トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2016年 4月 14日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

中長期の気候変動予測で観測データを有効活用する新手法を開発
— 海洋と大気の多種多様な観測データを取り込んで、数年先までの予測精度向上を実現 —

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)気候変動リスク情報創生プロジェクトチームの望月崇主任研究員らは、数年先までの気候変動予測精度を向上させる新たな手法を開発し、最近50年間の気候変動を対象にした検証実験によりその予測性能を実証しました。この新たな手法は、観測データをより有効に活用する四次元変分法(※1)とよばれる高度な最適化技術に基づきます。

数年から十数年程度の気候変動予測は、気候変動に対する施策決定の基盤となる予測情報を提供します。その予測精度向上には気候モデル(大気海洋結合モデル※2)の高精度化だけではなく、大気や海洋の様々な観測データを気候モデルに取り込み(データ同化※3)、予測計算開始時の気候状態を適切に決定すること(初期値化)がカギを握ります。しかし、様々な手法で得られた大気や海洋の観測データを整合的に扱うことは容易でなく、従来の中長期気候変動予測では、一部の海洋観測データしか初期値化に利用できていませんでした。

本研究では、JAMSTECが開発した四次元変分法に基づくデータ同化手法を中長期気候変動予測に初めて導入することで、海洋と大気の複数の観測データセットから時間的にゆっくりとした気候変動情報を効率よく取り込み、初期値をより適切に決定できるようにしました。この手法を用いて、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で最近50年の気候変動予測の検証実験を行った結果、全球的な気候変化傾向の高い予測性能が実証されました。特に、日本の気候変動や魚種交代、水産資源変動など、我が国の経済活動に直接影響を及ぼすことが知られている太平洋北西部海域では、予測精度が顕著に向上し、従来は予測困難だった海洋環境変動が統計学的に有意なレベルで予測可能になりました。本成果により、数年先までの高品質海洋環境予測データセットの作成が可能になります。この予測データセットは、水産資源変動研究等に利用されることにより社会へ大きく貢献することが期待されます。

本研究は、文部科学省気候変動リスク情報創生プログラム(SOUSEI)、気候変動適応技術社会実装プログラム (SI-CAT)、及びJSPS科研費26247079,26800253で得られた知見を活用して行われました。本成果は、米国地球物理学連合(AGU)発行の「Geophysical Research Letters」誌に4月14日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Multiyear climate prediction with initialization based on 4D-Var data assimilation
著者名:望月崇1, 増田周平2, 石川洋一3, 淡路敏之4

所属:
1. JAMSTEC気候変動リスク情報創生プロジェクトチーム
2. JAMSTEC地球環境観測研究開発センター
3. JAMSTEC気候変動適応技術開発プロジェクトチーム
4. 京都大学

2.背景

中長期的な気候変動として、数年から十数年に一度、海洋の水温や大気の気圧配置などが短期間でガラリと変化してしまう「レジームシフト」とよばれる現象が知られています。これによる海洋循環の著しい変化は、海洋の熱の取り込み量などに劇的な変化をもたらし、日本近海を含む太平洋北西部海域では魚種交代や水産資源変動の主たる要因とも考えられています。そのため、レジームシフトに関する予測情報は社会経済的な視点からも大きく注目されています。この基盤情報となるのが海洋環境変動の予測データです。なかでも数年先までの海洋環境変動の予測は、従来の地球温暖化予測に加えて数年程度の気候変動も併せて予測する試みでもあります。

こうした気候分野における予測実験では、大気と海洋の変動メカニズムをあらわす物理方程式に基づき、観測データを取り込みながら再現計算を行って予測計算開始時の気候状態(初期値)を決定し、そこから大気と海洋をやり取りさせながらコンピュータに予測計算をさせます。そのため、予測計算開始時の気候状態(初期値)を適切に決定することが、予測の成否のカギを握ります。

