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プレスリリース

2014年 8月 11日
独立行政法人海洋研究開発機構

衛星観測が大気汚染ガス濃度を過小評価している可能性を指摘
~大気に共存するPM2.5エアロゾルの光撹乱効果~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層物質循環研究分野の金谷有剛分野長代理らの国際研究チームは、大気汚染ガスである二酸化窒素(NO2)の衛星観測に3~5割の過小評価があり、その原因の一つが、大気中に共存する微小粒子PM2.5などのエアロゾル(※1)が、衛星観測のプローブ光(対象を検出するための光)である太陽光の経路を撹乱し、地表付近のNO2を観測されないように覆い隠してしまう「シールド効果」である可能性を、日本・中国・韓国・ロシアでの地上観測網(MAX-DOAS(※2))データを用いた衛星データの検証結果から見出しました。

本成果は、これまで衛星データに基づいて推計された窒素酸化物の発生量見積もりを上方修正する必要があることを意味し、人間活動の地球環境への影響がこれまでの予想以上である可能性を示唆しています。また、衛星観測からNO2の量を導き出す際の精度を高めるには、PM2.5などのエアロゾル粒子の光撹乱効果を適切に考慮することが重要であることを観測結果から初めて裏付けました。

今後、地上観測網によるNO2観測を継続していくとともに、このような効果がNO2以外のガスの衛星観測にも及んでいる可能性について検討を進めます。

なお、本研究は、文部科学省地球観測システム構築推進プラン、科研費(基盤S:25220101、挑戦的萌芽: 26550022)、JSPS二国間共同研究(日露)、環境省環境研究総合推進費(S-7)の一環として実施されたものです。

本成果は、8月11日に欧州地球科学連合の専門誌Atmospheric Chemistry and Physicsに掲載されます。

タイトル:Long-term MAX-DOAS network observations of NO2 in Russia and Asia (MADRAS) during 2007-2012: instrumentation, elucidation of climatology, and comparisons with OMI satellite observations and global model simulations

著者:Yugo Kanaya1, H. Irie1,a, H. Takashima1,b, H. Iwabuchi1,c, H. Akimoto1,d, K. Sudo2, M. Gu3, J. Chong3, Y. J. Kim3, H. Lee3,e, A. Li4, F. Si4, J. Xu4, P.-H. Xie4, W.-Q. Liu4, A. Dzhola5, O. Postylyakov5, V. Ivanov5, E. Grechko5, S. Terpugova6, and M. Panchenko6
1. JAMSTEC
2.名古屋大学
3.韓国・光州科学技術院
4.中国科学院安徽光学精密機械研究所
5.ロシア科学アカデミー大気物理研究所
6.ロシア科学アカデミーシベリア支部大気光学研究所

a. 現在千葉大学、 b. 現在福岡大学、 c. 現在東北大学、d. 現在アジア大気汚染研究センター、e. 現在韓国・釜慶大学校

2.背景

アジアの経済発展は、近年注目されているPM2.5エアロゾルに加え、オゾンなどのガス(気体)状汚染物質の増加など、大気環境に大きな変化をもたらし、地球の気候にも影響を与えています。広域の大気汚染状況を一度に把握できる衛星観測は、欧州の衛星が1995年に大気汚染の指標となる二酸化窒素(NO2)の観測で成功して以来、地球環境の状態を知るうえで欠かせない役割を果たしてきました。特にNO2は、オゾンやエアロゾルの共通の原料となり、気候変動にも強く関わっており、重要な観測対象とされています。

NO2の衛星観測では、衛星に取り付けられた観測センサを用いて地表から反射される太陽光の紫外・可視領域の光を分光し、NO2分子に固有の吸収度を計測することにより、地表から対流圏上端までの大気中のNO2累積濃度(対流圏NO2カラム濃度)が測定されます。この衛星観測によって、たとえば、欧米や日本上空での濃度減少とは対照的に、中国上空では過去約15年間でNO2が3倍にも増加し、巨大な発生源に変化したことも示されてきました(図1)。

しかしながら一方で、衛星から遠く離れた地上付近に存在するNO2による微弱な吸収(1%以下)を、雲や成層圏を通して、光の経路も考慮しながら精度よく計測することは非常に難しいため、成層圏にも存在するNO2分の適切な差し引きや、雲が部分的にあるときの影響など、衛星からの観測にはさまざまな不確かさが伴う可能性が高く、信頼性の高い発生量の評価を困難にしてきたことから、検証観測の実施が望まれていました。

3.成果

研究チームでは、そのような衛星データを検証できる、地上からのリモートセンシング(MAX-DOAS(※2, 参考1))観測網を2007年から日本・中国・韓国・ロシアに展開して、2012年末までの6年間で80,000を超える観測解析データを収集し(参考2)、世界で初めて系統的に、衛星センサOMI(※3)からのNO2観測を検証しました。

ここでの地上リモートセンシングでは、衛星観測の場合とは反対向きに、地上に置いた分光器によって、空の天頂方向から水平線近くまで、多方向から届く光に含まれる吸収度を総合解析してNO2の量を導き出します。その際、光の通ってきた経路の情報を元に、同時に存在するエアロゾルの存在量に関する情報も合わせて取得できます。

