2016年 9月 27日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)海洋掘削科学研究開発センターの田村芳彦上席研究員らは、地球になぜ大陸が出現したのか、という課題に対して、地球物理学的データと岩石学的・地球化学的データを総合的に用いることによって、従来とは全く異なる新しい仮説を提唱しました。
代表的な海洋島弧である伊豆小笠原弧とアリューシャン弧において、地球物理学データ及び水深データを用いた地殻構造の推定を行い、さらに、この地殻構造と海底火山から噴出するマグマを比較した結果、地殻の厚さと噴出するマグマのタイプに相関があることが分かりました。この結果は、地殻の薄い場所で安山岩質の、地殻の厚い場所で玄武岩質のマグマが噴出していることを示しており、これまでの常識を覆すものです。これは、地殻の薄い海洋島弧の海底火山において安山岩質マグマがつくられること、つまり「海において大陸が生成すること」を示しています。今回の成果は、地球科学において長年の謎とされてきた大陸の生成に関する理解を格段に進歩させるとともに、今後、海洋島弧における地球深部探査船「ちきゅう」による大深度掘削が実現すれば、さらなる全容解明に繋がると期待されます。
本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に9月27日付け(日本時間)で掲載される予定です。
2.背景
地球は太陽系で唯一、大陸と海洋を持つ惑星です。大陸と海洋底は地形的な二分性(※1)を持つ上に、構成している岩石が異なっています。地球表面の7割を占める海洋底は6-8kmの薄い玄武岩の海洋地殻で形成されていますが、陸地を形成する大陸は30−50kmの厚い安山岩質の大陸地殻で形成されています。地球になぜ大陸が出現したのかについては、従来多くの研究や議論がなされてきましたが、いまだコンセンサスが得られていない、地球科学における未解決課題の一つです。大陸の平均組成が安山岩組成であることが分かってきたため、大陸の材料としての安山岩質マグマがどのようにしてできるのかが重要な論点となります。安山岩質マグマはプレートの収束境界(沈み込み帯)において特徴的に噴出することは分かっていますが、安山岩質マグマ自体がどのようにつくられるかはよく分かっていませんでした。また、
ということが定説とされており、つまり、これまでの常識では、大陸形成の材料となる安山岩質マグマは、すでに厚い地殻をもつ大陸に噴出することになり、言い換えれば、大陸形成の材料は大陸でないと手に入らないということになります。これでは、もともと大陸がどのようにして形成されたのかという問題に関しては、鶏が先か、卵が先か、という因果性のジレンマを含んでいました。
3.成果
本研究では、伊豆小笠原弧及びアリューシャン弧をターゲットとしました。これら二つの島弧は、代表的な海洋島弧であり、大陸から遠く離れているため、もともとあった大陸地殻の影響が少なく、海洋底からの島弧の形成、さらには大陸形成を研究するためには最も重要な地域と考えられています。また伊豆小笠原弧においては、JAMSTECを中心に船舶や海底地震計を用いた地殻構造探査により、詳細な地殻構造の研究が行われ(図1)、アリューシャン弧においては部分的ではあるものの地殻構造の調査が行われてきました。今回、これらの地球物理学的データや水深データを用いて、両島弧における地殻構造、特に地殻の厚さの推定を行いました。さらに、伊豆小笠原弧においては、JAMSTECを中心に船舶や火山島調査によって多くの溶岩が採取され、それらの化学分析データなどは、JAMSTECが構築した深海底岩石データベース(GANSEKI)に収録されています。GANSEKIのデータおよびアリューシャン弧においてはこれまでに公表されている火山の溶岩の化学組成のデータを用いて、地殻構造と噴出するマグマのタイプを対応させた結果、これまでの常識とは異なり、地殻の薄い地域(厚さ30km未満)では安山岩質マグマが噴出し、地殻の厚い地域(厚さ30km以上)では逆に玄武岩質マグマが噴出していたというこれまで予想されていなかった意外な結果が現れました。
(1)地殻構造の推定
