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プレスリリース

2015年 8月 25日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

伊豆-小笠原-マリアナ弧の前弧玄武岩が背弧側の奄美三角海盆まで
広範囲に分布していることを海底掘削により発見
~5200万年前に開始したプレートの沈み込みは「自発的沈み込み」だった~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)海洋掘削科学研究開発センターの石塚治招聘主任研究員(本務:国立研究開発法人産業技術総合研究所主任研究員)と浜田盛久研究員(本務:JAMSTEC地球内部物質循環研究分野研究員)らは、米国科学掘削船「ジョイデスレゾリューション号」を用い、「島弧進化の総合的理解と大陸地殻成因の解明」を掲げて行われた、国際深海科学掘削計画(IODP)の伊豆-小笠原-マリアナ弧における海底掘削3航海(第350~352次航海)の一環である第351次掘削航海(2014年3月24日既報)において、九州パラオ海嶺の約100km西側に位置する奄美三角海盆(図1:地図)の海底掘削を実施しました。

採取したコアの化学組成分析を行った結果、奄美三角海盆の直下に広がる海洋地殻は、世界の海洋底を広く覆っている「中央海嶺玄武岩」ではなく、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込み始めた5200万年前に噴出した「前弧玄武岩」と酷似していることが明らかになりました。前弧玄武岩は伊豆-小笠原-マリアナ弧の前弧域(島弧と海溝の間の領域)という限られた領域だけでなく、当時の背弧側である奄美三角海盆まで広く分布していることが、本掘削航海を通じて初めて確認されました。

このことは、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込み始めた際、沈み込み帯には水平方向に引っ張られる方向に力が加わっており、従来考えられていた以上に広範囲な前弧の拡大が起こり、前弧玄武岩の新しい海洋底ができたことを示唆しています。伊豆-小笠原-マリアナ弧の基盤である海洋地殻は、プレートの沈み込み開始以前から存在していた中央海嶺玄武岩ではなく、プレートがマントル内へと自重によって「自発的に」沈み込むことにより、新たに、しかも広範囲に形成されたことが本研究から初めて明らかになりました。本研究の成果は、プレートの沈み込みがどのように始まり、島弧がどのように形成されたのかを明らかにする上で重要な知見を与えるものです。

なお、本成果は、英科学誌「Nature Geoscience」電子版に8月25日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:A record of spontaneous subduction initiation in the Izu-Bonin-Mariana arc
著者:Richard J. Arculus1, 石塚治2,3, Kara A. Bogus4, Michael Gurnis5, Rosemary Hickey-Vargas6, Mohammed H. Aljahdali7, Alexandre N. Bandini-Maeder8, Andrew P. Barth9, Philipp A. Brandl1,10, Laureen Drab11, Rodrigo do Monte Guerra12, 浜田盛久13, Fuqing Jiang14, 金山恭子15,a, Sev Kender16,17, 草野有紀15,b, He Li18, Lorne C. Loudin19, Marco Maffione20, Kathleen M. Marsaglia21, Anders McCarthy22, Sebastién Meffre23, Antony Morris24, Martin Neuhaus25, Ivan P. Savov26, Clara Sena27, Frank J. Tepley III28, Cees van der Land29, Gene M. Yogodzinski30, Zhaohui Zhang31
1.オーストラリア国立大学、2.産業技術総合研究所、3.海洋研究開発機構・海洋掘削科学研究開発センター、4.国際深海掘削科学計画、5.カリフォルニア工科大学、6.フロリダ国際大学、7.フロリダ州立大学、8.西オーストラリア大学、9.インディアナ大学・パーデュー大学、10.フリードリヒ・アレクサンダー大学エアラゲン・ニュルンベルグ、11.コロンビア大学、12.バレドリオドスシノス大学、13.海洋研究開発機構・地球内部物質循環研究分野、14.中国科学院海洋研究所、15. 金沢大学a,b、16.ノッティンガム大学、17.英国地質調査所、18.中国科学院広州地球化学研究所、19.ニューハンプシャー大学、20.ユトレヒト大学、21.カリフォルニア州立大学、22.ローザンヌ大学、23.タスマニア大学、24.プリマス大学、25.ブラウンシュヴァイク大学、26.リーズ大学、27.アヴェイロ大学、28.オレゴン州立大学、29.ニューキャッスル大学、30.南カロライナ大学、31.南京大学

a現在の所属 鳥取県庁 生活環境部 緑豊かな自然課 山陰海岸世界ジオパーク推進室
b現在の所属 産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門 火山活動研究グループ

