2015年 7月 30日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)大気海洋相互作用研究分野の久保田尚之研究員、東京大学先端科学技術研究センター(所長 西村 幸夫)気候変動科学分野の小坂優准教授、カルフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所の謝尚平教授の共同研究グループは、日本を含む東アジアから太平洋域の夏の天候の年々変動を広く特徴づける大気圧分布のパターンである「PJ(太平洋-日本)パターン」(※1)について、1897年-2013年までの過去117年間分の気象観測データを復元しPJパターン指標を再定義するとともに、東アジアの夏の気温、東南アジアの雨季の雨量、沖縄や台湾を通過する台風数、日本のコメの収穫量、長江の流量等との相関について長期解析を実施しました。
その結果、PJパターン指標とこれらの気候・農業・水文に関連する値との間には、相関の明瞭な時期と不明瞭な時期とが数十年周期で繰り返し訪れていることが明らかになりました。このことは、東アジアの夏の気候変動が数十年の周期で変調していることを示しています。また、PJパターンは前冬のエルニーニョ・南方振動(ENSO、※2)とも同じように数十年周期で相関が変調していることが本研究結果から明らかとなり、日本を含む東アジアの夏の季節予報を行う上で重要な示唆をもたらしました。本成果は、台風や猛暑・冷夏等、人々の生活や農業に大きな影響を及ぼす夏季の季節予報に大きく貢献するものと期待されます。
本成果は、英国気象学会の学術誌「International Journal of Climatology」に7月30日付け(日本時間)で掲載予定です。
なお、本研究の一部は、グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)、気候変動リスク情報創生プログラム、データ統合・解析システム(DIAS)、環境省 環境研究総合推進費(B-061および2-1503)、JSPS科研費(26220202, 25282085, 25287120, 23240122, 21684028, 20240075)の助成を受けたものです。
タイトル:A 117-year long index of the Pacific-Japan pattern with application to interdecadal variability
著者名:久保田尚之1, 小坂優2, 謝尚平3
所属:1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、2. 東京大学先端科学技術研究センター、3. カリフォルニア大学スクリプス海洋研究所
2.背景
ペルー沖で発生する「エルニーニョ現象」は、1万キロ以上も離れたインドネシア近海の海面水温や海面気圧とシーソーのような相関関係を持つことが知られています(エルニーニョ・南方振動(ENSO))。同様の相関関係は日本近海でも発見されており、「PJ(太平洋-日本)パターン」と呼ばれています。PJパターンは夏季におけるフィリピン近海の積乱雲活動の強さと日本近海の高気圧とが強い相関関係をもって変動する現象を言い、フィリピン近海の積乱雲が活発だと太平洋高気圧の日本付近への張り出しが強くなり(PJパターンが「正」)、逆にフィリピン近海の積乱雲活動が弱いと日本付近の太平洋高気圧が日本の南に留まり梅雨前線が停滞する(PJパターンが「負」)といった関係がみられ、PJパターンは日本の夏の天候に影響する主要因の一つとされています。
一方で、こうしたPJパターンに関する研究は、気象衛星や再解析データが普及した1970年代以降の観測データに基づくものがほとんどであり、100年を超える長期的な傾向についてはこれまで議論されてきませんでした。1970年以前は気象衛星による観測体制が整っていなかったため観測データが地上観測のみに限られており、さらには1950年代までの観測データは紙媒体で保管されていたうえに第2次世界大戦などの混乱で散逸してしまったことから、これまで利用されなかったためです。
そこで、本研究グループは、日本の気象庁をはじめ、フィリピン、台湾、上海、カナダの気象機関、さらにはハワイ大学、アメリカ議会図書館等から埋もれている気象資料を収集、電子化し、さらに現在の気象データとの比較に耐えうる品質かどうかのチェックを経て、解析に利用できるデータとして復元してきました。