伊豆小笠原弧の詳細な地殻構造はこれまでの地殻構造調査による研究で明らかになっていましたが(図1)、他の多くの海洋島弧では調査データが十分ではないため、構造の解明が進んでいません。そこで、データの少なさを補うため、新たな手法を模索した結果、水深データを用いて、地殻の厚さを推定するという簡便な方法を考案しました(図2)。地殻はマントルに比較して密度が軽いため、アイソスタシーの原理(※2)を用いると、水深が浅いほど、地殻は厚くなり、水深が深いほど、地殻が薄いことになります。伊豆小笠原弧の北部の地殻の厚さは32-35kmですが、西之島を含む南部の地殻の厚さは16−21kmと顕著に薄くなっています。水深も北部から南部に向けて深くなっていきます(図2及び図3)。よって、地殻の厚さと水深との間に、予想通り相関関係があることから、アイソスタシーが成り立っていると考えられます。水深から推定した地殻の厚さを用いると、アリューシャン弧においては、東部では地殻は35kmの厚さを持ちますが、西部では10−20kmしかないことが示唆されました(図4及び図5)。つまり、地殻構造から見ると伊豆小笠原弧の北部とアリューシャン弧の東部は厚い地殻を持ち、伊豆小笠原弧の南部とアリューシャン弧の西部は薄い地殻をもつということになります(図5)。
(2)噴出するマグマのタイプ
この地殻構造と火山から噴出する溶岩を比較してみると、興味深いことに、30km以上の厚い地殻を持つ場所では玄武岩質マグマが噴出しており(図6a及び図6b)、反対に20km前後の薄い地殻を持つ場所からは安山岩質マグマが噴出していることが判明しました(図6c及び図6d)。さらには伊豆小笠原マリアナ弧の漸新世の時期(約3400万年~2300万年前)、つまり島弧の活動が始まったばかりで、地殻が薄かったと考えられる時期は、安山岩が噴出していることもわかったのです(図6e)。これは、これまでの常識とは異なり、
ということを示したことになります。この事実は、地殻の薄いときにはマントルにおいて安山岩質マグマが生成され、地殻の厚いときにはマントルにおいて玄武岩質マグマが生成されていると考えると整合的です。
(3)大陸は海から誕生したという新しい仮説
マグマは高温、高圧の状態で地下のマントルが部分融解することで生成します。マグマのタイプはマグマの源であるマントルの含水量と溶けるときの圧力に強く依存しています。プレート収束境界(沈み込み帯)のマントルは、沈み込むプレートから大量の水の供給を受けていると考えられとともに、沈み込み帯のマントルの含水量は海洋島弧に沿った方向ではほぼ一様と考えられます。マグマは地殻の下の水を含んでいるマントル(以下、「含水マントル」という)で生成されるため、地殻の厚さはマグマ生成の圧力と直接に関係する可能性があります。従来多くの岩石学的実験が行われてきましたが、圧力が低い場合に、含水マントルにおいて安山岩質マグマが生成する可能性が大きいことが示唆されてきました。よって、実験岩石学的にも地殻の薄いところで低圧のマントル融解がおきて、含水マントルで直接に安山岩質マグマを生じることは十分予想されるのです。本仮説は、プレートの収束境界でも地殻の薄い海洋島弧でのみ、マントルで安山岩質マグマが生じて大陸を形成していくというものです(図7)。逆に地殻が30kmを越える厚い場所では、地殻の下がすでに高圧のため、含水マントルで安山岩質マグマを生じることは不可能となり、玄武岩質マグマのみが生成されます。玄武岩質マグマは既に存在している安山岩質の地殻を溶かすことが伊豆小笠原弧でも示されています。よって、安山岩質の地殻(大陸地殻)はある程度成長すると、逆に溶かされて、その成長に制限がかかることになります。この考えによると海で覆われた初期地球においては、地殻全体が薄かった場合、大陸の生成が非常に活発におこなわれたことになります(図7)。一方、初期地球においてマントルは現在よりも高温であり、海洋地殻が30km以上の厚さをもっていたかもしれません。そのような厚い海洋地殻をもった高温の地球においては大陸をつくる安山岩質マグマは生成されなかったことになります。このことは、地球にいつ大陸が出現し始めたか、に関して新たな制約をあたえ、地球の歴史と大陸の成長を考える上でも新しい視点を与えることになります。
4.今後の展望
2013年11月、西之島が活動を再開しました。西之島のこの噴火現象は、単なる島の拡大というだけではありません。40年前の噴火から今回の噴火にいたるまで、西之島で噴火した溶岩はすべて安山岩で、海洋底をつくる玄武岩とは成分が異なっています。さらには、伊豆大島や三宅島で噴出する溶岩は玄武岩であるため、伊豆小笠原弧のマグマとも成分が異なっています。なぜ安山岩質マグマが太平洋の真ん中で噴出するのでしょうか。西之島の噴火のプロセスが、海洋からの「大陸の誕生」を再現している可能性があります(図8)。
