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2014年 10月 14日
独立行政法人海洋研究開発機構

ゴエモンコシオリエビは胸毛のバクテリアを食す
~深海動物と外部共生菌の見えざる関係性を世界で初めて科学的に実証~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)深海・地殻内生物圏研究分野の和辻智郎研究員らの研究グループは、沖縄トラフの深海熱水噴出孔の周囲一面に生息するゴエモンコシオリエビ(学名:Shinkaia crosnieri)が、自身の体毛に付着する化学合成バクテリアを食べて栄養とする直接的な証拠を得ることに成功しました。

これまでにも世界の深海熱水噴出域で化学合成バクテリアを体に付着させている深海動物が数多く発見されてきましたが、いずれの場合もその付着したバクテリアの役割、特に宿主動物(共生する相手の生物)の栄養源になっていることを明確に証明するには至っていませんでした。そのため、付着した化学合成バクテリアが宿主動物の栄養源であることを実証した今回の研究成果は、深海における付着バクテリアと宿主動物の共生関係を理解する上で大きな貢献を果たすことが期待されます。

 本成果は、The ISME Journalに10月14日付け(日本時間)でオンライン掲載される予定です。

タイトル:Molecular evidence of digestion and absorption of epibiotic bacterial community by deep-sea crab Shinkaia crosnieri
著者名:和辻智郎 1*, 山本麻未1, 2, 元木香織1, 2, 上田賢志2, 羽田枝美1, 高木善弘1, 川口慎介1 ,高井研1
1.海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究分野、2.日本大学 生物資源科学部 生命科学研究所

2.背景

光の届かない深海は微生物と動物の世界であり、海洋の95%を占めています。この深海の熱水噴出域を主な生息場所とする動物の中には、微生物と共生関係を築くものが存在し、宿主動物における共生菌の存在場所の違いから内部共生と外部共生に分けられます。内部共生菌は宿主動物の細胞内に局在するのに対し、外部共生菌は宿主動物の体表に付着して存在しており、外部共生を行う主な深海動物として東太平洋海膨の熱水噴出域に生息するゴカイ(Alvinella pompejana)や大西洋中央海嶺の熱水噴出域に生息するエビ(Rimicaris exoculata)、太平洋南極海嶺の熱水噴出域に生息するカニ(Kiwa hirsuta)や沖縄トラフの熱水噴出域に生息するゴエモンコシオリエビなどが知られています。外部共生菌は宿主動物の特定の場所に付着しており、例えばA. pompejanaは背中にある剛毛、R. exoculataは頭部の殻の内側、そしてK. hirsutaはハサミに生える剛毛に付着しています(Cary et al 1997, Goffredi et al 2008, Polz et al 1998, Watsuji et al 2010)。

共生菌の役割に関する研究は、1980年代からアメリカの研究者によって主に内部共生菌を対象として進められ、内部共生菌の役割が宿主動物の栄養源であることが解明されました。内部共生菌を宿すチューブワームを例に挙げると、チューブワームは炭素固定(生物が二酸化炭素CO2を吸収して有機化合物に転化すること)を行う硫黄酸化細菌を内部共生菌として宿していたこととチューブワームには口や消化管がないことから総合的に判断して、内部共生する硫黄酸化細菌は熱水に含まれる硫化水素をエネルギー源として増殖し、チューブワームはその内部共生菌から栄養を貰っていると結論付けられました(Cavanaugh et al 1981, Fisher et al 1989)。

一方で、外部共生菌の役割も宿主の栄養源であると推測され、1980年代から深海研究の先進国であるアメリカやフランスの研究者によって研究されてきましたが、あることが原因で実験的に証明することができませんでした。その原因とは「深海外部共生動物の生け捕りが極めて難しいこと」であり、このため宿主動物に外部共生菌を食べさせるという実験を行うことができませんでした。このような実験が必要になる理由は、チューブワームは口や消化管を持たないため、状況から判断して宿主は内部共生菌から栄養を摂取することが明らかでしたが、外部共生菌を宿す深海外部共生動物は口や消化管をもつため、外部共生菌が宿主の栄養源であるかを判断できなかったからです。そのため、外部共生研究にブレークスルーをもたらすには宿主動物が外部共生細菌をエサとして食べることを実験的に証明しなければならないというのが世界の共通認識でした(Goffredi 2010)。

