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プレスリリース

2018年 3月 7日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

夏の北極は15年間で約2°C上昇
〜「夏季の温暖化」と乾燥化のスパイラル〜

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)北極環境変動総合研究センターの鈴木和良主任技術研究員らの研究グループは、北極圏陸域の約8割の面積を占めるツンドラ域(以下「北極ツンドラ域」という)を対象として、衛星観測データと陸面再解析データの統計解析を行った結果、夏の気温が15年間で約2°C上昇していることを明らかにしました。年平均気温には温暖化の兆候がないにも関わらず、北極海周辺に広く「夏季の温暖化」が進行していることを示した初めての成果です。また、温暖化に伴って北極ツンドラ域からの蒸発散量が増加し、過去15年間で水の高さで2cm(約1,106億t)の乾燥化を引き起こしていることも併せて明らかにしました。一方、永久凍土分布の異なる北極大河川を対象とした解析から、永久凍土の存在が水循環や温暖化の加速を緩和していることを明らかにしました。

われわれを取り囲む大気、陸、海には、熱や水、さまざまな物質が循環しており、気候をはじめとする環境に大きな影響を与えています。近年深刻化している地球温暖化の影響因子である水蒸気、二酸化炭素やメタン等の循環を明らかにするためには、それらの発生、輸送、吸収過程を知ることが重要です。

本研究は夏季の北極温暖化の実態解明につながり、ひいては全球規模の気候・水循環及び温暖化の予測研究につながる重要な成果です。また、今回の永久凍土の役割解明を通して、将来の北極域の災害予測及び水資源管理への寄与も期待されます。さらに北東ユーラシア地域は日本の西側(風上)に位置するため、そこでの温暖化や水循環の変化は日本の気候にも影響を及ぼすことが予想されます。

本成果は、オンライン学術誌「Remote Sensing」に3月6日付け(日本時間)で掲載されました。

なお、本研究は、JSPS科研費JP20510031、JP16K00581及び名古屋大学宇宙地球環境研究所一般共同研究の助成を受けたものです。

タイトル:Hydrological variability and changes in the Arctic circumpolar tundra and its largest pan-Arctic river basins from 2002 to 2016
著者:鈴木和良1、松尾功二2、山崎 大3,1、市井和仁4、飯島慈裕5、柳 裕二1、Fabrice Papa6、檜山哲哉7
1. JAMSTEC北極環境変動総合研究センター、2. 国土地理院、3. 東京大学生産技術研究所、4. 千葉大学環境リモートセンシング研究センター、5. 三重大学、6. Laboratoire d’Etudes en Géophysique et Océanographie Spatiales, Université de Toulouse、7. 名古屋大学宇宙地球環境研究所

2.背景

北極圏の陸地面積は約700万km2ですが、北極ツンドラ域は約553万km2とおよそ8割の面積を占めています(図1a)。北極ツンドラ域は、地下に永久凍土(※1)が拡がる寒冷な湿原地域であり、その約8割は連続永久凍土帯となっています(図1b)。

しかし近年、温暖化の進行により凍土の温度上昇や水循環の加速等(例えば乾燥化、降水量増加等)が指摘されています。IPCC第5次評価報告書では、永久凍土は1980年代初頭以降、ほとんどの地域で温度上昇が報告されており、その融解は地中に閉じ込められた温室効果ガスの放出、河川を通した水・物質循環への影響や建物等インフラへ被害を及ぼすことが懸念されます。

同時に、ユーラシア大陸の北極大河川では、1930年以降から現在まで継続的な河川流出量の増加が観測されています。こうした河川流出量の増加は、地球温暖化の影響の現れと考えられていますが、北極圏では地上観測が少なく、その増加の原因や凍土融解の影響は明らかになっていません。

また北極ツンドラ域では小規模な地域研究は行われてきましたが、地上観測ではごく限られた地点の情報しか得られないことから、北極ツンドラ域全体の温暖化実態や水循環変動の詳細は明らかになっていませんでした。

そこで本研究グループは、北極ツンドラ域と3大河川流域(図2)の温暖化とそれに伴う水循環変動を把握することを目的として、全球陸面再解析データ(※2)および重力観測衛星「GRACE(※3図3)」を用い、その変動傾向を分析しました。

3.成果

2002年から2016年までの過去15年間のデータを分析した結果、年平均気温には温暖化の兆候が無いにも関わらず、夏季平均気温(6月〜8月)が北極ツンドラ全域で約2.0°C上昇していることを明らかにしました。さらに温暖化に伴って蒸発散量が増加していることを明らかにし、陸水貯留量(※4)データを分析した結果、過去15年間で水の高さで約2cm(約1,100億t)の乾燥化が生じていたことがわかりました(図4)。北極ツンドラ域での乾燥化は湿地面積の減少により、地表面の温度を増加させ、温暖化を加速すると考えられます。

また、永久凍土の被覆率が異なる流域の水循環と陸水貯留量の関係について分析した結果、流域面積の8割以上が連続永久凍土に覆われているレナ川と連続永久凍土が2割程度覆っているマッケンジー川において、レナ川の年間流出量と陸水貯留量は9月から翌年5月にかけて特に高い相関が見られますが、マッケンジー川では前年の陸水貯留量と年間流出量に相関がありませんでした(図5)。これは、連続永久凍土がバケツの役割を果たし、前年の影響を翌年に持ち越し、河川流出を通した水循環加速を緩和する一方、永久凍土が不連続に存在する場合では底に穴の空いたバケツとして地下水の流れや河川流出増加を加速することを示唆します。これにより、北極海への淡水流入に加え、窒素や鉄等の栄養塩流入も増加することが懸念されます。また、ユーコン川では蒸発散量の増加によって流域全体での陸水貯留量が減少していることが明らかになり、それに加え永久凍土の荒廃による地下水流の増加が示唆されました(図6)。これはユーコン川流域における永久凍土の消失が、水循環を加速させていることが一因として考えられました。

