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プレスリリース

2016年 11月 1日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

プチスポット火山のマントル捕獲岩が示す海洋プレートの構造・組成改変の証拠
―アウターライズにおけるプレート破砕等の現象解明への手がかり―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋掘削科学研究開発センターの阿部なつ江主任技術研究員らは、ローザンヌ大学、カーディフ大学及び東北大学と共同で、海洋プレートの構造・進化過程を解明するため、日本海溝沖北西太平洋の「プチスポット火山(※1)」(図1)から採取した海洋プレート下部に由来するマントルかんらん岩捕獲岩および捕獲結晶(※2)の分析を行いました。海洋プレート下部の化学組成について従来は、中央海嶺玄武岩(※3)や、海嶺近辺の海底に露出する深海底かんらん岩(※4)試料の岩石学的研究から推定し、単に中央海嶺玄武岩の溶け残り物質としての化学組成であると予想されていました。今回の研究結果はそれとは異なり、中央海嶺で形成された海洋プレート下部が、長い年月の間に、少量の玄武岩質マグマとの反応によって、部分的に変化していることを突き止めました。これは、海洋プレートが中央海嶺で形成された後の移動や沈み込みに伴う応力変化で形成されるアウターライズ(※5)などの屈曲で引き起こされる変形・破砕によって、その基底部に少量のマグマが加わることで生じたものと考えられます(図2)。

プチスポット火山の玄武岩は、海洋プレートの下の(地震波)低速度層(※6)に普遍的に存在すると考えられるごく少量のマグマが噴出したものであることから、噴火途中の火道壁にある海洋プレート物質を捕獲岩として包有しています。海洋プレート最下部(海底下70km以深)は、掘削などの手段を用いても、現在の技術では直接採取することが困難な深さであることから、直径が数mm~数cm以下と非常に小さな岩片ですが、本研究結果は、海洋プレートの特に下部の複雑な構造を直接示す世界で初めての物的証拠であると言えます。

この成果は、全地球規模のマントルの組成や循環の時空間スケールでの規模を見積もるための化学組成不均質の解明に繋がる重要な成果です。また、海洋プレートの物質改変は、プレートの物理特性をも改変すると考えられることから、大きな津波被害が予想されるアウターライズ地震を引き起こすプレートの屈曲や破砕のメカニズムを明らかにする手がかりにもなると考えられます。

本研究は、JSPS科研費JP17340136,JP20340124の助成を受けて実施されたものです。

なお、本成果は、英科学誌「Nature Geoscience」電子版に11月1日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Pre-subduction metasomatic enrichment of the oceanic lithosphere induced by plate flexure
著者:S.Pilet1、阿部 なつ江2、L.Rochat1、M.-A.Kaczmarek1、平野 直人3、町田 嗣樹4、D.Buchs5、O.Baumgartner1、O.Muntener1
1.ローザンヌ大学、2.JAMSTEC海洋掘削科学研究開発センター、3.東北大学、4.JAMSTEC海底資源研究開発センター、5.カーディフ大学
URL:http://www.nature.com/ngeo/journal/vaop/ncurrent/full/ngeo2825.html

2.背景

地球表層の面積の6割以上を占める海洋プレートは、中央海嶺下で、マントル対流にともなう上昇流により形成された後、水平に移動し、最終的に日本列島のような島弧海溝システム(海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所)において、マントルに沈み込んで行くと考えられています(図3)。中央海嶺で形成されてから沈み込むまでの間に、海洋プレートの表層部は海水と反応して冷却されたり、化学変化を起こして水や二酸化炭素、さらにはケイ素やストロンチウムなどの元素が付加していくことから、地球規模の物質循環・地球化学的循環の重要な役割を果たしていることが分かっています。また海洋プレートは、沈み込む直前でアウターライズを形成したり、プレート深部まで達する断層を生じることが分かっています。そして海洋プレートは、日本列島のような沈み込み帯においては、島弧下のマントルへと沈み込む際に、脱水した水やケイ素などを放出することで島弧火山活動を引き起こしたり、また表面にある海山などの凹凸が地震活動に大きな影響を及ぼすことが知られています。海洋プレート全体の確実な構造や化学組成の情報を得ることは、島弧沈み込み帯における地震や火山活動などの諸現象を解明するために重要であり、そのため海洋プレートの物質化学的・地球物理学的に詳細な調査が必要とされてきました。

