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話題の研究 謎解き解説

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2015年 11月 30日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人岡山大学
国立大学法人東京工業大学
国立大学法人福井大学

地震・津波観測監視システム「DONET」で海底における長周期地震動を観測
―海溝型大地震の震源域に広がる海洋堆積層が
長周期地震動の発達に影響することを実証―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)地震津波海域観測研究開発センターの中村武史技術研究員らは、岡山大学、東京工業大学、福井大学と共同で、2013年4月淡路島での中規模地震(M 5.8)の発生時における、地震・津波観測監視システム「DONET」(※1図1)の海底強震計データの解析を行いました。その結果、長くゆっくりとした大きな揺れ「長周期地震動」(※2)が深海底の広い領域で発生していることを明らかにしました。

大規模地震発生時、高層ビルなどでは、長い周期の揺れ(長周期地震動)と建物固有の揺れの周期が共振して、大きく揺れることがあります。この長周期地震動は、陸域の盆地や平野部において観測事例が多く報告されている一方、海底においては、陸上地震計のデータに対するシミュレーション結果から長周期地震動の発生が間接的に示唆されているのみでした。本成果は、「DONET」の海底強震計データを用いて海底の長周期地震動を直接観測・解析した初めての成果です。さらに、スーパーコンピュータ「京」(※3)を使った大規模シミュレーションで海底における長周期地震動の特徴を再現した結果、南海トラフ周辺に広範囲にわたって広がっている軟らかい海洋堆積層の存在が長周期地震動の発達に本質的な影響を与えていることが分かりました。

海底において発達した地震波の長周期成分は、我々が住む陸域にも伝播する可能性があります。また、震源要素を解析する時に、解析結果に影響を与える可能性があります。したがって、海底における長周期地震動の特徴を把握し、発達過程を解明することは、陸域における地震動予測の高精度化や地震の規模・メカニズム解析手法の高度化につながり、地震防災・減災のための基礎的な知見となると考えられます。

本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に11月30日付け(日本時間)で掲載される予定です。

なお、本研究のデータ解析では、国立研究開発法人防災科学技術研究所によるK-NET・KiK-netデータを使用させていただきました。シミュレーション結果は、文部科学省によるHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」(戦略機関:JAMSTEC)の研究課題「地震の予測精度の高度化に関する研究」(課題代表者:東京大学地震研究所・古村孝志教授)の一環として、国立研究開発法人理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を利用して得られたものです(課題ID:hp130013)。

タイトル:Long-period ocean-bottom motions in the source areas of large subduction earthquakes
著者:中村武史1、竹中博士2、岡元太郎3、大堀道広4、坪井誠司1
1. 海洋研究開発機構、2. 岡山大学、3. 東京工業大学、4. 福井大学

2.背景

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、都心部の高層ビルで、大きくゆっくりと数分以上の揺れが感じられました。これは、地震波の長周期成分による地震動(長周期地震動)と高層ビルなどの建物固有の揺れやすさとが共振して発生した現象で、関東平野や大阪平野、濃尾平野などの陸域平野部において観測事例がこれまで数多く報告されています。長周期地震動は、高層ビルをはじめとする近代の大規模構造物に被害を与えることがあり、構造物の設計にも関わることから注目されています。

近年、日本全国に展開された陸上地震観測点の充実により、陸域の長周期地震動に関する観測データの蓄積やシミュレーション研究が飛躍的に進展しました。ところが、海底においては、無人で大規模構造物が存在しないため、長周期地震動観測の必要性が議論されることはほとんどありませんでした。一方、先行研究では、陸上地震計のデータに対するシミュレーション結果から、海底で発達した長周期成分が我々の住む陸域にまで伝播する可能性が示唆されていましたが、こうした地震動を捉えられるほどの地震計を稠密・多点に備えた海底観測網がなかったことから、海底で長周期地震動そのものを観測・解析し、シミュレーションで実証した研究はこれまでありませんでした。

JAMSTECでは海溝型大地震を含む海域で発生する地震に対し、海底で地震波を即時にかつ震源近傍で面的に捉えるため、南海トラフ周辺の海底において、地震・津波観測監視システム「DONET」を整備、2010年より稼働開始しています。紀伊半島沖熊野灘に設置されたDONET1は、海溝型大地震の震源域直上の海底において、微小地震の発生による短周期の地震波から津波発生に関わる長周期の地殻変動まで、物理的現象の発生に伴う信号を広帯域にわたってリアルタイムに捉えることができます。これまで十分な観測データがなかった海底での長周期地震動について、DONET1による直接的な観測や解析が期待されていました。

3.成果

そこで、研究グループでは、南海トラフ周辺の海底における長周期地震動を明らかにするため、2013年4月13日に淡路島を震源とする中規模地震(M 5.8、図1星印)発生時における、DONET1(図1ダイヤモンド印)の海底強震計データの解析を実施しました。データを詳しく解析したところ、周期10-20秒において、顕著な長周期地震動が海底で発生していることを見つけました。一般的には地震波の振幅は震源からの距離が遠ざかるほど減衰しますが、解析結果では、震源に近い陸上観測点より遠いDONET1の観測点の振幅が増幅するという特異な傾向を示していることが分かりました(図2)。陸上観測点(三重県紀宝町)と海底観測点(DONET1)との地震波形やスペクトルを比較すると、海底観測点では震動継続時間が非常に長く、波形形状そのものが複雑となっています(図3)。継続時間の長大化や波形形状の複雑性は、地震波が海域に入射した後、顕著となる傾向を示しています(図4)。

