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2014年 12月 15日
独立行政法人海洋研究開発機構

北西太平洋の微小な渦が海洋循環へ与える影響を解明
~「地球シミュレータ」による高解像度シミュレーションの結果から~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの佐々木英治主任研究員、地球環境観測研究開発センターの笹井義一主任研究員らは、海洋で発生する微小な渦や筋状の流れのような構造の、1~50㎞規模の小さなスケールの現象(サブメソスケール現象)が海洋循環に及ぼす影響を調べるため、JAMSTECが所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて高解像度海洋モデル(※1)による北太平洋の数値実験を行いました。その結果、北西太平洋の黒潮続流(黒潮が日本南岸を通過し、さらに東に流れる海流)の周辺で、冬季に海洋表面に生じる混合層(※2)が厚くなり、その混合層内でサブメソスケール現象が活発化すること、また、よりスケールの大きい100~300km規模の現象(メソスケール現象)である中規模渦(※3)に運動エネルギーが遷移し、この中規模渦を活性化させることで海洋循環の季節変動に大きな影響を及ぼしていることを世界で初めて明らかにしました。

海洋における中規模渦の活動は、地球規模の熱循環、海洋生態系やCO2などの物質循環に大きな役割を担っていますが、これまでは微小渦などと中規模渦が具体的にどのような関係性を有するのか明らかにされてきませんでした。

本成果により、微小渦が中規模渦の発生に多大な影響を及ぼすことが明らかになったことから、今後高解像度海洋モデルで全球規模の再現実験を行うことにより、地球温暖化による海面水温の上昇が渦の挙動に与える影響、ひいては海洋循環への影響についてさらなる解明が進むものと期待されます。また、今後10年の間に打ち上げ予定の地球観測衛星がもたらす高解像度の海面高度データ(※4)は、全球レベルで中規模渦、微小渦の詳細な空間分布、季節変動を捉えることが期待されており、この観測データを用いて本研究で得られた数値実験結果についても検証する予定です。

なお、本研究は文部科学省科研費22106006(新学術領域研究領域提案型)、日本学術振興会科研費25400473(基盤研究(C))、海洋研究開発機構とフランス国立海洋開発研究所(IFREMER)との国際共同研究の一環として実施したものです。また、本成果はネイチャー・コミュニケーションズ誌に12月15日付(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Impact of oceanic scale-interactions on the seasonal modulation of ocean dynamics by the atmosphere
著者:佐々木 英治1、Patrice Klein2、Bo Qiu3、笹井 義一4
1. 独立行政法人 海洋研究開発機構 アプリケーションラボ
2. フランス国立海洋開発研究所(IFREMER)Laboratoire de Physiquue des Oceans
3. ハワイ大学 Department of Oceanography
4. 独立行政法人 海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター

2.背景

海洋では、黒潮などの強い海流の周辺に直径が100km〜300kmの中規模渦が数多く分布し、その渦は海流と共に海洋生態系を含む物質および熱を輸送するため、全球規模の熱輸送や水産資源に大きな役割を担っていることが知られています。

一方、地球観測衛星で撮影される画像(※5図1)は、この中規模渦に加えて、渦どうしが互いに干渉してできた幅の狭い筋状構造の流れや、さらに微小渦など1−50kmスケール程度の規模の小さな現象が世界中の様々な海域で捉えられており、これらの現象を総称して「サブメソスケール現象」と呼んでいます。しかし、衛星画像は雲の影響で鮮明に観測される頻度は少なく、また画像データは、現象の力学的な解析に適しません。また、スケールが小さく、数日で激しく変動するサブメソスケール現象の三次元構造を、船舶やブイによる海洋の現場観測で詳細に捉えることは非常に困難です。

近年、このサブメソスケール現象の基礎研究が進み、その特性として、大気が海洋を冷却する冬季に厚くなる混合層内で活発化し、その挙動には鉛直流(海面から海底方向の垂直な流れ)を伴うことがわかってきました。このことから、微小渦が垂直方向に海水をかき混ぜることによって、海洋表層と海洋内部との熱交換、プランクトンやCO2などの物質循環が起きるなど、海洋循環にサブメソスケール現象が大きな役割を担っていると考えられ始め、その実証が求められるようになりました。

