2017年 8月 24日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)は、日本放送協会(以下「NHK」という。)と共同で、フルデプスミニランダーに搭載した4Kカメラにより、マリアナ海溝の水深8,178mで遊泳する魚類(マリアナスネイルフィッシュ(注1)と思われるシンカイクサウオの仲間)の映像を撮影することに成功しました。この水深は、映像とセンサに基づく正確な水深の両方が記録された魚類の出現記録としては世界最深になります。今後、水深8,000m以深における食物連鎖網の解明や生物群集の生息密度の推定を進めるべく、現場観測、サンプル採取や分析などを進めていく予定です。
なお、国立科学博物館で開催中の特別展「深海2017」において、8月28日から本内容の映像を公開する予定です。
2.背景
JAMSTECでは海溝域における探査技術の開発を進めるとともに、得られた映像やサンプルを用いた深海生物の調査や分析を通して、生物の多様性や生態系の研究を進めてきました。しかしながら、深海の中でも特に深い海溝域はきわめて高い圧力のためアプローチが難しいことから、映像、環境データやサンプルを得られる機会は限られ、海溝域に生息する深海生物の調査も十分進んでいると言えませんでした。
一方で、海溝や、さらに深い海淵における生物やその生態は古くから興味の対象となってきました。海溝域における魚類の存在は、1960年アメリカのトリエステ号に乗船し、チャレンジャー海淵の海底に潜航したジャック・ピカールとドン・ウォルシュらが「ヒラメのように平たい形をした魚を見た」と証言したことで脚光を浴びました1。しかし翌年すぐに、これまで記録された魚類の種類や生息深度などから、彼らが見たものは魚ではなく、別の生物でないかという論文が発表されました2。実際に、JAMSTECの無人探査機「かいこう」による潜航も含む、各国のチャレンジャー海淵など水深9,000mを超える環境の調査において、魚類が確認されたことはありません。
現在、最も深い海から採取された魚類とされるのは、1970年にデンマークのガラテア号によって大西洋・プエルトリコ海溝の水深8,370mから得られたヨミノアシロです3。このときの採取は網を用いて行われましたが、センサによる精密な深度や現場の映像は撮られていません。
2014年、イギリスとアメリカの共同研究グループが、マリアナ海溝の水深6,198~8,145mの海底において二種類のシンカイクサウオを撮影し、動画サイトと論文上に発表しました4,5。また2017年4月には、中国科学院がマリアナ海溝の水深8,152mの海底で魚類の撮影に成功したと発表しました6。
3.調査結果と展望
JAMSTECとNHKは、マリアナ海溝における海底付近の生物撮影を目的として、4Kカメラを搭載した自動昇降式の観測装置(フルデプスミニランダー、以下「ランダー」という。)を開発し、本年5月に深海調査研究船「かいれい」で調査航海を行いました(図1A)。ランダーのカメラ前方フレームには生物をおびき寄せるためにサバを取り付け、魚類の生息が確実視される水深7,498m地点と、生息限界深度(注2)とされる水深8,200mに近い水深8,178m地点の二か所にランダーを設置しました(図1B、図2)。
海底環境は水深7,498m地点、水深8,178m地点ともに泥質でしたが、暗色で角のある岩石が多く分布していました。最初に現れた生物は、どちらの海底においてもヨコエビの仲間であり、サバの身に群がり数時間で食べ尽しました。水深7,498m地点では、ランダーの着底から3時間37分後、シンカイクサウオの仲間が現れました。その後、個体数は増加し、複数で遊泳する姿が記録されました(図3A)。また、大型のヨコエビであるダイダラボッチも現れました(図3B)。
水深8,178m地点では、ランダーの着底から17時間37分後の映像に、一個体のシンカイクサウオが泳ぐ姿を記録しました(図4)。この水深は、これまでの記録である水深8,152mを26m上回る世界最深記録です。外観から判断する限り、今回撮影された種は、水深7,498mで撮影されたものと同一と考えられます。この個体は、その後の撮影シーケンスで得られた映像にも映っていましたが、現れたのはこの一個体だけでした。水深7,498m地点で得られた映像との比較から、水深8,178m地点におけるシンカイクサウオの生息密度は、水深7,498mよりはるかに低いと推測されます。
今回の調査によって、魚類の生息限界深度とされる水深8,200mに近い水深8,178mで、魚類の存在が確認されました。我々は今後、海溝域における食物連鎖網の解明や、生物群集の生息密度の推定を進めるべく、現場観測、サンプル採取や解析も視野に入れた研究を継続する予定です。
注1:マリアナスネイルフィッシュ
マリアナ海溝の水深8,000m付近では、二種類のシンカイクサウオの仲間が確認されており、このうち一種は論文中でMariana snailfishと呼ばれている5。これらの仲間はまだ学名・和名が登録されていないが、他種と区別するため、本発表では論文中で使われた名前を片仮名で表し使用している。
注2:生息深度限界
魚類の生息限界を深度8,200mとする仮説。魚類は、体内の浸透圧を海水より低く保つことによって、生体機能を維持している。生息水深が深くなると、水圧の増加に伴うタンパク質の分子構造の変化によって浸透圧調整が難しくなり、体内の浸透圧が増加する。より深い水深に生息する魚類は、浸透圧調整物質をより多く作り出すことで高圧環境に適応しているが、表層から海溝まで様々な水深から得られた魚の体内浸透圧と水深の関係を外挿すると、水深8,200mで海水の浸透圧と等しくなる。つまり、魚類の浸透圧調整の限界は水深8,200mであり、この水深こそが生息限界深度である、とされる5,7。
引用文献、ウェブサイト
図1A 調査地点(マリアナ海溝の海底地形図と観測海域(赤い四角内))
図1B 調査地点(青色の星)
マリアナ海溝の水深8,178mにおいて魚類の撮影に成功
This research cruise was conducted under a Special Use Permit (#12541-17001) issued by the Mariana Trench National Wildlife Refuge, U.S. Fish and Wildlife Service, Department of the Interior.