国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)数理科学・先端技術研究分野の古市幹人主任研究員らは、実スケール大規模数値砂箱実験を実施することにより、付加体(※1)内部の応力構造が本質的に3次元であり、水平面に応力アーチ構造が自発的に形成されることで断層が海溝軸方向に湾曲している可能性があることを発見しました。これまで考えられてきた海山の沈み込み等、地質学スケールの現象を考慮しなくても、地殻変形に内在する微視的な変異が断層形成時にスケールアップすることで、付加体の巨視的構造を説明する点で新規性の高い成果となります。また応力アーチの直下では、最大水平主応力(SHmax、※2)方向とその長期推移に特徴があることが分かりました。これは、JAMSTECが実施している掘削調査データから、応力の全体像を把握するのに役立つ知見となります。以上の成果により、巨大地震を引き起こす南海トラフ等での応力蓄積プロセス、ひいては日本列島を形作った要因の理解が進むことが期待されます。
本研究は、JSPS科研費JP15K17754とJP18K03815の助成を受け、文部科学省によるポスト「京」プロジェクト重点課題3 「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」の一環として実施されたものです。
本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に6月8日付け(日本時間)で掲載される予定です。
タイトル:Arcuate stress state in accretionary prisms from real-scale numerical sandbox experiments
著者:古市幹人1、西浦泰介1、桑野修1、Arthur Bauville1、堀高峰2、阪口秀1
1. 海洋研究開発機構 数理科学・先端技術研究分野、2. 海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター
付加体内部の応力状態を理解することは、地震発生過程や日本列島の成り立ちを解明する重要な手がかりとなるため、JAMSTECではInternational Ocean Discovery Program (IODP) の下での掘削調査や、 Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis (DONET)といった観測装置を用いることで、南海トラフ等を精力的に調査しています。例えば、近年の最大水平主応力(SHmax)測定に関する調査報告では、付加体の応力分布が単純な2次元ではなく、多分に3次元的であること等がわかってきました。しかし、その詳細や成因はよく分かっていません。
付加体の3次元的な発達過程を推定する有効手段として砂箱実験が知られています。粒状体としての砂層は地殻の変形にみられる多くの特徴を有するため、その短縮変形実験は付加体形成のアナログモデルと考えることができます。それゆえ砂箱実験は、構造地質学や石油開発における地質構造の解析において活用されています。しかし、実験では粒状体内部の詳細な応力状態を測定することが技術的に困難なことが課題です。
このような状況において、物理実験を模擬した個別要素法(DEM、※3)による数値シミュレーションは、粒状体層内部の3次元応力状態を明らかにする有効手段です。しかしながら、砂箱実験の直接シミュレーションには非常に大きな計算コストが必要です。膨大な計算コストを扱うには並列化が必須ですが、DEMコードの大規模並列化には負荷分散等の粒子を用いたシミュレーション特有の計算科学の課題があるため、砂箱実験で確認されるような3次元での巨視的な粒状体運動を大規模シミュレーションにより再現した例は殆どありませんでした。そこで本研究では、独自の動的負荷分散(※4)技術を実装した大規模DEMシミュレーションコードを開発し、実際の砂に近いサイズ(~100μm)の粒子を最大で19億個用いた数値砂箱実験を実施することで、粒状体内部の応力状態を調べました。本シミュレーションで用いた粒子数は、DEMを使った研究としては世界最大レベルとなります(図1)。
JAMSTECの「地球シミュレータ」と理化学研究所の「京」コンピュータを用いた大規模数値計算により、粒状体を短縮変形させることで、付加体と同様の断層を伴う地質構造を再現することができました(図2)。数値シミュレーションでは、応力鎖(※5)の多様な水平面内で不均質構造が確認されました。これは、実際の付加体でも応力が本質的に3次元的であることを示唆しています。