このような地上観測では、衛星観測の場合と比べて、エアロゾルの影響や、NO2の高度分布などを正確に把握することが可能となり、より多くの情報量を加味して「対流圏NO2カラム濃度」をより高い精度で決定することができます。

検証の結果、衛星データのほうが地上観測値と比べてNO2の量が3~5割低いことを見出しました(図2)。さらに詳しく調べたところ、その差が大きくなるのは、(1)大気中に共存するエアロゾル量(具体的には光学的厚さ)が大きいときや(図3a)、(2)NO2が高度1kmまでの地上付近に偏って分布しているとき(図3b)であることを見出しました。

また、最近の理論的な研究からは、NO2よりもエアロゾルがより上空まで拡散しているときに、衛星観測でプローブ光として用いる太陽の光が地表付近まで届かないことから、衛星観測が地表付近のNO2を見落としてしまう効果、言い換えれば、エアロゾルが地表付近のNO2を観測されないように覆い隠してしまう、いわば「シールド効果」が起きる可能性が予測されていました (図4) 。本研究は、このことを裏付ける観測結果が初めて得られた事例といえます。

今回の成果は、これまで衛星データに基づいて推計された窒素酸化物の発生量見積もりを上方修正する必要があることを意味しており、人間活動の地球環境への影響がこれまでの認識以上である可能性を示唆しています。また、衛星観測からのNO2導出においては、これまでエアロゾルを雲の一種のように扱ってきましたが、今後、精度を高めるには観測におけるエアロゾルの影響(光撹乱効果等)を適切に考慮する方法に改める必要があることが明らかになりました。

4.今後の展望

研究チームでは、MAX-DOAS観測網による地上観測を今後も継続し、全球地球観測システム(GEOSS)(※4)への貢献を続けるとともに、水平解像度が10キロメートルを切る、次世代型の高分解能衛星の検証にも役立てる計画です。また、エアロゾルを考慮した衛星データの新しい解析手法が開発された際には、そのプロダクトの検証としても再活用されます。NO2以外のガスの衛星観測(有機ガスであるホルムアルデヒド等)についても、同様のメカニズムによる過小評価が存在する可能性について検討を進めます。これらの活動を通して、大気組成の衛星観測データを改良し、広域での物質循環を定量的に把握するために使用できるようにすることを目指しています。観測データは下記のウェブサイトで公開されています。
http://ebcrpa.jamstec.go.jp/maxdoashp/

【用語解説】

※1 エアロゾル粒子:
大気中に浮遊する液体・固体状の粒子のこと。PM2.5はそのうちの2.5μmより小さいサイズの粒子の総称であり、紫外可視の波長域の光とよく相互作用する。

※2 MAX-DOAS:
Multi-Axis Differential Optical Absorption Spectroscopyの略。紫外域から可視域の太陽散乱光を複数の低仰角で測定し、対流圏中の微量ガスやエアロゾルをリモートセンシング観測する手法。

※3 OMI:
Ozone Monitoring Instrumentの略。2004年に打ち上げられた米国NASAの衛星Auraに搭載されているセンサ。オランダ、フィンランド、米国によって運用されている。地表や大気で散乱される太陽光の紫外可視領域を分光することで、NO2等の大気汚染物質のカラム濃度を測定出来る。空間分解能は、13kmx24km(直下視の場合)。

※4 全球地球観測システム(GEOSS):
GEOSSとは、国際的な連携によって、衛星、地上、海洋観測等の地球観測や情報システムを統合し、地球全体を対象 とした包括的かつ持続的な複数システムからなる全地球観測システムで、2005年から2015年の10年の計画で整備し、その先も継続する予定となっている。観測に関する国際的枠 組みであるGEO(地球観測に関する政府間会合)として、日本(文部科学省)や米国、EU、中国、インドなど多くの国がメンバーとなり活動を推進する他、77機関が活動に参加している。MAX-DOAS装置による観測はGEOSS10年計画の一部として、JAMSTECが、文部科学省・地球観測システム構築推進プラン 「地上からの分光法による対流圏中のガス・エアロゾル同時立体観測網の構築」として実施。

図1

図1. 衛星観測からみた東アジアでの対流圏NO2量の変化。過去約15年で中国上空では3倍にも増加し、巨大な発生源に変化したとみられている。しかしながらその絶対量に関する信頼性は低かった。

図2

図2. 6地点における衛星によるNO2カラム濃度(紫)と地上からの検証観測データ(赤)との時系列比較。衛星データが系統的に低い傾向がある。

図3

図3. OMI衛星の値が地上からの計測による真値より低くなる(縦軸に示した比の値が1より系統的に低くなる、赤矢印)のは、(左)エアロゾルの光学的厚さが大きいとき、(右)NO2が地表付近1km以内に偏在する場合であることがわかった。

図4

図4. PM2.5の共存による「シールド効果」の概念図。PM2.5の共存により太陽の光が地表付近まで深く入り込まず、衛星観測が地表付近のNO2を見逃す。

参考1

参考1. MAX-DOAS法による地上からのリモートセンシングの原理。

参考2

参考2.(上)JAMSTECが展開するMAX-DOAS観測網の地点。(下)これまでに得られている各地点での対流圏NO2カラム濃度の時間変化。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野 分野長代理 金谷 有剛
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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