これまでの研究から、太平洋北西部海域では、アリューシャン列島付近の海面気圧や北太平洋域の偏西風の動向が、数年をかけてゆっくりと海洋大循環(黒潮や親潮の流速や位置、及びそれらを特徴づける太平洋北西部海域の海面高度など)を変化させるという物理メカニズムが知られています。それを踏まえ、従来の予測実験では、中長期変動の主役として海洋観測データを気候モデルに取り込み、幾つかの海域で高い予測精度を実現してきました。しかしながら、予測計算開始時の大気状態(海面気圧や偏西風の動向)は必ずしも適切に決定されず、太平洋北西部海域の予測結果にしばしば悪影響を及ぼしていました。そのため、海洋観測データに加えて、移動性高低気圧のような短期変動が卓越する大気観測データを用いて、中長期変動に関わる観測データ情報を効果的に気候モデルに取り込むための高度なデータ同化技術の実装が求められてきました。JAMSTECはそれに応えうる革新的なデータ同化技術の一つである四次元変分法データ同化技術を用いた予測システムを開発してきましたが、煩雑なシステム構築や膨大な計算機資源を必要とするため、数年先をにらんだ気候変動予測の舞台でその有効性が実証されることはこれまでありませんでした。

3.成果

四次元変分法データ同化技術を採用した新しい手法を開発し、「地球シミュレータ」を使って、人工衛星やラジオゾンデ、船舶、海洋観測ブイ等によって得られた様々な海洋観測データ(水温、塩分、海面高度)と大気観測データ(気温、比湿、風、地上10m風速)を地球全体で総動員させました。こうした刻々と得られる多種多様な観測データを用いて、予測計算を開始する時刻の瞬間的な情報だけではなく、時間的に連続した変動情報を気候モデルに取り込むこと(再現計算)により、より適切に予測計算開始時の気候状態(初期値)を決定できるようになります。この初期値を用いた予測検証実験は、1961年から2007年までの各年1月1日を予測計算開始日とし、予測期間はいずれも5年先までの47ケースを実施しました。

まず、再現計算結果が過去の中長期変動をよく再現することを確認しました。全球平均した地上気温の再現計算値は過去の変動とよく一致します(図1a)。また、アリューシャン列島付近の海面気圧の動向についても、ゆっくりした過去の変動がよく再現されていて、大気観測データがうまく気候モデルに取り込まれていることがわかります(図1b)。

再現計算では大気観測データとともに海洋観測データも同時に取り込むので、こうしたアリューシャン列島付近の海面気圧偏差は、その空間パターンに若干の歪み(位置のずれなど)をもつこともあります(図2上)。しかし、こうした海洋と大気の観測データの効果的な取り込みによる予測計算開始時の気候状態(初期値)の決定は、特に太平洋北西部海域における数年先までの海洋環境変動予測を統計的に有意なレベルまで引き上げました(図2下)。例えば、予測計算の前年(再現計算期間)にアリューシャン列島付近の海面気圧が平年よりも高いケースであるほど、黒潮や親潮の状態を特徴づける太平洋北西部海域での海面高度がその数年後に高くなるように予測される傾向があり(図2b)、このような傾向は実際の大気海洋変動で過去にみられてきたものと整合します(図2a)。

4.今後の展望

本研究では、四次元変分法データ同化技術を用いて海洋と大気の観測データを総動員することにより、数年先までの気候変動予測精度を向上できる可能性を実証しました。これにより、レジームシフトに伴う気候変化を数年前から予測できる可能性も期待されます。本研究から得られた初期値化に関する基礎的知見は、近年、他の中長期気候変動予測システムの開発や改良において挑戦されている四次元変分法とは別の高い汎用性をもつ高度なデータ同化手法の導入にも生かされていくことが期待されます。

また、本成果により、数年先までの高品質な海洋環境予測データセットの作成が期待されます。とりわけ顕著な成果がみられたのは、水産資源変動や生態系変動からも注目される太平洋北西部海域の海洋環境予測です。気候変動に伴う水産資源変動の予測は、近年、高解像度モデリングなどにより大きく進展しており、気候変動に対する政策立案の点からも注目を集めています。基盤となるような高品質の海洋環境予測データセットの提供を通じて、JAMSTEC内外と連携した応用研究の前進が期待されます。