一方、海洋プレートの深部は、掘削などで直接試料を採取することは現在考え得る技術では不可能です。これまでの研究は、中央海嶺下の上部マントル物質が部分溶融して出来た玄武岩質マグマが、海底付近で固まって出来た中央海嶺玄武岩や斑れい岩等の海洋地殻の岩石試料を用いた推定や、オフィオライト(※7)と呼ばれる陸上に露出した海洋プレートの断片の調査が主流でした。その結果、海洋プレートのマントル部分は、中央海嶺で玄武岩質の海洋地殻を形成した後の溶け残り物質であると推定されてきました。

一方、近年発見されたプチスポット火山は、その噴火の際にマグマが通過する火道の壁面の岩片を取り込み、海底に噴出していることが分かっていました。つまり、このプチスポット火山のマグマに包有されているマントル捕獲岩を分析することで、断片的ではあるものの、地下深部の情報を直接得ることができると考えました。

3.成果

本研究では、プチスポット火山のアルカリ玄武岩中に含まれる単斜輝石捕獲結晶や、微小のかんらん岩捕獲岩に含まれる単斜輝石中の希土類元素を含む微量元素濃度を、LA-ICPMS(レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法)で測定しました。その結果、それらは主に安定大陸に噴出するキンバーライト(※8)に包有されるざくろ石かんらん岩(※9)捕獲岩中の単斜輝石と酷似した微量元素組成を示すことが分かりました(図4)。つまり、海底下70~100kmの海洋プレート最下部を占めるざくろ石かんらん岩の安定領域から捕獲されていて、それがプレート形成時から比べると、様々な程度のマントル交代作用(※10)を受けた物質であることが分かりました。

本研究は、JAMSTEC船舶による調査航海により採取されたマントル捕獲岩試料を用いて行い、海洋プレートが中央海嶺で形成されてから日本列島下へ沈み込むまでの間に化学的に改変されていく過程の直接的な証拠を示した、世界で初めての研究結果です。

海洋プレートは、沈み込み帯マントル中へと循環していくことから、本研究結果はマントルの化学的な不均質性を説明する要素としても重要です。海洋プレートの複雑な形成過程の一部が明らかになったことで、現在の地球内部のダイナミクス、そして地球46億年の歴史を紐解く上で重要な課題である海洋地殻に関する知見が得られると期待しています。

4.今後の展望

今後は、同試料中の微量の水分量や電気伝導度・地震波速度などを調べ、地震学や電磁気学等の地球物理学的解析結果との比較を行うなど、海洋プレートの物理特性の解明にも研究範囲を広げる予定です。前述の通り、海洋プレートは日本列島などの島弧に沈み込む際に、地震や火山活動を引き起こすことから、沈み込みに伴う、特にアウターライズにおけるプレートの変形や水分量の変化などを詳しく調べる必要があります。海洋プレートから島弧プレートへと放出される水分量や様々な元素の濃度、物理特性の違いによる屈曲程度の差、断層の形成の多様性などを調べることで、全地球規模での地球化学的研究だけでなく、地球表層におけるダイナミクス解明へと展開したいと考えています。

将来的には、地球深部探査船「ちきゅう」によるマントル掘削が実現すると、これにより得られる海洋プレート上部の地殻からマントル浅部までの連続情報を、本研究による、より地下深部からの情報に加えることで、海洋プレート全体の構造・進化過程の解明、さらには化学的に改変を受けた海洋プレートの組成は、地球進化過程の解明のより詳細なシミュレーションのためのデータとなることが期待されます。

