2015年 1月 29日
独立行政法人海洋研究開発機構
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地震津波海域観測研究開発センターの利根川貴志研究員らは、南海トラフ付近に稠密に展開されたハイドロフォン(水中の音波を高感度で検知する装置)のデータに地震波干渉法(※1)という手法を適用し、音響レーリー波(※2)という波動によって沈み込み帯付近の海洋–地殻が常に振動していることを世界で初めて発見しました。また、その音響レーリー波が強く進む方向と発生場所を調べると、南海トラフで地震がたくさん起きている領域から射出されており、地震が音響レーリー波を発生させていることを示す強い証拠も発見しました。
我々が棲む地球は、大気や海洋の擾乱により、常に振動していることが知られています(「常時振動」)。これは流体の擾乱によって常に固体(地球)をたたくことで生じるものです。但し、この現象は、振動の周期が長く、非常にゆっくりと動くため、我々が感じることはありません。
これまでの研究では、このような振動は、地震のように発生直後のみ単発的に起こる振動とは性質の異なる現象であると考えられており、地震は常時振動の要因にはなり得ないと考えられていました。しかし、本研究で地震が数多く起きている領域が音響レーリー波の発生源となっているという観測事実が示されたことに加え、数値シミュレーションによっても、地震が音響レーリー波を励起することが明らかになったことから、研究チームは沈み込み帯近傍で小さな地震が断続的に起きることで音響レーリー波を励起し、その波動の継続によって海洋–地殻が常に振動していると結論づけました。
この地球の「常時振動」という現象は、地震が起きていなくても観測されるため、地球だけではなく金星や火星など惑星内部の構造調査を行う上で有力な観測手段として今後の研究の進展が期待されています。本成果で新しく発見された常時振動も、沈み込み帯近傍の地震波速度構造の探査や地殻活動のモニタリングの調査に重要な役割を果たすものと期待されます。
本成果は、英科学誌「Nature Communications」電子版に1月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。
タイトル:Ambient seafloor noise excited by earthquakes in the Nankai subduction zone
著者:利根川貴志1、深尾良夫1、高橋努1、尾鼻浩一郎1、小平秀一1、金田義行2
1. 独立行政法人 海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター、2. 名古屋大学 減災連携研究センター
2.背景
地球には大気や海洋、それから岩石で構成される固体地球が存在します。地球は常に静止しているわけではなく、それらの相互作用によって様々な場所が振動していることが知られています。最もよく知られた例では、地震が起こると、その地震によって引き起こされた地震波が地球上を伝わって固体地球だけでなく、大気や海洋も振動させます。その地震の規模が大きければ大きいほど、地震波は地球全体を長い時間揺すり続けます。しかし、地震の場合は、このような振動が確認されるのは地震が起きた直後に限られます。
その一方で、地震が起きていないときはどうかというと、このときは、大気や海の波によって固体地球が常に揺すられていることが知られており、この現象は「常時地球自由振動」や「脈動」と呼ばれています(図1)。それぞれの振動の周期は常時地球自由振動が数百秒、脈動が5–15秒程度で、周期が長ければ長いほど地球の深部までその振動のエネルギーが伝わります。そのため、これらの振動を解析することで、地球や惑星の内部構造を調査することが可能となります。その一方で、周期が短ければ短いほど、より浅部の内部構造を詳細に調べることができます。しかし、これまでの研究では、脈動よりも短い周期帯では常時振動は見つかっていませんでした。また、このような常時振動について、地震は単発的な振動であり、発生間隔も不規則であることから、その励起源となるとは考えられていませんでした。