本シミュレーションにより得られた結果に対する解析では、特に初期の均質な粒状体から形成される、短縮方向と垂直な水平軸の方向に湾曲する断層形状に注目しました。日本周辺の付加体においても同様の湾曲構造が見られますが、その理由はよく分かっていません。そこで、応力鎖解析によって詳細に調べたところ、断層形成時に粒子が集団運動を介してアーチ状の応力構造を自発的に形成し、そのアーチに沿って断層が湾曲することを発見しました(図3)。この結果は、付加体の海溝軸方向への湾曲が、従来議論されてきた海山やプレート運動といった地質学スケールの不均質性だけでなく、地殻に内在する微視的な不均質が集団運動を介して現れる巨視的な変形、つまりスケールをまたいだ地殻の変形プロセスにも起因する事を示唆しています。
さらに、実際の観測における本解析結果の有用性を議論するために、シミュレーションの中で仮想の掘削抗を設定し、SHmaxの方向を調べました。すると、アーチ型応力上の掘削抗では、SHmaxの方向が深さに強く依存し、その長期変化が地域的な断層運動の影響をあまり受けないという特徴を持つことが分かりました。
本成果は、砂をはき寄せたらできる波模様という身近な現象を、大規模粒子シミュレーションという計算科学の最先端技術を駆使して解析することで、付加体の内部応力という地球科学の大問題を紐解くことができたという点で、ユニークで画期的な成果と言えます。
本研究では、数値砂箱実験により湾曲する断層形成プロセスを再現することで、その背後に空間スケールをまたいだ粒子の集団運動メカニズムが存在することを示しました。2次元での巨視的な地質構造の解釈が主流である付加体研究に対して、3次元かつマルチスケールな視点とその重要性を指摘した本研究の意義は大きいと考えられます。
今後は、本研究で示したSHmaxの特徴を手掛かりとして、観測データとの比較を進め、実際の付加体でアーチ状応力状態を確認したいと考えています。また、数値砂箱実験をより自然に近い設定で実施する予定です。地盤モデルを改良することで物理探査のサイト選定等に有用な情報を与えることができれば、限られた観測点データから広域的な応力状態を推測するなど、数値砂箱実験の実用性を次のステージへと導くことができます。また、付加体内に形成された複雑な3次元応力構造が、断層形成と共にどのように解放されるかを調べることで、南海トラフ等で想定される地震発生プロセスの理解が深まることが期待されます。
本研究で開発したDEMをはじめとする大規模粒子シミュレーション技術は、ポスト「京」重点課題3で取り組んでいる津波災害等の防災研究や、工学的な産業プロセスの設計等にも役立ちます。そこで、我々は実用的な大規模シミュレーションの実践として、それらの研究・開発・社会実装、さらに産業活用に向けたシミュレーションの省電力化にも積極的に取り組みます。
※1 付加体:海洋プレート上の地層が海溝で大陸プレートの下に沈み込む際に、一部が剥がれて、陸側のプレートに付加したもの。
※2 最大水平主応力(SHmax): 地殻にかかる応力を水平面内で見た時の最大圧縮主応力。その方向は掘削後の孔径変化などから見積もることができる。
※3 個別要素法(DEM):粒状体を構成する粒子間の接触力(粘弾性衝突力や摩擦力)を計算し個々の粒子運動をシミュレーションする手法。
※4 動的負荷分散:計算中に動き回る粒子分布の変化に応じて、すべてのCPUが同様の計算負荷を担当するように、各CPUに割り当てる計算空間を調整すること。
※5 応力鎖:粉体に力を加えると鎖状に連なった要素に力が集中する。これらの要素群を応力鎖と呼ぶ。
図1 本研究の概念図
図2 本研究での最大粒子数:19億個を使用した数値砂箱実験の可視化結果。固定された左側の壁に対して、右側の壁が床の壁と共に左側に移動することにより、断層とそれに伴う隆起が付加体に類似した砂層を形成する。
(参考)24億粒子を用いた計算例:https://www.youtube.com/watch?v=yQLbUsZAJbc
図3 一回目の断層形成イベント時の応力鎖。左図は、地図を見る視点(y方向)から解析領域内に表れる応力鎖を最大圧縮主応力のプロットにより可視化した図。主応力は垂直軸(x軸)に対する角度により色付けされている。右図は解析領域となった薄い層の位置と断層位置を示した砂層の断面図。両図とも上部が固定された壁の方向を指す。(a)は断層が入る前、(b)は断層形成の開始直後、(c)断層形成後の応力鎖状態。断層形成により応力鎖が大きく組み変わる事で、自発的にアーチ状の応力構造(黒のダッシュ線)が表れることが確認できた。