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プレスリリース

2014年 6月 13日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人新潟大学

海中の大河を追って
~地中海流出水の歴史と気候変動とのかかわりの究明~

1.概要

2011年11月から2012年1月にかけて、統合国際深海掘削計画(IODP)第339次掘削航海「地中海流出水」が米国科学掘削船ジョイデスレゾリューション号(図1)によりポルトガル沖のカディス湾及びイベリア大陸縁辺部で実施されました(図2)。

この航海はスペイン・ビーゴ大学のハビヤ ヘルナンデス モリーナ博士(現 英国ロイヤルホロウェイ大学)と英国ヘリオット・ワット大学のドリック ストウ博士が共同首席研究者を務め、日本を含む14か国から35名の研究者(日本からは海洋研究開発機構、産業技術総合研究所、新潟大学、北海道大学が参加)が乗船し、カディス湾及びイベリア半島西方沖大陸棚において、初めて本格的な科学掘削調査を行い、総延長5 kmに達する堆積物柱状試料(コア)を掘削・回収しました。

今回回収されたコアには、地中海の水がジブラルタル海峡から北大西洋に流れ出る「地中海流出水」の強い流れによってできる「コンターライト(※1)」と呼ばれる特徴的な堆積物が認められました。これを詳細に解析した結果、過去約500万年間の地中海流出水の歴史が詳細に解明され、北大西洋の海底の流れと気候変動とのかかわりが明らかになりました。

この成果は2014年6月13日付(日本時間)に米科学雑誌Scienceへ掲載されます。

題名:Onset of Mediterranean Outflow into the North Atlantic
(邦題:地中海から大西洋への海水の流出はいつ始まったか)

著者:
F. Javier Hernández-Molina1, Dorrik A.V. Stow2, Carlos A. Alvarez-Zarikian3, Gary Acton4, André Bahr5, Barbara Balestra6, Emmanuelle Ducassou7, Roger Flood8, José-Abel Flores9, Satoshi Furota10, Patrick Grunert11, David Hodell12, Francisco Jimenez-Espejo13, Jin Kyoung Kim14, Lawrence Krissek15, Junichiro Kuroda13, Baohua Li17, Estefania Llave18, Johanna Lofi19, Lucas Lourens20, Madeline Miller21, Futoshi Nanayama22, Naohisa Nishida22, Carl Richter23, Cristina Roque24, Hélder Pereira25, Maria Fernanda Sanchez Goñi7, Francisco J. Sierro9, Arun D. Singh27, Craig Sloss28, Yasuhiro Takashimizu29, Alexandrina Tzanova30, Antje Voelker24, Trevor Williams31 and Chuang Xuan32

1ロイヤルホロウェイ大学、 2ヘリオット・ワット大学、 3テキサスA&M大学、 4サム・ヒューストン州立大学、 5フランクフルト大学、 6カリフォルニア大学サンタクルズ校、 7ボルドー大学、 8ストニーブルック大学、 9サラマンカ大学、 10北海道大学、 11グラーツ大学、 12ケンブリッジ大学、 13海洋研究開発機構、 14韓国海洋科学技術研究所、 15オハイオ州立大学、 17中国科学院南京地質古生物研究所、 18スペイン地質鉱物研究所、 19モンペリエ大学、 20ユトレヒト大学、 21カリフォルニア工科大学、 22産業技術総合研究所、 23ルイジアナ大学、 24ポルトガル地質調査所、 25セクンダーリア・デ・ローレ学校、 27バナラス・ヒンズー大学、 28クィーンズランド工科大学、 29新潟大学、 30ブラウン大学、 31コロンビア大学ラモント・ドハティー地球観測所、 32サウサンプトン大学

2.背景

ジブラルタル海峡は地中海と大西洋をつなぐ重要なゲートウェイとなっています。この海峡は約530万年前に開かれたと推定されており、ここでは絶えず大西洋と地中海の海水の交換が行われています。ジブラルタル海峡の海中深くでは地中海の高塩分海水が大西洋に流れ出ています。この海水は密度が重いため、大西洋に出ると滝のように海底斜面を流れ下り、強い流れとなってカディス湾の海底に泥や砂の山(マウンド)を作ります。カディス湾やイベリア半島の沖では地中海流出水による底層流が主に 500–1000 m付近の等深線(コンター)に沿って流れています。いわば海中の巨大な「大河」です。

この流れが作る海底の泥や砂は過去約500万年間の地中海流出水の歴史及び流出水と北大西洋の海洋循環や気候変動、地殻変動との相互作用に関する情報を記録している可能性が高く、約500万年前から現在までジブラルタル海峡が地中海と大西洋をつなぐゲートウェイとしてどのように機能してきたのかを解明する上で重要な場所と考えられてきました。しかし、これまで科学掘削が行われておらず、今回の研究航海で初めての本格的な研究調査に着手することができました。