このように、本研究では全球陸面再解析データと人工衛星による重力観測データを用いて北極ツンドラ域の夏季温暖化、それによる蒸発散量増加と乾燥化を明らかにし、近年の水循環加速に対する永久凍土分布の役割を明らかにしました。

4.今後の展望

本成果は、「夏季の温暖化」が北極圏に広く及んでいることを初めて明らかにし、北極域の温暖化と水循環研究に新たな知見を加えるとともに、地球規模の温暖化の理解や河川や陸面過程を通した水・物質循環の理解に貢献するものです。夏季の温暖化は永久凍土の融解を加速させ、地中に閉じ込められた温室効果ガスを放出させることで地球温暖化を加速させる可能性があります。また、今回明らかになった永久凍土の水文気候プロセスに果たす役割の解明は、気候・水循環モデルへの応用が期待されるほか、地球温暖化等全球規模の気候変動解明にも繋がるものと考えられます。

今後、本研究グループでは、北極ツンドラ域を含む北極圏の温暖化メカニズムをより詳細に分析するほか、湿地や湖沼、植生の影響についても評価していきます。また、北極永久凍土帯での水と炭素循環の理解に向けて、詳細な水文気候データセット構築に向けた技術開発を行っていく予定です。

※1 永久凍土: 連続した2年間以上0°C以下の温度状態にある土地。表層は夏に融け、冬に凍る活動層になっている。また、図1では永久凍土の割合に応じて、「連続」、「不連続」、「疎ら」、「島状」と分類している。

※2 全球陸面再解析データ:大気再解析データと異なり、地上観測等によってバイアス補正をした大気要素を入力して、NASAが気象観測や衛星観測等の様々な観測データを高度なデータ同化技術を用いて陸面モデルに融合し作成されたデータセット。気候モデルの検証や気候変動研究に広く利用されている。

※3 重力観測衛星(GRACE:Gravity Recovery and Climate Experiment): 2002年にアメリカ航空宇宙局(NASA)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同で打ち上げた人工衛星。2機1組の双子衛星で、2機の衛星の位置や速度の変化から地球のわずかな重力場の変化を精密に観測することができる。重力は質量によって決定されるため、地球上の質量分布やその時間変化の把握に役立ち、2017年夏まで地球の水循環や海水準変動等への研究応用がされた。

※4 陸水貯留量:湿地、湖沼、土壌水分、地下水および積雪等の陸に存在する水の量。雨や雪として地面に降った降水から蒸発散分や河川等への流出分を差し引いたものを指す。

図1

図1 北極域の植生分布(a)と永久凍土分布(b)。永久凍土分布図中の4種類の永久凍土帯は、地中の水平方向の永久凍土の割合によって以下の様に分類される。連続永久凍土帯は、地中の永久凍土の割合が90%以上の場合、不連続永久凍土は地中の永久凍土の割合が50-90%の場合、疎らな永久凍土帯は永久凍土の割合が10—50%の場合、島状の永久凍土帯は地球の永久凍土が10%以下の場合である。

図2

図2 本研究で解析対象とした北極大河川流域の地図と各流域の凍土・植生被覆の特徴。 レナ川流域:東シベリアに位置し、連続永久凍土帯が8割以上を占め、ツンドラ植生は下流部にわずかに存在するのみで、流域の大部分は森林や灌木に覆われている。
ユーコン川流域:アラスカに位置し、連続永久凍土帯は2割程度で、不連続永久凍土帯が7割以上を占めている。ツンドラ植生被覆は2割程度で、森林被覆が6割以上。
マッケンジー川流域:カナダ北部に位置し、連続永久凍土帯はユーコン川流域と同じ程度だが、不連続永久凍土帯は4割程度に留まり、永久凍土が存在しない地域が最も多い流域。ツンドラ植生の被覆率は3割以上あり下流部に湿原が広がり、森林被覆は他の流域と同じく6割程度。

図3

図3 GRACEによる陸水貯留量変動計測の概略図。GRACEは2機1組の双子衛星で、双方に高精度な測距装置を搭載し、衛星間の距離の変化を計測している。衛星間距離は、地球の重力の強弱に応じて、時々刻々と変化する。なぜなら、衛星は重力の強い領域に近づくほど加速し、離れるほど減速するからである。GRACEはこの原理を利用し、衛星間距離の変化を同じ領域で繰り返し観測することによって重力の時間変化を計測し、様々な計算処理を施すことで陸水貯留量変動が導出される。

図4

図4 北極ツンドラ域全体での陸水貯留量、夏季平均気温、年蒸発散量、年平均気温の年々変動(左)。北極ツンドラ域における夏季温暖化と凍土・水循環変動の概念図(右)。

図5

図5 レナ川流域とマッケンジー川流域における陸水貯留量と流出量のラグ相関の季節変化(上)。
ラグ相関係数は、前年9月〜当年5月の陸水貯留量と年間流出量の相関をとったものであり、相関係数が高いほど、その月の陸水貯留量と翌年あるいは当年の年間流出量の関連性が高いと言える。統計的に有意な相関は、信頼度95%を超えた場合であり、赤丸で示している。
レナ川流域とマッケンジー川流域における流域水循環の概念図(下)。

図6

図6 ユーコン川における陸水貯留量変動(上)。ユーコン川流域の陸水貯留量変動の概念図(下)。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
北極環境変動総合研究センター 主任技術研究員 鈴木 和良
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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