝システム(海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所)において、マントルに沈み込んで行くと考えられていますが、この海洋地殻生成場所である中央海嶺下のマントルで出来たマグマは、どうやって海底まで運ばれ、どのように海洋地殻を形成するのか、さらに海水や熱水との化学反応や冷却過程が、どのように進行するのかは、海洋地殻の形成を考える上で最大の疑問として解明が待たれています。
また、海洋地殻を含むプレートは、地球規模の物質循環・地球化学的循環の重要な役割を果たしていることから、海洋地殻全体の確実な化学組成の情報を得るためにも、海洋下部地殻の詳細な調査が必要とされてきました。
これまでの陸上に露出しているオフィオライトと呼ばれる海洋地殻断片の調査や、海底音波探査などの研究によって、中央海嶺によって形成される海洋地殻は、3層構造(上から海洋堆積物層、マグマが固まってできる玄武岩層・はんれい岩層)からなることが明らかになっています。しかし、オフィオライトには典型的な海洋地殻ではないものが含まれている可能性もあり、また、形成されてからかなりの時間が経過しており、岩石自体の組成が変質していることが多く、海底下の構造全てを明らかにすることは不可能であり、実際に海域において調査を進める必要があります。海域での調査は、4000mを超える深海底で行われるため、困難な作業です。特に下部地殻(厚さ数kmの厚いはんれい岩層)については、海底下3~6km程度の深部にあることから(図3:海洋プレート模式的柱状図)、海洋底から直接試料を採取することが難しく、現在までその形成過程の解明に至っていません。
一方で、ガラパゴス諸島西方沖約1000kmにある東太平洋中央海膨(中央海嶺)ヘス・ディープ海盆(図1)は、これまでの予察的な調査により、形成時の状態に近いはんれい岩(下部地殻物質)が海底下浅部に分布していることが分かっています(図3:海洋プレート模式的柱状図)。
そこで、今回、掘削船を用いて水深約4800m、海底下約100mから試料採取を実施することで、オフィオライト等の陸上調査によって予想されている海底深部の地質構造をより高い精度で推定する試みを行いました。また、本掘削航海は、地球深部探査船「ちきゅう」によるマントル掘削の科学計画を策定するための予察的な調査としても重要な位置づけにあります。
3.成果
本航海では、東太平洋中央海膨(中央海嶺)において形成されて間もない海洋地殻最下部のコア試料(層状はんれい岩;図4 論文のFigure2コア試料の写真)の採取に世界で初めて成功しました。
層状はんれい岩は、オフィオライトの下部地殻相当層に露出していることから、海洋地殻の最下部層に存在することが予想されていました。しかし、これまでの海域調査では明らかな層状はんれい岩は見つかっていませんでした。また、今回採取された層状はんれい岩を含むはんれい岩コア試料の全岩化学組成を船上で測定したところ、中央海嶺下の海洋マントル最上部で出来た初生マグマに近い未分化なマグマがそのまま固まったような組成と、その初生マグマから、かんらん石などの鉱物が晶出(マグマから結晶化して分離すること)したあとの分化したマグマ(結晶が分離した残液のような)から晶出した部分の両方が見つかりました。これは、海洋下部地殻を形成する過程で、複数の異なるマグマが不均質に分布して結晶化し、その後なんらかのプロセスで混ざり合って、海底に噴出するマグマへと進化することを示唆しています(図5:下部地殻の形成過程の模式図)。
さらに、船上における岩石の肉眼観察および顕微鏡観察によって、そのような初生マグマ的組成を持つ部分も含め、今回採取されたコア試料全般にわたって斜方輝石とよばれる鉱物が広く分布していることが明らかになりました。はんれい岩中の斜方輝石は、通常、分化したマグマからのみ晶出し、初生マグマからは晶出しないと考えられていますので、今回未分化なはんれい岩中に見いだされた事は大きな発見であったといえます。このことは上部マントルで形成される未分化なマグマの化学組成には著しい多様性があること、また最終的に海底に噴出するマグマの化学組成が非常に均質なので、十分に観察されていない海洋地殻下部において、多様な初生マグマが十分に混ざりあうプロセスが存在することを示唆しています。
これらの結果から、海洋下部地殻の複雑な形成過程の一部が明らかになったことで、現在の地球内部のダイナミクス、そして地球46億年の歴史を紐解く上で重要な課題である海洋地殻に関する知見が得られると期待しています。
4.今後の展望
今後は、採取された岩石コア試料の鉱物組み合わせや組織、化学組成などを詳しく分析し、はんれい岩層のもととなったマグマやはんれい岩そのものの形成過程を明らかにしていきます。また、鉱物科学組成を用いた平衡温度の見積もりや、試料を用いた高圧岩石実験などによって、海洋地殻の海水との反応過程や冷却過程・冷却速度の見積もり、即ち海洋地殻の進化過程なども明らかにしていく予定です。
さらに、これらの研究成果は、海洋地殻の構造を理解するために重要なデータを提供するものであり、IODP科学掘削の最大の目標である地球深部掘削船「ちきゅう」によるマントル掘削に向けた計画を加速させるものとして期待されます。
図1 本航海における掘削地点周辺地図。黄色丸が掘削した地点を表す。
図2 地球内部構造を表す模式的断面図。濃茶色部分が、地殻を含むプレート。赤い四角で囲った部分が、海洋地殻を形成する場所である中央海嶺で、今回の掘削場所は、この赤い四角部分内にある。地球深部探査船「ちきゅう」によるマントル掘削は、この赤四角の外側での実施が計画されている。
図3 一般的な海洋地殻構造(左a)と、ヘスディープ海盆に見られる構造(右b)。今回掘削したヘスディープ海盆は、海底に割れ目が出来て割け、地下深部の岩石が直接露出している場所だと考えられている。水深4800m付近の崖の下部を掘削し、海洋地殻の下部の試料を採取した。
図4 今回の掘削で採取した初生層状はんれい岩。
図5 中央海嶺の下に予想されている構造を示す模式的断面図。一番下の緑色の部分がマントルの最上部を表し、赤いレンズ状の部分は液体のマグマを示す。そのマグマが上昇し、海底に噴出するまでの間に、結晶が出来て分離し、マグマ(液体)の化学組成を変化していくと考えられている(結晶分化作用)。オレンジ色から黄土色までのレンズ状の部分が、分化して組成が変わったマグマを表す。青~濃紺のレンズ状の部分が、固まったマグマで、はんれい岩を示す。