さらに、継続的な気候変動予測の検証実験とともに、開発したシステムの精緻化や高度化が進めば、より長期の高い予測性能の実現や熱帯など他海域の環境変動に対する予測精度の向上も期待されます。現在、観測データの取り込み方の影響評価など、四次元変分法データ同化技術を採用した将来気候変動予測の実現に向けて、ドイツ・ハンブルク大学のグループと共同研究も実施しています。気候モデル、観測データ、データ同化システム、「地球シミュレータ」といったJAMSTECのもつファシリティを最大限活用しながら、気候変動や水産資源変動・生態系変動などの統合的な理解と予測に向けた研究開発を推進していきます。

[用語解説]

※1 四次元変分法
 数学の変分原理を用いて観測データと数値モデルを最適に融合する手法のひとつ。本研究のように海洋と大気の結合システムに対して適用することは世界的に非常に珍しく、物理法則を活用することによって、力学的に整合性のある(ここでは海洋と大気の三次元空間の)時系列(すなわち「四次元」)を再現することから気候変動予測研究の分野で注目を集めている。これにより、海洋と大気で実際に観測された多種多様なデータを最適化理論にしたがって取り込み、数値モデルによるシミュレーション結果を修正することで新たな統合データセットを作成することができる。別の見方をすれば、時空間的に断片的にしか得られない観測情報を、数値モデルを用いて力学的な補間を実現できるとも言える。

※2 大気海洋結合モデル
大気と海洋の状態を同時に推定する数値モデル。大気と海洋の変動を数値的に解きながら、それぞれから計算される熱や物質、運動量の情報を矛盾なく交換し相互に数値計算に反映させていくことで、一つの結合システムとして状態推定を行うことができる。季節予測からエルニーニョ予測、地球温暖化予測に至るまで様々な時間スケールの気候変動予測で幅広く使用されている。

※3 データ同化
観測データと数値モデルによるシミュレーション結果を融合させる数学的手法。ここでは、時空間的にまばらな観測データを数値モデルによって連続的にすることを意味する。気候変動予測計算を行う際には、データ同化で実際の観測データ情報を気候モデルに取り込むことによって、予測計算開始時の気候状態の適切な決定が可能になり、予測精度の向上につながる。四次元変分法は最も高度なデータ同化手法のひとつである。

図1

図1. 過去の気候変動と予測計算に先立つ再現計算結果の比較(気温と海面気圧)。
(a)全球平均の地上気温(年平均値)と(b)アリューシャン列島付近(北緯30度から65度、東経160度から西経140度の領域平均)の海面気圧(4年平均値)の時系列。いずれも偏差(1971年から2000年までの平均値からのずれ)をあらわしていて、気候モデルによる再現計算結果が過去の気候変動とよく一致している。
(赤)実際の変動。観測値に相当する検証用データとして、米国海洋大気庁NCEP再解析データを用いた。
(黒)再現計算データ(47ケース)。縦棒はアンサンブル計算によって見積もった不確実性の幅をあらわす。

図2

図2. アリューシャン列島付近の海面気圧変動(図1bの時系列)と密接に関係する大気海洋変動(海面高度の相関と海面気圧の線形回帰)の空間パターン。アリューシャン列島付近で領域平均した海面気圧変動を等値線(0.25hPa間隔)で示すとともに、統計的に意味のある海面高度変動をカラーバーで表した。海面気圧変動については、アリューシャン列島付近にある気圧の高い領域が3年後には減少しており、モデル計算のパターンとも一致している。また、海面高度変動については、日付変更線付近を中心として存在していた相関係数の高い領域(赤)が3年後には日本のすぐ東側の太平洋北西部海域を中心に広がっている傾向が、モデル計算のパターンとも概ね一致している。
(a)実際の変動。観測値に相当する検証用データとして、米国海洋大気庁NCEP再解析データ(海面気圧)、気候変動研究のための四次元変分法海洋環境再現データセットESTOC(海面高度)を用いた。
(b)再現計算データとその結果に基づく予測計算データ(47ケース)。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
気候変動リスク情報創生プロジェクトチーム
主任研究員  望月 崇
(報道担当)
広報部 報道課長  野口 剛
お問い合わせフォーム