※1 プチスポット
プチスポット(またはプチスポット火山)とは、これまで3つの分類に分けられていた地球上の火山活動域(1.プレート発散境界である中央海嶺、2.プレート収束域である島弧、3.ホットスポットとよばれるマントル・プルーム上昇域)とは異なる地域に噴火する極小規模な海底火山のこと。深海底や海溝に近い深海底(図1の星印)で発見された新種の火山。自然科学の国際学術誌「Science」に掲載された論文(Hirano et al., 2006)で発表(平成18年7月27日既報)されたこの火山の形成モデルによると、マグマの供給や上昇はプレート沈み込みに伴うプレートの屈曲に深く関わっているため、そのような火山の存在は三陸沖以外の様々な海域にも存在しているだろうと予想され、実際にチリ沖、トンガ沖、スンダ海溝などから発見されている。

※2 マントルかんらん岩捕獲岩、捕獲結晶
マントルかんらん岩捕獲岩とは、キンバーライト(※8)やアルカリ玄武岩などのマントル由来のマグマに包有されているマントル物質(かんらん岩)の岩片のこと。通常、かんらん岩であり、かんらん岩捕獲岩とも呼ばれる。捕獲結晶は、そのような岩片のなかでもとりわけ一つの結晶粒子のみの場合の呼び方。

写真:かんらん岩捕獲岩の例(オーストラリア産):黒い部分はアルカリ玄武岩で、中央部分がかんらん岩。かんらん岩中には、かんらん石(黄色)、斜方輝石(茶色)、単斜輝石(緑色)と、スピネル(この写真では見えない)で構成されている。

※3 中央海嶺玄武岩
マントル対流の上昇域にあたる中央海嶺で、海底に噴出する玄武岩のこと。実験岩石学的研究から、上部マントル物質であるかんらん岩が減圧に伴い、20%程度部分溶融して中央海嶺玄武岩質マグマを形成すると考えられている。そのマグマが海底に噴出して固結すると、海洋地殻上部の玄武岩となり、海底下3〜6kmの深部で固結すると海洋下部地殻の斑れい岩を形成すると考えられている。また、部分的に溶融して玄武岩を放出した後のかんらん岩のことを、「溶け残りかんらん岩」や「溶け残りマントル物質」と呼ぶ。海洋プレートの構造は、下図のように、上部から堆積層、玄武岩、斑れい岩(ここまでが海洋地殻)、溶け残りかんらん岩(ここから下がマントル)で構成されていることが、オフィオライト(※7)における陸上調査や、海底音波構造探査などから推定されている。地殻とマントルの境界面をモホ面と呼ぶ。将来予定されている「ちきゅう」によるマントル層までの世界最深までの掘削計画「マントル掘削」においても、採取できる試料は、マントル最上部(海底下6~7km)までが限度である。

※4 深海底かんらん岩
中央海嶺近傍において、玄武岩形成量が少ない時期など特殊な場合に、海洋下部地殻〜最上部マントルまでを構成する斑れい岩やかんらん岩が、玄武岩の代わりに海底面付近まで上昇する事が知られている。ここに露出しているかんらん岩は、中央海嶺玄武岩を放出した後の溶け残りマントル物質であると考えられている。それらの岩石は、海底面に露出する際に海水と反応し、低温の変成作用によって部分的に変質しているが、少量の変成に強い鉱物が残っているため、それらの化学組成を分析することで、変質前の岩石の化学組成を知ることが出来る。

※5 アウターライズ
アウターライズとは、日本海溝などの海溝軸に向かって沈み込む海洋プレートが、陸側から見たときに外側(アウター側)において若干盛り上がっている部分を指す。海溝において大陸プレート下に沈み込む際に、弾性体である海洋プレートに応力がかかって上側に凸にわん曲(ライズ:上昇)することから、このように名付けられた。湾曲とともに、海溝軸に向かって徐々に速度構造が変化していること、海溝近辺では海底面から海底下40km以深までおよぶ程の断層が形成されることが、海域地震観測により明らかになっている。また、断層形成に伴うアウターライズ地震により、1933年昭和三陸地震のように、巨大な津波を引き起こす可能性があることが知られている。

※6 低速度層
海洋か大陸かを問わず、プレート(岩石圏)の下に存在する地震波伝搬速度の遅い層で、アセノスフェア(対流圏)と呼ばれることもある。なぜその深さのマントルが低速度を示すのか、その原因は未だに明らかではないが、その深さのマントル物質(固体)中の含水量の差によるものか、又はごく少量のマグマが存在する事が原因との2つの説が有力である。