ところが前述のようにサブメソスケール現象の現場観測は困難であり、また数値シミュレーションによるサブメソスケール現象の再現実験では、計算機性能等の制約から小さな領域に限定され、海洋の広い範囲に分布している中規模渦や黒潮などの大規模循環場と微小渦を同時に再現する領域の大きな高解像度シミュレーションはこれまで行われておらず、規模の違う様々な現象が具体的にどのように影響し合うのかについてはこれまで明らかにされていませんでした。

3.成果

そこで、JAMSTECを中心とする共同研究チームでは、JAMSTECが所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で海洋モデルOFES(※6)を用い、従来の10kmメッシュよりもさらに高解像度の3kmメッシュ(水平解像度1/30度)で、北太平洋を対象にサブメソスケール現象(微小渦や筋状構造)とメソスケール現象(中規模渦)、黒潮などの大規模循環場を同時に再現する数値実験を行い2001年1月~2002年12月の実験結果を解析しました。

その結果、これまでの研究から予想されていた通り、大気が海洋を冷却する冬季に黒潮続流の周辺の広い海域で混合層が厚くなり、その混合層の内部で微小渦や筋状構造の小さなサブメソスケール現象が活発になる一方、大気が海洋を暖める夏季には混合層が浅くなりサブメソスケール現象が穏やかになる季節変動が精度よく再現されました(図2図3)。

この実験結果から、サブメソスケール現象の活発度の季節変動を海面流速の回転運動の強さを指標として調べた場合、混合層が深くなる冬季に大きく、夏季に小さくなっていました(図4黒線)。また、この季節変動は実験結果の海面高度から推定した流速の回転運動の強さ(図4赤線)とも良く一致し、高精度の海面高度からサブメソスケールの季節変動を診断できることが裏付けられました。

また、これまでの研究からサブメソスケールの微小渦や筋状構造は、互いに干渉して結合、分離、または自然に減衰することで、中規模渦等周辺の大小の様々な渦と複雑に相互作用をしていると推測されてきましたが、今回、スケールごとの渦の挙動(ふるまい)を詳細に解析しました。その結果、冬季の厚い混合層内で活発になった25km~100km規模のサブメソスケール現象の運動エネルギーが、メソスケール現象(中規模渦)を含むより大きなスケールに遷移し、それらの活動を活性化させていることがわかりました。一方で、半径が25km未満のごく小さな渦や筋状構造については運動エネルギーが周囲の渦に遷移することなく(大きな渦に取り込まれることなく)消滅します(図5図6)。また、小さな渦から大きな渦への遷移は、晩冬から数ヶ月におよび継続し、メソスケールの大きな現象の活動度に季節変動をもたらしていることも判明しました(図7)。

以上の数値計算の解析結果から、サブメソスケールの微小渦や筋状構造は冬季に活発になり、その後数ヶ月におよび規模の大きな他の渦にゆっくりかつ多大な影響を及ぼし、その発生や挙動を大きく左右することが明らかになりました。

4.今後の展望

本研究の数値計算で明らかになったサブメソスケール現象を伴う季節変動とスケール間相互作用については、今後10年の間に打ち上げが予定されている地球観測衛星(NASA, CNES によるSWOT:The Surface Water Ocean Topographyミッションなど)で得られる高解像度海面高度データによって、観測面からも裏付けられることが期待されています。現在の衛星による海面高度観測は、100km〜300kmの中規模渦を捉えられる精度ですが、新たな地球観測衛星では50㎞規模より小さなサブメソスケール現象を捉えられることが可能な高解像度(解像度5km以下)で全球の海面高度データが観測され、サブメソスケール現象から海流などの大循環場まで幅広い様々のスケールの現象が全球規模で長期かつ連続に観測することができます。その観測結果を用いると、北太平洋と季節変動に注目した本研究の結果を裏付けるだけでなく、今回のような全球規模の季節変動に加え、10年、20年といった長期間に亘る年毎の変動(年々変動)も踏まえた研究に発展する可能性があります。