脈動という振動現象は1950年代から、常時地球自由振動は1998年に日本の研究者によって発見されて以来、その詳細が丹念に調べられてきました。また、2003年に海外の研究者によって、地震観測データのノイズの部分を使用して常時振動の性質を調べることができる地震波干渉法という新しい手法が開発されました。それ以降、この手法を用いた研究が数多く行われ、常時振動に関する知見はそれまで以上に飛躍的に増大しました。しかし、これまでの地震波干渉法を用いた研究の多くが陸上に設置された地震計のデータを用いたもので、海底に設置された地震観測機器のデータのノイズについてはあまり研究が進んでいませんでした。
3.成果
そこで研究グループでは、2011年9月~12月に南海トラフ付近の海底に設置された約150観測点のハイドロフォンのデータに地震波干渉法を適用し、常時振動の存在を探しました。このハイドロフォンは、文部科学省の受託研究「東海・東南海・南海地震の連動性評価のために調査観測・研究」プロジェクト(※3)によって設置されたものです(図2)。
世界中の沈み込み帯でこれほど稠密に展開された観測網はほとんどなく、海溝やトラフ付近で観測されたノイズのデータに地震波干渉法を適用して常時振動の存在を調べたのは、本研究が世界で初めてです。
この結果、これまで知られていた常時振動よりも短い周期帯0.5–1.4秒において、音響レーリー波が常に伝播していることがわかりました(図3)。ハイドロフォンを設置していた3ヶ月間、この波動が観測できるかどうかを日ごとのデータを用いて解析した結果、毎日観測することができました。また、この波動がどの深さにエネルギーを持つかを理論的に計算した結果、海中と海底下の固体の両方にエネルギーを持つことがわかりました。これは、この波動が海特有の現象で、海中だけでなく海底下の固体も振動していることを示唆しています。
さらに、この波動が伝わる方向を調べた(図4)ところ、南海トラフの東側ではトラフ軸付近から北および南向きに波動が伝わっており、西側ではトラフ軸の北側では南北方向、トラフ軸の南側では南向きにのみ波動が伝わっていることがわかりました。この波動が進む方向とこの付近で発生している地震の震源分布を比較すると、地震がたくさん起きている場所から音響レーリー波が射出されていることがわかりました(東側ではトラフ付近の震源(図4のピンク色の●)から南北方向に射出、西側では紀伊半島付近の震源(図4の青色の●)から、北側では南北、南側では南向きに射出)。これは、地震が音響レーリー波を発生させていることを示唆しています。この音響レーリー波は、減衰しにくく伝播速度が遅いという性質があるため、小さな地震がたくさん起きることで定常的に音響レーリー波を存在させることができます。また、この地震が起きている場所は、JAMSTECが南海トラフ沿いに設置している地震・津波観測監視システム(DONET:※4)や海底地震計のデータを使用して決められたもので、非常に信頼性の高いものです。
そこで、研究チームでは地震が本当に音響レーリー波を発生させることができるのかどうかを調べるため、数値シミュレーションを行いました。数値シミュレーションでは、海底地形や海底下の地震波速度構造は現実のものに近い状況に設定し、地震が起きる場所も実際に起きている場所・深さに設定して計算を行いました。その結果、観測された音響レーリー波の到達時刻や顕著に進む方向を再現することに成功しました(図5)。
以上の結果から、沈み込み帯で起こるたくさんの小さな地震が音響レーリー波を励起し、その波動によって常に海中と海底下が振動していると結論づけました(図6)。これまでの研究では、常時振動を発生させる要因は流体のみと考えられてきましたが、本研究の結果から、地震もその要因となり得ることを明らかにしました。
4.今後の展望
今回の研究成果では、観測された地震波データの「ノイズ」としてこれまで見過ごされていた部分から音響レーリー波という重要な信号を発見しました。このように、観測データのノイズには様々な信号が含まれている可能性があります。特に海底で観測されるノイズの性質はまだよくわかっていないのが現状です。これらのノイズの性質の理解は常時振動という現象の理解につながるだけでなく、より精度の高い(信号が存在する)データを観測・取得するのに役立つ可能性もあることから、観測データのノイズの性質を明らかにすることは非常に重要です。
本研究では、南海トラフの沈み込み帯付近で、海洋–地殻を常に振動させる音響レーリー波の存在を発見しましたが、他の地震活動が活発な沈み込み帯でも、地震によって励起された音響レーリー波が卓越している可能性があります。今後、他地域でも同様の現象が観測されるのか、その普遍性を調べる必要があります。このような普遍性を調べることで、音響レーリー波が強く伝播している場所を避けて、自然地震や構造探査の質の良い観測データを取得するなど、今後の観測を効率よく進められる可能性があります。