※7 オフィオライト
かんらん岩(蛇紋岩)、苦鉄質岩(斑れい岩、ドレライト、玄武岩、およびこれらの変質岩)、チャートなどが複合して産するもの。海洋プレートの沈み込みに伴って付加ないしは陸側に乗り上げた海洋プレートの断片と考えられている。日本、オマーン、キプロス、ニューカレドニアなどの島弧沈み込み帯や造山帯などに産する。

※8 キンバーライト
キンバーライトとは、アフリカ大陸や北米大陸などのいわゆる安定大陸に噴出するケイ素に乏しく、アルカリ(K2O, Na2O)や揮発性成分に富むマグマで、しばしばダイアモンド含む母岩として知られている。安定大陸下の厚い大陸プレートの最下部からの爆発的な噴火にともない、ダイアモンドとともにマントルや地殻物質の岩片を捕獲岩として包有する。

※9 ざくろ石かんらん岩
ざくろ石を3〜5%含むかんらん岩。地球の上部マントルを構成するかんらん岩のうち、地下約70km以深の比較的高圧下で安定に存在すると考えられている。上部マントルのかんらん岩は、主要構成鉱物のかんらん石、斜方輝石、単斜輝石には固溶しきれないAl(アルミ)成分を含む鉱物相として、圧力に応じて斜長石、スピネル、ざくろ石が随伴鉱物として少量含まれることが、高圧実験岩石学的研究から明らかになっている。この随伴鉱物の種類によって、得られたかんらん岩試料が、地下のどの程度の深さから由来するかを推定する。ざくろ石かんらん岩は、海洋か大陸かを問わず、プレートの最下部に存在する。地下200km程の深さから噴出するキンバーライト中にはしばしば捕獲岩としてざくろ石かんらん岩が包有されるが、玄武岩中に包有されることは希で、海洋地域からは、ハワイのオアフ島以外は産出例がない。

※10 マントル交代作用
マントル交代作用とは、始原的なマントル物質である初生かんらん岩や、部分溶融により玄武岩質成分を放出した後の溶け残りかんらん岩に、外来のマグマが加わり、元のかんらん岩組成から化学組成や鉱物組み合わせが変化する作用のこと。もともと無水のかんらん岩に、含水マグマが加わることで、角閃石や雲母などの含水鉱物が形成されることがある。マントル交代作用により、地球の上部マントルは、化学的・構造的に不均質になっていると考えられる。

図1

図1 試料採取地点。黄色星印が試料を採取した地点を表す。赤丸は、その他のプチスポット発見海域を示す。

図2

図2 屈曲により、海洋プレートの下にあるごく少量のマグマが、プレート最下部に付加している様子を模式的に表現した図。I.プレートの下(低速度層)にあると考えられる微量のマグマ存在領域、II.微量のマグマがプレートの下部に浸入し反応して交代作用を起こしている様子と、実際の試料の薄片写真、III.微量のマグマがプレート内で固まる領域と、実際の試料の薄片写真、IV.海底面にプチスポット玄武岩マグマが噴出し、固まった様子を示す露頭写真(「しんかい6500」潜航調査により撮影。)、V.プレート沈み込み方向。

図3

図3 地球内部構造を表す模式的断面図。濃茶色部分が、地殻を含むプレート。赤線で四角く囲った部分が、図2の範囲。

図4

図4 かんらん岩捕獲岩試料の単斜輝石中の微量元素濃度を、地球形成初期のマントルかんらん岩(始原的なマントルかんらん岩)の全岩微量元素濃度と考えられている値で割った比を示す。プチスポット火山の試料の値とパターン(赤線)は、一般的に海洋プレートの下のマントル物質を代表していると考えられている深海底かんらん岩試料の値やパターンとは一致せず、キンバーライト中に捕獲された交代作用を受けたざくろ石かんらん岩試料の値とパターンと一致する。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋掘削科学研究開発センター マントル・島弧掘削研究グループ
主任技術研究員 阿部 なつ江
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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