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プレスリリース

2016年 2月 20日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
大学共同利用機関法人
情報・システム研究機構 国立極地研究所

船舶を利用した北極海上でのブラックカーボン粒子の高精度測定に
世界で初めて成功
―北極域から全球へ、気候変動予測の精緻化に貢献―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)北極環境変動総合研究センターの竹谷文一主任研究員らは、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」の北極航海(首席研究員 猪上淳(国立極地研究所准教授/JAMSTEC招聘主任研究員))において、エアロゾル粒子成分の一つであるブラックカーボン(BC)粒子濃度の北極海での船上直接観測を世界に先駆けて実施し、高精度測定に成功しました。

これまで、北極海上では大気観測のための十分なプラットフォームが整備されていないことから、主に航空機を用いてBC測定が実施されてきました。しかしながら航空機観測では短時間(数秒~数分間)の瞬間的なデータしか得られないため、観測データの普遍性、連続性を検証することが難しく、北極海上での気候影響評価を理解するためのデータが乏しい状況でした。

そこで、研究グループでは、船舶を用いた世界初の北極域での洋上定点観測を実施することにより、0.01ng/m3(1立方メートルあたり0.01ナノグラム)という非常に低い濃度での高精度測定に成功しました。その結果、夏季から秋季における北極海上のBC濃度が0.01~20ng/m3と幅広い範囲で変動すること、さらに、これまで報告例の少ない「他の物質と表面で付着した状態」で存在しているBCが他の海域に比べ多く存在していることが明らかとなり、北極域におけるBCの太陽光吸収や大気からの除去過程に関する重要な知見を得ました。

本観測は、北極海上において船舶を用いたBC濃度計測を報告した世界で初めての研究です。今後、観測データを蓄積していくとともに大気化学輸送モデルを用いた予測研究を実施し、北極海上のBC粒子の動態解明を通じて、全球におけるBCの収支・輸送過程を明らかにして行く予定です。

なお、本研究はJSPS科研費25740013、および北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の一環として実施したものです。本成果は、米国地球物理学連合(AGU)発行の学術誌「Journal of Geophysical Research : Atmospheres」に2月20日付(日本時間)で掲載される予定です。また、本成果は同日付のAGU会報誌「Eos」で「Research Spotlight」として紹介される予定です。

タイトル: Ship-borne observations of atmospheric black carbon aerosol particles over the Arctic Ocean, Bering Sea, and North Pacific Ocean during September 2014
著者:竹谷文一 1、宮川拓真1、高島久洋1,2、駒崎雄一1、Pan Xiaole3、金谷有剛1、猪上淳4,1
1. 海洋研究開発機構、2. 福岡大学、3. 九州大学、4. 国立極地研究所

2.背景

ブラックカーボン(BC)粒子は化石燃料や植物燃料などの燃焼過程で発生する黒色のエアロゾル粒子(※1)で、PM2.5の成分の1つとして知られています。BCは光を吸収する性質を持ち、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次報告書では、二酸化炭素やメタンにとともに主要な温室効果物質の一つとして挙げられています(図1)。BCはその構造や状態のわずかな違いにより光吸収特性が大きく変化すると報告されていますが、実データの情報が少なく、二酸化炭素などに比べて温室効果能に非常に大きな不確定性がある可能性が示されています(図1)。

また、BCは、その光吸収特性から、大気中を浮遊している際には直接大気を加熱する効果を持つ一方、北極域では地表面に降下する際には雪氷上に沈着し、雪氷の色を黒ずませて太陽光を反射しにくくさせることにより、長期にわたって融解を促進する可能性が指摘されています。このため、特に北極域周辺でBCの状態や濃度を広範囲かつ高精度に測定することは上記の効果を検証するうえで非常に重要です。

ところが、これまで北極域でのBCの長期観測は陸上の観測点では行われてきたものの、海上においては航空機観測によるスナップショット(数秒~数分)での結果があるのみで、海洋上での数週間にわたるBC船舶観測例は、質量濃度のような基礎的な観測でさえもほとんど行われていないのが現状でした。そのため、海上における観測データがこれまで圧倒的に不足しており、北極域全体でのBCの挙動に関する知見が十分に得られていない状況でした。

3.成果

そこで、研究グループでは、北極域におけるBC濃度の定量的な把握のため、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」を利用したBC濃度測定を2014年8月31日(アメリカ合衆国:ダッチハーバー)から2014年10月10日(日本:横浜港)の間、航行中に連続して行いました。船上では高精度にBC粒子の計測を行うため、BC粒子測定装置(SP2: Single particle soot photometer、※2)を研究船の最上階の部屋に設置し、屋外から大気を装置に連続導入し、観測を実施しました(図2)。SP2はエアロゾル粒子を1粒子ごとに検出するため、0.01ng/m3という非常に低いBC濃度の計測質量情報を得られるほか、粒子のサイズ、混合状態に関する情報を取得することが可能です。取得したデータのうち、「みらい」自身の排煙の影響を取り除き解析を行いました。

解析の結果、北極海上(北緯70度以上:2014年9月4日~2014年9月27日)の測線上(図3)で観測されたBC濃度は変動0.01~20ng/m3と3桁におよび、その平均濃度は1.0ng/m3と、最寄りの陸上の観測地点(Barrow)のこれまでの9月の月平均BC濃度(10ng/m3)の10分の1程度の値であることが明らかになりました。中国での平均濃度は10000ng/m3程度と報告されており、今回観測された値は極めて低いと言えますが、陸上の観測地点では本研究とは異なる装置で観測していることから、研究グループでは、今後、同じ測定装置を用いて陸上観測地点との観測データの比較検証を行う予定です。

