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プレスリリース

2016年 2月 1日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立研究開発法人国立環境研究所

大気化学輸送モデルを用いた新たな手法により地域別のメタン放出量を推定
~熱帯域、東アジアの放出量に従来推定と異なる結果~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」という)地球表層物質循環研究分野のプラビール・パトラ主任研究員らは、国立研究開発法人国立環境研究所(理事長 住明正)地球環境研究センターの研究者らと共同で、二酸化炭素(CO2)に次ぐ重要な温室効果ガス(※1)であるメタン(CH4)(※2)について、独自に開発した大気化学輸送モデル(※3)とメタン濃度観測値を用いて、全陸域を53の領域に分けた各領域での2002年~2012年の放出量を推定した結果から、東アジア(主として中国)からの石炭産業起源のメタン放出量が従来試算よりも少ないこと、熱帯域のメタン放出量は近年の家畜飼育数の増加に伴い増えている可能性があることを指摘しました。

メタンは温室効果ガスであるとともに、大気中で他の化学物質と反応し互いの増減に影響を及ぼしあうため(図1)、メタンの地域毎の放出量を正確に理解することは、メタン濃度の将来予測や将来の気候変動予測のみならず、発生削減策の効率的な政策立案に不可欠となっています。本成果は、東アジア域の石炭産業起源のメタンの排出係数の見直しの必要性や、熱帯域での畜産業における家畜飼育技術の改善が有効であることを示唆しており、地球温暖化対策および放出量管理に関する政策立案の際の科学的裏付けとなることが期待されます。

本成果は日本気象学会の「気象集誌(Journal of the Meteorological Society of Japan)」に2月1日付(日本時間)で掲載予定です。

なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究A (研究課題番号:22241008)、環境省の環境研究総合推進費(課題番号2-1401)および文部科学省のGRENE北極気候変動研究事業(ID 5)の一環として実施したものです。

タイトル: Regional methane emission estimation based on observed atmospheric concentrations (2002–2012)
著者名:P. K. Patra1,2, 佐伯田鶴1, E. J. Dlugokencky3, 石島健太郎1, 梅澤拓4, 伊藤昭彦4,1, 青木周司2, 森本真司2, E. A. Kort5, A. Crotwell3,6, K. Ravi Kumar7,1, 中澤高清2
所属:
1国立研究開発法人 海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
2東北大学大学院理学研究科 大気海洋変動観測研究センター
3アメリカ海洋大気庁 (アメリカ)
4国立研究開発法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
5ミシガン大学(アメリカ)
6コロラド大学 (アメリカ)
7大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

2.背景

メタンはCO2に次いで大気中に多く存在する温室効果ガスで、温暖化への影響力(温暖化係数:CO2を1とした場合の温暖化影響の強さを表す値)は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次報告書によるとCO2の約28倍もあると言われています。また、国連環境計画(UNEP)においては、メタンは大気中の寿命(大気中でのメタン総量を年間消滅量で割ったもの)が10年程度と比較的短く、放出が削減された後すみやかに大気中の濃度が減少するために、長期的なCO2削減対策を補完するものとして近年重要視されています。

メタンは大気中で主に水酸基ラジカル(OH)(※4)との化学反応により消滅しますが、このOHはオゾン(O3)や窒素酸化物(NOx)などの消滅にも寄与するため、メタン濃度の変動は大気汚染物質の濃度変動にも大きく影響します(図1)。人間活動の活発化に伴い、産業革命以降の大気メタン濃度と放出量は増加していることが分かっており、メタン放出量の削減は、温暖化に伴う環境変動が顕著に表れる北極域をはじめ、全球レベルで不可欠な課題となっています。