こうして復元した1897年-2013年までの過去117年間の気象データをもとに、PJパターンと、エルニーニョ・南方振動(ENSO)、東アジアの夏の気温、東南アジアの雨季の雨量、沖縄や台湾を通過する台風数、日本のコメの収穫量、長江の流量等の各指標との相関について長期解析を実施しました。
3.成果
本解析では、復元した地上気圧データから、北側の横浜(日本近海)と南側の恒春(フィリピン近海)の2地点について夏季(6~8月)の気圧差を求め、これをPJパターンの新たな指標と定義しました(図1)。このPJパターン指標は、気圧差という簡便な定義にもかかわらず、PJパターンの空間構造とその時間的なふるまいを抽出することができており、その指標として適切であると言えます(主成分解析:※3)。
本研究結果によると、PJパターンが正(横浜の気圧が平年より高く恒春では低い)の年の夏は、日本、韓国、中国の長江流域で乾燥し、暑夏となり、フィリピン海の雨季の雨量が増える関係があります(図2)。一方、PJパターンが負(恒春の気圧が平年より高く横浜では低い)の年は、日本、韓国、中国の長江流域は冷夏・長雨の傾向が見られ、フィリピン海の雨量は減少する関係があります。更に、日本のコメの収穫量や長江の夏季流量といった気候・農業・水文に関するデータをPJパターン指標と比較すると、PJパターンが正の年は、日本のコメが多く採れ豊作になり、長江の夏季流量は少なくなりますが、PJパターンが負の年は、北日本の冷夏と日本のコメが凶作となった1993年や、長江の大洪水の1998年と対応しています(図3)。このように、PJパターンが日本を含む東アジア・東南アジアの天候だけでなく、農業や河川の流量など地域へ及ぼす影響との長期的な関連性について解析したのは、本研究が初めてです。さらに、エルニーニョ現象とPJパターンの振る舞いにも相関がみられ、1997年~98年に代表される強いエルニーニョ現象の翌夏は、PJパターンが負になっていることがわかりました(図3)。
一方、この相関関係について長期解析したところ、ENSOとPJパターンの関係は、1900年代から1910年代にかけてと、1930年代、1980年代以降について明瞭であるものの、、1940年代から1970年代は不明瞭であり、数十年周期で明瞭な時期と不明瞭な時期とを繰り返していることがわかりました(図4)。また、日本の夏の気温、日本のコメの収穫量、台湾や沖縄を通過する台風数とPJパターン指標との関係もまた、同様に明瞭、不明瞭な時期を数十年周期で繰り返していることがわかりました(図5)。このように変化が一方向でないことは、変調が地球温暖化に起因するのではなく、気候の自然変動に伴うことを示唆しています。1970年代後半以降はPJパターンに伴う大気海洋現象への影響が強く表れる時期にあると言え、日本の夏の季節予報はこのENSOとPJパターンとの関係に大きく依っています。近年ENSOとの相関が下がっており、夏の季節予測が困難な時代にさしかかっている可能性が本研究結果から示唆されました。
以上のように、これまで明らかにされていなかったPJパターンと大気海洋現象の相関関係についての長期的な傾向が、本研究における100年を超える長期観測データの復元によって初めて示されました。
4.今後の展望
本研究グループでは、これまでの研究で明らかになったフィリピンの台風や気圧データ(※4)と、現在解析を進めている日本列島に上陸する台風に関するデータを本研究結果と組み合わせることにより、北西太平洋沿岸地域の過去100年の気候の解明に取り組んでいきます。北西太平洋で発生する台風のほぼ7割がこのエリアを通るとされ、その長期変動を明らかにすることで、日本を含む東アジア・東南アジアに大きな影響を及ぼしてきた過去の大型台風襲来の周期性を明らかにし、さらには今後の予測に貢献するとともに、「地球温暖化の影響がすでに台風に現れているのか?」というIPCC(気候変動に関する政府間パネル)でも未だ結論が出ていない疑問に答えていきたいと考えています。
また、本研究で復元・整理された過去100年間を超える気象データは、地球温暖化予測等に用いられている気候モデルの再現性の検証に有効であるほか、木の年輪やサンゴの酸素同位体比から数百年前の気候を間接的に復元する等の古気候研究においても、そのデータの妥当性を確認するうえで役立つものと期待されます。