そこで、本研究グループでは、捕獲における深海動物の死亡原因が、水圧の低下に伴う体液中の溶存気体の気泡化(潜水病)であると想定して気泡化を防ぐ捕獲方法を開発しました。その結果、ゴエモンコシオリエビを生かして捕獲することに成功し、外部共生研究に生きた宿主動物を用いることを初めて可能にしました。そして、生きたゴエモンコシオリエビを用いたトレーサー実験(指標となる物質を体内に取り込ませて、その挙動を追跡する実験)を行った結果、13Cで目印をつけた二酸化炭素やメタンが、外部共生菌だけでなく、宿主の筋肉にも取り込まれることが確かめられました。このことは、ゴエモンコシオリエビが化学合成細菌とメタン酸化細菌から栄養をもらっていること、そして外部共生菌として化学合成細菌とメタン酸化細菌が存在することを示すものです。つまり、ゴエモンコシオリエビは外部共生菌に属する化学合成細菌とメタン酸化細菌から栄養をもらっていることを、間接的ではありますがついに示すことができました(Watsuji et al 2010)。また、ゴエモンコシオリエビは手のような器官(顎脚)で外部共生菌が付着した毛をこそいで口に運ぶという摂餌行動のような動作を頻繁に行うことから、ゴエモンコシオリエビは外部共生菌を経口摂取することで栄養を得ていると予想されました(Watsuji et al 2010)。

しかしながら、外部共生菌から栄養を得て生活しているという直接的証拠を得るには至っておらず、また、ゴエモンコシオリエビは腸内細菌も保有するため、ゴエモンコシオリエビは外部共生菌以外の腸内の硫黄酸化細菌やメタン酸化細菌から栄養を得ている可能性もありました。これまでの研究成果を踏まえて、研究グループでは「ゴエモンコシオリエビが外部共生菌を経口摂取し、栄養源として外部共生菌の消化と吸収を行う」ことを証明する実験をデザインし、世界で初となる深海における外部共生関係の実証を目指しました。

3.成果

本研究では、まず、ゴエモンコシオリエビの毛が蛍光顕微鏡観察下で自家蛍光を有する特徴を利用して、解剖したゴエモンコシオリエビの腸管を顕微鏡で観察しました。その結果、観察したほとんどの腸内に毛が摂取されていることが分かりました(図1)。また、生きたゴエモンコシオリエビの外部共生菌を色素で染めてから24時間後に、その色素の追跡実験を行うと、ゴエモンコシオリエビの腸内に色素が取り込まれることが分かりました(図2)。これらの結果から、ゴエモンコシオリエビは外部共生菌を経口摂取する直接的な証拠が得られました。また、腸をすり潰した抽出液に消化酵素の活性や外部共生菌の消化能力があることが確認されため、ゴエモンコシオリエビは経口摂取した外部共生菌を消化することも示唆されました(図3,4)。

次に「ゴエモンコシオリエビは外部共生菌から栄養を得ている」ことを証明するための実験を行いました。ゴエモンコシオリエビは硫黄酸化細菌とメタン酸化細菌から栄養を得ていることから、腸内のバクテリアに硫黄やメタンの酸化活性(※1)があるかどうかを調べました。腸をすり潰した抽出液にそれらの酸化活性が認められなかったことから、腸内細菌が栄養源である可能性はほとんどないことが分かりました(図5)。また、活性測定の結果は、腸内に摂取されたはずの外部共生菌も活性をほとんど失っていることを示しており、摂取された外部共生菌は消化されていると考えられました(図5)。また、生きたゴエモンコシオリエビおよび解剖して取り出した腸に13Cで目印をつけた二酸化炭素を与えて、13Cの取込み量(炭素固定量)を調べた結果(図6)、腸内のバクテリアには宿主に栄養を与えるほどの炭素固定能力がないことが分かりました。一方で、外部共生菌の炭素固定量は宿主が受け取ったものより40倍以上高いことが示され、外部共生菌だけが宿主の栄養源になり得ることが分かりました。

本研究におけるすべての実験結果から、ゴエモンコシオリエビは顎脚を用いて外部共生菌を経口摂取し、消化器官での外部共生菌の消化の過程を経て栄養を獲得する、すなわちゴエモンコシオリエビは胸毛に付着したバクテリアを自らこそいで食べて生きているという直接的な結論が導かれました。本研究は深海動物と外部共生菌の栄養的な共生関係を明確に示す初めての成果となります。