しかしながら、メタンの発生源は、野生の反芻動物、湿地、湖沼、海洋、シロアリ、メタンハイドレート、森林火災、泥火山などの自然起源のものから、水田、廃棄物の埋め立て地、飼育されている反芻動物、焼畑や土地利用改変に伴う火災、石炭や天然ガスの採掘・輸送時の漏えいなどの人為起源のものまで多岐にわたり、これらが独自の季節変化・年々変化を伴って陸域に複雑に分布しているため、地球上の各地域からのメタン放出量の高精度な推定は困難なものとなっています。これまでに観測された大気メタン濃度は、1990年代までは純増しているものの、2000年代に入ると、それまで純増してきた大気メタン濃度の増加傾向が停滞し、2007年頃から再び上昇するなど、その濃度変動の様相も複雑化してきていますが(図2(a))、このようなメタン濃度変動の原因については、大気化学、人為的放出源、自然放出源が絡み合っているため、一致した見解が得られていないのが現状です。そのため、これまではメタンの発生源となる石炭や天然ガス等の生産量の統計データに排出係数(生産量あたりのメタン放出量を表す係数)を乗じて各国・地域の放出量を積み上げ推定する方法を用いてきましたが、観測される大気中のメタン濃度変動をこの放出量で説明するには不十分な点がある等の問題が指摘されていました。

この問題を解決するために、JAMSTECのチームでは、2006年頃から温室効果ガスやオゾン層破壊物質の大気中濃度を計算するための大気化学輸送モデル(Atmospheric Chemistry Transport Model: ACTM、※3)の開発を行ってきました(図3)。メタンは地表から放出・吸収され、大気中で化学反応により消滅しながら輸送されるため、数値モデルでメタン濃度を再現するには、数値モデル内での大気輸送と大気化学プロセスの正確な再現が必要です。そのため、これまでに様々な大気トレーサーを用いて、モデルの大気輸送やメタンの主要な消滅源である水酸基ラジカル濃度の検証を行い(2014年 9月11日既報)、モデルの妥当性を検証してきました。こうして一定の評価が得られたモデルを用いて、本研究ではこれまで困難とされてきたメタンの放出量推定に着手しました。

3.成果

研究グループは、陸域を53の地域に分け、2002年から2012年の11年間の各月について、大気化学輸送モデルACTMを用いて地表でのメタン濃度観測値から陸域(図2(b))のメタン放出量を逆算的に推定しました。ACTMではメタンの大気中における輸送プロセスや化学反応を緻密にシミュレーションできるため、このような逆算的な推定が可能です。

初期値を変えた7通りの計算の結果、全陸域からのメタン放出量は、2002–2006年の平均で505–509 Tg-CH4/yr、2008–2012年で524–545 Tg-CH4/yr(1Tg=1012g) (数値の範囲は6つの計算結果のばらつき)と推定され、特に2007年頃を境に大きく増加している結果が得られました(図2(a))。地域的な特徴は、特に東アジアと熱帯域に見られ、従来試算による推定値がメタン放出量を過大評価している結果となり、その量はそれぞれ 約20 Tg-CH4/yrと推定されました(図4(a)(b);黒線と青線の差)。

また、2007年以降の東アジアでは、人為起源の放出量増加率も従来試算による推定値では過大評価されていることがわかり(図4(a))、これは主として中国からの人為起源放出源(うち石炭産業が約63%を占めるとされる)による放出を過大評価していると推測されます。実際に仙台上空の航空機によるメタン濃度観測値と比較した結果、本研究で推定した放出量を用いた方が観測値の再現性が良いことがわかり(図5(a))、得られた放出量がより確からしいことが示されました。

一方、熱帯域での放出量増加は、家畜から放出されるメタンの増加に因ると推測されました。この推測は、観測された大気中メタンの安定炭素同位体比(δ13C-CH4)(※5)が2008年頃から減少しており(図5(c))、微生物起源のメタン放出量の増加が示唆されること、また、国際連合食糧農業機関の統計値によると家畜から放出されるメタンは年々増加していること(図5(b))に基づいています。

東アジアと熱帯域のメタン放出量のバランスを比較すると、従来試算では東アジアの放出量の年増加率は熱帯域の放出量のそれよりも大きいと推定されていましたが、本研究では両者はほぼ等しいと推定され、従来とは異なる新しい結果が得られました。