3.成果

本航海で回収したコアを解析した結果、調査海域では底層流によりマウンドに泥が吹き付けられるように非常に速く泥が堆積するため、このコンターライトの泥が過去の環境変動を非常に詳細に記録していることが分かりました。また、コンターライト中に厚い砂の層を発見しました。この砂は底層流の通り道にできた海底谷を埋め、海底のマウンドの中に厚く分布します。このことは、かつて地中海流出水がジブラルタル海峡から100キロメートル以上離れた場所にまで砂を運ぶような非常に強くて速い流れであったことを意味します。このような解析成果を総合した結果、中新世の終わり(533万年前)にジブラルタル海峡が開いた後に地中海から大西洋に海水の流出が始まったこと、始まった当初は比較的弱い流れであったこと、そして北大西洋に地中海流出水との間に本格的な相互作用が見いだされるのは後期鮮新世になってからであることが明らかになりました。

特に後期鮮新世の温暖期(320~300万年前)、前期更新世(240~200万年前)及び後期更新世(90~70万年前)に地中海流出水が強くなっていた証拠が見つかりました。これらの時期にはカディス湾では強い流れによって砂や泥が堆積できない無堆積期間(ハイエイタス)や堆積体の形成パターンの変化といった特徴的な現象が起きています。

このことは、地中海流出水が強くなる時期と大西洋の熱塩循環(※2)が変化して赤道-極間の温度差が小さくなる時期に関連があることを示しています。つまり、地中海流出水が発達 成長することで北西大西洋の中層に比較的塩分の高い水が供給されることで大西洋子午面循環(※3)や地球規模の熱塩循環が強くなることを示唆する大変興味深い発見と言えます。

また、ハイエイタスや堆積プロセスの変化は、気候変動だけでなく、この地域の地殻変動とも深くかかわっていたようです。同じような地殻変動と海底堆積パターンの変化は、同じ時期に大西洋の幾つかの大陸縁辺部からも報告されています。このことは海底堆積物の形成プロセスが、北大西洋のプレート運動の変化と緊密に関連していることを示します。

さらに、このコンターライトの砂の物性や層厚、分布から、砂層が深く埋没した時に石油やガスの貯留層として優れた機能を持つことが明らかになったため、このコンターライトが将来の石油・天然ガス探鉱の分野にもインパクトを与える発見となりそうです。一般的に乱泥流によってたまった砂が石油や天然ガスの貯留層の役割を果たす場合が多いのですが、そのような砂と比較するとコンターライトの砂は粒の大きさが揃っている(淘汰が良い)ため空隙が多くて透水率が高く、より優れた貯留層になり得ます。この発見はコンターライトの存在が今後の石油・ガス探鉱の新しいターゲットになる可能性を秘めています。

4.今後の展望

本航海での研究は、地中海流出水が海中の巨大な大河となって大西洋の海洋循環と相互作用している証拠を示すことができました。今後さらに研究を進め、この相互作用が生じるプロセス等を明らかにしていくことになります。

このような底層水は条件が揃えばどのような場所でも形成されるはずです。日本周辺海域ではまだ典型的なコンターライトの存在は報告されていませんが、日本近海でも地層を精査すれば大規模な底層流の痕跡に辿りつけるかもしれません。もし、そのような底層流が過去に存在していたことが発見されれば、これまで考えられてきた海洋循環や物質運搬のプロセスに新たな知見をもたらす可能性もあり、今後の日本周辺を含むさまざまな場所での採泥調査が望まれます。

本航海の成果をもっと知りたい方は、下記HPを御参照下さい。

http://iodp.tamu.edu/scienceops/expeditions/mediterranean_outflow.html

【用語解説】

1.
コンターライト
海中で等深線(コンター)に沿うように流れる底層流が運んできた砂や泥の堆積物を指す。イベリア半島の南西沖やカディス湾は、地中海流出水による底層流が500-1000 m付近のコンターに沿って流れている。一般的に、砂や泥といった砕屑粒子は乱泥流などの重力流(流体の密度差による重力の作用で生じる流れ)によって斜面を上から下に流下するが、コンターライトは斜面に沿う流れ(底層流)によって堆積する。これは重力による運搬プロセスとは異なる物質運搬メカニズムとして興味深い現象である。
2.
熱塩循環
熱や塩分濃度等海水の密度の変化によって生じる地球規模の海水の循環。高緯度海域で表層の海水温が下がり、また塩分濃度が高くなることにより海水が深層に沈み込みことによって起こる。
3.
大西洋子午面循環
大西洋における主要な海洋大循環。表層で北向きの高温・高塩分海水が低緯度から高緯度に流れ、底層で南向きの低温海水が流れる。地球の気候システムの中で重要な役割を果たす。

図1.IODP第339次掘削航海を終えリスボンに寄港したジョイデスレゾリューション号(写真提供:F. Barriga博士)

図2.本航海における掘削地点周辺の地図。黄色丸が掘削した地点を表す。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
生物地球化学研究分野 主任研究員 黒田潤一郎
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
国立大学法人新潟大学
(報道担当)
総務部総務課副課長(広報室長) 山田尚彦
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