2.背景

地球の表面は十数枚のプレートで覆われており、プレート同士が衝突しあったり、一方のプレートが他方のプレートの下へと沈み込むなど、ひしめき合っています。現在の日本列島周辺では、大陸プレートである北米プレートやユーラシアプレートの下に、海洋プレートである太平洋プレートやフィリピン海プレートが沈み込んでおり、その結果、島弧が形成され、地震活動やマグマ活動が引き起こされています。日本列島が、世界有数の地震大国、火山大国である所以です。

日本列島のような島弧は、ひしめき合うプレート同士の衝突や沈み込みといった相互作用の結果として新たに誕生し、最終的には大陸に取り込まれて消滅するなどのライフサイクルがあります。近年の伊豆-小笠原-マリアナ弧における調査研究により、伊豆-小笠原-マリアナ弧においては、5200万年前にマグマ活動が開始したことが明らかにされました。しかし、どのような過程を経てプレートが沈み込みを開始したのかという「島弧の起源」を証明することは容易ではなく、プレートの沈み込み開始過程は未解明のままでした。なぜなら、プレートの沈み込み開始は現代においてほとんど起きている実例がなく、また沈み込みの開始過程に関する地質学的な記録は、沈み込み開始後の島弧マグマ活動などによって上書きされたり覆い隠されたりするためです。

地球を覆うプレートには、大陸地殻を含む大陸プレートと、海洋地殻を含む海洋プレートの2種類があります。大陸地殻を構成する安山岩は他の地球型惑星にはほとんど存在せず、このため「なぜ地球に大陸地殻があるのか、またそれはどのような過程で形成されたのか?」ということも、地球惑星科学の大きな謎とされてきました。最近の伊豆-小笠原-マリアナ弧の地下構造探査によって、海底火山の下に大陸地殻(安山岩)を特徴づける地殻構造が発達していることが明らかになってきており、プレートに沈み込みに伴う島弧マグマ活動と大陸地殻の形成の関連性の解明が待たれていました。

そこで、これらの問題を総合的に解くこと、すなわち「島弧進化の総合的理解と大陸地殻成因の解明」を目的として掲げ、国際深海科学掘削計画(IODP)の伊豆-小笠原-マリアナ弧における海底掘削3航海(第350~352次航海)が行われました(図2)。その一環である本航海では、特に島弧の基盤となる海洋地殻が形成された時のマントルの化学的特徴や、プレートの沈み込み開始過程を明らかにするため、2014年5月31日から7月30日までの2か月間、米国科学掘削船「ジョイデスレゾリューション号」を用いて奄美三角海盆の掘削サイトU1438の海底掘削が実施されました。

奄美三角海盆は、九州パラオ海嶺(かつて伊豆-小笠原-マリアナ弧と一体であった古島弧)の背弧側(西側)に位置する海盆です。奄美三角海盆の周辺には、約1億2000万年前(中生代)の島弧火成活動の結果形成された大東海嶺群(奄美海台、大東海嶺、沖大東海嶺)があるため、奄美三角海盆の海洋地殻も、伊豆-小笠原-マリアナ弧の火成活動が始まる約5200万年前よりも前の中生代から存在していた可能性が高いと考えられていました。そこで本航海は、奄美三角海盆の海底を掘削することにより、プレートの沈み込みが開始する前から後にかけての一連の過程を解明することを最大の目的として行われました。

3.成果

本航海の掘削サイトU1438では、水深4711mの海底から堆積物層を貫通して海底面下1461mで基盤に到達し、さらに基盤岩を150m掘削して、最終的には海底面下1611mまで到達しました。微化石を用いた年代測定の結果(図3)より、堆積物層の最下部(図4Unit IVの最下部1461m)の年代は5100万~6400万年前であることが分かりました。このことより、堆積物の下にある海洋地殻を構成する玄武岩類の年代はそれと同時代か、より古いと推定されました。付近の掘削孔で計測された地殻熱流量(73.7 mW/m2)から推定されるリソスフェアの年代(4000万~6000万年前)を考慮すると、海洋地殻の年代は、堆積物層の最下部とほぼ同じ約5500万年前と考えて良いと考えられ、当初想定されていた約1億2000万年前(中生代)よりもはるかに新しい年代を示しました。