また、本研究で得られた数値実験の結果を検証することが可能となることで、さまざまなスケールの海洋渦のメカニズムが全球規模で実証できれば、将来的に気候変動モデルのさらなる精緻化にも貢献するものと考えられます。

一方、近年問題となっている温暖化の影響も注視されます。すなわち温暖化による海面水温の上昇がサブメソスケール現象の挙動を変調させ、メソスケール現象の挙動にも影響を与えることで、全球規模の熱輸送やCO2を含む物質循環に影響を及ぼす可能性があり、この点についても今後、数値実験で検証していく必要があります。

さらに、海洋生態系モデルを用いて、サブメソスケール現象が植物プランクトンなどの生態系に及ぼす影響についても明らかにしていく予定です。

※1
高解像度海洋モデル:海洋の流速、水温、塩分の循環場変動を物理法則および経験式に基づいて計算機で実行するプログラム一式が海洋モデルである。本研究では、北太平洋を対象として、黒潮や親潮の海流、その周囲で活発な中規模渦(100〜300km)、さらに小さな微小渦や筋状構造(数km〜数10km)を同時に現実的に数値計算するために、水平解像度がおよそ3kmの「高解像度海洋モデル」を用いた。計算格子点数が15億と膨大であり、数年間の変動を詳細に再現する必要があるために膨大な計算量が必要であるが、JAMSTECの地球シミュレータを利用して、この先駆的な数値実験を実施することができた。
※2
混合層:海面付近で深さ方向に密度がほぼ一様の層。冬季では大気が海洋を冷やし、海上風が海洋をかき混ぜるため、混合層が深くなる。一方、夏季では、大気が海洋を暖めるため、海面の暖かい密度一様の混合層は薄くなる。
※3
中規模渦:海洋の海流の周囲で活発な直径が100〜300kmの渦。大気の高気圧、低気圧に相当する海洋の渦現象で、全球海洋の様々な海域に分布しているが、特に黒潮などの強い海流の海域で活発である。中規模渦の移動によって、熱や物質(海洋生態系の物質、CO2など)を輸送するため、海洋の循環場だけでなく、熱や物質の輸送に重要な役割を担っている。
※4
海面高度データ:地球観測衛星の直下から電波を発射、その電波が海面に反射して戻ってくる伝達時間で衛星と海面の距離を推定し、海面の凹凸である海面高度データが観測される。海面高度データから海面の水平圧力傾度が得られ、運動方程式でコリオリ力と水平圧力勾配がバランスする地衡流平衡の仮定で海面流速を診断的に推定することができるため、衛星観測で得られる全球の海面高度データは非常に有用である。現在は、衛星直下の幅の狭い電波で線状に海面高度を観測、その水平解像度は約100kmである。一方、今後10年の間に打ち上げが予定されている地球観測衛星(SWOTミッション(NASA, CNES): https://swot.jpl.nasa.gov/, http://smsc.cnes.fr/SWOT/、 など)では、衛星の離れた位置に搭載された2つの電波で計測される距離差で百数十km幅の広い帯状の海面高度を観測、数kmの解像度で全球の海面高度データが観測される予定となっている。
※5
衛星画像:地球観測衛星に搭載されている光学センサーで海面の色を観測した画像。日本近海だけでなく、世界中の海洋で中規模渦だけでなく小さな微小渦や筋状構造が観測されている(図1)。
※6
OFES(Ocean General Circulation Model for the Earth Simulator)
米国の地球流体研究所が開発した海洋モデルMOM3を、地球シミュレータで効率よく高速に実行できるように、プログラムを最適化した海洋モデル。
図1

図1.地球観測衛星が観測した三陸沖(左:画像提供 JAXA)とタスマニア周辺(右:NASA MODIS 海色画像集より)の海面の植物プランクトン分布。100-300kmスケールの中規模渦とその周囲に数10kmスケールの筋状構造が観測されている。