さらに、観測された音響レーリー波は海底下の浅部の地震波速度構造に応じて、進む速さが大きく変化します。そのため、音響レーリー波の伝播速度を詳細に調べることで、浅部構造を明らかにすることができます。これは、海底に観測装置を設置するだけで地球内部の構造の調査が可能となるため、今後の海底観測の効率性や経済性の向上につながることも期待されています。また、DONETで取得されたデータでも音響レーリー波を観測することができるため、今後、この波動の進む速さをリアルタイムでモニタリングすることで、海底下に存在する流体の動きなども捕らえることができる可能性があります。そのため、沈み込み帯のダイナミクスの理解にもつながることが期待されています。
※1 地震波干渉法:地震学の分野で2003年に海外の研究者によって開発された、ノイズの中に埋もれている振幅の小さい波動を強調・抽出する手法。観測データは、振幅の大きな信号が確認できる部分とそれ以外の何も確認できない部分(ノイズ)に分けることができる。しかし、そのノイズの部分にも振幅の小さい波動が含まれている可能性があり、この手法を適用することで、2つの観測点の間を伝播する微細な波動を抽出することができる。
※2 音響レーリー波:海洋と地殻(海底下数 km 程度)にエネルギーを持つ(海洋と地殻で振幅が大きく、それより下のマントルでは振幅がない)波のことで、陸上では観測されず海域だけで観測される。卓越周期は0.2〜2秒程度。本研究では小さな地震によって励起されたものを発見したが、巨大地震によっても励起され、その場合は非常に長い距離を伝播する(約10,000 kmほど)。
※3 東海・東南海・南海地震の連動性評価のための調査観測・研究プロジェクト:南海トラフ全域について、沈み込むフィリピン海プレートの形状、プレート境界周辺の詳細構造を把握するため、平成20年度より大学や研究機関が文部科学省からの受託研究として、トラフ近傍で海底地震計を用いた構造探査、地震活動観測、反射法地震探査を実施するプロジェクト。
※4 地震津波観測監視システム(DONET):三重県尾鷲市古江町の陸上局から、紀伊半島の沖合約125km先まで、総延長約250kmに渡る基幹ケーブルをループ状に敷設し、途中5箇所の拡張用分岐装置に、それぞれ4つの観測点が接続された稠密な地震・津波観測監視システム。各観測点は、地震計や津波を検知する水圧計等で構成された観測装置ユニットで、水深約1,900mから4,300mの深海底に設置されている(現在、四国沖に同様のシステムDONET2を構築中)。観測装置には海底ケーブルを介して陸上から電力が供給され、観測装置からは海底の地震動、水圧変動等のデータがケーブル内の光ファイバーを通じてリアルタイムで陸上局へ送られており、従来の観測システムではなし得なかった深海底における多点同時かつリアルタイムの観測を行っている。観測装置からのリアルタイムデータは、陸上局から専用回線を通じて海洋研究開発機構横浜研究所や防災科学技術研究所、気象庁に配信されている。
図1 大気や海洋の流体の擾乱によって励起される常時振動(常時地球自由振動と脈動)。
図2 南海トラフ付近に設置されたハイドロフォンの分布(黄色△)。
図3 常時地球自由振動、脈動、音響レーリー波の卓越周期。
図4 地震波干渉法によって処理した波形による音響レーリー波の伝播方向。(上)測線A〜D(図2)を北側と南側に分け、8つの領域の観測点に対して地震波干渉法を適用した。(下)波動の伝播方向を示した図。正の時間は北向きの波動伝播を示し、負の時間は南向きの波動伝播を示す。図には1.5 km/sと0.9 km/sで伝播したときの線を示しており、観測された音響レーリー波はこの間の速度で伝播していることがわかる。測線A北では南北双方に波動が伝わっているが、測線C北・D北は北側に向かう波動が強い。測線A南・B南・C南では南側に向かう波動が強い。
図5 計算機シミュレーションの結果。(左)測線F(図2)の北側に観測点を設置し、地中に地震の震源を置いて、測線C北・D北の波動伝播を再現したもの。(右)測線C南・D南の波動伝播を再現したもの。
図6 (左)地震がたくさん起きている場所(水色)から音響レーリー波が発生している(ピンク色矢印)。(右)地中で起きた地震から地震波が発生し、それが海中と海底下にエネルギーを持つ音響レーリー波となって海洋–地殻を振動させる。