西之島で2016年に採取した溶岩の分析は終了し、本仮説を支持する結果が得られており、2016年のJpGUやGoldschmidt等の学会で発表されました。また、ニュージーランドのケルマディック島弧は伊豆小笠原弧と同様の海洋島弧であるため、来年度はドイツの調査船によるケルマディック弧における調査航海に参加し、本仮説の普遍性を検証することを検討しています。また、この仮説によると、伊豆小笠原弧の北部では玄武岩質火山の地下に、できたばかりの安山岩質大陸地殻が存在することになります。地球深部探査船「ちきゅう」による島弧の掘削が実現すると、できたばかりの大陸地殻を掘削し、大陸生成の全容解明に繋がると考えられ、その進展が望まれるところです。
※1 二分性
陸地には高さが8kmを超える大山脈があり、海には水深10km以上の海溝がある。一方、その地形の変化は連続的ではなく、明瞭に大陸と海洋底、大陸地殻と海洋地殻に分けることができる。このような天体表面の特徴を二分性(にぶんせい)という。
※2 アイソスタシーの原理
地殻もマントルも岩石でできているが、地殻は密度が低く、マントルは密度が高いため、まるで地殻がマントルに浮いているような挙動を示す。厚い地殻は上に盛り上がる分、マントルの中にも根を持っているように下に張り出している。上に盛り上がると水深は浅くなるため、水深が浅いほど地殻は厚いということがいえる。
図1 伊豆小笠原弧の火山フロントに沿った地殻構造(Kodairaほか2007による)。伊豆小笠原弧の北部の地殻の厚さは32-35kmだが、西之島を含む南部の地殻の厚さは16−21kmと顕著に薄くなっている。
図2 地殻構造測線(図1)に沿った水深と地殻の厚さの関係。水深の浅い地域は地殻が厚いことがわかる。特に火山と火山の間において、水深と地殻の厚さに明瞭な相関があり、アイソスタシーが成り立っていることが示唆される。
図3 火山フロントに沿った、火山と火山の間の、水深と地殻の厚さの関係。水深と地殻の厚さがアイソスタシーから予想される相関関係をもっていることが示されている。水深の浅い北部伊豆小笠原弧は厚い地殻をもち、水深の深い南部伊豆小笠原弧は薄い地殻を持つことがわかる。伊豆鳥島はその中間に位置している。
図4 アリューシャン弧の地形と火山フロントに沿った地形断面。アリューシャン弧はアリューシャン海溝に沿って太平洋プレートが北米プレートに沈み込んでいるプレート収束境界(沈み込み帯)である。アリューシャン弧ではアダック島(Adak)の東は火山島が多く、水深も浅い。一方、アダック島の西は水深が深く、海底火山が多くなっている。
図5 火山フロントに沿った、火山と火山の間の、水深と地殻の厚さの関係。アダック島の東は地殻も厚く(35-37 km)北部伊豆小笠原弧の地殻の厚い部分とよく対応する。アダック島の西の地殻構造は得られていないが、水深(2,000~4,000 m)から推定される地殻の厚さは10~20 kmである。
図6 伊豆小笠原弧の北部と南部、アリューシャン弧の東部と西部、伊豆小笠原マリアナ弧ができた初期(漸新世:約3,400万年~2,300万年前)に噴出した溶岩のシリカ成分(SiO2重量パーセント)の頻度分布を表している。頻度分布は分析された溶岩の個数(頻度)の分布を示し、nは分析された全個数を示している。シリカ成分で青く示されている部分が安山岩質マグマの範囲である。(それよりシリカの少ないものは玄武岩質マグマ、シリカの多いものはデイサイト質マグマと流紋岩質マグマ)。伊豆小笠原弧北部、アリューシャン弧東部では玄武岩質マグマが多い反面、伊豆小笠原弧南部、アリューシャン弧西部、漸新世で安山岩質マグマが卓越していることがわかる。
図7 プレートの収束境界(沈み込み帯)の火山活動は、陸側プレートの下に、海溝に沿って海洋プレートが沈み込むことによって起こる。沈み込む海洋プレートの直上では、含水マントルが部分的に溶ける。これを部分融解という。部分融解した(液体と固体の混じった)かたまりは密度が小さく、浮力を受けてマントル中を上昇し、液体のマグマを増やしながら、マントルと地殻の境界まで上昇する。この液体(マグマ)と固体(溶け残りマントル)が合わさった塊をマントルダイアピルという。マグマと溶け残りマントルは分離するまでは化学的に平衡であるため、低圧ではマグマは安山岩質となり、高圧では玄武岩質となる。 左図は陸側プレートの地殻が薄い場合、右図は地殻が厚い場合の違いを示す。陸側プレートの地殻が薄い場合はマントルダイアピルが浅い場所でマグマを分離することができるため、安山岩質(初生)マグマが直接生成される。一方、陸側プレートの地殻が厚くなると、マントルダイアピルが低圧でマグマを分離できるような部分が無くなるので、玄武岩質(初生)マグマしか生成できない。
図8 新しい仮説を生み出すきっかけとなった西之島の噴火。西之島の調査結果及び岩石の分析結果は続いて出される論文で議論される。