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プレスリリース

2016年 10月 19日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

食物連鎖を底辺で支える植物プランクトンの多様性と生産力の関係を解明
―将来の水産資源量変化予測の高度化に寄与―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境観測研究開発センターのSherwood Lan. Smith主任研究員は、スペインバルセロナの海洋科学研究所及びドイツブレーメンのライプニッツ熱帯海洋生態系センターと共同で、食物連鎖の基礎を支える植物プランクトンに着目し、群集(種類やサイズ)の多様性と生産力(炭素を合成する能力)の関係を明らかにするため、新たな海洋生態系モデルを構築することに成功しました。また、このモデルで計算した結果、海洋中での「場の乱れ」が生産力の鍵を握ること、具体的には、場が乱れた環境では、植物プランクトン群集の多様度が高いほど生産力が高まり、安定した環境下では、群集の多様度が低いほど生産力が高くなることがわかりました。

これまで議論されてきた群集と生産力の関係性は、世界有数の漁場である北西部北太平洋などの時間や空間が限られた観測点での海洋観測等による結果に基づくものでしかありませんでしたが、今回初めて、時間的に連続し、空間的にも広範囲に存在する植物プランクトンの様々な種類やサイズで構成される複雑な群集全体の多様性と生産力の関係をつなぐ機構を明らかにしました。2015年国連サミットで採択された「17の持続可能な開発目標」の1つに「海洋と海洋資源の保全・持続可能な利用」が掲げられ、海洋生物の保全は大変重要視されています。本研究で明らかにすることができた植物プランクトンの生物多様性と生産力の理解は、他の生物の群集や生態系が持つ多様性と生産力の理解につながるものであり、持続可能な生態系サービスを維持するためにも貢献する知見です。

今後は、このモデルを応用し、動物プランクトンの成長の仕組みを表現する新たな低次生態系モデルを開発する予定で、これによりプランクトンを餌とする魚など将来の水産資源量変化の予測に貢献していくことが期待されます。さらに、これを既存の海洋生態系モデルに組み込むことにより高精度化し、地球温暖化が進行した場合に将来の低次生態系の生産がどのように変化するか、確度の高い予測を行っていきたいと考えています。

本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に10月17日付けで掲載されました。

なお、本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構JSTによる戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援のもと「北太平洋域における低次生態系の動的環境適応に基づいた新しい生態系モデルの開発」(研究代表者:Sherwood Lan Smith)の一環として実施したものです。

タイトル:Phytoplankton size-diversity mediates an emergent trade-off in ecosystem functioning for rare versus frequent disturbances
著者:S. Lan Smith 1、Sergio M. Vallina 2、Agostino Merico 3
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
2. Institute of Marine Sciences (CSIC), Barcelona, Spain
3. Systems Ecology, Leibniz Centre for Tropical Marine Ecology (ZMT) and Jacobs University, Bremen, Germany

2.背景

海洋生物の保全、持続的な利用のためには、どこに(地理的分布)、どのくらい(生物の量、あるいは炭素の量)、どのような(種類)生物が生息しているか、「生物の多様性」を把握する必要があります。また、これらの生物が温暖化などの環境の変化に対してどのように応答するのか、そのメカニズムを明らかにすることは世界の喫緊の課題です。さらに、2015年国連サミットで採択された「17の持続可能な開発目標」の1つに「海洋と海洋資源の保全・持続可能な利用」が掲げられ、海洋生物の保全は水産資源の保全という点で大変重要視されています。

日本の東に位置する北西部北太平洋は、全海洋面積の6%しかないにもかかわらず、イワシやサンマなどの世界の沿岸・沖合・遠洋漁業漁獲量の27%が得られている世界有数の漁場となっています。また、世界で魚を食する人口の増加や、1人あたりの年間水産資源供給量も1960年に比べ、2007年には倍増しており、世界的に水産資源の需要は急速に拡大しています。しかしながら、IPCCの第5次評価報告書によると、地球温暖化、海洋酸性化あるいは餌になるプランクトンの減少などにより、今後漁獲量が地球規模で大幅に減少すると予測されており、将来の水産資源量変化の確度の高い予測が喫緊の課題となっています。

これまでも船舶等による海洋観測が実施され、生物多様性の理解に向けた生物の生産力(炭素を合成する能力)や群集(種類やサイズ)組成についてのデータは蓄積されてきています。これらのデータを解析した結果、北西部北太平洋は、植物プランクトンなどの餌が豊富であり、それにより豊富な水産資源を支えていることが定性的には分かっていました。しかしながら、現場観測は時間や場所が限られた“スナップショット”の結果であり、時間的に連続し、かつ空間的にも広範囲に存在する植物プランクトンを、種類ごとではなく、様々な種類やサイズで構成されるプランクトンの“群集”として捉えた際、環境の変化に対して群集の生産力がどう変化するのかを理解することは現場観測だけでは難しい状況でした。このため、本研究では、新たな低次生態系モデルを開発し、モデルの視点から生態系全体を群集として捉え、その生産力と現場の環境との関係を説明するメカニズムを解明することを目指しました。

植物プランクトンは海洋における食物連鎖の底辺を支える生物です。植物プランクトンの群集は、それを餌にする動物プランクトン、動物プランクトンを餌にする小魚、さらには小魚を餌にする大型魚類などの群集組成に影響を及ぼすことから、植物プランクトンの群集組成を把握するとともに、その多様性と生産力が環境変化とどのような関係があるのかを知ることは大変重要です(図1)。これまでの観測や室内培養実験から、植物プランクトンは現場の日射や栄養塩濃度に素早く順応し、常に最適な成長速度を保ちながら細胞への栄養塩取り込みや有機物合成を行う能力を持ち、植物プランクトンの群集やサイズの地理的分布(多様性)はこの能力によって決まるということがわかっていましたが、既存の生態系モデルではこれを表現することはできていませんでした。