図2

図2.北西太平洋における冬季(2002年3月15日)と夏季(2002年9月15日)の海面流速の回転運動の大きさ(暖色は時計回りの暖かい渦、寒色は反時計回りの冷たい渦)と、東経155度の鉛直流速(色)と密度(コンター)の南北断面(右)。日本南岸から太平洋を東に流れる黒潮続流の周辺で、冬季は、数km~50kmの微小渦、筋状構造が活発になっている(左上図)が、夏季は100km~300kmの中規模渦の活動が活発(左下図)になっている。また、冬季には、水平スケールが数km~50kmの強い鉛直流が混合層(表層200~300mの密度一様の層)内に見られる(右上図)が、夏季は混合層が薄く鉛直流は弱い(右下図)。

図3

図3.冬季と夏季の混合層の厚さ変化と渦のふるまいを示した概念図。暖かい渦(赤色)は時計回りの高気圧性渦、冷たい渦(青色)は反時計回りの低気圧性渦を示す。(左)冬季は大気がより低温で海洋を冷却、さらに活発な低気圧による強い海上風が海洋を撹拌することで、海面付近の密度が一様の混合層が厚くなるが、(右)夏季は風が穏やかで太陽日射が強く混合層は浅くなる。サブメソスケール現象(微小渦や筋状構造)は、(左)冬季に深い混合層で活発になる一方、(右)混合層が浅い夏季には穏やかになる。冬季から夏季に季節が進む時、サブメソスケールからメソスケールに運動エネルギーが遷移して、活発な現象のスケールが徐々に大きくなる。

図4

図4.(上図)北西太平洋(東経140度から西経165度、北緯20度から43度)の2001年1月から2002年12月までの海面流速の回転運動の大きさ(黒)、海面高度から推定した流速の回転運動の大きさ(赤)、混合層の厚さ(青)。混合層が厚い冬季に流速の回転運動は増加、サブメソスケール現象が活発化、混合層が浅くなると徐々に減衰する。海面高度から推定した流速の回転運動は、サブメソスケール現象の季節変動を良い精度で推定している。(下図)海面流速のスケール毎の大きさ(波数スペクトル分布)は、海面流速(黒)と海面高度から推定した流速(赤)が幅広いスケール(20-30kmから1,000km)で良く一致している。

図5

図5.(左図)位置エネルギーから運動エネルギーに変換するエネルギーのスケール毎の大きさ(スペクトル分布)。30kmのサブメソスケールに対応する大きさで冬季(黒線)に大きなエネルギーの変換が起きている。(右図)スケール間の運動エネルギーの遷移。負の値は小さなスケールから大きなスケールにエネルギーが逆遷移(左向き矢印)していること示す。冬季(黒線)には25kmより大きな幅広いスケールの範囲でエネルギーの逆遷移が起きていて、100kmスケール以下のサブメソスケール現象からメソスケール現象に大きなエネルギー遷移が起きている。一方、25kmより小さなスケールの正の値は、エネルギーが小さなスケールに遷移(右向き矢印)していることを示し、非常に小さなスケールの現象は減衰している。

図6

図6.「地球シミュレータ」による高解像度シミュレーションの海面流速の回転運動の大きさ(暖色は時計回りの暖かい渦、寒色は反時計回りの冷たい渦)を拡大したもの。2002年2月~4月にかけて、微小渦(桃色矢印)から中規模渦に発達し、微小渦(黄色矢印)を取り込み、運動エネルギーが大きなスケールに取り込まれる様子がよく表現されている。一方、微小渦の中には(緑色矢印)は、発生しても短期間で消滅してしまう渦もある。

図7

図7.2001年1月から2002年12月までの運動エネルギーの変動。冬季に大きく、夏季に小さな季節変動をしており、サブメソスケールから中規模渦の幅広いスケールの運動エネルギーは(黒線)、冬季に夏季の約2倍になっている。また、各スケールの運動エネルギーの最大の時期は約1ヶ月ずつずれており、小さなスケールから大きなスケールへのエネルギーの逆遷移が晩冬から数ヶ月におよび緩やかに進んでいることがわかる。

【参考映像】「地球シミュレータ」が再現した北西太平洋の微小な渦の変動

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ 主任研究員 佐々木 英治
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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