この地震動について、国立研究開発法人理化学研究所によるスーパーコンピュータ「京」(※3)を使って再現し、詳しく解析した結果、南海トラフ周辺に広がる海洋堆積層が海底の長周期地震動の成因であることが分かりました(図5)。シミュレーション結果をスナップショットで見てみると、大阪平野や濃尾平野の他に、南海トラフ周辺で強い振幅を持つ地震動が長時間続いていることが分かります(図5a赤色)。この長時間の地震動は、観測データが示していたように(図4)、海域に広がる海洋堆積層への地震波の入射に伴って見られます。また、地震動が長時間続く陸海域は、堆積層の分布 (図5b)と良く対応しています。

海洋堆積層が海底での長周期地震動の原因となっている可能性については、これまでにも陸上地震計データに対するシミュレーション結果から間接的に示唆されていましたが、本研究は海底強震計で長周期地震動を直接観測し、さらに観測データを用いたシミュレーションにより海洋堆積層が長周期地震動の成因となっていることを直接実証した初めての成果です。

4.今後の展望

本成果では、「DONET」による緻密な観測と「京」による高解像度シミュレーションにより、海底での長周期地震動の特徴とその成因を具体的に明らかにしました。この地震動は、地震の規模やメカニズムなどの震源要素を解析する際に大きな解析誤差をもたらす可能性が指摘されています。迅速な地震情報を必要とする研究業務や災害現場に混乱をもたらす危険性があることから、本成果による知見を踏まえて、長周期成分を含む海底における地震波動場の特徴を正しく理解し、解析手法の改善や高度化につなげていく必要があります。

研究グループでは今後、長周期地震動の発達過程やその原因となる海洋堆積層の構造についてより詳細な解析を行うとともに、海域で発生する地震に対する防災・減災に向けて、長周期成分の陸域への影響評価や海底観測網データを使った震源要素解析の高度化を進めていきたいと考えています。

※1 DONET
海域で発生する地震・津波を常時観測監視するため、JAMSTECが南海トラフ周辺の深海底に設置している地震・津波観測監視システム。紀伊半島沖熊野灘の水深1,900~4,400 mの海底に設置した「DONET1」は、2011年に本格運用を開始し、20点の観測点から成る。各観測点には強震計、広帯域地震計、水晶水圧計、微差圧計、ハイドロフォン、精密温度計が設置され、地殻変動のようなゆっくりした動きから大きな地震動まであらゆるタイプの海底の動きを観測することができる。なお現在、四国沖室戸海盆周辺の水深1,100~4,400 mの海底に「DONET2」を構築中。約30点の観測点から成り、2015年度末の整備完了・運用開始に向け、観測点の設置作業を進めている。

※2 長周期地震動
地震波の伝播に伴う周期2秒程度以上の地震動(地面の揺れ)。震源が浅い場合、地球表層を伝わる表面波が観測されやすい周期帯域である。また、ビルや橋などの構造物の固有周期の帯域でもあり、地震波と共振して、構造物で大きな揺れが観測されることがある。なお、周期2-20秒の帯域の地震動を「やや長周期地震動」と呼ぶことがある。

※3 スーパーコンピュータ「京」
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通が共同で開発した、計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。

図1

図1 解析した地震と観測点の位置。黄色星印は、2013年4月13日に淡路島で発生した中規模地震の位置を示す。黄色ダイヤモンド印及び茶色丸印は、海底観測点(DONET1)と陸上観測点(K-NET, KiK-net)の位置をそれぞれ示す。

図2

図2 震源からの距離(横軸)に対する各観測点における地震波の最大振幅値の分布。黄色ダイヤモンド印及び茶色丸印は、海底観測点(DONET1)と陸上観測点(K-NET, KiK-net)の最大振幅値をそれぞれ示す。短周期成分では、陸上観測点と海底観測点の分布にはっきりとした違いが見られない(図2a)。しかし、長周期成分では、海底観測点の振幅が大きくなり、陸上観測点の振幅分布から逸脱している(図2b)。これは、震源からの距離が等しい場合であっても、陸上より海底の方が地震動が大きいことを意味する。シミュレーションでも、この特徴を再現している(図2c)。

図3

図3 陸上観測点(図3a)と海底観測点(図3b)での地震波形とスペクトルの比較。陸上観測点と比べ海底観測点は、震源から離れているにも関わらず、両者の振幅はほとんど変わらない。また、震動が長時間続いている特徴を確認することができる。

図4

図4 震源からの距離(縦軸)順に並べた、陸上観測点と海底観測点での長周期成分の地震波形。陸上観測点では波形が非常にシンプルで、最大振幅後、時間の経過とともに波形の振幅がすぐに減衰している。一方、海底観測点では、地震波の伝播速度が低下し、震動が長時間続いていることが分かる。

図5

図5 シミュレーションによる地震波長周期成分の伝播の様子(図5a)。大阪平野や濃尾平野だけでなく、海域においても大きな振幅(赤色)で地震波が伝わり、地震動が長時間継続している様子が分かる。陸海域におけるこのような特徴的な波動場(長周期地震動)が見られる場所は、地震波伝播速度が遅い層が分厚く広がる堆積層の分布と良く対応している(図5b)。

2013年4月13日に発生した淡路島中規模地震における地震波伝播シミュレーション

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地震津波海域観測研究開発センター 技術研究員 中村武史
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
国立大学法人岡山大学
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国立大学法人東京工業大学
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国立大学法人福井大学
広報室 室長 本多 宏
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