4.今後の展望

メタン放出量に関する本研究の成果は、温室効果ガスの科学的知見を取りまとめているIPCCやグローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)の活動に貢献するとともに、地球温暖化対策および放出量管理に関する政策立案の際の科学的裏付けとなることが期待されます。また、本モデルの計算領域には、温暖化に伴う環境変動が顕著に表れる北極域も含まれているため、北極評議会(Arctic Council)への科学的貢献も期待できます。

研究グループでは、本研究で用いた手法によるメタン放出量推定は、研究や政策決定、公共利用などを目的として将来的な公開も視野に入れ、1年ごとに更新する予定です。

メタンは我々の食料確保やエネルギー確保に密接に関わっている気体であることから、今後とも引き続き研究を進めることで、放出量推定や大気環境変動予測の精緻化を通して「わたしたちの社会活動がどのように大気汚染や地球温暖化、気候変動に影響しているのか」をより深く理解することで、引き続き国際的な議論の場に科学的知見を提供していくことを目指します。

※1 温室効果ガス:地球表面から放出された赤外線を吸収し、再び地球の表面に向かって放出することで、大気を暖める効果を持つ大気中の物質。

参考 : おもな温室効果ガスの大気中での濃度、寿命と地球温暖化係数(同じ濃度の二酸化炭素を1とした、地球温暖化に与える影響の大きさを示す係数) (IPCC第5次報告書・第一作業部会報告書 表8.2、別表8Aより)。

名称 化学式 2005年時点の
大気中濃度
(ppb)
大気寿命
(年)
100年間の地球
温暖化係数
二酸化炭素 CO2 379,000 - 1
メタン CH4 1,774 12.4* 28
一酸化二窒素 N2O 319 121 265
フロン11 CCl3F 0.251 45 4,660
フロン12 CCl2F2 0.538 100 10,200
HCFC-22 CHCl2F 0.169 11.9 1,760
六フッ化硫黄 SF6 0.006 3200 23,500
メチルクロロホルム CH3CCl3 0.025 5 160

* 本研究では、メタンの大気寿命(大気質量をもとに計算)は10年と推定された。

※2 メタン(CH4):大気中に存在する炭化水素の一つで、化学式はCH4。湿地やシロアリ、泥火山、海洋(沿岸大陸棚域)、森林火災等から自然発生する他、人為起源放出源としては、水田、家畜(反芻動物の腸内発酵)、石油・天然ガス・石炭等の化石燃料採掘・輸送時の漏えい、埋め立て地、廃棄物処理、農業に伴うバイオマス燃焼などがある(図1)。多くの大気中汚染物質を除去する働きがある水酸基ラジカル(OH)(※4)との反応によって消滅する(図1)ことから、大気中メタンを削減すればOHの消滅が防がれ、間接的に大気中汚染物質の除去を助けることになる。このように、メタンの削減は温室効果ガスと大気汚染物質の両方の削減につながる(共便益)。

※3 大気化学輸送モデル(ACTM):大気中の化学反応や風などによる輸送過程を考慮し、大気中の様々な物質の分布とその時間変化を、大型計算機を用いて計算する数値モデル。過去の物質分布の変動要因を説明するためだけでなく、さまざまな化学物質の放出規制が将来の大気環境およびその気候に及ぼす影響を評価するためなどにも利用される。

※4 水酸基ラジカル(OH):活性酸素の一つであり、オゾンの光分解で生成した励起酸素原子の一部が大気中の水蒸気と反応することなどにより生じる。OHラジカル、あるいは単に化学式でOHと表記されることが多い。

※5 同位体比:同一元素の中性子の数が異なる原子のことを同位体、同位体同士の比を同位体比という。メタン分子を構成する炭素(C)の安定同位体には13Cと12Cが存在し、この同位体比を調べることにより、メタンの放出起源をおおよそ特定することが可能となる。