4.今後の展望

今回、ゴエモンコシオリエビを用いて宿主動物が外部共生菌を栄養源にすることを明らかにしましたが、宿主動物は栄養源となる外部共生菌を積極的に育てているかどうかは分かっていません。ただし、コスタリカ沖の深海冷湧水域に生息するカニで、腕の毛に外部共生菌を付着させるKiwa puravidaが現場環境で腕を振る動きをすることから、宿主動物は外部共生菌の生育に必要となる硫化水素やメタンなどのエネルギー源を与えて外部共生菌を育てていると考えられています(Yong 2011)。我々人間は食料となる作物や家畜を育てることから、その行動を当たり前のことと感じますが、人間以外の動物で自身の食べ物を育てるという行動は非常に珍しいと言えます。そのため、今後はゴエモンコシオリエビを用いて、宿主動物が外部共生菌を育てていることを実験的に証明していく予定です。

※1 酸化活性:硫化水素やメタンの酸化活性を測定することにより、腸内に硫黄酸化細菌やメタン酸化細菌がどの程度存在するかを確認することができる。

ゴエモンコシオリエビ
ゴエモンコシオリエビ

深海の熱水噴出孔域に住む甲殻類の一種。ヤドカリに近い種で体表に多数の毛が生えている。体長は5㎝程度。

図1

図1 ゴエモンコシオリエビの毛の光学顕微鏡写真(a)と、蛍光顕微鏡写真(b) 腸内で見つかった毛の光学顕微鏡写真(c)と、蛍光顕微鏡写真(d)

図2

図2 色素追跡実験後の腸管観察
(a)外部共生菌を色素で染めた個体の腸管内
(b)色素で染めなかった個体の腸管内

図3

図3 腸の破砕物を含む緩衝液に浸ける前の毛(a)と3日間浸けた後の毛(b) 緩衝液に浸ける前の毛(c)と3日間浸けた後の毛(d)

図4

図4 腸をすり潰した抽出液のタンパク質量当たりの酵素活性

図5

図5 腸内細菌及び外部共生菌による酸化活性

図6

図6 各組織(毛、筋肉、腸)における13Cの取込み量

参考文献

Cary SC, Cottrell MT, Stein JL, Camacho F, Desbruyeres D (1997). Molecular identification and localization of filamentous symbiotic bacteria associated with the hydrothermal vent annelid Alvinella pompejana. Appl Environ Microbiol 63: 1124-1130.

Cavanaugh CM, Gardiner SL, Jones ML, Jannasch HW, Waterbury JB (1981). Prokaryotic cells in the hydrothermal vent tube worm Riftia pachyptila: possible chemoautotrophic symbionts. Science 213: 340-342.

Fisher CR, Childress JJ, Minnich E (1989). Autotrophic carbon fixation by the chemoautotrophic symbionts of Riftia pachyptila. The Biological Bulletin 177: 372-385.

Goffredi SK, Jones WJ, Erhlich H, Springer A, Vrijenhoek RC (2008). Epibiotic bacteria associated with the recently discovered Yeti crab, Kiwa hirsuta. Environ Microbiol 10: 2623-2634.

Goffredi SK (2010). Indigenous ectosymbiotic bacteria associated with diverse hydrothermal vent invertebrates. Environ Microbiol Rep 2: 479-488.

Polz MF, Robinson JJ, Cavanaugh CM, Van Dover CL (1998). Trophic ecology of massive shrimp aggregations at a Mid-Atlantic Ridge hydrothermal vent site. Limnology and Oceanography 43: 1631-1638.

Watsuji T, Nakagawa S, Tsuchida S, Toki T, Hirota A, Tsunogai U et al (2010). Diversity and function of epibiotic microbial communities on the galatheid crab, Shinkaia crosnieri. Microb Environ 25: 288-294.

Yong E (2011). Yeti crab grows its own food. nature doi:10.1038/nature.2011.9537.

【参考映像】ゴエモンコシオリエビの食事風景

【参考映像】「ハイパードルフィン」が撮影した深海のゴエモンコシオリエビ

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
深海・地殻内生物圏研究領域 研究員 和辻 智郎
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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