一方で、まだ手つかずとなっている東アジア、東南アジアの気象観測データについて、アジア各国の気象局や国際機関の協力を得ながら引き続き復元を進め、先人が観測してきた貴重な気象資料を活用する取り組みを続けていきます。
[用語解説]
※1 PJパターン:Pacfic-Japan(太平洋-日本)パターンの略称。夏にフィリピン海と本州付近で気圧のシーソー関係が年々変動として卓越することを1987年に故新田勍教授が発見しこのように名付けた。PJパターンが正の夏は、日本を含む東アジアが猛暑・空梅雨、東南アジアや熱帯西部太平洋域の夏季モンスーン(雨季)が活発になり、逆に負の夏は、日本で冷夏・多雨、東南アジアなどの雨季は不活発になる。
※2 エルニーニョ・南方振動(ENSO):赤道東太平洋域で海面水温が異常に高くなる現象をエルニーニョ現象、逆に低くなる現象をラニーニャ現象と呼ぶ。これらはその上にある大気の東西循環の強弱を伴う。これらを合わせてエルニーニョ・南方振動(El Niño-Southern Oscillation)という。ENSOが正の状態がエルニーニョ現象、負の状態がラニーニャ現象である。典型的には夏頃に発達し始め、12月頃に極大を迎えて翌夏を迎える前に終息する。
※3 主成分解析:指定した地域で典型的に見られる変動の空間構造とその時間的な振る舞いを抽出する統計解析手法。
※4 論文:アメリカ地球物理学会誌「Geophysical Research Letters」に2009年に掲載された論文。Kubota, H. and J. C. L. Chan, 2009: Interdecadal variability of tropical cyclone landfall in the Philippines from 1902 to 2005, Geophys. Res. Lett., 36, L12802, doi:10.1029/2009GL038108.
図1.衛星観測が整備された1979年以降の観測データに基づく夏(6-8月)の大気循環分布の主成分解析によって同定したPJパターンに伴う海面気圧の平年からのずれ。フィリピン近海の海面気圧が低く、日本近海の海面気圧が高い、典型的なPJパターンの「正」の構造を示している。本研究ではフィリピン近海の代表地点を台湾の恒春、日本近海の代表地点を横浜とし、PJパターン指標を下記の通り定義した。
PJパターン指標 =(横浜の6-8月平均気圧)-(恒春の6-8月平均気圧)
図2. 1977‐2012年についてPJパターン指標に回帰した夏(6-8月)の陸上気温・海面水温 (左図)、陸上雨量・海上雲量 (右図)の偏差(平年からのずれ)。PJパターンが「正」の場合(上段)及び「負」の場合(下段)。「正」のPJパターンのとき、日本付近の陸上気温や海面水温が高くなり(左上図)、また太平洋高気圧の張り出しが強くなって雨や雲が少なく晴れて乾燥し、フィリピン近海では積乱雲が活発化し雨量が多くなる(右上図)様子が表れている。「負」のPJパターンではこの逆となり、日本付近の陸上気温や海面水温が低く(左下図)冷夏・多雨の傾向となり、フィリピン近海では雨量が少なくなる(右下図)。
図3. 1979年-2013年のPJパターン指標、前冬のENSO(符号反転)、フィリピン西部の夏季(6-8月)雨量、北日本の夏季気温、日本のコメの収穫量、台湾と沖縄周辺を通る台風数、長江の夏季流量(逆符号)の時系列。PJパターンが正(赤)の年には長江の流量が少なく(乾燥)、猛暑となる傾向にある。逆にPJパターンが負(青)の年には冷夏の傾向が見られ、1993年の日本のコメの凶作や、1998年の長江の大洪水等とも対応している。
図4. PJパターン指標と南方振動指数(ENSOの指標)との21年移動相関(ある年を中心とする前後21年の相関係数を毎年計算したもの)。縦軸の数字が大きいほど両者の相関が強いことを示す。点線より大きな相関係数は統計的に有意であることを示しており、相関の強い時期が数十年周期で繰り返し訪れていることがわかる。
図5. PJパターン指標と日本のコメの収穫量との21年移動相関係数。縦軸の数字が大きいほど両者の相関が強いことを示す。図4と同様、PJパターン指標とコメ収穫量の相関の明瞭な時期(点線より大きな相関係数)と不明瞭な時期があることが見て取れる。