さらに、採取された玄武岩を化学分析し、世界の海洋底を広く覆う中央海嶺玄武岩の化学組成との比較を行いました(図4)。その結果、採取された玄武岩は中央海嶺玄武岩よりも「前弧玄武岩」に似た化学組成を持つことが分かりました。前弧玄武岩とは、伊豆-小笠原-マリアナ弧における沈み込み開始期(4800万~5200万年前)に、前弧域(島弧と海溝の間の領域)に噴出した玄武岩で、中央海嶺玄武岩と類似していますが、中央海嶺玄武岩と比較してメルト成分(液相濃集元素)に乏しいという特徴があります。奄美三角海盆の海洋地殻が前弧玄武岩であると考えれば、微化石や地殻熱流量によって制約した年代(5100万~6400万年前)とも整合的です。このことから、奄美三角海盆の海洋地殻は、プレートの沈み込みが始まるはるか前の中生代から存在していた中央海嶺玄武岩ではなく、プレートの沈み込みが始まるとほぼ同時に作られた5200万年前の前弧玄武岩の海洋地殻であることが分かりました。つまり、これまで伊豆-小笠原-マリアナ弧の前弧にしかないと考えられていた前弧玄武岩は、当時の背弧側である奄美三角海盆まで広範囲に分布していることが、今回の掘削航海を通じて初めて確認されました。前弧玄武岩が奄美三角海盆にも分布していること、プレートの沈み込みが開始した5200万年前には、太平洋プレートがマントル内へと自重によって「自発的に」沈み込み始めた証拠となるものです(図5)。

4.今後の展望

本研究成果は、プレートの沈み込み開始という「島弧の起源」を考える上で重要な知見となるものの、プレートの沈み込みが開始した後に、大陸地殻はいつ、どのようにして形成されたのかという問題はまだ解決されていません。研究グループでは今後、奄美三角海盆の玄武岩の噴出年代を精密に決定して、プレートの沈み込みがいつ、どのくらいの時間をかけて始まったのかを明らかにするとともに、堆積物に含まれる火山噴出物の分析により、伊豆-小笠原-マリアナ弧がその誕生からどのように成長してきたのかを解明していきます。さらに、伊豆-小笠原-マリアナ弧におけるIODP3航海(第350~352次航海)の研究成果を統合して、島弧進化の総合的理解と大陸地殻の成因解明という目標の達成に向けて研究をさらに進めていきます。

図1

図1 奄美三角海盆と九州パラオ海嶺の位置を示す海底地形図

図2

図2 伊豆・小笠原・マリアナ弧における島弧進化の総合的理解と大陸地殻成因解明のための科学掘削計画。本研究航海である奄美三角海盆(IBM-1)のほか、小笠原海嶺(IBM-2)、伊豆背弧(IBM-3)の海底掘削が国際深海科学掘削計画(IODP)第350~352次航海として2014年3月~9月に実施された。

図3

図3 回収されたコアの岩石記載と、微化石などを用いた年代測定結果のまとめ。火山灰層を含む半遠洋性堆積物(Unit I)、火山性の砕屑物に富む主に重力流堆積物からなるUnit II及びUnit III、遠洋性堆積物が主体となる最も下位の堆積物層(Unit IV)と、さらにその下にある基盤を構成する玄武岩類(Unit 1)を掘り抜いた。微化石を用いた年代測定結果から、Unit IVの最下部(堆積物層の最下部:海底下1461m)の年代は5100万~6400万年前と示され、Unit1の年代はそれと同時代か、より古いと推定された。

図4

図4 奄美三角海盆の海洋地殻(U1438:赤丸)と、伊豆‐小笠原‐マリアナ弧の前弧玄武岩(緑・青■)、および世界の中央海嶺玄武岩(灰色●)との化学組成の比較。今回採取された奄美三角海盆の海洋地殻の化学組成は、中央海嶺玄武岩と比較して液相濃集元素に乏しく(例えば、Y(イットリウム)に対して液相濃集度が高いZr(ジルコニウム)の濃度が低い)、伊豆‐小笠原‐マリアナ弧の前弧玄武岩に酷似していることが分かった。

図5

図5 掘削前の予想と、本掘削によって明らかになった伊豆-小笠原-マリアナ弧の地殻構造の対比。5,200万年前に太平洋プレートの沈み込みが始まり、フィリピン海プレートとの隙間を埋めるように形成されたと考えられている前弧玄武岩は、実際には伊豆-小笠原-マリアナ弧の背弧側にも存在していた(4,800万年~2,500万年前)ことが本掘削により明らかになった。背弧側の玄武岩は、その後2,500万年~1,500万年前の四国海盆・パレスベラ海盆の拡大とそれに伴う九州・パラオ海嶺の移動に伴って現在の奄美三角海盆の位置まで移動してきたと考えられる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋掘削科学研究開発センター マントル・島弧掘削研究グループ
研究員 浜田 盛久
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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