3.成果

Smith主任研究員らは、プランクトンにとって最適な栄養塩摂取と成長モデルの力学を結びつけ、既存の海洋生態系モデルではできていなかった、細胞が常に最適な成長速度を保つように栄養塩を取り込んで成長するというダイナミックな成長の仕組みをたった1つの方程式で表現するフレキシブル植物プランクトン成長モデル(FlexPFT モデル)の開発に成功しました。また、このFlexPFT モデルを利用して、北西部北太平洋の亜寒帯と亜熱帯域の観測でこれまで得られた植物プランクトンのサイズ分布結果の再現に成功し、モデルの視点から植物プランクトンの多様性と生産力が現場の環境によってどう変わるのかそのメカニズムを明らかにしました。

植物プランクトンが成長する時に必要な3要素は、光、栄養塩、温度です。植物プランクトンの成長にとって、光と温度は環境が安定している状態(海水の動きが静かな状態)が望ましい一方で、栄養塩は絶えず供給される状態(海水が常に動いている状態)が望ましい環境です。この3要素のどれが植物プランクトンの成長にとって最も重要かは、種類によって異なるため、群集として生産力が高くなるのか低くなるのかを理解することは非常に困難です。

新しく開発したFlexPFTモデルによるシミュレーションの結果、海洋中で生じる混合(海水が上下左右の方向に動くこと)などによって、この3要素の環境が突然変わる状況(場の乱れ)が、群集の生産力を左右することがわかりました。具体的には、短期的には、場が乱れた環境では、植物プランクトン群集の多様度が高いほど生産力が高まることがわかりました(図23)。しかし、長期的に見ると、安定した環境下で、群集の多様度が低いほど生産力がわずかに高くなりました(図24)。これは、場が乱れた環境での群集と生産力の関係を説明する機構として「選択効果」(常にその場の栄養塩や光、温度にあった最適な種類が優占していくこと)が効いていると考えられます。常に場が乱れた環境下(荒天状態)では、短期的には高い栄養塩濃度を要求する最も生産力の高い大型の種が群集の優占種となるためと考えられ、また、長期的に見ると安定した環境下では、栄養塩が低い状態に適した小さい大きさの数少ない群集が生産に貢献するためと考えられます。このように植物プランクトンは、群集として環境に比較的しなやかに順応し、生産する仕組みを持っていることがわかりました。

4.今後の展望

本研究で明らかになった植物プランクトンの群集の多様度と生産力の関係は、植物プランクトン以外の生物もその多様度が高い群集であるほど短期的な環境変化によく応答して生産する能力を持つ(耐性がある、レジリエンスが高い)ことを示唆し、他の生物群集の多様度と生産力の関係を理解する上でも役立ちます。一方で、安定した環境が長く続く場合は、多様度が低い群集の方がよく環境に応答して生産する能力を持つこともわかりました。つまり、生産力を保つための最適な群集組成は、場の乱れ具合(海域や気候)によって様々であり、一定ではないことを意味します。

今後は、動物プランクトンに関してもその成長の仕組みを1つの方程式で表現できるよう新たなモデルを開発し、現場を反映したこれらの低次生態系モデルを用いて、温暖化が進行した将来の低次生態系の生産がどう変化するか確度の高い予測を行っていきたいと考えています。本研究の成果は、海洋生態系モデルでの計算結果の確からしさを向上させることに貢献する重要な成果であり、世界有数の漁場である北西部北太平洋の今後の水産資源量の定量的な把握など、将来の水産資源量変化の予測の高度化に寄与できると考えています。

図1

図1. 海の食物連鎖

図2

図2.  左図のような安定した環境では、生物多様性が低い植物プランクトン群集の生産力がわずかに高い。しかし、右図のような変動の激しい環境では、生物多様性が高い植物プランクトン群集の方が、生産力が高くなる。

図3

図3. 植物プランクトン群集の生産力(成長速度)と細胞サイズの多様性の関係を本研究のモデルを使って短期間(混合させた後の7日間を計算)計算させた時の平均値を図式化したもの。横軸は植物プランクトンの細胞サイズの多様度指数hで、縦軸は 7日間でどれだけ環境条件を変えたかその頻度を示す(1d-1は1日に1回混合させるという意味で、1/7d-1は7日に1回しか混合させないという意味)。環境条件を変化させるために混合を起こし、混合を起こしてから短期間内で植物プランクトン群集が場に順応する能力をどれだけ持っているか、種類間の平均的な成長速度(µP)で示した。

図4

図4. 植物プランクトン群集の生産力(成長速度)と細胞サイズの多様性の関係を本研究のモデルを使って長期間(混合させた後90日間を計算)計算させた時の平均値を図式化したもの。 横軸は植物プランクトンの細胞サイズの多様度指数hで、縦軸は90日間でどれだけ環境条件を変えたかその頻度を示す(1d-1は1日に1回混合させるという意味で、1/90d-1は90日に1回しか混合させないという意味)。環境条件を変化させるために混合を起こし、混合を起こしてから長期間内で植物プランクトン群集が場に順応する能力をどれだけ持っているか、種類間の平均的な成長速度(µP)で示した。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境観測研究開発センター 海洋生態系動態変動研究グループ
主任研究員 S. Lan Smith
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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