さらに、観測されたBC粒子の状態について解析したところ、北極海上のBCは「単体の状態」「他の物質に覆われている状態」「他の物質と表面で付着した状態」の3つの状態(図4)で存在していることがわかりました。そのうち「他の物質と表面で付着した状態」のBCについては、他海域(ベーリング海上や西部北太平洋上)では2%以下のところ、北極海上では20%も存在していることが明らかになりました。

BCは粒子自身の性質に加え、それが「どのような状態で存在しているか」がその光吸収特性を左右する重要な因子となります。北極域で他海域とは異なるタイプのBCが優位に存在する点が明らかになったことは、北極海上におけるBCの光吸収特性の評価にとって重要な知見をもたらすものです。

4.今後の展望

本観測結果は、大気化学輸送モデルなどで大気中の化学物質の動態把握計算結果の検証や気候変動に対する影響評価の基礎情報として利用されます。今後は、文部科学省が進めている北極域研究推進プロジェクト(ArCS、※3)において船上観測を継続し、年々変動に対する情報を蓄積するほか、BC濃度・特性の季節変化を追跡することで北極海上のBC粒子の動態を解明し、BC排出量と北極域の環境・気候変動に関する国際的な北極政策への貢献をめざします。

さらに、北極域は地球温暖化をはじめとする気候変動の影響が最も顕著に表れる地域であることから、北極域における化学物質循環を明らかにすることで、全球規模の気候変動の理解およびその予測に寄与することが期待されます。研究グループでは、観測データを用いて大気化学輸送モデルの改良および予測研究を進めるとともに、全球におけるBCの収支・輸送過程を明らかにしていく予定です。

※1  エアロゾル粒子: 大気中に浮遊する液体・固体状の粒子のこと。PM2.5はそのうちの2.5μmより小さいサイズの粒子の総称であり、紫外可視の波長域の光とよく相互作用する。

※2 SP2:BC粒子測定装置。装置の内部に共振されたレーザー光があり、装置内に侵入してきた粒子のレーザー散乱光強度から粒子全体のサイズを推定し、BCが存在する場合はレーザー光により高温に加熱されたBCが発する白熱光強度を検出し、その質量・サイズを推定する。

※3 北極域研究推進プロジェクト(ArCS):2015年9月に開始された文部科学省の補助事業。急変する北極域の気候変動の解明と環境変化、社会への影響を明らかにし、内外のステークホルダーが持続可能な北極の利用等諸課題について適切に判断できるよう、精度の高い将来予測や環境影響評価等を行うことを目的として、国立極地研究所、JAMSTEC及び北海道大学の3機関が中心となってプロジェクトを推進している。

図1

図1 大気中の各量成分の放射強制力のグラフ(IPCC第5次報告書を基に作成)。右方向へは大気を加熱する効果、左方向へは大気を冷却する効果を表す。エアロゾル粒子の硫酸塩や有機炭素は太陽光を散乱させることにより大気を冷やす効果があるが、BCは光吸収性を有しているため、大気を温める効果を有している。BCの大気加熱の効果はCO2(二酸化炭素)やCH4(メタン)と同様に主要な温暖化物質として報告されている。しかし、BC(赤色)に関しては、大気中の濃度や消失過程、発生量に関する情報が不足しているため、大きな誤差(エラーバー:灰色)を有した報告になっている。

図2

図2 室内に設置された装置(左上点線内)および外気取り込み口(右上点線内)。海洋地球研究船「みらい」(下)の最上階の観測室(赤矢印)に設置された装置にチューブを利用して外気を導入し、連続観測を行った。同時に取得している風向・風速のデータから船の後方にある煙突からの排煙の影響を除外し、解析を行った。

図3

図3 海上BC質量濃度の観測結果。
(上)航路上の濃度変化:色はBCの濃度を表す。灰色の線は自船の影響を受けている可能性が高いため、除去されている。北極海上では0.1(青色)~10(緑色)ng/m3の濃度範囲で変化している。一方、低緯度(北緯50度以下)側では、ユーラシア大陸からの影響を受けている可能性が高いため、高めのBC(10(黄色)~100(赤)ng/m3)が観測されている。
(下)BC濃度の時系列変化:灰色は1分平均値、黒色は1時間平均値のBC濃度、点線は観測時の緯度(右軸)を表す。全観測期間のうち、2014/9/6~9/24は定点(74.5N,162.0W)での観測を行っているが、この期間中にも0.01~20 ng/m3の濃度変動が確認されている。9/7付近の少し高めの濃度は陸上からの影響を受けている可能性が示唆されている。

図4

図4 電子顕微鏡で観察したBCの混合状態(北極海上で採取)。a:他の物質と付着したBC、b:単体で存在するBC、c:他の物質で覆われた状態のBC。BCなど粒子の背面にある格子状の物体は、粒子の捕集材を表す。BCにほかの物質による被覆があると、その被覆が太陽光の吸収効率を増幅させることから、BCの状態の違いにより光吸収の特性が変化する。したがって、BCがどのような状態で存在しているかに関する情報がより詳細な気候変動評価を可能にする。本研究の結果、これまで報告例の少ないaの付着型のBCが北極海上で有意に確認された。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
北極環境変動総合研究センター 主任研究員 竹谷 文一
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
広報室 広報係長 小濱 広美
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