図1

図1:メタンの地球環境における循環を表す概念図。上向き矢印は地表の放出源からメタンが放出されていることを表し、下向きは逆に大気中のメタンが土壌中の微生物により吸収されることを表す。メタンは水田、シロアリ、牛等の反芻動物、化石燃料採掘・燃焼、森林火災、湿地、埋立地、廃棄物処理、沿岸域海底泥などから放出される。放出されたメタンの大部分(約9割)は対流圏中の水酸基ラジカル(OH)と反応して消滅するが、残りは上方の成層圏まで運ばれ塩素(Cl)や励起酸素(O(1D))と反応して壊される。一方でOHは対流圏中の様々な汚染物質と反応しそれらを大気中から除去する働きがあり、それら化学物質は化学反応を通して互いの増減に影響を及ぼしあっている。

図2

図2:大きな変動を示す1990~2012年の大気中メタン平均濃度と2002~2012年の全球総放出量(a)、および本研究で用いた39の大気観測地点と、全球を53に区切ったメタン放出領域(b)。本研究ではアメリカ海洋大気庁(NOAA)による37地点、そして日本の気象庁による2地点でのメタン濃度観測データを用いた。現在様々な研究機関により、100以上の地上観測点において、あるいはいくつかの航空機および船舶観測によってメタン濃度測定が行われている。本研究では、その中でも対象期間中(2002~2012年)のデータ欠損が少なく、かつ観測点近傍のメタン放出源の影響をあまり受けていない39の地上観測点のデータを用いた。

図3

図3:メタンのモデル計算は地表の様々な放出源と土壌による吸収、そして大気中の3つの消滅過程(水酸基ラジカル(OH)、塩素(Cl)、励起酸素(O(1D))との反応による消滅(図1))を含むため複雑である。大気中のメタン変動を適切にモデル計算するためには、その地表放出、大気輸送および化学反応という3つの各要素をモデル内で現実的に表現する必要がある。

図4

図4 :東アジア域(中国、日本、韓国)(a)および熱帯域(b)におけるメタン放出量推定値。黒線は従来試算、青線は本研究における推定によるメタン放出量を表す。(a)の赤線は、中国の人為起源メタン放出量推定値(主に石炭産業)であり、東アジアにおけるメタン放出量の継続的な増加は人為的要因によるものであることが分かる。一方で、熱帯域の本研究・従来試算の双方において同様に見られる大きな年々変動は、気候要因により変動するバイオマス燃焼や湿地からの放出の影響による。

図5

図5左:東北大学が航空機を用いて仙台市上空高度0~2kmで観測したメタン濃度(黒丸)とACTMによる計算値。モデル計算値には従来試算のメタン放出量を用いて算出したメタン濃度(赤線)と本研究で推定した放出量を用いて算出したメタン濃度(青線)をそれぞれ示してある。仙台は中国で放出されたメタンが流れてくる風下に位置しているため、このように濃度変化を調べることは本研究で推定された中国のメタン放出量の良い検証となる。実際に、従来試算による放出量を用いたモデル計算値(赤線)は仙台上空で観測されたメタン濃度(黒丸)を明らかに過大評価しているが、その一方で本研究で推定した放出量を用いたモデル計算値(青線)は観測値を良く再現している。
図5右:国連の食料農業機関(FAO)の統計による熱帯陸域における反芻動物からのメタン放出量の変化(b)と、南極昭和基地で観測された大気中メタンの炭素同位体比(δ13C-CH4※5)(c)。反芻動物の腸内発酵により放出されるメタンの炭素同位体比の値は他の放出源に比べ最も小さいことから、観測された大気中メタンの炭素同位体比の減少は、反芻動物の飼育数が増加し、それによるメタン放出が増加したことを示唆している可能性がある。FAOもまた「牛の飼料や飼育技術の改善により最大の温室効果ガス放出量削減効果が見込まれる」と述べている。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球表層物質循環研究分野 
主任研究員 プラビール・パトラ
ポストドクトラル研究員 佐伯 田鶴
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター
特別研究員 梅澤 拓
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室広報係 高橋 里帆
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